第496射:酒場での情報収集
酒場での情報収集
Side:アキラ・ユウキ
『ということで、酒場に入るから、そっちでも聞き耳立ててみてくれ』
「わかりました」
意外というか、当然というか。
大人しく待っていればいいものと思っているのと、やっぱり現場での情報を自分で集めるべきだと思う自分がいる。
田中さんなら、当然自分で情報を収集することを選ぶだろうなと思っていた。
予想通り、酒場に入って西魔連合の動きを見るという話だ。
「さ~て、何か面白いことがあるといいんだけどね~」
「おそらくあるだべな。向こうの兵士たちも待機を命じられてしばらくたつし、あの町に来ている兵士も鬱憤が溜まっているころだべ」
ノールタルさんの言葉に、ゴードルさんがそう答えを返す。
確かに、西魔連合は一度ジョシーさんたちに負けて後退している状態だ。
撤退までは認められていないから、帰ることも出来ずにヅアナオの町の近くに駐留しているだけ。
勝ち目のない戦いに送り込まれる可能性もあるし、何とか精神を持たせているっていう可能性もある。
何せ、停戦はしてはいるものの、これから戦うとも限らない。
今度戦えば死ぬっていうのは、西魔連合の人たちも十分に理解しているだろうしな。
なら……。
「そういえば、逃亡兵とかはいないんですか? もともとは徴兵が多いんでしょう? 逃げていてもおかしくないはずですけど?」
そう、逃亡兵。
死ぬような戦いに送り込まれるなら逃げてしまおう。
当然の考えだ。
現代でもあるって聞くし、この世界で無いわけがない。
『ああ、逃亡兵な。いるにはいるらしい』
「あ、やっぱりいるんですね」
『でも、数にしてはそうでもないらしい。何せ、すぐに停戦を結んで待機になったからな。戦車でひき潰したにしても、全体の数からすれば微々たるものだ。それを目の前で見た徴兵された連中は逃亡したって話だ。ああ指揮官もな。それに関しては将軍たちは特に罰しなかったらしい』
そりゃね。
とはいえ、そういうのは見逃すぐらいの良識はあったわけだ。
いや、あれを前にして無理やり戦わせても、戦いになるわけもないか。
下手をするとこっちに寝返りとかしそうだし、さっさと解散させた方がいいか。
それにもともと将軍たちはこの戦争には懐疑的だったらしいし、願い叶ったりってことだったのかな?
『さて、カウンターに付くから雑談はここまでだ』
俺は会話をやめて、田中さんから聞こえてくる音に耳を澄ませる。
『おや、いらっしゃい。お客さん初めて見る顔だね?』
『ああ、仕事を探して先日やって来たばかりでね』
『ああ、最近はそういうのは多いね。でも、お客さん、この場所でよかったのかい? 思いのほかこの店は荒いよ?』
声から聞こえてくるのは田中さんを気にした感じだ。
まあ、傍から見ればひょろっとした感じに見えなくもないけど……。
「あははは、何も知らないっていうのはいいね」
「んだ。まあ、普通の人だしタナカが手を出すことはないだべさ」
ノールタルさんとゴードルさんがそういう。
俺もそう思う。
あの人が全力で目的のために手段を択ばなければ、文字通り誰も止められない。
武装が使用自由だし、そうなれば俺たちも魔術をつかって逃げられればいいなーぐらい。
『ああ、気遣いありがとうな。俺もどちらかというとそっち側でな』
『へぇ、いや、まあ普通なら中の様子を見た時点で帰っているわな。それで、注文は何にする?』
『この金額でおすすめで頼む。ああ、つまむものもな』
『こんなにか?』
『話も聞きたいからな』
『なるほど、そういうのはわかっているか』
『ただで情報を得ようっていうのはないだろう?』
うん、俺もこっちの世界にきてから、こういう情報を得る方法っていうのは田中さんはもちろん、ヨフィアさんを代表に冒険者ギルドの人たちからも聞いたけど、これって向こう、つまり地球でも普通にあるやり方みたいなんだよな。
いや、大事な情報だし、今となっては食事程度のお金で情報が得られるとか安すぎるよなと思う。
と、そこはいいとして、いい話が聞けるかな。
『はい、まずは駆けつけ一杯ってやつだ』
『おう、もらうぞ。で、もらいつつ、話はいいか?』
『ああ、摘まむもんはそれこそ目を瞑ってても作れるからな』
それだけこのお店に慣れているってことだよな。
老舗ってやつか?
冒険者とかそういう荒くれ相手でよくやるね。
『それで、何を聞きたい? 場合によっちゃ話せないこともあるぞ』
『それはわかってるさ。まあ、難しい話じゃない。ただ、ほら町に軍人さんが出入りしているだろう? ちょっと離れたところに陣地もある。あれ、大丈夫なのか?』
意外とストレートに聞いていくんだな。
いや、他に聞きようもないか。
『大丈夫っていうのは、意味合いが難しいが、ああいうのに近づくもんじゃねえな』
『ああ、そりゃそうだけど。なんて言ったらいいのかな~。ほら、なんか雰囲気暗いだろう? それで町に出入りしているから、接触自体を避けるべきかって話だ。なんか軍で人手とか食料の買取みたいなのしているだろう? 儲けになりそうだが、リスクもありそうでな』
ああ、仕事を探しに来たって設定は確かあったな。
それを利用したわけか。
いや、そういう仕事をしているからこその酒場だから妥当だな。
『ああ、そういう話か。まあ、その仕事関係は確かに儲けになるが……』
『なるが?』
『今はまだいいがな、最近町の補給が追い付いていないって感じだな』
『補給っていうと?』
『お前さんに理解できるか微妙だが、この店もそうだが、人が生きるには、こうして酒や摘まむものが必要なわけだ』
『それは当然だな』
『ここからが難しい。これらの商品、まあ食べ物や飲み物は俺たち、この店で作っているわけじゃない。よそから材料を仕入れているわけだ。わかるな?』
『わかる』
うん、当然の話だ。
お店で出す料理やお酒を自分で一から作って自給自足している所なんて聞いたことがない。
まあ、一部の料理やお酒はあるかもしれないが、全部は無理だ。
出来る出来ないというよりも、買った方が安上がりだし労力もかからない。
お店をする人はお店の運営に専念した方がいいってやつだ。
野菜を育てたり、お肉を取ったり、お酒を造ったりは専門家に任せろって話だよな。
『その補給、食材や酒を軍の連中が買って行くことが多いわけだ。おかげでもうすぐ食料や酒の値が上がり始めるな。品薄でな』
『そうか、それで今は儲けられてもって話になるわけだ』
『ああ、もうその兆候で金持ちの連中は食料や飲み物の買い占めを始めているしな。軍の方も今のところは無理に奪っていくことはないが、値が上がりすぎれば徴収に切り替えるんじゃないかって不安があるな』
『徴収か。そうなるとお金の意味がなくなるな』
『なくなるな。あと、散々そういうことで儲けているとなると、町の人からはあまり良い顔で見られなくなる。何せ、自分たちの食料を売っぱらっているって感じになるしな。軍からも売ってくれないって思われるわけだ』
『最後にはどちらも敵になりかねないか……』
転売ヤーみたいな真似をするとそうなるよな。
俺も嫌いだし。
必要な人が手に入れられないから。
『とはいえ、そこまでなるもんか? なんかトラブルが起こっているのか?』
『ああ、最近はその手の食料に目を付けていてな。冒険者たちや狩人も独自に取ってきて売買しているんだが、商業ギルド以外の売買手続きをしていて、トラブルが起こっているって話だな。儲かるが、その手の交渉技術が無ければ逆に損するって感じだ』
『なるほどな。既にそういう問題は起こっているわけか』
『ああ、だから俺はあまりお勧めしねえな。他の方法で稼いだ方がいい。いや、俺からのおすすめは商業ギルドを通して食品を卸すって感じか。そっちは喜ばれるな。問題も商業ギルドがどうにかするしな』
ああ、やっぱりこういう時になると物資を持っている商業ギルドが良いってわけか。
まあ、それと公平に取引をしてくれて、トラブルも引き受けて……。
あ。
『そうか、いい話してくれてありがとよ。もう一杯もらえるか?』
『ああ、さっき貰った額で十分さ』
そんなことを言いながら、田中さんはすんなりとトラブルが起きそうなところの目星をつけるのだった。
とはいえ……。
「商業ギルドに出入りしているとなると、ゼランさんたちか~。ヒカリとかトラブルに巻き込まれそうだな~」




