第53射:動きあり
動きあり
Side:タダノリ・タナカ
「「「……」」」
帰りの馬車は誰も喋らずにただ馬車に揺られるだけであった。
最初の賑わいが嘘のようだ。
村が無事だったのにな。
村長は村を捨てずに残る判断をした。
ただそれだけの話だ。
目に見えない脅威に対して、人は腰が重い。起こるかもしれない脅威に対して、住み慣れた土地を離れる判断はし辛い。
戦争やテロ、食糧難など、そういった目に見える脅威には自分たちが体感しているので避難しているのをテレビでよく見るが、それはすでに被害を被っているからだ。
こればかりはどうしようもない。逃げろと言ったところで向こうの生活が保障されるわけでもないからな。
俺たちにできるのは、この情報を持ち帰って、グランドマスターに伝え、定期的に様子を見に行かせることぐらいだろう。
まあ、それはいいとして、この状況をどう判断するべきかってことだよな。
全滅が予想された村は無事だった。
これ自体は喜ばしいことだが、巡回の目的である魔物の巣かダンジョンを探すという本来の目的に関しては嫌な結果が見えてくることになる。
魔物が組織的に動いているかもしれないということだ。
小さな村が無事だったということは、主要街道沿いだけに魔物が現れているということ。
これをただの偶然で済ませるかどうかは人によりけりだが、俺は引っかかっている。
なにせ、主要街道を襲って物資の流通や情報を滞らせるというのは、よくある作戦の一つだ。
あの小さな村には、作戦上の襲う価値がないからほったらかしかもしれないという予測が立てられる。
戦力なんて無限にあるわけじゃないからな。
まあ、本当に偶然という可能性も捨てきれない。
どちらにしろ、まだ情報が足りないのは確かだ。
一旦、ギルドに報告して、様子をみるしかないだろう。
結城君たちやオーヴィクたちが暗いのは帰り道の間は我慢するしかないだろう。
そんな感じで、ヨフィアやサーディアが気を使って馬車の雰囲気をよくしつつ、俺たちはリテア聖都へと戻ることにった。
「……ということで、意外にも村は無事だった」
「ふむ。よかったと喜ぶべきじゃが、何とも言えんのう。かといって、避難を無理に勧めるわけにもいかんからのう」
グランドマスターの爺さんも村にとどまる宣言は頭を悩ませているようだ。
「まあ、話はわかった。わしの方からリテアのトップには話をしておこう」
それで結城君たちは多少安心したのか、ほっとしているように見える。
だが、内情本当に話をしておくだけだろうがな。
何か行動を起こすほど、あの村に今のところ価値はない。
価値があるなら、俺たちが派遣される以前にリテア聖国が動いているからな。
「で、そっちはどうなんだ? 魔物が出てくる地点はそろそろ絞れたか? 犠牲とかは出てないのか?」
「うむ。そうじゃな。原因を潰せば村のことも心配せずに済むか」
「いや、爺さんの言う通り、原因を潰せば心配はなくなるが、その前に特定はできたのかって話だよ」
「おおう。そうじゃったな」
そう言って地図を広げる。
気の早い爺さんだ。
俺たちを利用、投入する気まんまんだよ。
まあ、どのみち、ただの巡回じゃ聖女様に再び会うための手土産としては足らんだろうしな。
「さて、これを見てくれ。これが今までの街道襲撃の地点と周囲の魔物との遭遇報告じゃ」
その地図には赤い点が打たれていて、やはりというか、大樹海に近づくにつれて敵との遭遇報告が増えている。
まあ、当然ではある。
そして、どこから魔物が出てきているのかも見えてきた。
「この場所が魔物の遭遇報告が多い場所じゃな」
そう言って爺さんが指をさす地点は確かに赤い点が多い。
「オーヴィク君たちが遭遇したウルフはここになるが、ここ一帯はほかの報告でも遭遇報告は少ない」
「となると、ここら辺に何かあると?」
「うむ。そう見ておる。ほれ、ここはタナカ殿たちとオーヴィク君たちが出会った地点に近い」
なるほど。
ここが俺たちがオーガと戦った地点か。
というか、地図が雑すぎて全然現場が思い浮かばん。
こういうところはこの世界では不便だな。
まあ、この時代の正確な地図っていうのは戦略上貴重なモノだし、隠しておくものだからな。
地球のネット地図とかが懐かしい。ああ、ドローンを飛ばせばそれなりにわかるだろうが、この状況で飛ばすわけにもいかんからな。
オーヴィク君たちと行動をして情報は集まるが、代わりに俺の道具が制限される結果になったか。
いざとなれば使用はいとわないが、わざわざ必要性のないところでばらすこともないんだよな。
それがお互いのためだ。
「そこで、この場の調査に……」
やっぱそうなるかと、思っていたのだが……。
「グランドマスター大変です!! 街道沿いにオーガの群れが現れました!!」
慌てて入ってきた女性職員の叫び声にかき消された。
「落ち着いて、詳しく話しなさい」
ここはさすが年期が入った爺さんだけあって、落ち着いて聞き返す。
「は、はい。それが……」
どうやら、巡回に回っていた冒険者たちが慌てて戻ってきたと思えばそういう報告をされたそうだ。
その冒険者パーティーは半壊しているそうで、一人重症、一人死亡で二人が死に物狂いで逃げて来たそうな。
死亡した一人はそのまま餌になったそうで、重症の一人を二人で担いでここまで来たそうだ。
で、遭遇した位置は、俺たちがオーガと遭遇したところに近いようだ。
そして、今は、詳しい事情よりも治療を優先しているとのこと。
「……ふむ。一歩遅れたか。タナカ殿の指摘で修正をかけていたところだったのじゃが」
「まさか、街道沿いにオーガの群れが来るとは思いません。何か起きています。対処どうされますか?」
「リテア聖国の方へは?」
「連絡を入れています。街道の方は封鎖を開始しています。なにせ冒険者たちが血まみれで戻ってきましたから」
当然の話だな。
近いとは言わないが、一日で行ける距離だ。目と鼻の先。
あの大きさのオーガが群れでくるとか国の危機だな。
進撃の巨〇ってやつか。
こっちは駆逐じゃなくて、殲滅戦になるだろうが。
「……君は現在ギルドにいる冒険者たちへ非常招集を。街道沿いの治安維持はギルドに任されている。まずはギルドが動かないとまずいじゃろう」
「はい。わかりました」
そう返事をした女性職員は出ていく。
「さて、君たちにも力をかしてもらうぞい」
「はい」
「まあ、できる限りだけどな。その前に、重症の冒険者に会わせろ。ほれ、ここには卵ではあるが、治療師、回復魔術師が3人いるからな。情報を直に聞き出すためにも有効だろう」
「うむ。助かる」
そういうことで、結城君たちの訓練もかねて、その重症の冒険者がいる治療室へと向かうと……。
「うっ」
その惨状を見て、ルクセン君が顔をしかめた。
まあ、リテア教会の治療院と違って、野戦病院に近いからな。
とは言え、ここが地球の野戦病院ならこの患者は、トリアージで赤、死亡判定だろうな。
なにせ、顔半分つぶれて、腕と足がひしゃげて骨が飛び出ている。
この状況で体の中が無事なわけない。
もう死を待つばかり。というか、よく生きているなというレベルだ。
しかも極めつけに、その冒険者が女性とくればな。
「くそっ、大丈夫だ。大丈夫だから……」
そう言って、女性に寄り添う冒険者たちも哀愁を誘う。
まあ、寄り添ったところで、傷が治るわけもないんだが。
「回復術師を連れてきた。君たちどきなさい」
「えっ!? でも、回復術師たちは手の施しようがないって……」
「彼らはとびきりじゃよ。わしを信じて任せてくれぬか?」
「は、はいっ!! このままじゃ、どうせ助からないですから」
「お願いします。こいつを助けてください!!」
ということで、ルクセン君たちが治療に取り掛かるが……。
「これは……」
「ひどい」
改めて患者を診て、顔をしかめる結城君とルクセン君。
顔半分はかわいらしい女性の顔がのぞかせているが、もう半分はつぶれて血まみれだ。
このつぶれては表現としては易しい方だな。見ていられないというレベルではない、気の弱い人なら吐くか気絶するレベルの損壊具合だ。脳らしきものも見えている。
まじで生きてるのが不思議だ。この世界の人は案外魔力の関係で、丈夫に死ににくくなっているのかもしれないな。
そうでもないと、あんな凶悪生物がいるこの世界で人が生き抜くには辛いものがあるだろうしな。
あ、そういえば、レベルって概念があったか。
まあ、俺の疑問はいいとして、大和君が唖然としている二人に声をかけて治療を開始する。
「ですわね。ですが、私たちが呆けていては助かりません。まずは、重症である頭部への治療を優先しましょう。いいですね?」
「ああ」
「うん」
まずは頭部の治療。
脳の損傷による生命機能の低下が怖いし、顔を治さないと、患者から話も聞けないしな。
しかし、このレベルの損傷は、行けるのか?
ここまでの重症患者を治すところをみたことはないからな。
回復魔術の不確かなところだよな。
試してみるにも、患者がいないし。
そういう意味では、この女冒険者はありがたい。
大和君たちのいい経験となってくれるだろう。生きるにしろ死ぬにしろな。
「「「おおっ」」」
そんなことを考えていたのだが、意外にも結果は早くでた。
回復魔術で一瞬とは言わないが、目に見えて治っていく。
しかし、なんでこんな現象が起こるんだ?
ミコットの時も不思議だったが、体力の有無というのはどこで判断するんだ?
この女冒険者だって、大けがをしてここに連れてこられた時点で体力はなくしているどころか瀕死のはずだし、血液だって大量になくしている。極度の栄養失調よりもよほど死に近い気がするのだが……。
「次は腕と足です。晃さんは腕を、光さんは足を、私はこの方に呼び掛けてみます」
「わかった」
「おっけー。任せて」
そんなことを考えているうちに、女冒険者の治療はどんどん進んでいく。
既に顔は見た目は治っており、血が付いているだけだ。
よくあるなんで血まみれかよくわからん、顔の整った女性の幽霊役みたいなやつだ。
あんなのは現実にはいねえ。
普通は、先ほどみたいに頭がひしゃげてないと無理だ。
そして腕の骨折もあっという間に治ってしまう。
複雑骨折もここまで簡単だと、そりゃー、医療は発達せずに、回復魔術一強になるわなと心の底から思った。
そこであることに気が付いた、治った女性がげっそりとは言わないが、多少ほっそりしていることに。
もしかして、体力というのは体内にある栄養素や脂肪のことか?
あと魔力か、そうなると栄養が極端に少ない、ミコットの治療は危ないと判断ができる。
今度大けがしている人がでたら、体重測定とかもして色々見てみるといいかもしれないな。
いや、俺がそこまでやる必要はあるのか?
俺は別に医療関係者でもないしな。俺は医療技術を上げて人々に治療をなんてたいそうな夢を掲げているわけでもない。
ただの傭兵だ。あ、今はただの一般人だ。しかも結城君たちを地球に連れて帰るって目的の。
この世界で業績を残したいわけじゃない。
というか、そんなことをすると、国の格好の餌になるからな。それこそ帰してもらえなくなるな。
「……これは、意外とエクストラヒール取得も公にやるわけにはいかないかもな」
すぐ横で、回復した冒険者を見て歓声を上げるみんなをよそに俺はそんなことを考えていた。
あ、そういえば、オーガ討伐とかもあったな。
まあ、それはオーヴィクたちをサポートするぐらいでいいだろう。
そして、オーガ討伐へ。
田中たちはいまだかつてない、大型の魔物の群れと向き合うことになる。
原因はいまだ知れず。
田中たちはどう対処していくのか。




