第518射:教会はどう思っているのか
教会はどう思っているのか
Side:タダノリ・タナカ
「なるほど、町一つゾンビ化の話は聞いていましたが、それがノスアムにというのは無視するわけにはいきませんね」
そう言って、領主の嬢ちゃんを連れて教会までやって来た。
というか、ある種のたらいまわしを受けているような気もするが、まあ、仕方がないことか。
急ぎ対策を立てる必要があるが、これ本当に間に合うのか?
明日にはジョシーが到着するし、残された時間はもう半日もない。
あと1、2時間もすれば日が暮れるしな。
これ、徹夜か?
そんなことを考えている間に話は続いていて。
「そういえば、ジェヤナさん。こちらの教会についてお聞きしたいのですが?」
「はい? ユーリア様、教会がどうかしたのでしょうか?」
「私たちは東側からやってきました。こちらの教会と教義はもちろん、祀っている神様も違う可能性があります。もちろん礼法についても詳しくはありません。侵略者側でしたので接触は避けてきましたが……」
ああ、確かにお姫さんの言う通り、この手の宗教とどうかかわるかっていうのはものすごく悩みの種だ。
地域と密接にかかわっているからな。
下手すると住民が全員敵に回りかねないし、かといって積極的にかかわると、向こうに取り込まれる可能性も否定できない。
この手の相手は距離を置くというのが最適解なんだよな。
なにせ、一時しのぎで借りているようなものだしな。
いや、占領してしまったから、いずれ関わることにはなるが、あくまでも味方ですよという立場が確立した方がいい。
そうでもないと、行く先々で情報が回って敵対されかねないからな。
文字通り、国を超えていくところで殲滅戦をする必要が出てくる。
マジで宗教って怖いからな。
「なるほど。しかし、私も東側の教会の在り方を知っているわけではありませんので、神父様に直接伺った方がよいでしょう」
確かに、お嬢ちゃんは領主ではあれど、宗教家ではない。
大人ならある程度知っていてもおかしくはないが、全部を知っているというわけでも無い。
だから直接聞きに行くというのは当然の判断だ。
とはいえ……。
「まってくれ。それが最適だというのはわかる。だが、俺たち、ルーメルはここに攻め寄せて町に少なからずの被害を出した側だ。そこらへんで良い感情は抱いていないと思うが、行ってもいいのか?」
俺はそこを確認する。
マジで大事。
宗教って本当に面倒だからな。
「えっと、それに関してはよくわかりません。しかし、ルーメルがこのノスアムを落とした際には一緒に炊き出しを手伝ったり、治療を行っていたはずなので、私が知る限りはそこまで悪感情を抱いているとは思えませんが……。叔父様どうでしょうか?」
そういって、お嬢ちゃんは横にいる叔父さんに質問をする。
「ふむ。心の奥底はわかりませんが、ジェヤナ様の仰る通り、一緒に治療に炊き出しをしていましたし、商人の行き来が止まっている間も継続して教会に支援物資も私たち経由で届けてもおります。それがルーメル由来であることは明白ですし、神父様ともお話はしましたが問題ないと私も思います」
「……なるほど」
確かに、そういえば炊き出しや治療行為はしていたな。
ノスアムの住民感情を何としてもプラスにするために。
物資の提供も惜しみなくやった。
何せ元手は俺の魔力とか言うのが消費されるだけで、実質タダだし。
「タナカ殿の心配もわかります。教会というのは確かに民心を掴んでおりますし、扇動されれば面倒なことになるというのは、私たちも同じ意見です。教会を邪険に扱った貴族がつぶれたという話は聞く話ですしね」
やっぱり、こっちでも宗教は相応の力を持っているようだな。
簡単に無視はできない。
下手に武力を持つ連中よりもな。
「では、私たちが先に行って話を通しておくというのはどうでしょう? その交渉の中で、態度からでもルーメルに対しての感情もわかるかと思いますが?」
「ジェヤナ様の仰る通りですな。いかがですか? 教会へ訪問をする際にお伺いを立てるのは、領主の関係者としては当然のことですし」
二人とも当然のように言っているが、時間がない。
明日になればジョシーがくる。
そうなれば俺はウエストスターズへと向かわなければいけいない。
結界を張ることに関しては完全にノータッチになるわけだが……。
「ねえ、ジェヤナ。どれぐらい時間がかかる? もう暗くなるけど、時間がかかると。ほら明日には」
そういってルクセン君がこちらを見る。
全員時間がないことは理解しているようで何よりだ。
遅れれば町全体がゾンビ化する可能性があるということを。
「わかっています。すぐに人をやります。日が暮れる前には返事がきます。それ次第にはなりますが、それでも今日中には。そして、町全体がゾンビ化するなんてことを認めるはずがありません。だから少しだけお待ちを」
「わかった。まあ、別に俺がいなくても魔術に関する結界は出来そうだしな。材料に関しては手伝えるかもしれないから、そこだけは教えてもらえればとは思っている」
まあ、俺が作れないモノならアウトだが。
それを守るコンクリートでもあればそれはそれで役に立つだろう。
敵が結界のことを知っていれば意地でも壊そうとするだろうが、それを守る物理的なものがあれば敵はそれを実行できないからな。
コンクリートなんて言わず、合金の倉庫にでもぶち込めば入る手段もないか?
「しかし、旅立つ前日に大ごとですな。まさか、敵が、いえウエストスターズがそんな手を使ってくるとは……」
「なんだ。おっさんはそうは思わないか?」
叔父はそんな言葉を漏らしたので、俺はそう聞く。
「いえ、負けているとなれば、そういう手段があるのであれば使うでしょう。戦争とはそういうものです。とはいえ、町を全部ゾンビ化というのは、今話した教会を含めて大きな反発がありそうなものですが……。まあ、死人に口なしということでしょうか?」
「それはあると思う。とはいえ、町全体をゾンビ化は今話したようにかなりリスクがある。他国ならともかく、自国でやるとなると、相応の問題が出てくる。今回の対策はあくまでも極端な行動をとればって話だからな」
そう、このゾンビ化の話、あくまでも強硬手段に出ればという話になるのだ。
確率はそこまで高くないと俺は見ている。
戦争継続派としても確かに負けは取り返したいだろうが、町全体をゾンビ化なんて鬼札を使えば、自分たちは真っ当な手段で勝てないというような物だ。
それに……。
「確かに、そんな方法で町を切り取っても何も得るものはない。いや、町に残った財貨はあるが、それだけだ。畑も町も維持するだけの人がいないからな。そして教会どころか、冒険者ギルドや商業ギルドなども被害にあっているから、支持は得られんとは思う。事実を知っていれば」
だよな。
実質の焦土作戦。
いや、人員も喪失するからさらに性質が悪い。
ゾンビを利用して町を維持するってことも出来るかもしれないが、その場合はゾンビ化したって喧伝するようなものだしな。
そんな話をしていると、部屋にメイドさんが入ってきて、お嬢ちゃんに近寄って話す。
「ありがとう。皆様、神父様と連絡が取れました。ルーメルの方たちも問題ないとのことです。今までの支援のお礼も言いたいと言っているのでどうぞと」
「そうか。なら、時間が惜しいすぐに行こう」
俺がそう言うと、主要メンバーは腰を上げてすぐに屋敷をでる。
「思ったよりもすぐに応じてくれましたね? 支援した甲斐があったってことですか?」
「ん? ああ、支援したお礼っていうのは間違いないだろうな。とはいえ、あまり気を許しすぎるな。教会としては君たちの取り込みを考えていてもおかしくない」
「え? 僕たちを?」
「……なるほど。確かに回復魔術とかは見られていますからね」
「そういうこと。敵対も困るが、身内に引き込めると思われても困るわけだ。なるべく中立的な視線で話を聞くようにな」
「「「はい」」」
若者たちは気を引き締めた表情になる。
まあ、向こうもこっちに変な対応を取れば殲滅されるというのは理解しているだろうからな。
手探りというのはあるだろう。
そういう意味では真っ向から教会が喧嘩が売るとは思えないが、感情の話だしな。
……気を付けてはなそう。
そんなことを考えていると、目の前にこじんまりとした教会が現れるのであった。




