第499射:一般人はどう思っている?
一般人はどう思っている?
Side:タダノリ・タナカ
『ふむ。なら、塩とかが結構売れるかもね』
『塩?』
『保存食を作るうえでは大事なんだよ』
『そうだね。パンを作るにも塩は大事だし』
『だべ、簡単には補給できないものでもあるべ』
そんな話声が俺のイヤホンから聞こえてくる。
ああ、ちなみに俺はイヤホンが見えないようにヘルメットっぽいのを付けている。
皮の帽子ってやつか?
冒険者ならそういうのは付けているからな。
俺にとってはこういうのはごまかすのに便利だ。
「それ、面白いな。塩をちょっと持って行ってみるか」
そう呟いておく。
向こうに塩を持って行くのが有効かどうか見極めておけってことだ。
欲しているなら、そこを握ることで有利にたてるだろう。
色々な意味でな。
トラブルの情報を引き出したりぐらいは簡単かもしれない。
とはいえ……。
「流れてはきたが時間はかかるな」
「そりゃな。数が多いしな」
そう、この列はどう見ても40人近くはいる。
どれだけカウンター、受付があるかはわからないが、品物を鑑定して支払いという作業となると手続きも大変だろうというのはわかる。
まあ、ここら辺をちゃんとしているっていうのは軍としては好感は持てるが、統率はされているってことでもあるしな。
軍としては今のところ問題はないか。
あるとすると個々がってところか。
あの軍を率いているジョシーと一緒にいる将軍はまともだったってわけだ。
少なからず、軍としてはちゃんと運営しているわけか。
いや、そうでもないとノスアム西砦の戦闘時点で瓦解しているか。
そんなことを考えていると、話をしていた男が話しかけてくる。
「そういえば、お前さんはヅアナオに住んでいるのか?」
「いや、今回の戦を聞いて、人が集まっているってことで、何か仕事がないかって思ってきたわけだ。そっちは?」
「俺は、ヅアナオにってわけじゃないが、近隣の村に家がある。狩人だな。今回は獲物が取れたから売りに来て、軍が高く買い取っているっていうのを知って、頑張っているわけだ」
なるほど。
俺の建前と同じか。
こっちは本当に村から来たようだが。
「そうか。なら、ついでに聞きたいんだが、ヅアナオはやっぱりいつもよりは賑わっているのか?」
「ん? ああ、賑わっているっていえば賑わっているな。とはいえ、祭りじゃなくて軍がいる事での賑わいだから、少し緊張感というか、そういうのがあるな」
「やっぱりそうか。酒場のおっさんたちも同じことを言っている。とはいえ、大きなトラブルは今のところないみたいだが」
「そりゃな。軍がいるしな。その軍がトラブルの元になれば、あの町は荒れ放題だろうさ」
「そうだな」
兵力が町を上回っているような状態だ。
軍が町を好きにし始めればあっという間に荒れるだろう。
とはいえ……。
「近隣の村に住んでいるっていうなら、聞きたいんだが、あの軍はいつから、そしていつまで何のためにいるんだ? まあ、これだけ大人数なんだ。どこかに戦争に行くとは思うが」
そう、住人たちはあの軍をどういう認識しているのだろうか。
裏や酒場の連中からはある程度聞いたが、完全な住人というか一般人からの意見は聞いたことがなかった。
「ヅアナオにとどまっている期間はわからないな。何せそういうのは偉い人が決めるもんだろう? どこに戦争っていうのは知っているぜ」
「聞いてもいいか?」
「そりゃ、お前さんも聞いていると思うが、隣のノスアムが西側の連中に落とされたって話だからな。その攻略の為だろうな。まあ、なんか町の人たちは一度出てから戻ってきたって話もあるから、なんかあったんだろうが、詳しいことはこっちもさっぱりだな。無理に聞いて軍人さんににらまれたくもないからな」
「そうか。こっちに戦火がくるんじゃないかって思ってたんだが、そういうのはなさそうか」
「……ああ、そういう可能性もあるのか。あれだけの数を集めているのは初めて見たからな。負けるとか考えたこともなかったな」
なるほど。
確かに万を超える軍隊だ。
あれが負けるとか一般人からすると想像もつかないだろう。
「まあ、あそこに堂々と陣を張っているんだ。敵が来てもすぐにどうこうはならないだろうさ」
「ああ、俺もそう思ってる。盗賊とかはいなくなっているしな。やりやすい」
「やっぱりそういうのはあるか」
「あるな。軍人がいるのに盗賊が闊歩はできないな。すぐに討伐される」
そこは不思議なんだよな。
こういう時代の軍は手痛い敗北をすると盗賊などになって、地元を襲う厄介なものになるんだが、軍の時は討伐をするっていうのは。
「まあ、積極的にはやらないけどな。物資などを蓄えているっていうと動くってことは聞くな」
「ああ、物資回収なら納得だな。それだけ大きな盗賊ってわけだ」
「そういうことだ。他国と戦争の前にそういう盗賊を排除して欲しいもんだが、流石にあの人数を投入しろとはいえないね。こうして食料不足になっているんだからな」
「食料不足か。やっぱり目に見えて無くなっていたり、高くなっているのか?」
「いや、今のところはないが、ほら高く食料を買い取っているだろう? それで町に流れる分が減っているって感じだな。近いうちに値が相応に上がるだろうって話だな。って、酒場から聞かなかったか?」
「酒場からは値が上がり始めているって話だったな。一般の方はまだかって感じだ」
「あ~、まあ一般向けまで上がり始めたらそりゃあっという間に高くなるだろうしな。そうか、既に商売の方は値が上がり始めているか。こりゃ宿とかの値段もあがるか」
「まあ食料が上がれば当然あげるしかないな。飯がない宿ならいいが」
「飯が出ない方が節約できそうだな」
本当にな。
食事を出しているところは材料費がダイレクトに影響するだろうし、そこを回避するには食事のないところが良いだろうが……。
「結局食べることは間違いないから、安いところを探すか、下手をすると宿を取っているから安いってところもあるだろう? そっちの方がマシじゃないか?」
宿泊客割ってやつだな。
「そっちもあったか。とりあえず、町に戻ったら探してみるか」
「だな。あるいは今持っている獲物を持って行けば食事ぐらいは一日タダになるかもな」
「一日程度じゃな。いや、この程度の肉ならマシか?」
そんな風に意外とこの男とは話が弾む。
こいつが喋り上手なんだろうな。
俺が警戒するであろうワードを口にはしないし、動きも別に軍人というわけじゃない。
分かっていてそうしている節がある。
こいつはそういう雰囲気を感じ取れるってわけだ。
これなら裏のエカイたち、表の男ってことで使えるかもしれないな。
「なあ、あんたはまだしばらく町にいるのか?」
「ん? あ~、どうかな。獲物が取れるならまだ稼ぎたいが、ほれ、こんな感じで最近は獲物が小さくなってきてな」
「獲物が少なくなってきているか」
「ああ、まあいないってわけじゃないし。捕れるには捕れるが、そう長くはないな。それで俺になんか用か?」
「今話していてな、いい情報を持っていそうだと思ってな。知り合いがいないし、いい話し相手になりそうだと思ってな」
「話し相手か。そりゃいいな。確かに、他の連中はギラギラしているからな。金がかかっているからしかたがねえが、迂闊に話もできないよなぁ」
「ならなんで俺に話してくれた?」
特に警戒することもなく自然に聞く。
「そりゃ、お前さんぎらついてないからな。お金はそこまで困っているわけじゃないだろう? どちらかというと、ここの軍人に興味があるって感じだろう?」
「まあな。軍人というか、戦況についてだな。さっきも話したように負けるようなら影響が出かねないからな」
「なるほどな。確かにそういうのは大事か。となるとお前さんは偉い人か?」
「いや、商人の方だな。物は売れても恨みを買うと怖いって上がな」
「あ~、そっちか。確かにな。荒稼ぎすると、その分か」
「わかるか?」
「わかるわかる。俺の村にも行商人がくるんだけどさ、やっぱりというか町よりも高めなんだよ。まあ、道中の経費があるのはわかるが、ここまで高いとなってな」
「そういうことか」
まあ、村までわざわざ行商なんて慈善事業か、個人の繋がり、あるいは儲けるためだからな。
高くなるのは当然か。
「次は4人まで入れ」
と、ようやく順番が回ってきたようだ。
さぁて、何を欲しがるか楽しみだな。




