第474射:懐かしい個人本屋
懐かしい個人本屋
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「これが本屋ね~」
「まあ、本屋ですわね」
僕と撫子は商業ギルドから紹介というか、教えてもらった本屋へと赴いていたんだけど……。
「ん? 2人ともどうしたんだい?」
僕たちの様子に、ゼランは首を傾げている。
その様子から本屋っていうとこんなもんなのかな~と思う。
「いや~、思ったよりも小さくてさ」
「ええ、もっと大きな本屋かと思っていたので」
とりあえず、隠す理由もないから素直に感想を言うと、ゼランは納得したようで。
「そりゃそうさ。別に国や町が作っている書庫でもないからね。個人が集めている本屋だ。商会がやっているわけでもないからね。こんなもんさ」
そう言ってゼランさから改めて本屋へと目を剥けると、なんというか、商店街にあるような小さな商店の本屋がポツンとあるだけ。
僕的には町だしどこかの大きな有名な本屋の支店でもあるかと思っていたんだけど、そうでもなかったみたい。
「……そういえば、本は高い物でしたね」
「そうそう。一冊を作るのも管理も大変でね。この町ではそれにかける予算と売り上げが見合うとは思ってなかったんだろうさ」
そういうものか~。
いや、日本でも売れない個人商店の本屋はもちろん、有名なチェーン店の本屋も普通に潰れていくんだし、こっちだとさらに難しいのは当然かな~。
そんな風に納得していると、ゼランはそのまま進んで店内に入っていく。
僕たちもそれに続いて中に入ると、そこには、それなりに本が入った本棚が並んでいるけど、やっぱり僕が知っている本屋みたいに沢山の本があるってわけじゃなく、会計の机が奥にあり、壁に沿って本棚が置いてあり、中央に本棚はなくテーブルが置いてあり、そこに本が並んでいるという、なんとも微妙なレイアウトだ。
まあ、中央に本棚とかないから見晴らしはいいんだけどさ……。
と、そんな感想を持ったんだけど、撫子は違うみたいで。
「……なるほど、盗難や破損の監視のためですか」
ああ、そういうことか。
普通のお店みたいにもっと棚を置けばって思ってたけど、盗みや破損の可能性を考えるとこれがいいんだろうな~。
そして、会計机の奥に座っていたおばあさんが入って来た私たちをギロッと突く感じで見てきたと思ったら……。
「なんだい、ガキじゃないか。本に興味があるのはわかるが、高いんだ。立ち読みはさせられないから帰んな」
商売する気がサラサラないって感じでこちらに帰れと言ってくる。
まあ、お金を持っているようには見えないから仕方ないのかな?
本は高級品って話だし、汚されたら大損だよね。
とはいえ、僕たちは調べものに来たんだから引き下がるわけにはいかない。
どういったものかと思っていると……。
「はっ、見る目のないばあさんだ。私たちは客だ。ほれ」
ゼランは特に気にする様子もなく、おばあさんの目の前まで歩いて行って袋を置く。
音からしてお金が入っているのは分かる。
おばあさんはその袋の中身を見て目を剥く。
「これでも商会を率いる身でね。この子たちは私の客なんだよ。とはいえ、それは今は関係ない。隣町のノスアムの依頼である著者の本を探していてね」
「……ノスアムの? ああ、なんだいあの商人おっちんだのかい?」
「幸い生きているが、ノスアムは戦争後でごたごたしていてね。そっちに駆り出されているわけさ。それで領主様と仲がいい私たちが代わりに買い求めに来たってわけだ。ほれ」
ゼランはそう言うと追加で身分証を差し出す。
たしかジェヤナが用意してくれたものだ。
「間違いないね。ノスアムの領主であるお嬢ちゃんのサインだ」
「おや、その口ぶり知り合いかい?」
「ああ、父親の意思を次いで頑張っている子さ。本を買うなんて趣味でしかなかったのに、親の思い出ということで買っているんだよ。頑張っていると言わずしてなんというさ。ま、直接会ったことはないけどね」
そうか、本なんて趣味によるところが大きいもんね。
それを続けるってことは相応の思いがあったんだろうなってのは僕でもわかる。
ジェヤナがあんな状態でも本を仕入れていたっていうのは、お父さんとの思い出があるからなんだろうなっていうのは感じ取れる。
とはいえ、今回に限っては僕たちがお願いして、というか脅しもあってここに来たんだけど。
「まあ、そういうわけさ。今回は仕事で本を仕入れにきた。気になっている本が見つかってね、それがあればそれも含めて本を仕入れたい」
「へぇ、あのお嬢ちゃんが本をね……」
「いや、ジェヤナ様じゃなくて、そこの逗留している軍の偉い人達さ」
「軍? はて、軍は今ここにいるはずだけど?」
「敵側さ」
「はぁ?」
「詳しいことは知らないが、向こうが情報を求めているって感じだね。東側は西側のことをしらないから、そういう文献を集めているんじゃないかって」
「それ、軍に話は?」
「いや、信じてもらえるかもわからないし、来てもないんだし、領主様たちの安全を守るための行為なんだ。下手にいうわけもないよ」
うわ~、口が上手い。
ここまで聞くと、協力しないわけにはいかないよね。
「ちっ、その著者は誰だい? 早く言いな。商売相手を失いたくはないからね」
「いや、沢山あってね。希望の本もあって、ほらこれだ」
そう言ってゼランはメモをおばあさんに渡す。
いうよりも、書付けを見せた方が聞き間違いとかもないから、その方がいいよね。
「……思ったよりも多いね。前は此方に任せてばかりだったのに」
「そりゃ、指定されていたわけじゃないし。今回は大本の依頼人が違うしね。それでどうだい、用意できるかい?」
「ある分は用意するさ。ちょっと待ってな」
そういって、おばあさんが席を立とうとするのに、撫子が声を掛ける。
「おばあさん。待っている間、ここの本をえーと、立ち読みというわけではないのですが、見せてもらうことはできますか?」
「好きにしな。そっちの嬢ちゃんからお金は見せてもらっているからね。好きなものがあったら買っていきな」
そう言って、奥に引っ込むおばあさん。
その様子から、店先以外にも本があるんだろうなと思った。
まあ、店先だけしか本がないっていうのはおかしい話だしね。
「さて、目的の本はあのばあさんが探してくれるだろうし、私たちは私たちでここの本に別に何かないか調べてみようか」
「え? 立ち読みは……」
「好きにしなっていわれただろう。大丈夫さ。まあ、汚したり破損したら弁償で買い取ればいい。お金はあるからね。さ、そこまで本は多くはないけど、それでも調べるには時間がかかる。さっさとやるよ」
ということで、おばあさんが本を揃えるまではこの場で調べものをすることになるけど、これは当てものない探し物で、ジョン・スミスという作者を探すものじゃないので、凄く疲れるんだよね~。
撫子とかは、本を読むのが好きだからそこまで苦じゃないみたいだけど、僕は自分が面白いと思う本にしか意識が向かないし集中できないから、そこらへんで苦労するんだよ。
そんなことを考えつつ、指定された捜索棚から本を引き抜いてからあることに気が付く。
「……ねえ、せめて椅子とかない?」
「ああ、そういえば流石に立ち読みは辛いですわね」
「言っていることは分かるけど、流石にタナカ殿でもいないとすぐには……」
そうゼランが言いかけていると、お店のドアが開いてお客さんが入ってくる。
他のお客さんが来るとは思っていなかったので、おばあさんを呼び出すべきかと思っていると。
「ん? ああ、そっちもここで調べモノか」
そこに立っていたのは田中さんだった。
どうやら、向こうの用事は終わらせて本を調べに来たみたい。
ならさっそく椅子を出してもらうかな。




