第494射:実は知っていた
実は知っていた
Side:ナデシコ・ヤマト
「なっはっはっは。度胸があるなゼランの嬢ちゃん」
「そりゃ、海を渡って商売はしていないよ。エカイの旦那」
普通に強面の男性たちを相手に和やかに談笑するゼランさん。
場慣れし、魔物たちと戦い、確かに実力を上げてきた私や光さんでもちょっとと思う顔なのですが。
それだけゼランさんは激戦という名の交渉をこなしてきたんでしょう。
ちなみに私たちは、田中さんの仲介が上手く行き、スラムの屋敷で今後のことを話し合うということで訪れています。
田中さんの交渉が上手く行ってよかったと正直に思います。
下手をするとスラムの区画ごと吹き飛ばしかねませんでしたからね。
「それで、護衛も可愛らしいじゃねえか」
「ああ、そっちは俺が鍛えている」
「なるほど、道理で俺たちを見ても気押されないわけだ」
いえ、その御顔。
十分に迫力がありますわ。
口には出せませんが。
「それでタナカの旦那から話は聞いた。ヅアナオ近くに駐留している軍の狼藉を監視して欲しいと」
「そうだよ。ヅアナオが荒らされると親父の捜索が遅れるからね。というか、エカイの旦那。改めて聞くけど、本当に協力していいのかい?」
「かまわねぇ。むしろタダでもいいぐらいだが……」
「だめだね。これはちゃんとした取引だ。相手の好意の乗っかるんじゃないって親父の言いつけだ」
「がっはっはっは! その通りだ! 親父さんは俺を助けてくれた時も商売の手伝いをしろっていってきたな。おかげで今はこんな家に住めている。もちろん腕っぷしもな」
なるほど、ゼランさんのお父様はそれだけやり手であり腕もあったのでしょう。
とはいえ、ここまでの人と付き合いがあるというのは驚きです。
いえ、危険な海を渡って商売をしているのですから、この手の付き合いがあっても不思議ではありませんか……。
「その家ともいえるヅアナオが荒らされるんだ。それは俺の問題でもある。だから手伝うのは当然だ。それにこれは商売でもあるんだろう?」
「もちろんだよ。こっちにも利益がでるからね」
「それがタナカの旦那が出して来た上質な小麦粉や香辛料ってわけだ。とはいえ、こんなの簡単に売れないぞ? 下手に放出していいもんじゃねえ」
「それは見せってやつさ。というか、領主に対するけん制だよ。動くとなると、そこらへんは気を遣わないといけないだろう? 貴族らしい貴族って言ってたじゃないか」
確かに言ってましたわね。
貴族らしい貴族と。
あの口ぶちから、私たちとは絶対合わないという感じはします。
「なるほどな。そっちへのけん制ならアリと言えばアリだが、物資を根こそぎ持って行かれる可能性とかは考えているのか?」
「まあ、無いとはいえないだろうけど、エカイの旦那を通せばその可能性は低いと考えているよ。それに次の取引の時は避けるとも言ってもいいしね」
「あ~、それは貴族なら効くな。嬢ちゃんの商会はこちらでもそれなりに名が知れている。そんなのに無体はしないか」
「しないと思いたいね。無茶をする連中は無茶をするからね」
「ああ、そういう意味では俺を頼ったのは間違いない」
この世界というか、わけのわからない輩はどの世界でも存在します。
自分の意見が全て通るだろうと思っている人が。
だから、警戒するのは当然のことですわね。
「それで、仕事の話に戻るが、軍の監視とは言ったが具体的にはどうするつもりなんだ?」
「ああ、それは簡単さ。エカイの旦那はどの程度まで顔が効くかい? その範囲でいいから軍の狼藉を集めててほしいのさ。証人も含めてね。こっちは軍の上層部に物資を提供しててね。その関係で頼まれているのさ」
「軍の上層部が狼藉を? どういうことだ?」
「簡単さ。戦争をやるにもやめるにも、邪魔をする連中がいるのさ。こういうヅアナオを荒らす連中とかね」
そうゼランさんがにやりと笑うと、エカイさんもわかったようでにやりと笑って。
「なるほど、いうことを聞かない馬鹿を間引きたいわけか」
「そういうことみたいだね。とはいえ、下手に強く言うと、口封じされるだろう? その場合、被害はヅアナオに出て、不満を持たれるわけだ」
「そうなると、外部協力者がいるわけだな。それがお嬢ちゃんってわけかい?」
「そうだね。今回は運よく物資などを提供してて繋がりがあったわけさ。かといって、それを前面に押すと、隠れるとか実力行使にでる連中もいるだろう?」
「確かにな。それを宣言してもらうのも手だが、馬鹿どもを排除したい将軍たちにとっては駄目だな」
「ああ、だからこっそりとってわけだ。もちろん、将軍たちはヅアナオに無体はするなっていっているからね」
「命令違反をしてってことにするわけか。町に被害は国にとっても被害ってことにできるもんな。馬鹿をやる部下もまた貴族だ。なるほど、その線ならヅアナオの領主を説得できるかもな」
確かに、ヅアナオの領主が貴族らしい貴族としても、ヅアナオの近くに駐留している軍に町を荒らされてほしいわけではないはずですわ。
というか、ヅアナオを羨んでいる貴族もいるはずです。
まあ、こんな時にするわけがと思いますが、足を引っ張る時はどんな時でもやるのが人というもの。
それはここの領主も知っているでしょう。
同じ貴族なのですから。
そう言う意味でも協力は出来るということですわね。
「どう説得するかはまかせるよ。欲しい物資があれば言ってくれ。タナカの旦那が扱っていた商品なら相応に取り出せるし作れるよ」
「作る」
その言葉に反応したのはエカイさんの側に控えるメイドさんです。
「メイヤ、気になるか?」
どうやらメイドさんの名前はメイヤさんとおっしゃるようです。
ヨフィアさんよりもカチュアさんよりの方に見えます。
まあ、調理もするでしょうし、ケーキの調理法に関してはメイドのお二人も欲していましたし。
とはいえ、この世界で作るには器具とか温度調節が出来るオーブンなどが無いので、それを全部人の手で行う必要があるのですが……。
その問題をどう解決するのかは私もわかりません。
「あ、失礼いたしました。ですが、気になります。あのお菓子を作るというのは……」
「だな。アレが作れれば、かなり商売になるぜ。びっくりな提案だがいいのか? レシピっていうのは財産だぞ?」
「こっちの目的と合致していないんだよ。このお菓子のレシピを持っていると貴族にまとわりつかれる可能性もあるだろう?」
「ああ、あるな。いや、絶対まとわりつかれる」
そこまでのモノなのですか。
やはり、地球とこっちではそういう意味でも違いが出てきますわね。
料理のレシピ一つでここまで価値があるとは。
地球では基本的なレシピなんて調べれば出てきますからね。
「ということで、面倒を押し付けて悪いが、ケーキを利用するなら作り方は覚えてもらうよ?」
「面倒なもんか。その面倒を含めておつりが出る。とはいえ、元はゼランの嬢ちゃんってことにするぞ?」
「あ~、義理堅いね~。とはいえ、それはそれで有効か」
「ああ、これから先、その意味は大きくなる。こっちで活動するならなくすには惜しい知識とかを持っていると思わせとけ。それで周りも守ってくれる。あほな連中も近づいてくるだろうが、それも含めてプラスだ」
「ま、名前が売れているっていうのはそう言うことだしね~」
確かに有名とそれに伴う、利益と不利益はともについてくるものです。
私たちとしては静かに行動したかったというのはありますが……。
これからヅアナオを守る必要もあり、ジョシーさんがウエストスターズに乗り込むことを考えると、後ろ盾になるような名前がある方が良いでしょう。
「じゃ、まだまだ話すことはあるし、どうだい、光と撫子、ケーキの作り方は分かるだろうし教えてあげな」
「え? でも、オーブンとか……」
「そこは、タナカの旦那がなんとかしてくれるさ」
「おい、電気がないと……、まて、タブレットは使えたよな?」
ということで、オーブンを出してみると、なんと電気がなくても魔力で使えました。
この電気を魔力にというのは、なんでそうなっているのでしょうか?




