第49射:異世界の医療事情
異世界の医療事情
Side:タダノリ・タナカ
さてさて、俺がミコットとアロサを孤児院に送り届けている間に、大聖堂では問題が起こったようだ。
まあ、あれだけ患者が入ればトラブルの一つや二つは起こって当然だろうがな。
とりあえず、俺は大聖堂に戻るなり、シスターさんに呼び止められて、ルクセン君が練習……じゃなくて、診察している部屋へと通されると、そこには既に結城君や大和君も集まっていた。
そして、その中には見慣れない質素な服をきた女性がいる。
あれが、患者か?
しかし、そこまで具合が悪いようには……見えないと思ったら、診察ベッドに子供が寝ている。
なるほど、具合が悪いのはあっちか。
「みんな何があった?」
俺がそう声をかけて近づくと、一斉に皆がこちらに振り返る。
「あっ!? 田中さん、戻って来たんだね!!」
「よかった。田中さん、こちらに来てください」
「この子の病気ってわかりますか?」
3人は分かりやすく表情を明るくするが、隣の子供の母親らしき人物は訝し気にこちらを見ている。
というか、俺は病気が分かるほど利口じゃねーぞ。医者でもないからな。
まあ、それをわざわざ言って母親に不信感を持たせる真似はしないが……。
とりあえず、患者の関係者に挨拶が先だな。
「まてまて、まずは挨拶が先だ。申し訳ありません。私はこの者たちの指導を任されている者です」
「あ、はい。どうも……」
とりあえず、彼女は俺への疑い、警戒の目をやめる。
これでよし。
「で、患者は彼女ではなく、診察台で横になっている子だな?」
「うん」
「詳しい状況を、カルテはあるか?」
「えっ、カルテと言われましても……」
「ここにカルテなんてありませんよ」
そうだった。
紙だってただじゃないんだ。
まあ、この世界にも紙はあるが質が悪いし、単価も地球に比べると高い。
そして、患者の人数も多いので1人1人にカルテを作っている暇はないだろう。
「状況を聞かせてくれ」
仕方がないので、説明を求めることにする。
傭兵時代なら、個人情報で病院のカルテも取り寄せるから、そこら辺が当たり前になっていたのが弊害だな。
で、ルクセン君たちから、情報を聞いたところによると……。
・病気にかかって約2か月
・当初は普通の風邪かと思っていたので、回復魔術をかけ体力を回復し自然治癒を待った
・しかし、自然治癒はせず、今日まで至る
典型的な病気が重症化するときの話だな。
この世界だけの話ではない。
日本でも普通にある話だ。ただの風邪かと思っていたら重症化して肺炎になったりするやつ。
回復魔術の問題点としては、外傷には効果が出やすく、病気などの目に見えないものには効果が薄いというのがある。
しかし、回復魔術は体力だけはもとに戻してしまうので、よほど強力な病でもない限り、持ち直してしまうのだ。
だから、こういう病気は滅多にいないと同時に、強力でやばい病気と断定ができるのだ。
「奥さん。お子さんに触れてみても良いでしょうか?」
「……は、はい」
許可をもらって、子供の様子を見てみる。
「ひゅー……ひゅー……」
まず呼吸がおかしい。
気道に異常をきたしているのか?
「君、私の声が聞こえるか? 聞こえるなら手を握ってくれ」
しかし、子供からの反応はない。
意識レベルはかなり低下しているな。
「ルクセン君。ひとまずお子さんに回復魔術を。声をかけても反応が無い」
「え!? さっきかけたばかりなのに」
「徐々に病状が悪化していきますわね」
さっきかけたばかりで、既にこんな風になっているということは、かなり不味いな。
原因はなんだ?
とりあえず、ルクセン君の回復魔術で体力を回復させて時間を稼いでる間に、原因を探るしかない。
「……ん?」
触診をしている中で、ふくらはぎがわずかだが黒く腫れていることに気が付く。
そして、ここを見てある病気だと確信する。
地球でも猛威を振るった、歴史上一位、二位を争う病気、ペスト、又の名を黒死病だ。
当時の全世界総人口の2割も減らした驚異の病気だ。
まあ、同じ病気があればの話だが。
しかし、ペストとわかれば、対処はわかりやすい。
特定の抗生物質だ。これだけは俺でも知っているし、触ったこともある。
中東などの戦場では現代でもペストの流行があるからだ。
対処方を知らなければ、自分がかかって死ぬことになる。
ということで、俺はさっそく見えないところで、抗生物質を生成してとりだす。
「この症例は、ペストですね」
「「「ペスト!?」」」
「「「?」」」
俺の言葉に反応は二つに分かれた。
驚いているのは、ルクセン君たちだ。それも当然だよな。
学校の授業で習うことだ。
そして、わからないという顔をしているのは、神父にシスター、そして子供の母親だ。
こちらは、ペストという単語を知らないから脅威恐怖?の感じようがない。
というか、わざとそういう風にいった。
黒死病なんていって怖がらせる理由はないし、本物かどうかもわかっていないから、下手に伝えてパニックを起こすには情報が足りない。
下手をすれば、リテア聖都で妙な噂を流したとしてしょっ引かれる。
なので、この病気を話すには細心の注意が必要なのだ。
「さて、結城君たちは何か言いたいことがあるかもしれないが、まずは静かに、騒いだりするのはだめだ。この話はあとでゆっくりする」
「「「はい」」」
俺の言いたいことが伝わったのか、それとも診察室で騒ぐのはいけないことだと思ったのか、すぐにあわてた表情を消して普通の表情に戻る。
うんうん。平静を保つのはいいことだ。
「さて、奥さん。この子供の病気はペストといいます」
「ぺすとですか? それはいったいどういう?」
「ふむ。先ほどの様子といい、今の様子といい。神父さん、シスター。この病気はあまり流行っていないのですか? ペストというのは、私の国の呼び方でして、この国では別の呼び方があるかもしれません。症状としては、ごく一部でしか出ていないのですが、こちらの足の肌が黒くなっているところなのですが……」
俺がそう神父やシスターに聞くと、神父の方が反応を示す。
「黒くなっている肌? ……ああ、確か10数年前に流行りました。その時は、ずいぶん多くの人が亡くなり、更にはいくつかの国では王族までも病にかかり命を落としましたな」
「ええっ!? そんな病気なんですか!? こ、子供は助かるんですか!?」
さらっと、神父さんがペストの病気の深刻さをばらしてしまったおかげで取り乱す母親。
いや、もうちょっと配慮しろよと思ったが……。
「お母さん。落ち着いてください。この病気が流行ったのは10数年前です。つまり、現在はこの病気に対して治療法が見つかったから、現在ではあまり見ない病気になっているのです」
「ほ、本当ですか!?」
なるほど。既に対処済み、治療法が確立されている病気だったのか。
だから、神父は落ち着いて話しているわけか。
「しかし、私の回復魔術では効果が低いですから……。そうですね、ヒカル様。ご協力いただけますか?」
「え? 私?」
「はい。ご友人でいられる、ユウキ様、ヤマト様も実力があるとは伺っていますが、その腕前を見たわけではありませんので、失礼ではありますが、私がこの目で見て信頼しているヒカル様にお願いしたいのです」
当然の話だな。
幾ら優秀と聞いてはいても、その実力は目で見ていない。
いきなりのポッと出に、患者を任せるような医者はいない。
結城君も大和君も特に不快な様子はなく、納得してくれる。
この中で、一番驚いていたのは、指名されたルクセン君だったりする。
「え、ええー。僕でいいの?」
「はい。先ほどから診察、そして回復魔術を見させてもらいましたが、申し分ありません。流石は聖女様から紹介されるだけあります。子供の為にもどうかお力を貸していただきたい」
「う、うん。頑張るよ」
神父のお願いに押されるように承諾するルクセン君。
まあ、ペストの治療なんてしたことが無いだろうし、致死性も良く知っているからこその怯えだろうな。
「心配するな。抗生物質は用意できているから、失敗を気にするな」
ちょっと顔が引きつ入っているルクセン君にそう声をかける。
「田中さん……。神父さん、方法を教えて」
「はい。では、まず……」
失敗を恐れるな、失敗もまた経験になるとはいうが、流石に子供が死ぬかもしれないというのは、なかなかヘビーなのでちょっと手助けをしてやった。
あからさまな人死には、未だ見ていない彼らに、子供の死、なにより自分たちの手に委ねられての結果というのは、なかなかきついからな。
いつか人の死に目には遭うだろうが、子供の死が最初はトラウマになりかねない。
どんなに避けても、運悪く見るというのはよくあるが、わざわざ見る必要もないだろう。
「こうですか?」
「そうです。この黒肌病は患部に回復魔術をあてて治療するのが効果的だとわかりました」
そして、目の前でこの世界の病気に対しての治療行為が行われる。
そうこれが観たかったがために、俺がわざと薬を出すのを避けた。
この世界の医療がどの程度のものか把握したいからだ。
下手に抗生物質をだしても薬だと信用してもらえるか心配だし、万が一治らなくて、恨まれてまで、治療をするつもりは俺にはないからな。
「ここに悪い何かが集まっていますので、回復魔術により治療をするのです」
「はぁ、なるほど……」
回復魔術は外傷などにはかなり効果が高いのは、今までの訓練などでの治療行為で把握しているが、このリテアに来て、回復魔術の弱点が分かって来た。
極度に体力が低下している者には通常の回復魔術は危険だということ。
そして、病気に対しての治療方法は今の所聞いた限りでは、回復魔術をかけて体調を元に戻し、体の自然治癒を待つという荒業だ。
現在も、目に見える形で病気が発現している場所に回復魔術を当てて、そこを治療するだけで、薬を出すことはない。
「シスター。こういう時にポーションなどの薬はださないのですか?」
「ポーションでは、回復力が足りませんし、ここに来るのは販売されているポーションなどが効かない人が来ることが多いのです。そして何より、一番多いのはそういうポーションすら買えない人たちがこちらにくるのです。そのような人たちにポーションを出してしまえば、ポーション市場がくるってしまいます。リテア大聖堂では心ばかりの寄付しかいただいておりませんので……」
そういうことか。
ポーションは効かない、あるいは買う余裕がない人たちがわずかな寄付でここに治療へくる。
つまり、薬を出すわけにはいかないのか。
だから、薬を開発するのではなく、回復魔術で治療できる方法を探すという方向性になっているんだな。
魔力以外は基本的に人件費しかかからないから、安上がりというわけだ。
まあ、回復魔術が使える人材の雇用維持費などは度外視しているが、この診察、治療行為は基本的にリテア聖国の慈善活動で、行われているからこそなりたっているわけか。
説明を受けている間にも、子供の治療は進んでいき……。
「あ、黒くなっている肌がもとに戻り始めた」
「はい。これが局部集中しての回復魔術です。しかし、ここまで早くに回復効果が表れるとは思いませんでした。普通であればもうしばらく時間がかかるモノなのですが……」
神父の教え方がいいのか、それともルクセン君に才能があるのかどうかわからないが、徐々に黒くなっていた肌はもとに戻り、それと共に、子供の苦しそうな表情が消えていき、安らかな表情になる。
「これで治療完了です」
「よ、よかった!! 神父様、シスター様、そしてお若い回復魔術師の皆さま、本当にありがとうございます!!」
母親のその声に、ルクセン君たちはほっと息を漏らす。
トラウマにならなくて俺もよかったと思うと同時に、病気に対してのこの世界の認識がわかって、少々不味いと思った。
病気に掛かっても特効薬が手に入らない可能性がたかい。回復魔術をかけて自身の自然治癒を待つしかないって奴か。
解毒の魔術はあるが、それも特定の毒のみに有効で、病気、ウィルスに対しては有効ではないのがこの場で分かった。
「今後活動するうえで、病気に対しての薬を用意は難しいか……。となると、ルクセン君たちに、あの驚異的で意味不明な回復力を誇るエクストラヒールを習得してもらう必要があるな」
まあ、そのエクストラヒールもどこまで有効かわからんが、手段はないよりある方がいい。
となると、しばらく滞在して覚えてもらえるかねー。
あー、下手に長居すると、クラックに警戒されるか?
……悩むな。
さあ、どう動く?
異世界は回復魔術というものがあって、クスリの研究はほとんど進んでいない状態。
クスリ<回復魔術という図式があるので当然といえば当然だけど、回復魔術がないところは非常につらい環境といっていいだろう。
こうして、光たちは今後の旅のために回復魔術を覚えていくのであった。
ちなみにペストは本当に現代でも発症例は見られるのは本当。




