第61射:ようやく普通のお仕事を
ようやく普通のお仕事を
Side:タダノリ・タナカ
「若者は、意外と面白い成長をするもんじゃろう」
そう言って、俺に近づいてきたのはグランドマスターの爺さんだ。
「意外か。まあ意外ではあるが、無い話じゃない。新兵が初めての戦場でまともに戦えるのは少ないだけで、いないわけじゃない。初めての戦場での人死にで心が壊れて潰れてしまうのも同じだ。少なからずいるだけで、全員がつぶれるわけじゃない。ただ、3人は適応しただけの話だ」
「おぬしはつまらんのう」
そう言って、俺の横に腰掛ける爺さん。
「ほれ、さっき食ってた、白いのはないのか?」
「白いの? ああ、おにぎりか」
「おにぎり?というか、美味そうじゃったからな。わけてくれ」
厚かましい爺だ。
ま、今後のこともあるし、ここらへんで餌付けでもしておくか。
ということで、笹包みのおにぎりをさも袋から取り出したように見せて渡す。
「ほれ」
「ほほう。葉に包んでいるのか。これは……麦とは違うのう」
「まあ、別の穀物だが、似たようなもんだ。麦をそのままふかして食べるのはないか?」
「ああ、あれか。悪くはないが手間じゃのう」
「そりゃパンも同じだ。こっちは水に入れて炊くだけだからな」
「あー、それを考えると楽なのかのう?」
「まあ、見た目からウジとか虫の卵を連想するのが多いから、嫌うやつもいるがな」
「ふむ。虫の卵は森の中で簡単に手に入る食べ物なんじゃがのう」
それは、極限状態の兵士がやることだよ。
それか、その地に住む原住民の生き方だ。
「うむ。美味い。塩味も程よい。もちもちしておるし、こりゃいい」
「ほれ、漬物」
「つけもの? ふむ、もらうぞ。おおっ、いいのう。この塩味がさらに引き立つ。野菜を塩漬けしたものか」
そう言って、もりもりとおにぎりと漬物を食う爺さん。
意外と健啖家だな。
こりゃ当分死にそうにないわ。
いや、案外丈夫だと思うやつは、ぽっくり逝くがな。
「なんか、変な視線を感じたが?」
「気にするな。長生きするか、ぽっくり死ぬか、そう思っただけだ」
「もともと長生きじゃからのう。死ぬときはぽっくりの方が、ふつうはよくないか?」
「まあな。本人としてはそうだろうが、ほかから見ればはた迷惑な死に方だけどな。気が付いたら死んでましただからな」
「あー、確かに、じゃが、今にも死にそうで、死なないというのもあれじゃないかのう?」
「それはそれで面倒だろうな。まあ、死ぬときの話はいいとして、飯は食ったみたいだな」
「うむ。美味かった。感謝するぞ」
さて、飯も与えたことだし、俺の方も要求を話すとするか。
いや、別に要求じゃないな。
ただ予定を伝えるだけだ。
「爺さん。俺たちは近いうちにリテアを離れるぞ」
「……急じゃな? というわけでもないのかのう?」
「今回のオーガ討伐の件で色々懸念が出てきた」
「懸念?」
「ああ、爺さんは今回のオーガテンペストや魔物の群れが街道沿いに出てきたことは何が理由だと思う?」
「ふむ。まだ知らない何かがあるのではないかのう? ダンジョンがあるのかもしれん」
「その可能性は否定しないが、俺の方は別の情報源があってな。どうもそっちが気になる」
「その情報というのは?」
「情報はただじゃない」
ついでに、超厄介な情報だしな。
魔族が俺たちに魔物をけしかけてきたなんて言えば、俺たちの扱いがどうなるかわからん。
真実を受け取って大騒ぎになるか、それとも嘘といわれて口封じされるか、迂闊に喋れる内容でもない。
「……わしは信用ならんか?」
「信用する以前に判断材料が少なすぎるが、どちらかというと信用できん。爺さんは良かれと思って判断を下すが、それは俺たちにとってではなく、俺たちを含めた全体的な良かれだ。組織の長としての判断が混ざるな」
「手厳しいのう。じゃが、それは当然じゃろう?」
「当然だ。だからこそ、信用はできん。よろこべよ。組織の長としては信用しているって言っているんだ。だが、俺たち個人を優先するかというと厳しいだろう?」
「むう。確かにのう」
「ということで、情報をくれ。近いうちに離れるとは言ったが、今すぐというわけでもない。適当な魔物退治をして経験を積みたい。覚悟はできたかもしれんが、まだまだ経験が足らん。いい場所はないか?」
「それで、お主の持っている情報をくれると?」
「そうだな。状況による」
「それはお主の情報を聞いてからじゃな。判断がつかん」
「今更嘘をつく理由もないがな。別に俺は爺さんから聞かなくても適当に情報を集めて動いてもいいんだ」
信用が出来ないというなら、最初から無理な話だったということだ。
別に何も問題はない。
魔物の生息域なんざ、リテア聖都で調べればどうにでもなる。
オーヴィクたちにでも聞いてもいい。
元より、こんな情報はあろうがなかろうが俺にとっては正直どうでもいい。
この爺さんの情報だけで動くのは危険なのは、今回のオーガ討伐で証明されたからな。
これは、爺さんが俺たちの味方になりえるかどうかの試験だな。
弱い魔物の生息域なぞ、飯一つで割が合うものだ。調べりゃわかるんだから。
「「……」」
お互い口を開かない。
こりゃ、駄目だな。
まあ、組織のトップであるなら当然の反応だ。
別に悪いことでもなんでもない。
ある意味、口は堅いし、そっちの方向では信用できるというのが分かったのはいい情報だ。
「じゃ、話はこれで終わりだ。じゃあな」
「うむ」
向こうもこっちのことを見定めたんだろうから、お互い様ってやつだな。
あとは、結城君たちに口止めをしっかりしとくか。
魔族の襲撃は特にな。
下手すれば、リテアの街道沿いに魔物が現れたのは俺たちの責任にされかない。
俺たちがいたからだと。
そうなれば、面倒でしかない。
「あ、田中さん。グランドマスターと何を話していたんですか?」
「ん? ああ、爺さんはおにぎりに興味を持ったみたいでな。二つほど渡してきた」
「へー。おにぎり食べたんだー。どんな反応だった?」
「普通に美味しそうに食べてたな」
「そうですか。日本の主食が気に入られるのはうれしいですね」
「そうだな。と、そこはいいが、そのついでにグランドマスターにちょっと相談して、リテアに戻ったら、別の地域の森の方へ行くことになった」
「「「え?」」」
3人は俺の言葉に固まった。
「ああ、いや、強い魔物がいるとかではなく、逆に弱いというのはあれだが、倒せそうな魔物がいる地域だな。そっちの調査を兼ねて訓練だな。まあ、強い魔物が出てくれば即時撤退だ」
「ああ、そういえば、俺たちって訓練に来てたんですよね」
「そうだった。すっかり忘れてたよ」
「なにか、トラブル続きでしたから」
大和君の言う通り、リテアに来たとたん、孤児院を助けることになり、その関連でリテアの聖女と面会し治療に参加、その後はグランドマスターの爺さんのお願いで、街道外れの村の確認へ。
最後に、このオーガ騒ぎだ。
結城君たちに得るものはそれなりにあったのだが、予定は狂いまくりだ。
それに街道沿いに現れる魔物の件はちょっと、俺たちの今までの行動から考えると無関係とは思いにくい。
最初は無関係の遭遇戦かと思ったが、どうも状況からきな臭い。
断定はできないが、警戒するべきだろう。
俺たちに直接関係するとは思ってないが、間接的に関係があるような気がするんだよな。
まあ、どこまでを間接的なという定義はあいまいだからな、全部のことにかかわりがあるような判断になるが、なんとなくそんな感じがする。
それを判断するためにも、一度リテアを離れた方がいいだろう。
「オーガのことで色々騒がしいし、リテアに留まると、オーヴィクたちも気にするだろうからな。そういう意味でも、ちょっと遠出を予定している」
「そうだねー。オーヴィクたちもゆっくりしたいだろうし」
「無理に俺たちが一緒にいる理由もないからな」
「ええ。私たちがいることで、忘れていることを必死に思い出そうとしているフシがありますし、それがいいのかもしれません」
ふう。
嘘八百だったが、なんとかうまく行くもんだな。
我ながら、良く口が回ると感心する。
「そういうことで、戻ったらまた遠征準備だ」
「「「はい」」」
こんな感じで、俺たちの今後の方針は固まり、遺体の回収や、オーガの素材の回収も滞りなく終わり、俺たちはリテアに戻り、さっそく遠征の準備を始める。
「とりあえず、どこにどれだけの期間行くつもりなの?」
「食料とかどれだけいるんですか?」
「まあ、2人とも落ち着け。まずは行く場所を探そう。こういうのも自分たちで探して色々意見を言おう。もう、3人は色々判断できるだろうからな。前のゴブリン討伐を自ら選んだ時みたいな感じだ」
「なるほど。じゃ、まずは冒険者ギルドだね」
「何かいい仕事があるかなー?」
「行ってみないとわかりませんわ」
「そうだな。何はともあれ、情報収取の為に、冒険者ギルドだな」
「「「おー」」」
ということで、俺たちは再び、冒険者ギルドにやってきた。
「うん。改めて見ると本当に大きいよね」
「だな。ルーメルの所に比べて二倍じゃ利かないよなー」
「ええ。全然大きさも違いますわ」
ルクセン君たちの言う通り、なんか最近、顔を出すたびに妙なトラブルがあって、ゆっくり見ることはできなかったが、今回は特に何もないようで、俺たちはでかい冒険者ギルドの外観をゆっくり眺めてから、中へとはいる。
「中も大人しいな」
「今日は何もないみたいだね」
「いつも、ああいうことがあったら困るけどな」
「平和が一番ですわ」
冒険者ギルドの中は、普通に冒険者が依頼を確認したり、受付で手続きをしたりなどいたって普通の光景だ。
何か血まみれの冒険者が運び込まれてくるようなこともなければ、奇怪な爺さんが結城君たちに喧嘩を売ってくることもない。
「ああいうトラブルはそうそうあるものではないですからな」
「あんなことが頻繁にあれば国家存亡の危機です」
「あははー。まあ、田中さんについて来て刺激的な毎日ですよねー」
リカルドとキシュアの言っていることは尤もだ。
だが、ヨフィア。俺が原因みたいに言うな、俺は何も悪くない。
トラブルが向かってくるだけだ。
というか、元々の原因を作ったのはルーメルだしな。
「そういえば、大人の3人も何か情報や方針はあるか?」
結城君たちに主導権は預けるが、この3人に意見もするなと言うつもりはない。
大人の意見も大事だ。
なにより、このメンバーの中ではこの世界を俺たち以上に知っているのだから。
「そうですな。狙い目はオークなどでしょうか」
「そうですね。今まではゴブリン、ウルフ、ジャイアントスパイダー、そしてオーガと戦ってきましたが、オークやコボルトはまだ戦闘経験がありませんでしたね」
「オークと、コボルトって? 豚っていうか猪と犬みたいな二足歩行の魔物?」
ルクセン君はどうやら、魔物の名前に憶えがあったらしく、質問をする。
「そうですよー。オークは猪顔に、人を越える筋力。コボルトは犬の顔にそれに応じた嗅覚に脚力があって、共に厄介ですが、一番警戒するべきは、単体の戦力ではなく、集団ですよー。ゴブリンと同様にチームを組んで動きますからねー。凄い集団、コロニーは100を越えますからねー。大規模討伐隊が組まれるほどです」
その質問にヨフィアが説明して返す。
なるほど、集団戦が得意な魔物か。
「でも、そんな集団が発見されるのは稀ですし、いくら強いといっても、アキラ様たちなら問題ないかと思いますよー。オーガなんかよりは全然へいきですからねー」
「そんなもんなんだ」
「晃さん。油断は禁物ですわよ」
ふむ。とりあえず、狙い目はオークやコボルトってことか。
「じゃ、その方針で仕事を探してみるか」
「「「おー」」」
ということで、俺たちは何かいい仕事が無いか、探し始めるのであった。
普通のお仕事を……見つけることが出来るのか!?
そして、今回の事件は勇者がらみなのか!?
こうして、田中たちは深くかかわることなく、各国を歩き回ることになる。




