第495射:待つ間の一般人の動き
待つ間の一般人の動き
Side:タダノリ・タナカ
『ケーキのレシピ一つで大騒ぎか。いや、安く済んだか?』
「俺たちの価値観ではな。向こうにとっては財産らしい」
『まあ、そういうのは情報だしな。ネットがないから拡散もしないか。なら価値があるか』
「そういうことだ。それで、そっちはどうなっている?」
そっちというのはウエストスターズだ。
ジョシーは今帰還の準備中で、そのついでにヅアナオに対することを将軍たちに伝えるという役を任せている。
その反応次第で秘密裏にやるのか、堂々とやるのかが変わってくる。
『ああ、話しておいたよ。ヅアナオにトラブルを起こすのは困るってさ。やっぱりというか主戦派の連中も紛れ込んでいて、暴走しがちだから、証拠を押さえてくれればたすかるってさ。商業ギルドに知り合いがいるっていったらそっちにと領主の方に連絡を飛ばしてくれたよ』
「そうなると、俺たちがその要請を受けて動いても問題ないってわけだ」
『そういうこと。好きに証拠を集めてくれ。まあ、そっちの裏の連中も使えるだろうから、問題はないともうけどね』
思ったよりも俺たちにかなり有利だな。
それだけ、主戦派は邪魔だと思われているわけか。
まあ、それも当然か。
邪魔以外の何物でもないしな。
圧倒的敗北を喫した、俺たちに再び突撃とか、只の自殺と変わらんし。
ちゃんと戦力差を理解しているなら、邪魔というか、自分たちで始末したいぐらいだろう。
それを合法的に排除できるなら願ってもないってことか。
「そっちは何時頃戻ってくる予定だ? 行きと同じように時間はかかるのか?」
『帰りはそうでもないね。あくまでも戻るのは私が目的だし、将軍たちは別で戻る予定ってさ。まあ、戦車のことをちゃんと認識したからね。混乱も少ないからってのもあるってさ』
「それは……そうだな」
戦車を始めて見るなんて言うのは地球じゃそうそうないだろうが、こっちの人は文字通り見たことがない怪物と思っても仕方がない。
余計な混乱を招かないためにも、最初は将軍たちと一緒にゆっくり帰っていたわけだが、今回はその必要はないわけだから、速度は上がるだろう。
だが、そこで思いついたことがある。
「なら、ジョシーが問題ないのであれば、装甲車とか輸送車で将軍たちを連れてこれないか?」
『あん? なんだって……いや悪い話じゃないか』
俺の考えが分かったのか、すぐには否定の言葉は出てこない。
「だろ? 何せ、こちらと将軍たちは一時停戦どころか、好戦派を叩きたいわけだ。こっそり合流して軍の横暴を目撃すれば、相手は言い訳どころじゃないだろう?」
『そうだな。そこは提案してみる』
「そうしてくれ。あとは……」
『ああ、そういえば贈答品というか、賄賂があればやりやすいだろうね。この手の交渉は当然の話だ』
「そうだったな」
ウエストスターズとどのような話をするにしても、俺たちルーメルというか東側連合の代表として行くわけだ。
ちゃんとした品物を持って行った方が、向こう側としてもこちらが気を使っていると思うだろう。
たかが土産一つというが、こういうのはそう言うのが大事なわけだ。
それで交渉がまとまるか纏まらないかって話だしな。
外交もそういう積み重ねが大事なわけだ。
こういう所は地球と変わらないよな~。
まあ、そんなことをしたところでひっくり返らないことはひっくり返らないことは多々あるが。
それはそれで仕方がなかったと判断できるわけだ。
こちらが停戦の努力をあきらめる理由にはならない。
何せ、下手をすると結城君たちがトラウマを抱えて戦えなくなるとかあるかもしれないからな。
戦力の低減は避けるべきだろう。
「何が好みかはそっちで聞き出しててくれ。将軍とジョシーが到着したときに候補を出して、選んでもらった方がいいだろう」
『わかった。とはいえ、戦車よこせっていうのは?』
「無理に決まってる……だろ……」
即答するつもりが、言葉が最後には途切れる。
『くくく、ありだと思っただろう?』
「……ああ、意外と悪いことじゃないかもしれない」
戦車をウエストスターズに献上する。
傍から聞けば、頭がおかしい提案に聞こえるかもしれないが、ウエストスターズの連中というか、トップはこちらと同じ地球人である可能性が高い。
というか、名前から察するに大陸の人物だ。
下手な献上品より、兵器を渡したほうが、こちらの覚えがいいというか、絶対に興味を引く。
それに……。
『戦車とはいっても、別に最新式を渡す必要もないしな』
「だよな。旧式、あるいは二次大戦中の戦車でも十分いけるだろう」
『いけるね。4、5、6号戦車とかどうよ?』
「性能的には良すぎないかとは思うが……」
『別にこっちの装甲を抜けるわけじゃないだろ?』
「それはな。とはいえ、あまり強力なのはとも思う。お前だって敵対したとき崩すのは大変だろう?」
『そりゃ、戦車相手に面と向かって戦うなんてことはしないね。とはいえ、武装いかんではどうにでもなるけどね。何せ二次大戦中の代物だ。今に比べて脆い』
「その武装を出すのは俺だけどな。まあ、そこら辺も考えて詰めるか」
『なら4か5だろう。6号は貫通力が高いからな』
二次大戦中にドイツで作られた6号戦車、通称ティガーだが、その戦車が積んでいる砲はアハトアハトと呼ばれるもので、水平射撃での貫通力が当時びっくりするほど高く、総合的にも評価の高い戦車だ。
名機と呼ばれるほどには。
いや、4、5号機も名機と呼ばれはいるがな。
「まあ、それにこだわる必要もない。色々考えてくれ。俺の方は、これから表に出てみる」
『なんだ、もう暴れているって感じなのかい?』
「いや、そういう話は聞いていない。とはいえ、全部任せるっていうのはこっちの信用にかかわるからな」
『確かにな。まあ、商品の受け渡しとかゼランがやっているから問題はないと思うけどな』
「それは分かってる。ちゃんと動いているのかっていう確認も含めてだ」
『ああ、そういう可能性もあるにはあるか』
エカイたちは裏切らないだろうが、下が言うことを聞くかは別の話だしな。
俺が出ることで、向こうも真剣にやるかもしれない。
あと、本音を言えば、俺が現場を見て回りたいというのもある。
ああいう雰囲気を感じるのは大事だしな。
ということで、俺はジョシーとの連絡を終えて借りている宿からでる。
ちなみにゼランたちとは合流していない。
こっちはこっちで別れていた方が色々出来るだろうということでだ。
「……ま、こんなもんか」
今の所町の雰囲気はそこまで変わりがない。
当初訪れた時のように、西魔連合の兵士が出入りしていて、ピリピリしている感じがする。
そして、それを目当てに商人たちが集まって商売をしていて、賑やかさはある。
良いことなのか悪いことなのか。
儲けがでるであろう貴族としては嬉しいか?
それとも町の資源が無くなっているから危機感が出てきているのか。
ともかく、露骨な動きはないな。
町の衛兵も相応に出ているが、兵士とぶつかり合っている感じはしない。
今の所、均衡を保っているって感じか。
「とりあえず、酒場に行ってみるか」
トラブルが起こるならそこが一番だろう。
エカイから聞いているトラブルが起きるならここだという所を聞いている。
もちろん、裏の連中が沢山いてってわけではなく、表向きに兵士とか冒険者が多いところで、そういう意味でトラブルが起きやすいということだ。
エカイたちの部下が探りを入れているとは聞いているが、そこで現場の声というのも聞いてみたいからな。
そんなことを考えながら、酒場の扉を開けて入るのであった。




