第57射:撤退
撤退
Side:タダノリ・タナカ
「……勇者殿たちは大丈夫でしょうか?」
「……傍にいた方がよかったのではと思いますね」
「でもー。私たちが傍にいると、頑張ろうとしますからねー」
そんなことを言いつつ、俺たち大人は夜の森で焚火を囲んでいた。
幸い、この場所に近寄ってくる獣や魔物はおらず、穏やかな夜だ。
てっきり血の匂いに誘われて何か来るかと思っていたが、そうでもないようだ。
ああ、そういえば、オーガの群れがいたんだから、血の匂いがしてもほかの生き物は近寄らないか。
特に野生動物ならな。
と、そんなことはいいか。
俺も会話に参加しないとな。
「ヨフィアに賛成だな。休ませる機会をやらないとな。休めるかは別としてだが、しかし、目をつぶって横になるだけでも違うもんさ」
「確かに」
「そうですね。休息は必要です」
「ですねー。勇者様たちはみなさんの治療で大活躍でしたからー。休んで当然です」
ヨフィアの言う通り、治療行為であれだけ成果を上げたんだ。
休んでも別に罰は当たらんだろう。
「だが、今回の原因の捜索は採算合うのかね。あの爺さん。今頃報告受けて頭抱えてそうだけどな」
「……遺体を確認したところ、3パーティーは全滅しています。オーガを倒せる腕の持ち主を3小隊も失うのはかなりの損失ですね」
「国なら上司の責任問題を問われるところですね」
「とはいえ、オーガの赤い奴。テンペストがいるとは普通想像しませんからねー。一概にグランドマスターの責任とも言えないでしょー。まあ、タナカさんに散々注意されててこれというのはどうかとは思いますが……」
そういえば、俺が銃撃であっさり倒したオーガの群れの中に、どうやら上位種というその魔物の強化版みたいなやつがいたようで、そのオーガテンペストというやつのせいで、オーヴィクたち冒険者がほぼ全滅の憂き目にあったようだ。
俺にはただ皮膚が赤くなっているぐらいしか思わなかったが、まあ、あれだな兵器のバージョンアップみたいなものだろう。
知らない人から見れば、戦車は戦車でしかない。
そんなことを考えていると不意に、俺に視線が集まっていることに気が付く。
「どうした?」
「いえ、オーガをテンペストという上位種も含めて、一撃で倒したあの魔術武器。素晴らしいなと思いまして」
「はい。あれがあったからこそ、今こうして、のんびりと夜を迎えていますが、あのままその魔術武器無しで戦っていたらどうなっていたか……」
「普通に考えて、私たちや勇者様たちもいずれか命を落としていたでしょうねー。あの魔術武器には助かりましたー」
ちっ、面倒なことになってきたな。
褒めてくれるのはいいが、俺の持つ武器の価値を認めたということでもある。
結城君たちのために、仕方なかったとは言え、これからどうするべきか……。
もうちょっとバカでいてくれたらこっちも助かったんだがな。
とりあえず、忠告だけはしておくか。
「褒めてくれるのはいいが、あの武器はそうそう使える物じゃないし、いざというとき期待されても困る。あれを狙ってくる連中もいるだろうからな。誰にも話すなよ?」
「ええ。それは理解しております。そういうことは胸に秘めておくものだと」
「こういうのを言いふらしては信用にかかわりますから」
「というか、これをばらしたら、タナカ様、やっちゃうでしょう?」
ヨフィアが当然のことを聞いてきたので、返事をしておこう。
「勿論だ。やらせてもらう」
俺の唯一のアドバンテージと言っていいからな。
これを意図的にばらすような奴は、結城君たちだってヤル。
まあ、これは言わないがな。
で、俺のやっちゃう発言を聞いて、3人は神妙に頷く。
「あははー。もうちょっと、ヨフィアは可愛いメイドさんだから殺さないよーって言ってくれるかと期待したんですけどねー」
「残念だったな。むしろ、雇い先が複数あるお前は要注意だな。ま、無論、ルーメルの貴族繋がりがある2人も変わらないぐらい要注意だけどな。喋りたくなったら言え。やってやるから」
「タナカ殿なら遠慮なくヤルでしょうね。私は喋るような真似はしないと言いますが、万が一の時は覚悟を決めましょう」
「私も同じです。タナカ殿を相手にすれば一族郎党全部ということになりそうですからね。というか、リカルド殿の話を聞けば、恐らくルーメル王都の兵士を集めても死体になるだけでしょうからね」
いや、銃に限らないのであれば、王城全部吹っ飛ばせるTNTかC4でも仕掛けるわ。
今の所制限なしだからな。
だれが真っ向向かって大人数と勝負するか。
英雄志望とかいう、自殺願望なんぞないからな、俺は。
と、そこはいいか。その時はその時だし、他にも口止めしておかないといけないことが増えていたからそこも押さえるか。
「あと、ルクセン君が使ったエクストラヒールのことも話すのは禁止だ」
「え? なぜですか?」
「そうです。我が国からのエクストラヒールの使い手となれば、しかも勇者様が習得されたとなれば……」
「あー。そりゃだめですよねー。有名になっちゃ使われるし、命を狙われますよねー」
2人の疑問にはヨフィアが代わりに答えてくれた。
しかし、納得していないのか、不満そうな顔だ。
適当にそれらしい理由をつけるか。
「ということだ。あの治療能力には驚いた。だから、下手をすると、治療に使われて戦闘に出してもらえなくなる可能性がある。それは勇者の本分じゃないだろう?」
「確かに、そういう面はあるでしょうな」
「……そうですね。エクストラヒールの使い手は貴重ですから」
「勇者様たちは魔王を倒すために呼ばれ、それが終われば戻るんですから、そういう束縛はだめですよねー」
……魔王を倒せば戻れるねー。
どう考えても眉唾どころか、嘘にしか聞こえないけどな。
というか、そんな話もあったな。
残念ながら、俺たちはルーメル王家は信用していないから、最初から方針は帰るために情報を集めるってことになっているんだよな。
今は情報集めを兼ねて、実力アップってやつだな。
ガルツでローエル将軍と、リテアでは聖女ルルアと、伝手は十分。
仕事を手伝うという条件で、魔王関連の調べ物をしたいといえば、協力は惜しまないだろう。
だが、下手に動くと惜しいと思う連中もでてくるだろうからな、過剰な情報はいらないわけだ。
俺がオーガを瞬く間に倒したとか、ルクセン君がエクストラヒールを覚えたとか。
まあ、とりあえず、不満だった2人も納得してくれたのでいいだろう。
「あとは、明日になって、ルクセン君たちが目を覚ますかどうかだな。物資としては回収した分があるから問題はないが、この森の中で明日も過ごすのかっていう話だな」
次は、明日はどうするかという話だ。
今日は緊急措置で森の中でキャンプとなったが、それなりに強力な魔物が徘徊しているという森で何度も俺は野宿はしたくない。
いつなんどき不意打ちされるかわからんからな。
「そうですな。日が昇れば、目を覚ます覚まさないは一旦横において、森から出た方がいいでしょう」
「私も賛成です。幸い、一人につき一人担げば移動はできるでしょう」
「ですねー。それでも三人は余りますし、その人たちが護衛とフォローをすればいいでしょう」
ここに関しては全会一致で、けが人を担いででもさっさと森を出るべきだという意見で固まった。
それで、けが人を担ぐのは主に、結城君たち3人とリカルドということになった。
俺は一番の戦力ということで護衛。キシュアとヨフィアが護衛とフォロー。
まあ、妥当なところだろう。
そのあとは、軽い雑談をしたあと、順番に夜番をこなして朝を迎えることになる。
……ちなみにこの連中をそこまで信じてはいないので、眠れない夜だがな。
そういう意味でも、結城君たちを休ませているのはつらい。
だが、懐かしくはあるけどな。爆音に発砲音が響く中で眠らないといけない乱戦地帯はあれだったよな。
逆に朝日が昇った方が敵の位置が確認できる分、安心して眠れたかもっていうのが笑い種だよな。
「……お? タナカさんだ」
「起きたようだな。ルクセン君」
朝日を見て、そんなことを思い出していると、テントの中からルクセン君が出てきた。
「結城君と大和君は?」
「あの二人は寝てるよ。というか、あれからどうなったの? なんか、ラーリィたちも普通に寝ているし、腕とか足とかとれてたよね?」
「そうか、あの時の記憶はないのか? 覚えてないかい?」
「あー、叫んだあれでしょう? あれで使えたら苦労はしないって。いやー、恥ずかしいなー。結局、タナカさんが治したんでしょう?」
「いや、俺が出せるのは俺が地球で見て触っているモノだけだ。地球に四肢損壊を短時間で治せるような薬は存在しない。もちろん手術もな」
「え? じゃあ、誰かがエクストラヒールを使ったってこと?」
「そうだ。ルクセン君がな」
「わたしが? うっそだー」
「残念ながら本当だ。しかも、広範囲のエクストラヒール。対象者はラーリィ君、クコ君、オーヴィク君、サーディアを含んでだ。まあ、そのせいで負荷がかかったみたいで、吐血して倒れたんだよ」
別に隠すことではないので、事実をしっかりと伝える。
「と、吐血?」
「胸元見てみるといい。水場はなかったからな、血の跡、残ってるぞ?」
「え? これって自分の? てっきりラーリィのがついたのかと……」
「ま、俺の言葉が信じられないなら、あとで結城君たちに聞いてみるといいだろう。問題は、吐血したことによる体調不良だ。どうだ? キシュアやヨフィア、それに大和君たちが治療して問題ないとはいっているがな」
ここはちゃんと聞いておかないとな。
無理して倒れてしまったなら面倒だし、元気なってくれているのなら歩いて行ってもらえる。
そこの見極めはちゃんとしないと、まだどんなことがあるかわからないからな。
しかし、見る限りは元気そうに見える。
「んー。別に平気ですよ。ほら」
そう言って、ルクセン君はその場でジャンプをして見せる。
どうやら、問題はなさそうだな。
「じゃ、ラーリィ君たちを運ぶときに手伝ってやってくれ。今日は撤退だ。目を覚まそうが覚まさないであろうが」
「うん。わかったよ」
「最後に。エクストラヒールが使えたってことは言いふらさないような。この目でみて思ったがあれは破格の技術だ。下手すると、医療のためにとか言って隔離されるな」
「うえっ!? そんなに?」
「そんなにだ。まあ、次使えるかはわからんが、使うときは周囲に注意を払わないと、一気に祭り上げられるだろうな。リテア聖国にも報告はやめた方がいいだろうな。治療要員として置かれるだろうな。聖女様は人手不足を嘆いていたからな。これでリテア聖国でも厄介ごとに巻き込まれること確定だ」
「うへー。黙っとく」
それに、クラックに妙な刺激を与えることになるからな。
わざわざ敵を増やす理由もないだろう。
と、そんな話をしていると……。
「ラーリィ!! ラーリィ!!」
「どこさわってるのよ!!」
「うわちょっと、暴れるなって!!」
「なに!? なに!?」
「クコさんも目を覚ましたんですね!!」
テントが大騒ぎになった。
「どうやら、人を運ぶ苦労はしなくて済みそうだな」
「うん。私が治したとか実感はないけど、よかったよ」
そう言ってルクセン君はラーリィたちがいるテントへと向かい声をかける。
「ラーリィ。よくなったんだね!! よかったよ」
「……あなた。だれ?」
「そういえば、なんで私たちはここで寝てるの?」
「君たちは一体誰なんだ!?」
「「「え?」」」
どうやら、記憶が混乱しているのか状況が分かっていないようだ。
どうしたものかと思っていると……。
「待て、オーヴィクたち。彼らは一緒にオーガを倒しにきたタナカ殿たちだろう」
「タナカ、さん? オーガ?」
「なんか、聞き覚えがあるよな……」
「そうね。別に彼女たちには嫌な感じはしないし……」
サーディアだけは正常らしく、オーヴィクたちへ話を聞いてみてくれるが、どうも反応が悪い。
「あ、ラーリィ君にクコ君は頭部半分はつぶれていたからな。その関係で記憶が飛んでいるのかもな。オーヴィク君の外傷は確認していないが、頭に強い衝撃とかオーガの戦闘で受けてなかったか?」
「ああ、あったな。盾で防いではいたが、そのまま頭をぶつけていた。幸い腕がつぶれてクッションになったのか戦闘はできてたが、ここで影響がでたか」
サーディアの話から察するに、頭部の衝撃による一時的記憶の錯乱とかいう奴だろう。
「まあ、歩けるなら問題ない。記憶が混乱しているなら、もう一度紹介しておこう。俺はタナカだ。詳しい話は帰路で話すとして、冒険者ならこんな森で騒ぐのは危険だとわかるな?」
俺がそういうと、流石に自分たちが冒険者であったことは忘れていなかったのか、大人しくなってくれて俺たちは早いうちに森から撤退することになった。
しかし、記憶喪失か。
オーヴィク君たちや結城君たちにとっては不幸なことかもしれないが、エクストラヒールとか勇者の件を口外される心配も減ったわけで、幸いだな。
サーディアには後で説明しておくか。
一命はとりとめたものの、記憶が飛んでしまった。
原因はわかりやすい頭部への衝撃、および物理的な損傷。
こうして、オーヴィクたちは田中たちと会ったことをサーディア以外飛ばしてしまうことになる。
あとは、戻ってからの対処はどうなるのか?




