第5射:傭兵の方針
傭兵の方針
Side:タダノリ・タナカ
ま、予想通りというかなんというか、実戦訓練の話を告げた3人はあからさまに顔色が悪くなっていた。
「勇者殿たちは、本日の訓練は何やら気もそぞろだったが、何か言ったのかね?」
そういって、俺に話しかけてくるのは、このルーメルのお城である程度気を許せる、マノジルという魔術師の爺さんだ。
既に、3人はマノジルの訓練を終えて部屋に戻っているのだが、心配されるほど客観的に見て、様子がおかしかったらしい。
「言った。一週間ぐらいで実戦に行くことになるってな」
「もう少し、言葉を選んではどうかね?」
マノジルは困り顔で、とりあえず、たばこをふかす。
「飾ったところでどうにかなる話じゃないだろう?」
「まあな。しかし、最悪、戦えなくなることもあるぞい?」
「新兵が実戦で使い物にならなくなるなんてのはよくあることだろう? そして、死ぬか、送り返されるか、そのまま踏みとどまるか。それだけだよ」
俺はそう答えて、同じように煙を吐く。
「……送り返されることはないじゃろうな」
「そりゃな。ルーメルが戦力として欲しがった勇者様だからな」
送り返されるぐらいなら、最初の時に送り返しているだろうしな。
「勇者殿たちが戦いを拒否するのであれば、わしは逃がすことにするぞ」
「逃がすって、どこにだよ」
「そうさな。伝手でリテア聖国の所じゃな」
「そこでひっそりと余生を……ね。上手く余生を過ごせると思うか? ルーメルの方からの追手や、リテアの方も勇者を手に入れたってことを利用したがるんじゃないか?」
「まあのう。だが、可能性がないわけでもないし、逃げることは悪いことではないぞ?」
「確かにな。ま、最悪は逃げの一手だな。その時は上のクビはもらっていくけどな」
あんな独裁に近い体制なんだし、上が倒れたら、王という席の奪い合いでこっちに構ってる暇はないだろう。
幸い、殺すだけなら、さして手間もかからないからな。
「……お主ならできそうじゃのう。そうなって欲しくはないが」
「なんだ。それなりに、王やあの姫さんに忠誠はあるのか」
「今回の事で下がりはしたがのう。あの2人とて、最初はああではなかったんじゃ」
「そりゃな。赤ん坊のころから悪人ってのはいないわな。だが、人は変わるもんだ」
人は変わる。きっかけは人それぞれ、良い方向にも、悪い方向にも、意外と簡単に変わる。
引き金を引いたことが忘れられずに、ずっと戦場に立つことを望むバカもいたしな。
逆に、人を殺し飽きて、平凡な生活を望む奴もいる。
それが善か悪なのかはしらん。
ただ、周りの人を脅かすのならば、排除されるだけだ。
王であろうが、お姫様であろうが、それは変わらん。
2人にとって、国にとって良かれと思ったことだろうが、俺たちにとってはいい迷惑でしかない。
だから、その結果、俺や3人の学生に殺されても、致し方ないことだ。
法律での善悪、良い悪いはあるが、人の心なんざそんなことは関係ないからな。
「ま、最悪の結果は考えても仕方がない。まずは、あの3人が実戦に耐えられるようにするべきだろう?」
「そうじゃな。しかし、いい実戦場所か……」
「別に人を殺すわけでもないんだろう? 魔物とかいう大型生物だろ?」
「お主はわかっておらん。魔物はこの世界に住む者にとって脅威なんじゃよ。人の命を狙う害悪が形を持ったものじゃ。基本的に、普通の人々は壁の内側に住んで、魔物と対峙することは避けて生活する。そして、それを操る魔王をどうにかせねばならん」
「それは聞いた。だが、俺が話を聞く限り、ただの動物と変わりない気がするんだよな。本当に人を襲う害悪ってのにも疑問がある」
「なに? どこに疑問を持った?」
「いや、魔王が操るって言ってるだろう? それって本来、制御していないってことだろう? つまり野生。というか、魔王が操れるって話なら、なんで、この土地に住んでいる魔物を総動員して人を襲わない? 矛盾だらけだ」
マノジルも含めて、このルーメルの連中は言っていることがずれている。
まあ、魔王が魔物を操っているのが間違いないとしても、どう考えてもそんなに数は多くないはずだ。だって、この王都無事だしな。
無限に湧くって言われている魔物を完全に操れるなら、疾の昔に物量に押しつぶされてるわ。
「むう。そう言われると確かにな。しかし、魔物を操り、配下にして人を襲わせるというのは魔族、魔王がやっていることに間違いはない」
「じゃ、人が訓練用に魔物を捕縛したり、先兵のようにしたり、家畜のように扱っていることはないのか?」
俺がそういうと、意外なところを突かれたようで、驚いた顔をしている。
「その様子だと。普通にあるようだな」
「ああ。テイマーという魔物を使役する連中はいるし、魔物を捕まえて闘技場で戦わせるという話も聞く。無論、戦場での先兵というのもよく聞く」
「ま、おそらく絶対的な量や実力の違いでもあるんだろうが、根本的なところは、お前らと魔王、何が違う? 他所から来た俺にはただの領土争いにしか見えんね。そして、魔物はちょっとおっかなくて強いのもいるけど、それだけの野生動物だな」
「……そう、じゃな。言うことは間違っていない。だが、魔王と人の歴史は……」
「あー、そういうのはいいから。別に戦うのが駄目って話じゃないさ。人は人と国が違うだけで、考えが違うだけで、簡単に殺し合えるからな。そこはいい」
「いいのか?」
「別に俺はなんとも思わんね。今の話はあの3人を魔物と戦わせる話で、俺は動物を狩る感覚でいいんじゃないか? ってのと、マノジル殿は、危険で恐怖するべき生物って言ってるだけだ」
「確かにな。だが、先ほどの事は迂闊に話さぬほうがいいじゃろう」
「だろうな。お国の方針で、魔王悪!! って図式を崩されると困るだろうからな。俺はそういう政治の関係には基本ノータッチだよ。ま、俺たちの身を守るためにも、情報収集はさせてもらうけどな」
世の中、世界が変わっても人の世の構図は変わらんもんだ。
まあ、範囲が狭いっつーか。短絡的ってのはあるけどな。
だが、それは俺が地球の人という立場から得た知識や経験の元、判断しているだけで、この大陸だけで世界が完結しているルーメルや他の国にはわからんことだよな。
とはいえ、俺たちの……じゃないな、傭兵にとっては戦いがなければ飯は食えないからな。
この状況は喜ぶべきと言っておこう。
人を殺して恨まれるのが当たり前の傭兵稼業が、魔物退治で感謝される立場になるなら、気持ちよくヤレルってもんだろう?
と、結城君たちを鍛えるって言うのが、一番の目的なのは忘れていないがな。
そして、マノジルが言う、危険で恐怖するべき魔物ってのをこの目に、知識に入れておかないとな。
「というわけで、待ちに待った魔物退治の日です」
俺はそう言って、3人の前に立つ。
「「「……」」」
俺のジョークに3人は無反応だ。
「そこまで緊張しなくていい。今日までしっかり訓練に勉強を重ねてきただろう?」
この3人は一週間ぼーっとしていたわけじゃない。
俺が魔物退治の話をした初日こそ気が散っていたものの、下手すると自分が死ぬ可能性がある場所に放り込まれるのだから、次の日から気合いを入れて訓練と勉強を重ねてきた。
「と言っても、まあ、緊張するよな」
未だに反応できない3人にそう言う。
ま、新兵なんてそんなもんだ。
しかも、平和な日本にいたんだからな。こんな野蛮な環境の世界に来て何も迷うことなく魔物や人を殺せる奴がいたら、精神を疑うね。きっと何かが欠落しているわ。
そういう風に、教育されていたんだからな。
「俺から言えるのは、まあお漏らししても別に恥ずかしいことじゃないから、素直に言え。洗って着替えるのは待ってやるから。勇者様たちがそんなだと恰好つかないからな」
「あ、ははは……。漏らしませんよ」
「……もうちょっと、デリカシーを持ってほしいですわ」
「この年で、お漏らしなんてしないよ」
ようやく反応する3人。
ま、普通ならお漏らしとかする年じゃないよな。
だが、戦場での失禁はよくある。理由は様々だが、新兵が現場を見て恐怖して漏らすってのはよくある。
とはいえ、それをわざわざ言って委縮させることもないか。
「よし。その意気だ。そして、今回は初の魔物戦だ。いきなり森に入って戦って来いということはない。ちゃんと、立派な兵士の皆さんが、護衛や追い込みをして、適度な相手を用意してくれる。な? リカルド隊長?」
「はっ!! お任せくださいタナカ殿!! 勇者様方もご安心ください!!」
そういって敬礼するリカルド。
たった一週間で俺への反骨精神は消え失せた負け犬である。
以下、近衛兵の皆さんも同様。
結城君たちの訓練はあくまでも基礎だったからな、その横で、現場を見せている意味もあって、俺と兵士たちのお遊戯をやっていたのだ。
まあ、たった一週間で人間強くなれるわけもないから、やったといえば、特殊部隊の訓練だな。えーと、日本で言うとレンジャー訓練か?
精神的に徹底的に追い詰める。一週間の睡眠時間、わずか10時間、3日食事なし、過酷な訓練。とはいえ、近衛兵がお城から出るなんてことはできないから、ハーフ過酷な訓練になったけどな。
しかし、ピヨピヨのひよっこ共には効いたようで、この様だ。
ほんと軍隊、兵士を舐めてるよな。
だが、それも酷な話か。地球の基準を満たせるわけがないんだから。
この世界ではいまだに職業軍人、傭兵が主力では無い。そういうのはごく一部で、兵力のほとんどは徴兵した一般人だからな。
まだ、志願した民兵の方が使える。
いやいや参加させてる一般人を使うとか、指揮系統が意味をなさんだろう。
現地民を敵に回して戦うとか、恐ろしすぎるわ。いつも背中の心配しないといけない。
と、そんなことを考えているうちに、予定地である王都から少し離れた、森の際にたどり着いていた。
「さて、この森に生息されているとする魔物だが、そこはマノジル殿から再びご教授願おう」
「ゴホン。では、改めて、この森には……」
ここからは復習の内容になるので要約すると……。
・ゴブリン 結城君から言えば定番の魔物その1。子供程度の身長の魔物で、そこまで強くはないが、武器を遣ったり、徒党を組んだりするので、弱いからと言って侮れない。ゴブリンの数、規模が大きければ、冒険者だけでなく、軍を駆り出しての討伐になることもある。尚、ゴブリンは人の女性を繁殖の道具と使うので、女性は楽に死ねない。
・スライム 軟体の水滴のような魔物。結城君から言えば定番の魔物その2。基本的に見た目の通り柔らかく、中央の核を壊せばすぐ死ぬ。が、木の上からの不意打ちなどで窒息させられるケースもままあるので、侮れない。慌てず対処すれば基本は問題ない。
・ウルフ 狼と何が違うんだよ。と言いたいが、体内の魔石という魔物からしかとれないものがあるので区別してあるらしい。戦力的には狼と変わらず。群れで行動することが多く、普通の一般人が一人だとほぼ死ぬ。つか、不意な遭遇は兵士でも単独じゃ危ない。
「この3種類がいる。まあ、単独で戦えるようにお膳立てはしてもらえるから、心置きなく、殺せ」
「「「……」」」
「日本生まれのお前たちは、生き物の命を奪うことに慣れていないだろうが、ここではそういうのは命に関わる。死にたくなかったら、頑張れ」
「「「……」」」
反応なく、緊張している3人。
必殺の言葉や方法はあるが、まずはやらせてみてからだな。
それを言わずにこなしてくれる方がありがたい。
さて、3人はどうのたうち回ってくれるんだろうな。
方針:時間の限り勉強させて 実戦させて 慣れさせる
至極当然の方針 田中さん基準