第47射:聖女の才気
聖女の才気
Side:タダノリ・タナカ
「ようこそ。ルーメルより召喚された、勇者様方とそのご一行様。私がこのリテア聖国の聖女、代表を務めているルルアと申します」
そこにいたのは、せいぜい20をようやく超えたかぐらいの少女に近い、女性だった。
……なんというか、爺さんの気持ちがわかる気がする。
こんなガキに国の舵取りをされる上の無能に、こんな稀有な人材を政治の駆け引きで無駄に死なせたくはないな。
「……おっぱいすげえ」
「「ふっ……!!」」
「ふぐっ!?」
なんか、後ろで結城君が悶絶しているが、自業自得なのでフォローできん。
気持ちはわかるが、口に出すな。
だが、それでもミコットを落とさずにいるのは褒めてやろう。
「さて、グランドマスターさんからの、ご紹介ですが、まずはその件の前に……」
聖女ルルアはそう言うと、椅子から立ち上がり、こちらに向かって……。
「シボール孤児院での非道な行いを報告していただき、誠に感謝いたします。貴族や教会を恐れず、正しいことをできるあなたたちに心よりの感謝を」
そう言って、深々と頭を下げる。
「本来であれば、このようなことがあってはならないのですが、いささか長い歴史のために、根腐れを起こしていまして。その処理がおいつかないのです」
「い、いえ。聖女様はちゃんと立派に勤めを果たしていると思います」
「うん。問題なのは、悪いことをしてるやつだし」
「そうだよな。悪いのは聖女様じゃない。これからも頑張ってください」
大和君たちは聖女様の謝罪に対してそう返す。
まあ、事実ではあるが、組織の長としては謝罪しないといけないことは間違いない。
と、そういうことか。
「勇者様たちにそう言っていただけてうれしいです。ですが、私が聖女の座について3年、ずっとこのようなことの繰り返しで、少々自信がなくなっていたところです」
この20歳前後の聖女様はまだ活動を始めて3年ね。
「しかし、聖女様はお若いですね。代々の聖女様も同じような年ごろで?」
「はい。任期は代々の聖女様によって違いますが、おおむね。私のような年ごろから選出されて、聖女を務めます」
「そして、ルルア様はその歴代の聖女様の中でも、リテア聖国の始祖である初代リテア様に匹敵するほどのお方なのです。無名とは言いませんが、一般の出のシスターでありながら、聖女として先代の聖女様から見いだされ、この3年で国内の腐敗は徐々にですが、確実になくなっており、リテア聖国はかつての民を思う姿を取り戻しつつあります」
「あの、クラックさん。あまり、そういうのは……」
「いえ。ルルア様。勇者殿たちの言う通りであります。間違ったことは何もしておりません。そして、そのことをちゃんと誇っていただきたい。それでこそ、リテアは復活を果たすのです」
クラックのやつはこうして持ち上げている。
言っていることももっともだ。
トップが自信なさげにしていると、下の者が心配をする。
間違ったことは決して言ってないのだが、それがある意味答えでもあった。
聖女ルルアはいけにえであると。
なるほど。一般のシスターが聖女になったのは、全部の不満を引き受けてもらうためか。
意外と能力があったのは誤算ではあるみたいだが、別に喜ぶべきことだから問題はない。
処分したあとは、本命の聖女になる子を送り込んで引きついでもらうって話か。
汚物処理してもらったら、まとめて焼却処分って話だな。
で、クラックはそんな体制に嫌気がさしていると。
うーん、なかなか厳しい状況だな。
四方八方敵って感じか。
ついでに、あのセリフは俺たちがルルアに協力するかどうかを試しているな。
下手な回答をすると、クラックが敵になるか。
「クラック殿の言う通りですよ。自信を持ってください。きっかけは私たちでしたが、間違いなく、孤児院を救ったのは聖女殿の手腕あってこそですから。私たちはいまだ、訓練中の勇者ご一行です」
「そう、ですね。私も勇者様たちもまだまだこれから、お互い良き世界が作られるよう頑張りましょう」
「「「はい」」」
ルルアの言葉に、結城君たちは返事を返す。
その返事を聞いて満足してうなずき、続きを話すルルア。
「ありがとうございます。そして、グランドマスターからの要請?ですが……。リテアでの訓練、もとい魔物退治の件は、私から、教会からも正式に認可いたします。我が国のためにその力をふるっていただきたい」
お、意外と普通に許可を出してきたな。
今リテアで、勇者が動かれるとほかの貴族たちは嫌がると思ったんだが……。
「最近、街道沿いの魔物の被害が大きいのです。そちらの方に当たっていただければと思います。もちろん、危険な場所などはありますので、そこはグランドマスターから情報を得てお願いいたします」
あー、なるほど。
俺たちはこうして仕事を与えられることで、リテアの聖都から遠ざかるわけか。
それが、どっちにしても助かるって話か。
要望をかなえることで無下にしたわけでもないし、リテアにとっても街道沿いの問題解決にもなる。
一石二鳥ってやつだ。ついでに結城君たち勇者の信頼も得られる。
これで、聖女ルルアの価値はまた上がるわけだ。勇者とつながりを持つ者としての価値が付加されて。
なるほど。このルルアは本当に才女なのかもな。
飾り物なのを知っていて立ち回っているのかもな。
まあ、それを正直に聞くわけにもいかないが。
そんなことを考えていると、ルルアがこちらに近寄ってきた。
何かあったか? と警戒していると、彼女は結城君の前で止まる。
「あとは、背中の彼女を診ることですね」
「あ、はい。骨折をしていまして。俺たちも回復魔術は使えるのですが、極度の栄養失調だったので、回復していい物かと、悩んでいまして。そのことを聞ければと」
結城君はミコットを背負いつつ、そう説明すると、ルルアは驚いたような顔になる。
「……よくご存じですね。えいようしっちょう、というのが何を指すのかはわかりませんが、回復魔術というのは、怪我をした本人の体力や魔力を使うので、本人の体力、魔力がなければ回復しません。だから死にかけた人は治療できないのです。今まで治療を行ってきたリテアの歴代の回復魔術師たちはそのように見解をだしています」
ああ、そういわれると道理だな。
回復魔術がただ魔力の万能性だけで回復するのであれば、腕は生えるし、死にかけの人だってすぐに元の状態に戻るはずだ。
では、怪我が治る人と治らない人の差はなにかというと……、ルルアの言うように、けが人病人の体力が必要になるわけだ。
ドラマでもよくある長時間の手術には体が耐えられません。というやつだ。
それが、魔術でも同様に起こっているというわけだ。
まあ、魔術の方はまだけが人の体を切り裂いて治療するようなものじゃないから、負担は少ないんだろうが。
そんなことを考えていると、ルルアがミコットを軽く診察をして、口を開く。
「ふむ。今は随分と体調は良さそうですが、シボール孤児院の状態は私も直で見てきましたから、彼女がどのような状態だったかは想像できます。それを踏まえて考えると、勇者様たちは正しい判断をしたと思います」
「「「ほっ」」」
安心した顔をする結城君たち。
焦って治療していたら、ミコットの命を奪うことになっていたからな。
しかし、話はそれで終わりではなかった。
「よいでしょう。勇者様たちならば、この魔術を教えても」
「ルルア様!? それは……」
突然の言葉に、クラックが声を上げて驚く。
なんの魔術だよ?
「よいと私が判断しました。別に見せたからといって、誰でも使えるわけがありませんからね。見ただけで覚えてくれるのであれば、私たちもどれだけ楽であったか」
「しかし、あの魔術は……」
「それを教えたのが私だということは、意味のあることです。そして、この勇者様たちならばきっと女神様も放ってはおかないでしょうし」
「……そういうのであれば。エルジュ殿と同じようにですな?」
「ええ。彼女たちがエクストラヒールの使い手になればそれだけ救える命が増えます」
エクストラヒール?
ああ、なんか聞いたことあるぞ。
すごい回復力を誇る魔術だとか、それで使い手も少なく、聖女様以外は片手で数えられるくらいで、大体権力者に囲われているとか。
いや、当然の話だけどな。
医者ってのはどこでも必要不可欠だしな。腕のいい医者ならなおさらだ。
人の命には残念ながら立場による軽い重いが存在する。
まあ、それも人の世での話だがな。
で、どうやら、その回復魔術を見せてくれるとか。
見ただけで覚えられるとは思えないが、見る価値はあるだろう。
「では、勇者様の背にいる彼女をこちらのソファーに」
「え? でも、ミコットは体力が落ちているんですけど……」
ルルアのミコットを治療する発言に驚く結城君。
当然だよな。不意な回復魔術の使用は命に係わるかも、と言われたのだから。
しかし、それが分からずに治療するというような彼女ではない。
その手段があるから、言っているのだ。
恐らくこの話の流れだと……。
「これから見せる回復魔術はエクストラヒールといって、死亡や欠損、古傷以外は全て治してしまう、最高峰の回復魔術です。欠損に至っても、腐っていない部位さえあるのならば、回復が可能です。大量の出血でさえも補完してしまいます」
は? なんだそれ?
大量流失した血液の補完はどこから行われるんだよそれ?
意味不明の治療技術だな、おい。
俺がそうルルアの説明に驚いている内に、ミコットへ向けてエクストラヒールが行われる。
パァァァ……。
優しい緑の光が、ミコットを包み込む。
今までみた回復魔術よりも演出過多だな。
しかし、何でこう回復魔術も目立つんだ?
こっそり回復する方がいいと思うんだが……。
まあ、魔術を作った奴に聞くしかないよな。
あれだけ、演出が多い分、コスト、魔力の消費もその分上乗せされるはずなんだが……。
そんなことを考えている内に、光が収まってミコットがきょとんとした表情をしていた。
結城君たちはミコットに駆け寄り体調を確かめる。
「ミコット。大丈夫か?」
「大丈夫? 具合悪い所とかない?」
「遠慮なく言ってください」
「えーと……」
ミコットは3人に詰め寄られて答えられないのか、返事を躊躇い、骨折している自分の足に目を向ける。
「足が……」
「足が痛いのか?」
「ううん。足が痛くないの。お姉ちゃん、包帯とっていい?」
「え? でも……」
許可を求められて、困っている光に対して、ルルアが話かける。
「大丈夫ですよ。エクストラヒールは対象者に負担をかけることなく、治す魔術ですから。足の骨折は治っていますよ」
「わかりました。聖女様を信じます。光さん。包帯を取ってあげてください」
「うん。分かったよ。ミコットじっとしててね」
「うん」
そういうことで、ミコットの固定していた添え木を取り外し、包帯を完全に取り除くと、ミコットの細い脚があらわになる。
「ミコットどうだ?」
結城君の問いかけにミコットは不思議そうに自分の足を眺め……。
「とうっ!!」
そう言って、床へとジャンプする。
「ちょっ!?」
結城君は慌てて受け止めようとするが、ソファーからの落下を止められる様なタイミングではなく、普通に着地するミコット。
その足はしっかりと大地を踏みしめていて、ミコットの体を支えている。
「痛くない。動くよ!! 治った。やったー!!」
そう叫んでぴょんぴょん跳ねまわるミコット。
「やったー!! ミコットが歩けるようになったよー!!」
「いや、そのクラ○が立った……ぐふっ!?」
「さっきから、余計な一言が多いですわ」
3人はそう言って喜んでいるが、俺は別の所で驚いている。
極度の栄養失調で腹水が溜まっていたのだが、それもほとんど消えて、普通の体形に戻っているのだ。
この魔術はおかしい。治療という分野ではない気がする。
そして、こんな魔術の使い手をやっちまおうっていう連中の頭の中が俺にはさっぱり理解できなかった。
が、この聖女の本気はここではなかった。
「では、勇者様方。やってみてください」
「「「はい?」」」
「勇者様たちは既に、高位の回復魔術を習得していると聞きます。エクストラヒールを習得するために、リテアの治療をまつ迷える子羊たちをお救い下さい」
そういって、微笑むのだ。
利用することも忘れていない。
この聖女はなんとか無事に生き残りそうな気がしてきた。
おっぱ、は最強の武器となりうる。
これでルルアは……。
まあ、そんなことはいいとして、こうして無事に聖女ルルアと田中は出会うのであった。
お互い利用するということを合意して、訓練の旅は続く。