第48射:医療の現場を体験する
医療の現場を体験する
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「では、勇者様方。やってみてください」
ミコットが治ってよかったーと思うのもつかの間、聖女様の本気を見た。
うん。そう言えば、覚えられるならとか言ってたよね。
でもさ、僕たちは別に教えてとか言ってないんだけど……。
はい。断れる雰囲気じゃないよねー。
ミコットを治してもらったんだし、これからのことを考えると、エクストラヒールが使えるようになるのはすごく有用性が高い。
これからの冒険で死ぬような大怪我をするつもりはないけど、治療技術があれば対応できるからね。
そういうことで、僕たちは聖女ルルアさんの言うように、リテア大聖堂に治療を求める人たちを実験台というのはあれだけど、エクストラヒールを覚えるために、練習相手になってもらうことになったんだ。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
そう言ってお礼を言ってくるのは、お年寄りのおばあちゃんだ。
「いいよ。気にしないで。でも、治ったとはいえ、無理はしないでね。ちゃんと元気になるものを食べて安静にね」
「はい。本当にありがとうございます」
そう言っておばあちゃんは家族に寄り添われて、診察室を出ていく。
「ふぅー。僕の手に負える範囲でよかったー」
さっきのおばあちゃんは、骨折をして既に一週間以上経っていて、おばあちゃんの体力も元々ご老人だからなくて、回復魔術はどうかと思ったけど、イケた。
本当に良かった。回復魔術をかけて死んじゃったら嫌だし。
「流石、聖女様が連れてこられた方ですな。素晴らしい回復魔術に、魔力量です」
「その若さで、凄いです」
「あははは……」
ついでに、周りの神父さんやシスターさんの視線も痛い。
僕たちが治療室に入れた理由が……。
『彼女たちは私の友人で腕の良い冒険者です。今回、私の苦境を聞いて手伝いを申し出てくれました。腕は私が保証いたします。ですので、開いている診察室を貸し出して、治療を待っている人々の誘導をお願いいたします』
と、直々に聖女様がそう言ったので、私たちは最初から、凄腕の治療魔術師だということになってしまった。
しかも、聖女様の友人という設定で。
なので、ハードルが爆上げになってしまった。
おかげで、エクストラヒールを練習する暇はない。
いや、元々すぐに治療してほしい人たちの前で……。
『僕、回復魔術の練習しているから、ちょっと実験台になってね』
なんて口が裂けても言えない。
泣きながら、助けを求める母親と子供のコンビとか特に無理。
でも、聖女様の言う通り、重傷者相手にエクストラヒールをかけなければ成功しているかどうかわからないから、いざという時に不安が残るのも事実だよね。
うーん。どうしたものか。
いやでも、ここでこうして、回復魔術の練習ができるのは悪いことじゃないんだよね。
それだけで良しとするか、それとも患者さんを実験台にしてエクストラヒールの勉強をするかなんだけど……。
そんな感じで、悩んでいると、辺りの様子を見てくると言って出ていった田中さんが戻って来た。
「ルクセン君。調子はどうだ?」
「あ、田中さん。うん。調子はいいよ。患者さんはちゃんと治せてる」
「そうか」
「で、外の様子はどうだった? 僕たちはここに缶詰で見れてないんだ」
「外は、治療待ちの人たちで溢れているな。まあ、聖女様のあの実力を知っていれば当然だよな。名医には誰だって見てほしい。命に係わっているならなおさらな」
うん。僕もそう思う。
聖女様ならどんな傷だって治してもらえるはずって思うもん。
でも……、エクストラヒールが使えるのは聖女様1人だけ。
たしか、ロシュールの方にも聖女様のお弟子さんがいて使えるんだっけ?
でも、それでも2人だけだ。
ほかに使える人がいればって思うのは当然のことだと思う。
だけど、僕に使えるようになるかはわからない……。
そんなことを考えていると、田中さんが頭をポンポンとしてきた。
「そう難しく考えるな。結局のところ、凄腕の医者だって全員を救えるわけでもないし、初めから凄腕だったわけじゃない。沢山経験してきて、凄腕になったんだ。患者を練習相手、実験台とは思っているやつはそうそういないだろうが、見方を変えれば間違いなくそういう意味はもっている」
そう言って僕を慰めてくれんだけど……。
「だからといって、僕たちが強い回復魔術を覚えたいからって、安全な治療を望んでいる人たちに……」
そんなことできないよ。と言おうと思ったんだけど、すぐに田中さんが言葉を返してきた。
「いや、そりゃ、望んでない相手にはあれだろうが、同意を得ればいいだろうに。脳死の場合は臓器移植に協力しますとか。輸血のための献血とか」
「あ」
そうか、相手に許可をもらえればそれでいいんだ。
単純なことを忘れていた。
「うん。そうだね。僕頑張ってみるよ」
「おう。俺はほかを見て回ってくるよ」
「わかった。気を付けてね」
さあ、田中さんがいいことを教えてくれたんだしちゃんと実行しないとね。
「さーて、休憩は終わりにして、神父さんシスターさん、話を聞いていたからわかると思うけど、これから僕はエクストラヒールを覚えるために、治療をするから。実験台というか、協力してもいいって人を優先的に連れてきてくれるかな?」
「はい。かしこまりました」
「ヒカル様は、聖女ルルア様と同じように、はるか高みを目指すのですね」
神父さんはともかく、シスターさんは僕にプレッシャーかけてくるねー。
なんか早まった気がする。
とは言え、もう言っちゃったんだし、頑張るしかないね。
そんな感じで気合を入れなおして、僕はエクストラヒールの習得を目指すのであった。
「エクストラヒール!!」
ぱぁぁぁ……。
僕の呪文の言葉に反応して周りがそれっぽく光るけど、やっぱり聖女様のエクストラヒールとは違って光が弱く、回復量も同じように低く見える。
といっても、それはわからない。
ステータスでHP、つまり体力は見えるんだけど、リテア聖都に治療を求めている人たちのレベルはせいぜい5から20ほど。
体力も300を超えるかどうか。
田中さんのおかげで、ステータスをそのまま鵜呑みにすることはなくなってたんだけど、回復魔術の効果を見るためにいいんじゃないかと思って、見せてもらおうと思って失礼に当たらないか聞いたんだけど……。
「いえ。本来重病患者はステータスを見せて、病状を確認して重点的に治療を行うのです」
「ですが、聖女ルルア様など、貴族、王族にはステータスを見られると困る者も存在していますから、そういう人は専門になりますけどね」
とのことで、特に医者にステータスを見せることは問題ないらしい。
というか、ステータスで診られたら、診察いらないじゃん!? と思ったんだけど、そう簡単にはいかないらしく、病気はただの病気、ケガは部位のケガが見えるぐらいで、あまり参考にはならないとのこと。
そして、ステータスを見て治療してみたんだけど、回復魔術でどれだけ体力が回復したかが、さっぱりわからなかった。
なにせ、体力300程度の人たちなら、僕の基礎回復魔術で全回復してしまう。
負傷も、患部に直当てして回復魔術で治ってしまう状態。
これじゃ、エクストラヒールが成功しているかさっぱりわからないんだ。
ステータス役に立たないねー。田中さんが基本的にステータスを気にしない理由がわかった気がする。
「でもまー。それが分かっただけでも儲け物かな?」
いい加減、魔力も底をついてきた。
まだ、できないことはないけど、そろそろ終わりだね。
聖女様からもいざというときの急患のために、魔力を空にするまで訓練はしないようにって言われているし。
エクストラヒールも今日一日で習得できるとも思っていないし、ステータスとか回復魔術の範囲とか、治療の仕方とか今日だけでも学ぶことは多かった。
これを次に生かせばいいんだよ。
と、そんなことを考えていると、頼んでいないのに、シスターさんが患者さんを伴って部屋に入ってくる。
患者さんは普通に……いや、腕の中に抱えている子供はぐったりしている。
「急患です!! ヒカル様、どうか見てあげてはくれませんか!!」
「いいよ。こちらに座らせて」
僕は直ぐに真剣モードになる。
子供の様子が明らかにおかしい。
「はい。どうぞこちらに」
シスターさんに促されて、母親らしき人が焦った様子でこちらに小走りで寄ってくる。
「あ、あの、こ、子供が、子供が……」
席にも座らずに僕に詰め寄ってくるお母さん。
「落ち着いてください。まずは、診察をします。お子さんをそちらに寝かせてください」
「は、はい」
お母さんはなんとか落ち着いて、子供を診察ベッドへと寝かせる。
子供はぐったりとしていて、呼吸もきつそうだ。
「君。僕の声は聞こえる?」
「……」
反応はない。意識がもうろうとしているのか、それとも喋るのが辛いのかな?
えーっと、喋れない時の意思疎通はどうやるんだっけ……。
あ、そうだ。手とかを使って反応を見るんだ。
「君。僕の声が聞こえるなら、手を握って?」
そう言うと、弱弱しいが、手が握り返される。
喋る元気はないようだけど、意識はあるようだ。
ひとまず、今すぐ死にそうってわけじゃないね。
「うん。ありがとう。詳しい話はお母さんから聞くからね。ちょっと休んでて」
僕がそう言うと、握られていた手が離れる。
うん。意識はしっかりしていて、状況判断もできるようだ。
でも、きついことには変わりがないから、早急に病名を把握してなんとかしてあげないと。
「では、お母さん。お子さんの具合の悪い原因はわかりますか?」
「い、いえ。そ、それよりも、早く回復魔術をかけて上げてください!! それがあれば少しの間は平気になるんです」
そのお母さんの言葉に違和感を持つ。
まあ、子供の苦しさが紛れるなら回復魔術はするべきだから、シスターさんに回復魔術を頼んで、私と神父さんはお母さんから子供の病状を詳しく聞くことにする。
「お母さん。少しの間平気になるというのは、このような治療を何度もしているということでしょうか?」
「……はい。でも、神父様やシスター様はこれしか施しようがないと……」
病気に対しての治療は行っていない?
回復魔術で体力を回復させてそれで終わり?
そんなバカな。
私は神父さんに話を聞いてみることにする。
「……神父様、彼女の話はわかりますか?」
「ええ。恐らく、怪我を治す専門の方だったのでしょう。それで、ひとまず回復魔術をかけたというところでしょう。普通の病気であれば、体力が回復すれば持ち直します。それに、患者は多いですから」
あー、そういうことか。
内科、外科とかがよくわからなくて来たんだ、このお母さん。
まあ、この世界の医者、回復魔術師、治療師なんてそうそうそんな区別をつけていないだろうからね。
さらに、普通なら治るはずの病気が治らなかったということもあって焦っているのだろう。
そういうことなら仕方がない。まずは詳しく話を聞いてみよう。
「お母さん。私たちなら、お子さんの病気を治せるかもしれません。いつどのようにして発病したのか、どのような症状がでているのか教えてください」
回復魔術で体力を戻しても、少しの間しかもたないとなれば、病気が厄介な可能性があるんだけど、そんなことを言ったら発狂しそうだよね。このお母さん。
「はい。確か、具合が悪くなり始めたのは……」
こうして僕たちの病との戦いが始まるのだった……。
聖女ルルア、おっぱいの大きさに比べて結構スパルタというか腹黒。
まあ、そういうことで、ヒカルたちはこの世界の医療というものを体感することになる。
現実の地球も変わらない。
医者は足りていない。優秀な医者は一人でも欲しい。
そして、失われる命をすくために医者は病と日々戦う。




