第432射:焦りと悟り
焦りと悟り
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
ヅアナオから動いた軍をずっと見つめていると、心がざわざわしてくる。
この感じは、あれかな?
アスタリの町で敵が押し寄せてきた時かな?
いやでも、あの時はゴードルのおっちゃんが味方だったし、戦闘の内容も決まっていたからまだましだった気がする。
「……何とも歯がゆいですわね。今、田中さんたちが考えているのでしょうが、こうしてみているだけなのがここまで心にくるとは」
どうやら、横で一緒に見ていた撫子も同じ気持ちだったようで、悔しそうな表情で敵の軍が進んでいるのを見ている。
「なんかできないかな? ほら、一応ドローンの中に攻撃用ってあるよね?」
僕は改めて操作ドローンの一覧に目をやると、爆弾とか銃を積み込んだドローンがいくつかあるのを確認する。
これは、使える。
使えるように訓練してきた。
そして、その僕の提案を聞いた撫子も目をやって……。
「……そう、ですわね。すぐに会議が終わるわけでもありませんし、敵の足止めをするぐらいなら……」
そう言って、モニターの向こうにいる敵の列を観察し始める。
そして、ある一点で視線が止まる。
「ここ、おそらく物資を輸送している列ですわね」
「うん、大量の荷車が移動してるし」
確かにモニターに映るのは、歩兵が移動するだけでなく大量の馬車と荷物が映っている。
どこからどう見てもこの軍の食料はもちろん戦うための弓矢などの消費物資を運んでいる。
ここに攻撃を仕掛ければ、敵は食べ物も戦う道具もなくなる。
「時間を稼ぐのは悪いことじゃ……」
「ないですわよね?」
ということで、ドローンを選択してと思っていると、なんか走ってくる音が聞こえてきて、ドアを開ける。
何だろうと振り返ると、そこには晃がいる。
「どうしたの?」
「どうかいたしましたか? 会議でも終わりましたか?」
焦っている様子の晃に何があったのかを聞くと。
「2人とも、勝手に軍に対して動いたら駄目だからな」
「「え?」」
やろうと思っていることに対して釘を刺されて、正直驚いた。
「やろうと思ってただろう? その画面」
「うん。まだ会議が終わったわけじゃないんでしょ?」
「ああ」
「でしたら、少しでも考える時間を稼いだ方がいいのでは?」
撫子がさっき僕が言ったことを代わりに言ってくれるけど、晃はそれでも納得した様子はなくて。
「無闇に攻撃すると、敵が四散してこの一帯で野盗になるんだよ。だから下手に攻撃も仕掛けられないんだ。わかるか?」
「わからない、どういうこと?」
「……なるほど。そういうことでしたか」
僕はよくわからなかったけど、撫子は分かったようだ。
「逃げて帰るだけじゃないの?」
「そういうわけにもいかないんだよ。逃げ帰るにも食べ物や飲み物はいるだろ?」
「それは確かに」
「それを買うお金とかあると思うか? そして俺たちが追撃しないと思うか?」
「あー……。言いたいことは分かった」
負けた人たちはそういう余裕が全くないわけだ。
だから、すぐに逃げないといけないけど、何もないから奪うしかなくなると。
「でも、前はそういうこと気にせずにやってたよね?」
「それは、私たちがノスアムという拠点がなかったからですわね。あと、ほとんどの敵は田中さんの攻撃で吹き飛んでいましたが、今回私たちがやろうとしていたのは、物資への攻撃ですから、敵に被害を出さないんですよ」
「うん、それはそうだけど……。あ、だからまずいのか」
「そうです。晃さんが仰ったように、物資が無くなれば軍は維持できませんから瓦解しますが、それで終わりではありません。……田中さんがわざわざ戦死させていたのは、こういう理由だったんですね」
撫子は田中さんが無慈悲に敵を殲滅していた理由がわかって顔をしかめている。
僕も多分同じだろう。
人殺しを避けた結果、ノスアム一帯の人たちに迷惑がかかるってことだから。
「というか、この時点で物資を攻撃すれば、補給しようとするだろう? そうなると徴発されるのはヅアナオなんだよ。味方だと思っている軍から取られるってことになる。それも3万人近くの人が食える分を。でも、ヅアナオの大きさはせいぜいノスアムよりちょっと大きいぐらいだ」
「え? それって物資すっからかんにならない? それか物資を補給するのは別の場所とか?」
「それまで、全員が素直に待てると思いますか? 彼らのほとんどは軍人ではありません。徴発された人たちです」
「そして、手に入れた食べ物とか物資を使えるのは上の人からだしな~。そうなると、ヅアナオは根こそぎ奪われるか、兵隊が四散するしかないんだよ。それで、俺たちが、というか田中さんたちがヅアナオを占拠するとどうなると思う?」
「えーと、どうなるって、そりゃー。何もかも奪われた人たちがいるから炊き出しとか……」
僕は当然のように奪われた人たちを助けるという判断をしていると、隣の撫子がなおのこと顔を難しくさせ。
「さらに、私たちは足止めを食らうというわけですわね」
「あっ、そうなるのか」
「まあ、無視して進むことも俺たちは出来るだろうけど、東側連合としては補給拠点というか、町の確保は欲しいよな」
そっか、ここまでくるとヅアナオに関しても無視するわけにはいかないっていうのは分かる。
なにより僕たちが居るんだから、簡単に再建も可能だって思うだろうし。
「で、俺が止めにきた理由はわかったな?」
あ、そういえば僕たちを止めに来たんだっけ。
「うん。わかった。下手に止めると被害甚大だってのが」
「ええ、浅はかな考えでしたわ。ですが、この状況はどう治めるつもりなのでしょうか?」
確かに撫子の言う通り、これどうやったら被害が少なくすむんだろう?
全然想像ができない。
「ちょっと話は聞いていたけど、完全に被害なしは無理っぽいな。まあできなくもないみたいだけど、完全に敵を殲滅するか、捕らえるかって話だ」
「いやー。それは……どっちもできる気はするけど、どっちも後始末が大変そう」
「……確かに殲滅してもあとかたずけが。捕らえるにしても捕らえる場所と物資が必要になりますわね」
うん、死体の山とか勘弁だけど、逆に捕まえても面倒しかない。
物資を渡してはいおしまいってわけでもないだろうし……。
で、あることに気が付く。
「というか、僕たちが勝つこと前提になっているよね」
「まあ、この砦を防御にして負ける要素はないと思っていますからね。ですが、負けた場合はこういうことは考えずに逃げることに集中するでしょうし」
「あー、確かに。ねえ晃、そこは田中さんたちはどう考えているの?」
「いやー、この状況で負けることはないって言い切ってたな。俺もそう思ったし。戦車も使えるからな。だけど、今回は後ろに回って攻撃するっていうのも使えないらしい」
「え? できないの?」
「できないことはないけど、その場合、砦のジョシーさんが動くことになるから、残された砦の人たちが逃げるんじゃないかって」
「あー」
確かにジョシーさんが出て言ったら、他の人たちはまとまりなさそうだもんなー。
「っていうか、あっちには1万人いたよね? その人たちと協力すれば……」
「いやー協力って言っても何をどうするんだよ?」
「えーと……それは……」
全然思いつかない。
というか、このままヅアナオの軍が動けばジョシーさんたちが迎撃することになるんだよね?
「このままだとジョシーさんたちが危ないのでは? 下手に兵を減らすと制圧も出来なくなって意味がないというのを田中さんも言っていませんでしたか?」
「あー、言って言ってた。ジョシーさんたちの所の兵隊さんたち、戦えてないから暴れたいって話もあったよね? そうなるとまずくない? 目の前に敵が来たから襲い掛からない?」
「……ありそうだな。ちょっと田中さんに伝えてくる」
そう言って晃は部屋を出ていく。
「言っていることはわかりますが、あのジョシーさんに逆らって動く軍人がいるのでしょうか? むしろ止めを刺しそうですが?」
「うん、ジョシーならいうこと聞かない奴は笑顔で撃つよね」
僕も撫子もジョシーが言うことを聞かない奴らを簡単に撃って倒す姿が目に浮かぶ。
足を引っ張る味方は消した方がいいって断言してたしなー。
そんなことを考えつつ、ノスアムへと進軍している敵。
今までの話から、多少は考慮しつつをろくなことにはならないよなーと、今度は逆に達観した、いやあきらめの境地でそれを眺めてつつ、監視を続けるのであった。




