第51射:意外とのんびり
意外とのんびり
Side:タダノリ・タナカ
「意外と平和ですねー」
そうのんびり言うのは結城君だ。
俺たちは今、グランドマスターから頼まれた街道の巡回の仕事の真っ最中だ。
結城君の言う通り、幸い街道の方は大人しくのんびり馬車で進んでいる。
しかし、昨日は、ついグランドマスターにくどくど言ってしまったが、最悪の事態になるのは稀だ。
まあ、その稀で俺たちの部隊は全滅したというか、あれは完全に仕事を回してきたやつらが、俺たちを捨てるつもりだったからな。
情報を正確に伝えない危険性はそこだ。
最悪、俺たちをいいように使おうってのが見え見えなんだよな。
本当に困ってはいるんだろうが、そういう欲をだすから、現場のやつが死ぬ。
そんなことを考えていると、不意にオーヴィク君が話しかけてくる。
「タナカさん。昨日のグランドマスターとの話なんですけど……」
「ん? ああ、昨日はとやかくうるさくてすまんな。あそこまで言うつもりはなかったんだ」
どうも昨日は、色々思い出してというか、俺にとってのトラウマを思い出して、くどくど言ってしまった。
俺たちみたいな、傭兵は基本使い捨てが当たり前だからな。
とくに、この世界に地球と同じような感覚はない。
ああ、爺さんお得意の情報収集に引っかかったか?
「いえ、俺はあの話はとても参考になりました」
「ああ、それは私も同じだ」
「同じく。私たちを便利に使おうってのが気に入らないわね」
「私たちだって死にたくないからね。昨日の話は今後に生かさせてもらうわ」
そう言って、オーヴィクたちからは賛同を得られた。
「ありがとう。だけど、状況によっては踏みとどまる必要性もあるんだけどな」
「それはわかりますよ。逃げちゃいけない時だってあります」
「でも、昨日の話は優先するべき事柄を無視しているからな」
「とどまるにしても、誰かが足止めって奴よね」
「まずは、情報を届けるのが最優先ってわかるわよ。ってそれがわからない冒険者が多いのが問題なのよねー」
だが、現実は多くの冒険者たちはそういうことを理解していない。
まあ、当然といえば当然なんだが。
情報収集をするということは、効率化を意味する。そこには、英雄はいない。
確実に、安全に、ことを成すというのが大事であり。
その方針は、夢と希望、栄達を求める冒険者の在り方とは違う。
そこが地球の傭兵と、こっちの冒険者の違いだろうな。
一つの戦場で、一個人の活躍が戦いを勝利へ導くなんてのは、地球の戦場ではありえない。
が、こっちの戦場だとありえるからな。なにせ、レベルとかいうものと、前線指揮官が普通に軍を率いて目と鼻の先にいるからな。
地球の現代戦は前線の指揮官はまずどこにいるかわからない。
そして、指揮官、指令所がわかったとしても大々的に攻めたりはしない。
そんな馬鹿正直攻めたら移動されるだけだからだ。
なので、極秘に部隊を送り込んで静かに頭をつぶして。そして、同時に攻勢をかけて上に連絡を取らせる間もなく潰す。
これが、現代の大規模な戦いの方法だな。
まあ、そうなる前に、一気に拠点を急襲して終わらせるんだけどな。
ということで、夢と希望がある冒険者たちは名誉やお金を求めて自由に動きたがるわけだ。
「まあ。冒険者は大きいことをして名誉とお金が欲しい連中が多いからな。兵士とはまた違うってことだな」
「それはわかりますけど、今回に限ってはよくないですよね」
「だな。連携が大事な仕事だからな。とは言え、まずは俺たちが無事に仕事を終えて戻ろう」
「はい」
そう、兵士と違って、別に逃げたから銃殺刑というわけでもないからな。
そこだけは冒険者だけの特権だな。冒険者としての信頼は落ちるだろうが……。
「でもさ。田中さん。村が無事だと思う? さっさと帰れるかな?」
ルクセン君も話を聞いていたのか、そう心配そうに聞いてくる。
「正直な話。現状を考えると村が無事とは思いにくいな」
「だよねー。でも、無事だったときはどうするの? 村の人たちを逃がすの?」
「いや、そういう依頼は受けてない。事情を話すにしても村長とか偉い人だけだな。下手に村人たちに話すとパニックになる。そうなれば、逆に村人が危険だ」
「じゃ、ほったらかしなの?」
「一旦な。救援を呼んでくるといって、その間待機だな。俺たちだけで勝手に村人の移動に協力してもリテア聖都に受け入れ先がないからな。グランドマスターに話を通せば、移動や安全確保のための人員を用意してもらえるかもしれない」
「あ、そっか」
「見捨てていくと思うから気まずくなる。援軍を呼んでくると思えばいい」
要は考え様だ。
逃げたという側面しか見てないから、気まずい。
だけど、より安全な方法を取っていると思えば、最善のための行動をしていると思えるわけだ。
まあ、周りの評価はどうか知らんがな。
「ですが、その時は村に残って護衛をする方がいいのでは?」
大和君も話に加わってくる。
村が無事だった場合の俺たちの行動な……。
「状況によりけりだな。ここで決めてしまうのは危険だ。魔物の群れが攻めている村に数人残るぐらいなら、全員残った方がいいし、その前にまず報告に戻るのが一手になるしな。大和君が想定した状況は村が未だに平穏無事でって感じだろう?」
「……はい。その通りです。田中さんが言ったような状況は想定していませんでした。そんな状況であれば、せいぜい嫌がらせの時間稼ぎが精一杯でしょう」
「だな。それで少しでも魔物の目を引いて、村から魔物を引きはがすぐらいだ」
俺の武器を置く陣地が構築できる暇があるのならば、どうにでもなるけどな。
ハチの巣ですよ。まあ、村への被害も多少は覚悟してもらわないといけないが。
というか、俺の流れ弾で村の人たちは死にそうだがな。
だが、それは最終手段だ。
それは、大和君もルクセン君もわかっているのか、俺を頼りにするようなことは言っていない。
あくまでも、ここのみんなで対応しようという話し合いだ。
「その時は、数にもよるけど、田中さんの言うように、報告に戻るメンバーがいる。それは間違いない」
「そうだな。報告に戻るのは、アキラたちだな。守る者を背にしての戦いの経験はないようだからな」
「うんうん。私たちは一度経験しているから、多少はましよね」
「といっても、のんびりしてもらっちゃ困るわよ。私たちも死んじゃうかも」
などと、冗談を交えながら、いろいろな状況を想定しての話し合いをしながら道中を進む。
こういう色々な状況を想定しておくというのは、その現場にでくわして固まる、作戦会議をするという時間のロスを防ぐためでもある。
まあ、こういうのも、弱いところから、弱点を突くという基礎の延長線上でしかないのだが、規模が大きくなると、それがわからなくなるものが多い。
「そういえば、最初の時にダンジョンがあるかもって言ってましたけど、どうなんでしょうね」
そして、結城君も会話に参加してくる。
ダンジョンの話もあったな。
まだ、確認もされていないが……。
「ダンジョンなー。魔物の出没地域で絞っているとは言っていたが、冒険者の冒険心で色々情報が隠蔽される可能性もあるしな。どこまで素早く話が伝わるか疑問だ」
「そこは心配いらないと思いますよ? 一応ダンジョン発見者には報奨金がでますし、1パーティーで探索するなんて自殺行為ですから」
「絶対とは言えないけどねー」
「そう言うところを、タナカ殿は嫌ったのだろう」
「ええ。下手に刺激して大氾濫でも起こったら大変よ。というかダンジョンの対処って基本国がするものよ。私たち一介の冒険者の手には余るわ」
そして、俺たちはあんなダンジョンにはいかない。
俺の武器もそうだが、結城君たちの魔術の威力もバカにならんし、後ろを気にしないといけないのは面倒極まりない。
ダンジョンで俺たちを始末するのが一番いいわけがつくからな。
わざわざそんな危険地帯に突っ込むか。
「というわけで、ダンジョンを見つけても見張るか、即座に連絡に戻るでいいな?」
俺がそう言うと、全員頷く。
ここのメンバーは物わかりが良くて本当に助かる。
ここで、自分はダンジョンに潜ってみたいとか言い出す奴がいればかなり問題だからな。
俺なら速攻捨てて帰る。足を引っ張る味方は敵よりもやっかいだからな。
「でも、田中さん。村が無事だった時はどうするの?」
「その時はさっき言ったように、偉い人だけに今回の事は伝えて、今後の対応を決めてもらい、俺たちは戻るだけだな。軽く村の周囲は確認する必要はあるだろうが」
「そっかー。まあそれぐらいはしないといけないよね」
「その時は一泊して、翌日出るってところだろうな。そうであれば安心して仕事を終えられるな」
一番楽な状況だ。
そうであれば万々歳なんだが……。
「タナカ殿。前方からウルフの群れです」
そうリカルドから報告がきて、世の中ままならないよな。
「さて、打ち合わせ通り、道中の露払いは結城君たちの仕事だ。頑張れ」
「「「はい」」」
俺がそう言うと、3人は元気に返事をして馬車を飛び出す。
「アキラ。頼んだ」
「おう、まかせとけ」
「恐かったらすぐ戻ってきていいのよー」
「へへーん。そんなことはないよー」
「ナデシコ。気を付けてね」
「はい。危ない時はお願いします」
3人にそう声をかける、オーヴィクたち。
その横で、やり取りを見つめる俺とサーディア。
「若いのはいいな」
「だな。若さで押していける。というか、サーディアもそこまで歳じゃないだろう」
「あれだ。若者から見ればというやつだ」
「ああ。無理に若く見せる必要がないってわけか」
「ああいうふうに若者が頑張ってくれるならおっさんは楽だからな」
「ちがいない」
楽ができるならおっさんでもいいじゃないか。
そう言う感じで、俺とサーディアは応援も特に送らず、のんびりと馬車の中で待っていると、さほど時間はかからず、結城君たちは戻って来た。
「武器だけって言われて心配だったけど、結構いけたな」
「元々、アキラたちはそれぐらい実力があったんだよ」
「ま、それでも田中さんには勝てないけどねー」
「タナカは例外よ、グランドマスターと同じ」
「とはいえ、追いつく努力をあきらめてはいけません。強くならなくては」
「ナデシコは真面目よねー。あれだけ剣を振るえれば上出来よ」
今回はわざと魔術使用禁止を言い渡したが上手くやれたようだ。
回復魔術の練度が上がらなかったのは残念だが。
あのエクストラヒールは是非とも習得してほしいからな。
あれがあれば生存率はぐっと上がるだろう。
代わりに色々目を付けられるのは予想できるから、なるべくこっそり習得したいんだが、はてさて、この仕事の間に覚えてくれないだろうか?
「それは虫が良すぎるか……」
「どうした?」
「いや、このまま平穏無事に終わってくれればなとな」
「虫が良いというか、願わずにはいられないな」
おっさん2人、ウルフを仲良く解体している若者を見ながらそう言うのであった。
今日はウルフの肉がメインだな。
塩コショウで下味かね。
意外と魔物にあうことはなく巡回を続ける田中たちに待ち受けるものとは?
村は無事なのか。
それはそれとて、今日の晩御飯はウルフのステーキです。
みんなも夏バテしてないで、ご飯をしっかり食べような。




