第500射:塩は売れるがちょっと色々ある
塩は売れるがちょっと色々ある
Side:ナデシコ・ヤマト
『次は4人まで入れ』
珍しく田中さんが長くお話をしていたのですが、それは兵士の声によって遮られます。
興味深い人のお話ではありましたが、あの場所へは取引と様子を見るために来たのです。
そちらを優先して当然でしょう。
『じゃ、検討を祈る』
『ああ、上手く売れたら一緒に飲もうや』
『そうだな』
そんな会話をして別れたようです。
『珍しいね。ダストがああも話をするなんて』
どうやらジョシーさんも同じ意見だったようでそんな風に声が聞こえます。
「やっぱり、田中さんがああいう風に話すって珍しい?」
『珍しいね。傭兵っていうと意外と機密系に関わることは多いからね。無駄口は消されるっていうはまあある。仲間ならともかく、敵か味方かもわからない相手の前でべらべら喋ると口が滑るからね。そして、そういう風に情報を引き出そうとしてくる連中は山ほどいる』
「あ~、映画みたいなことってあるんだ」
『人の口には戸が立てられないってことだね』
あら、そういうことわざは御存じなのですね。
それとも自動翻訳で私たちがそう聞こえるだけなのでしょうか?
と、そこはいいとして。
「田中さんがああやって話していたということは、相応に信用したということでしょうか?」
『だろうね。脅威でもなく、相応に使えると思ったんだろうね。まあ、あの町に一人でぶらぶらしているっていうのは目立つだろうしね。そういう意味でも知り合いを作ったというのもあるだろうが。エカイってやつを友人とするには、ちょっと問題があるしね』
「そりゃ、裏の偉い人が友人って紹介できないよ。田中さんがただものじゃないって話になるし」
「だね。まあ、表の情報を得るためってところかね?」
『ゼランの言う通りだろうね。表の情報を集めるには便利だったんだろうさ。酒場とか冒険者ギルドで集められはするが、それは表層的なものだしね。かといって金を積めばそれはそれで怪しくもなる。それを避けるための人材としては最適だろうね』
確かに、あの方がいれば多少は田中さんのことをごまかせそうな気がします。
まあ、戦闘などになればその異質さは隠せないと思いますが。
そんな話をしている間に田中さんが担当の人と話を始めたようです。
『お前は初めてだな?』
『ええ、話を聞いてやってきました。こちらでは町よりも高く買い取ってくれると』
『そうだ。とはいえ、こちらが提示している金額しか出さないがな。下手に騒ぐと先ほどの連中のようになるから弁えろ』
『わかりました。それで買取をお願いしたいのはこれです』
そう言って、おそらくアイテムバックから出したのかドサッという重量物が置かれた音が響く。
『おお、これは立派な肉だな。大きさからイノシシか?』
『いや、オークだ』
『オーク? この一帯にオークがいたのか?』
『ちがう、アイテムバッグから出しただろう?』
『ああ、違う所でか。いいのか? 他で捕ったということはそちらの食料なんだろう?』
『構わない。仕事でオークの集落を見つけてな。そこを殲滅した時の残りだ』
ああ、確かリテアでの依頼でそんなのがあったような?
いえ、アスタリの町での防衛戦をした時でしょうか?
どちらとも大量の魔物を相手にした戦いでした。
アイテムバッグは時間が経過がない貴重なものをルーメルからもらって……いえ借りています。
相応の容量もあるので、今出したものは端量と言っていいでしょう。
メインも別にありますし。
『なるほど。それならありがたく買い取ろう。というか、それならもっと出せないか?』
『あと2つ程度なら』
そう言って、田中さんは相手の要求に応じてお肉を出す音が聞こえます。
『うむ。重量も間違いないな。では規定通り支払いをしよう。この金額となるがよいか?』
『問題ない』
『では、サインを』
一応こういうやり取りはきっちりしているのですね。
サインなど偽装できそうなものですし、そんな書類を持ち運ぶのも軍としては大変なはずですが……。
とはいえ、そういう仕事が無ければ軍は動かせないのは事実ですが。
『そういえば、サインをする前に質問を良いだろうか?』
『なにか不明なところでもあったか?』
『いや、今後の参考に肉以外に売れるものはあるのか?』
『肉以外か。まあ、普通に小麦や野菜、果物もいるが、肉に比べると安いしな。お金にはならないぞ? 一応記載もある』
どうやら、そういう一覧はあるようですね。
そうでもないと物資は手に入り辛いでしょうし、そういうのをちゃんとしているというのはあの将軍がちゃんと規律正しく軍をまとめているのだというのが分かります。
『塩の記載はないように見えるが?』
『塩を持っているのか?』
『ああ、相応に持っている』
『それなら見せてもらえるか? 塩といっても、色々あるからな』
『わかった。これだ』
そう言って田中さんはゴトリと塩というのは重い音を立ててテーブルの上に出すのが聞こえます?
袋の塩ではない?
『岩塩だ』
ああ、なるほど。
そういえば、日本とは違い大陸では海岸で塩を得るわけにはいかないので、内陸での岩塩を採掘して取っているのでしたね。
地球の規模的には岩塩を利用している国が大半を占めているほどだったはずです。
まあ、塩田は燃料はもちろん、手間暇がかかりますからね。
藻塩などは風味あってとても良いのですが……。
採掘するだけで済む岩塩というのは、そういう意味でも楽なのでしょう。
ああ、もちろん岩塩は岩塩でおいしいのですが。
『削り取ってみるがいいか?』
『ああ』
確かに、塩かどうかを確認しないとだめですよね。
ナイフでも取り出したのか、ガリガリと削る音が聞こえてきます。
『間違いなく岩塩だな。ピンク色の岩塩とは珍しい』
『そうなのか? 珍しいってことはあるにはあるのか?』
『ああ、確か山の上で捕れる珍しいもので、高級品の分類だ』
『そういえば、確保したのは山の上だったな。仕事の関係で寄って、ついでにいくつかもらったんだ。どうせ持ち運びも苦労するからってな』
『その通りだ。持ち運びに苦労するから、山の上から岩塩を運ぼうとするものは少ない。魔物もでるし、盗賊もでる。というかピンクの岩塩は相応に値段がするから、盗賊とかは特に狙うからな』
あっさり嘘をつきますね。
地球産のピンク岩塩なんて文字通りいつでも作り出せるはずですし、あたかも自分が取った、採掘したように話すのは流石田中さんというべきなのでしょうか?
いえ、それよりも大事なのは……。
『なるほどな。それで高級品となると買取はできないのか?』
『いや、まて。塩は塩だが、今言ったように通常品と規格が違う。もっと詳しい者を連れてくる』
そう言って、担当者は席を外したようです。
「まいったね。思ったよりも塩は貴重品みたいだ」
「下手に上の人がでてくるってまずいのかな?」
「どうでしょうか? 軍の事情を知るということについてはいいことですが……」
「その分、目を付けられるってことだね。まあ、タナカの旦那なら上手くやるだろうし、私たちが提供するのはそこそこの塩にした方がいいってことが分かったのはありがたいことさ」
確かに、私たちも塩を売ればいいとしか思っていませんでしたし、商業ギルドを通じてとはいえ、こちらの商品がバレる可能性もあるのですから、こういう事前情報はありがたいのは間違いありません。
『こちらです。待たせたな。この方は……』
『私はこの買取の責任者をしているジャックというモノだ。貴殿がピンクの塩を持ってきたと聞いているが?』
『ああ、こっちだ。あと、無礼は許してほしい、こっちは冒険者なんでな』
『それは気にしていない。さて、改めて確認させてもらうぞ』
そう言ってしばらくたつ。
田中さんもこういう時は黙っているのですね。
『……間違いなく本物だな。これは売ってもらえるのだな?』
『それは金額次第だな。あと、塩自体は買い取っているってことでいいのか?』
『金額については、この大きさと希少性ならこれぐらいだな。質問にかんしては塩は基本的に貴重品だからな、売るほど持っている連中は少ない。まあ、一応物資として持ってきているので心配はないが、あるなら買い取る。そのかばんにあるのか?』
『あるにはあるが、そこまで多くないな。これは商業ギルドとかには依頼しているのか?』
『依頼をしているが、塩はその領主でルールが存在している。商人でも立ち寄ればいいが、中々補充が効かない』
『なるほどな。じゃ、あと二つだ』
そう言って田中さんはごろごろと岩塩を取り出して、改めて取引を始めるのでした。
塩って戦略物資の要ですからね。
昔から地球でもかなり争いの種になったり、補給をどうするかでかなり揉めています。
塩大事。




