第501射:男が町に来た理由
男が町に来た理由
Side:タダノリ・タナカ
「ふぅ」
俺は門に並んでる持ち込みの列の前で一息つく。
ジャックという人物に岩塩を鑑定してもらい、買い取ってもらった。
ピンクの岩塩がこっちではレアものだとはな。
本当に地球のモノを売り買いするのは注意しないとな。
普通に白を持ち歩くことにするか?
「よう。思ったよりも時間がかかったな」
俺がそんなことを考えていると、先ほど一緒に並んでいた男が立っている。
「待ってたのか」
「おう、一緒に飲もうって約束していたしな。それに上手く売れたんだろう?」
「そうだな。お前さんに色々話を聞くためにも奢ってやるさ」
「わかってるじゃないか。あれだけ話したんだ。ただとは言ったが、そういうのがいいことだ」
残ってくれているなら、この男との縁はまだ続くわけだ。
どこまでの付き合いになるのかはわからないが、ヅアナオにいる間は仲良くさせてもらう。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はタナカだ」
「ああ、俺はゼサだ」
改めて俺たちは自己紹介をする。
とはいえ、名前以外は既に話していたのでそのまま歩き出す。
「身の上は話したしな。しばらくは町にいるんだろう?」
「ああ、ほかに儲け話もあるかもしれないしな」
「だな。軍に物品を卸すのもそろそろきつくなってきたしな」
「酒場で聞いたな。そろそろ町の物資の値段が上がってきたとか」
「酒場でも話されるってことは本当に値が上がっているんだろうな。そうなると、町の人たちもそろそろ食料を持っている俺たちを見る目が変わってくるか?」
「そんなことは言っていたな」
儲かる方へ売るのは当然だが、それはすなわち、町の人には食料が回らなくなるって意味になるしな。
そうなると、恨みに代わる。
何せ、人が生きるために必要なものである食糧を握らているからな。
いや、握られているというか、奪われていると思うだろうな。
前までは買えていたんだしな。
それが軍が来たことで値が上がって買えなくなる。
最悪は食料を求めて襲ってくる奴もいるだろう。
日本じゃありえない話だが、現代の地球でもよくあることなんだよな。
南部、つまり温かい常夏の地域だと食料には困らないんだがな。
だがこの土地は四季がある。
つまり、食料が取れなくなる時期、冬が存在しているわけだ。
その場合の食料の価値は跳ね上がる。
文字通り、殺してでも奪い取るぐらいには。
「こりゃ、うかつに売れないか?」
「すぐにどうこうってわけではないだろうが、町の人にはあまりいい顔はされないだろうな」
「うーん、ほかの仕事探すか~。タナカはほかの仕事って詳しいのか?」
「詳しいというのはよくわからんが、色々聞いては見たな。とはいえ、冒険者ギルドでも食料の買い取り、それに付随した魔物狩りがメインだな。あとは、町中の手伝い」
「それだと稼ぎにならないな」
「商人護衛とかそういうのはあるが、町を離れるから違うんだろう?」
「ああ、この町で稼げるならそれが一番なんだよな。村に戻る必要もあるし」
このゼサは狩人で村から出稼ぎ……でいいのか?
それにしてはまだ戻らない感じだな。
「そういえば村に戻る必要があるという割には、ここにかなりいる感じがするが? 大丈夫なのか?」
「ん? ああ、そこは大丈夫だ。村の買い出しってわけじゃないからな。俺が個人的に稼ぎに来ただけだ。弓と矢もただじゃないしな。消耗もする。これがないと稼ぎにならんしな」
そういってゼサは弓を見せてくれる。
確かにくたびれているな。
使い込まれていると言ってもいいが、耐久が限界に近いんだろう。
「金があれば買うだけでよかったんだがな。そこまで余裕はないわけよ」
「なるほどな。飯の種を買いに来たわけだ。そりゃ簡単に帰れないな。とはいえ、長い間開けるのはいいのか?」
「ん? ああ、家族とかはいないしな。狩りで数日家を空けるのもよくあるし、町に弓弦箭の買い替えに行くのは言っているからな。心配はいらないさ」
「そういうもんか。あまり家を空けると乗っ取られそうな気もするけどな」
これ日本ではありえない話だが、外国では空き家を作ると、浮浪者とか不審者が勝手に住み着くケースが多々ある。
しかも法律的に乗っ取られる可能性も十分にあったりする。
こっちの世界はそういうのもないし、空き家なんざ、下手をすると野盗の拠点なんかにもなりかねないが……。
「大丈夫さ。ボロ家だし、寝るのと飯を食うだけの空間さ。下手をしなくても宿の方がマシだね。まあ、変なのが住んでいたなら事情を聴いて対処するだけさ」
「心配はしてないようだな」
「何せ辺鄙な村だしな。何もないところだ。盗賊が来る理由もない。軍もいるからな。近辺でトラブルも起こらないさ」
そういうことか。
確かに軍がいることで近辺の治安は良くなっているだろうな。
とはいえ、その軍が治安悪化の原因になりそうだが。
そんなことを話している内に町にもどり、そのまま酒場へと向かう。
酒場の中はまだ日中ということもあってそこまで人はいない。
いや、普通酒場は夜しか開かないだろうと思うのは地球の話。
こっち世界の酒場は基本的に日中から営業している。
理由は夜は基本皆寝るからだ。
ロウソクと松明の光源じゃ限度があるって話だな。
そこに経費をかけるのであれば、日中から開けておくのが良いって話だ。
あと、冒険者以外の人も使うには使うからというのもある。
「よう、いらっしゃい。ああ、この前の兄ちゃんか」
「ああ、客連れてきた。まあ、今日は俺のおごりだが」
「おう、おっちゃん。お世話になるぜ」
「あん? なんだゼサか」
「なんだ知り合いだったか」
「まあな。ここには何度も来ているって言ったからな」
「こいつ、毎度弓の手入れや新調にくるんだが、ここで飲むから金がたまらないんだよ」
ああ、貯蓄が出来ないタイプか。
「うるせー。ここじゃないとうまい飯も酒もないんだから、仕方ないだろ。腕落とせよ」
「けっ、こうやってこっちを持ち上げるから文句も言いにくい」
「なるほどな。ま、金をためれないことにはちょっとあれだとは思うが、ここの飯が美味いのは同意だ」
「わかってるじゃないか。おっちゃんということでいつもの」
「おう、料金は前の分が余ってるからいいぜ」
「いや、あれは情報料もあるからな」
「それでももらいすぎだって話だ」
「なんだ。そんなに金持ちだったのかタナカ?」
「金持ちっていうのは違うな。必要な事には金を使うってタイプだよ」
「そうか。ま、深入りはしない方がよさそうだ。おっちゃんがこういっているし、のみくいすればいいだけさ」
まあ、そういうもんだろうな。
余り計算がはっきりしないことは苦手だが、別にこちらを騙そうという感じはないから受け入れることにするか。
「なら、店に問題ない程度に頼む。あと、追加の金だすからいいの頼むな」
そういいつつ、俺は追加の料金を払う。
いらないっていうだろうから、良いのを頼むって言い方にしてな。
「ゼサはあれだが、お前さんも気を遣いすぎだぜ。ま、良いモノを出すから仕方ねえな」
苦笑いしつつおっさんはそのまま金を受け取って準備を始めると、まずは一杯を持ってきてくれる。
「よし、じゃあ。無事に獲物が売れたことを祝って」
「ああ、無事に売れて……」
「「乾杯」」
ということで、俺たちは酒場で飲み始める。
まあ、これで口が軽くなることを願おう。
そこまで大事な情報を握っているとは思わないがな。
「ああ、そういえば、お前さんたちは軍に食料を売りに言ったんだったな。兄ちゃんは警戒してみたいだが行ったんだな」
「実際行ってみて、向こうの様子を見てきた感じだな」
「どうだった?」
意外にもゼサではなく、おっちゃんの方が軍の様子が気になっているようだ。
「意外と、普通だったな。売りに来ていた馬鹿が追い返された」
「あったあった。軍人相手に横柄に高値で売ろうとしていた馬鹿がいたな」
「そんな命知らずがいるんだな。と、ほれ、良い飯だ」
そういって出してくるのは分厚いステーキだ。
これは食べ買いがありそうだな。
「うひょ~。これ出すかよ。タナカから食料不足って聞いてたぜ?」
「別に今すぐ枯渇する話でもないし、生肉はさっさと使わないと熟成通り越して傷むんだよ」
確かにな。
幾ら高級品でも冷凍庫なぞあるわけもないし、消費しなければゴミになるからな。
とりあえず、美味そうな肉を食ってから話をするとしよう。




