第505射:締め出し初日から
締め出し初日から
Side:タダノリ・タナカ
エカイが交渉したことは思いのほかうまくいったようだ。
何せ……。
『うわ~。田中さん、なんか門の方で騒ぎになっているけど、大丈夫なの?』
「衛兵さんは大変だろうな。ま、武器を抜いたら危険だから、近寄らないように」
『いや、近寄らないよ。沢山兵士も集まっているし』
あっさりと、軍の方は此方の命令というか、要請を無視したようだ。
いや、上はともかく、末端まで言うことは聞かせられないだろうしな。
問題は、末端だけだと、個人処分しかできないから、意味がない。
ちゃんとした、上の命令をもって、動いている馬鹿がいれば良し。
それを狙う。
「こっちも騒ぎになっているな」
この町は東西南北に町の出入口が存在している。
なので、軍の一番近くの出口をゼランとルクセン君、大和君に任せていたんだが、反対側のこっちにも来るとはな。
『え? そっちにもきたのでしょうか?』
「みたいだな。おそらく南側が封鎖されていてもと北ならとか考えたんじゃないか?」
そんなわけがあるかと言いたいが、この世界、というか馬鹿は信じられない考えのもとに動くことは多々ある。
そんなことをしていると、見慣れた男がこっちに走り寄ってくる。
「おいおい。マジかよ昨日の今日でいきなりトラブルとかびっくりだ」
そう、先日現地諜報員というか、協力者として雇い入れたゼサだ。
こいつは一緒に軍に訪問して食料を販売したり、危ないことへの嗅覚があると思って監視役に任命したわけだ。
そして現在、早速一般人を装って門の様子を見てきたわけだ。
「どんな感じだった?」
俺もゼランたちと同じく門が見える飲食店に居座っている。
カフェなんておしゃれなものはこの世界にはほぼない。
何せ物資も滞っているところだからな。
基本的に軽食というのはなく、飲食店のみだ。
まあ、飲み物をメインにするカフェとかいう存在もないわけだ。
確か地球では16世紀ごろにカフェの存在を確認されていたとか聞いていたが、こちらはそこまで進んでいないらしい。
いや、ルーメルの王都などでは確か見かけたな。
あれか、あるところはあるから、需要と供給の問題か。
と、そこはいいとしてゼサからの報告を聞かないとな。
「どんな感じって。軍人の奴らが中に入れろの一点張りだな。門の兵たちは困りながらも、領主の命令と、そちらの軍には通達済みだって言っているな」
「真面目に門の衛兵が仕事をしているのか。町に被害はまだなさそうだな」
「町に被害はないが、あのままだと衛兵と軍人のぶつかり合いになるんじゃないか? それでいいんじゃないか?」
「ま、行けないことはないが、どこの所属かをはっきりしてほしいところだな。下っ端すぎると切られるしな」
「あ~、今のところは個人の暴走ってことになるのか」
「そういうことだ。どこかの偉い人の命令で来ているとか堂々と言ってもらえれば、将軍さんもその馬鹿を追い出す理由になるってさ」
これで、敵対している勢力、つまり好戦派の連中を追い出して、停戦に持ち込めるだろうと。
「なるほどな。追い出したいのは下っ端じゃなくて、上の方だもんな。名前が……って、それは問題がないか?」
「どういうことだ?」
「いや、敵対勢力なら、そっちの名前を名乗って汚名を着せることもあるんじゃないか?」
おお、意外と頭が回るな。
確かにゼサの言うことは間違いではない。
デシア将軍に汚名を着せることもゼロではないが……。
「まあ、あることはあるが、結局の所、ヅアナオから厄介と思われるのは事実なんだ。そうなれば馬鹿が動くことには間違いない。というか、それを理由に撤退してもいいかもな」
あのデシア将軍がそんな間抜けな部下を付けるとは思わないし、敵の派閥に利用されることもないだろう。
何せ、ノスアム西砦の戦いでこっぴどく負けたんだ。
再び戦争推進派が何も策を無しに戦いたいとは思わないはず。
勝てると思っているなら、さっさとデシア将軍の言いつけを破ってノスアム西砦に攻め寄せているはずだからな。
それをしていないってことは今のままでは負けると思っているってことだ。
つまり敵対勢力も無駄死にはしたくなくて、何とか撤退出来る理由を探しているかもしれないわけだ。
まあ、デシア将軍たち反戦派はそれを無視して戦いたがる馬鹿がいると思っているからこそ、確実に犯罪の証拠を押さえて戻りたいんだろうがな。
どちらにしても問題ないわけだ。
ついでに言えば……。
「将軍の名前を使ったとしても命令は既に届いているし、本人が戻れば嘘か本当かはわかるだろう?」
「あ、そういえばそうか」
デシア将軍の名前を語ったとしても、今はいいとして、もうすぐ戻ってくるわけだ。
その時に名前を使ったとか言っても、本人がいないのであれば命令書も何もない。
つまり、誰かが独断で動いたことになる。
結局、将軍の味方がバカをしたとしても、そこらへんは上手く調整するだろう。
そういうことぐらいは上手くやるさ。
もちろん、敵の勢力が馬鹿をしてくれればそれはそれでありがたいんだが。
「まあ、馬鹿が大げさに動くまでは、のんびりしよう。酒場の店主の方も仕入れで町を動くから見てみるって言ってたしな」
「だな。初日でこれだから、長くはもちそうにないとは思うけどな」
俺もそう思う。
ここまで馬鹿というか、部下を押さえられない上が我慢できるとは思えない。
下っ端が町に乗り込めないなら、将軍の名前は不味いと考えて、自分の立場をつかって入ろうとするだろうな。
「じゃ、ここは予定通り任せるぞ」
「ああ、そっちは西と東を見てくるんだったか?」
「そうだ。他も厄介になってそうだしな」
「だな。見ておいた方がいいだろう」
ということで、ゼサを監視に置いて、他の場所の確認に向かう。
そして向かいつつ、ジョシーへと連絡をとる。
「と、そんな感じで面白いことになっているが、そっちはどうだ?」
『んあ? こっちは退屈な道中だな。あと3日もあればつくぞ』
「思ったより早いな」
『そりゃ、帰りは戦車と装甲車だしな。馬はない』
そうだった。
のんびり馬を歩かせているわけじゃなかったな。
「3日となると、微妙だな。馬鹿が馬鹿やるには時間がたらないか?」
『それでもいいさ。もう軍は締めだしているんだろう?』
「ああ、既に軍の下っ端だろうが入れろって騒いでいるな」
『なら、それで十分に撤退理由になるだろうさ。こっちの戦力も正確に把握したんだ。それでヅアナオの領主からも迷惑をかけるなって言われているんだろう? それなら引いても問題ないだろう。こっちの戦車で脅してもいいし』
「最悪はそれだな。下手に反発は買いたくないんだが。ウエストスターズの王都に行くときに背中を襲われかねないぞ」
『それはそれで楽しいからよし』
「おまえなぁ。ウエストスターズにはこっちの関係者がいるかもしれないんだから、向こうで多少は調べる時間がいるだろ。廃墟じゃ調べるにしても時間がかかりすぎる」
そう、あの露骨な名前の国はどう考えても俺たちの世界出身の人物がいる。
いや、いたのかもしれないが、とにかく調べる価値はあるわけだ。
『あ、そうだったな。ま、適度にやるさ。それで結局ウエストスターズに向かうのはダストだけでいいのか?』
「流石に結城君たちはノスアムに待機だな。何せ、向こうは銃がある可能性がある。その中に連れて行くには……」
『無理だな。あっという間にハチの巣だ』
俺が答えを言う間にジョシーが言う。
銃を持った戦い方は教えたが、それでもそういう戦いで生き残れるかというと、俺もジョシーと同じ答えだ。
「結城君たちは勇気があるからな」
『向かうやつはあっという間に死体だからな』
勇気のあるやつは真っ先に死体になる。
それが現代戦の掟ってやつだ。
「さて、もうすぐ西門だ。何かあるといいんだが……」
こうして、俺は門の確認を進めるのであった。




