第421射:あれもこれもできたのだから
あれもこれもできたのだから
Side:タダノリ・タナカ
「意外と鋭いこと思いついたじゃないか」
俺は大和君から来た連絡を聞いたのを思い出して、タバコをふかしながらそう呟く。
「……どうしたのですか?」
疲労を隠さず休憩をしていたお姫さんの耳にも俺の言葉が届いたようで、質問をしてくる。
俺も特に隠す必要はないので、大和君たちから聞いた物資焼こうぜ作戦を話すと。
「それは名案ではありませんか? さっそくお話してみましょう」
そう言うお姫さんを俺が止めるまもなく、マノジルの爺さんが止めた。
「おやめください姫様。それは悪手になりかねませぬ」
「え? どういうことでしょうか?」
お姫さんはよくわかっていないようで首をかしげる。
確かに敵を無傷で倒せるっていうのはメリットしかないように見えるんだが……。
「下手をすると野盗たちを大量に発生させかねません。今は大人しくヅアナオで近辺で駐留している軍が、物資が無くなれば徴発……略奪に動き出しかねません。そうなれば、ヅアナオは物資が無くなり人が逃げるでしょう。そうなれば……」
「……全員が逃げられるわけではないということですか」
「その通りですが、徴発した軍の側も物資はすぐに底をつくでしょう」
そこまで爺さんが言うと、お姫さんもわかったようで。
「なるほど。逃げ散った兵士が野盗になるのですね。その際は地域一帯の治安が下がると」
「その通りです」
そう、兵糧攻めって相手を囲って殲滅するならいいんだが、こういうただ相手を撤退させようってことで兵糧とか物資を廃棄すると、敵は文字通り維持できなくて逃げ散るんだが、残念ながら飯もないのだから、生きるためにはどうにかするしかない。
つまり、町は当然、近くの村などで略奪を働くわけだ。
こっちとしては、敵の領土を切り取ってこちら側についてもらい、物資を補給する拠点として利用したいわけだから、領地を荒らされるのは避けたいわけだ。
勿論、普通に撤退させても、こちらの進軍が遅くなるように進軍ルートには色々細工はするだろうが、どっちがマシかって話になるしな。
「難しいですね。敵が普通に撤退しても細工はしそうなものですが」
どうやら、お姫さんもその考えにはたどり着くらしい。
どっちもどっちだとは思うが……。
「ワシとしては、普通に撤退してもらいたいですな。確かに敵が四散すれば再編に時間はかかりますが、その分領地が荒れます。確かに普通に撤退しても細工はされるでしょうが、それ以上はないでしょうしな」
「マノジルは必要最低限になるって言っているのね?」
「その通りです。物資に関しては、幸いタナカ殿がいますからな」
そうだな、露骨に要求されるのはあれだが、今回に限っては当然の判断だと言える。
敵地での物資補給は昔は当然と言えたが、現代においてはそれは悪手と言われている。
理由は先ほども言った細工の類だ。
井戸に毒、残している食べ物にも毒という、足止めと兵士を減らす細工は当然のようにやるからな。
昔は外道とか、土地の復帰に時間がかかるから、めったにやらないと言われているが、現代戦は当たり前の手法だ、基本的にやる。
最小の労力で、最大の戦果をってやつだ。
勿論、対外的には事故っていうけどな。
戦う際に味方の犠牲が少ないのは良いに決まっているし、数字上でも同じだ。
まあ、その後に住人たちが安心に過ごせるかっていうのは考えない物とするってな。
「元々俺は敵の陣地で物資の調達をするつもりはないからな。食べ物や水を飲んで倒れるとか馬鹿らしいだろう」
「……それはその通りですが、普通は簡単にできる手段ではありません」
「そうだな。こっちじゃ難しいだろう。とはいえ、俺にはできるからそれをやる。それだけだ」
使えるものは使うっていうのは俺のやり方だ。
敵の常識に合わせるのは、相手を油断させるために使うことは使うが、自分を油断させるもクソもないので全力で使う。
勿論、味方に恐怖とかを抱かせないために調整はするが、それだけだ。
「わかりました。ナデシコたちが物資不足で立ちいかなくなる心配はないということですね。それであれば、私は構いません。上への申告はやめておきましょう」
「それがいいでしょう。向こうから物資を焼く作戦を伝えられれば、その時にこのデメリットを伝えて反応を見るべきでしょう」
「そうですね。下手に先に言えばそれはそれで妙なことを言われかねませんし、何より今は上は派遣する軍をどうするのか、ドローンによる偵察、ノスアムや砦をどう強固にするかという話で持ちきりですし、そちらが終わらなければ話もままならないでしょう」
そう、お姫さんが締めくくるが、俺は気になることがあったので待ったをかける。
「待ってくれ、詳しく話を聞かせてくれ」
「詳しくというのは?」
「会議の内容だ。まだ上の連中はどうするのかを迷っているのか?」
「ええ。まだドローンの調査位置、そして確保したノスアムやノスアムの砦の改装についてはまとまっていません。なにせドローンの調査はともかく、拠点の形成には膨大な物資が必要となります。それを輸送するとなると、しっかりと計画を立てなくてはいけませんし、予算も確保しなければいけません。簡単に決められるものでは……」
「ああ、そこは大丈夫だ。疑問に思っているわけじゃない。いや、予定がないというのもおかしい気はするが、この手の話は深く聞かない方がいいのは分かっている」
元々、西側に踏み出すならば、どこかで拠点を築く予定はあったんだから、その手の物資は用意しているはずだ。
予算もクソも、最初から組まれているはずだからそこまでと思うが、こっちのルールは知らないし、連合のどこが予算を出すのかっていうやりあいがあるに決まっている。
そこに口を出せば、こちらも出せとかそういう今後の勢力争いに巻き込まれることになる。
こっちとしては使い勝手の良い拠点があればいいだけだから、今後の勢力争いに興味はない。
「はぁ、では何が聞きたいのでしょうか?」
お姫さんは俺が何を聞きたかったのかわからず首をかしげている。
だが、俺の聞きたいところは既に聞いている。
「いや、聞きたいことは分かった。拠点の構築は簡単にはいかないってことだな?」
「ええ。それはそうですが、それが何か?」
「その拠点構築はノスアムは外してもらうように言ってもらえるか?」
「どうしてでしょうか?」
「簡単だ。ノスアムは一応ルーメルが占有していいってことになっただろう?」
「はい。そこは私たちというか、タナカ殿たちが落としたのですから、ルーメルの拠点として使うと承諾を貰っています」
「それはつまりノスアム一体の開発も俺たちの自由ってことだよな?」
「まあ、確かにそうですが、ノスアムを発展させれば今後の東側連合にとっては補給が容易となるわけです。だからこそ、東側連合はノスアムを守るべく、あるいは別の生産拠点を構築するべく部隊を送って拠点を強化、あるいは作ろうとしているのですが、それはおわかりですよね?」
一体何を聞きたいのかという感じで、聞いてくるお姫さん。
「ああ、そこは分かっている。とはいえ、向こうから部隊や物資を送らずに拠点を強化、構築できるならそれはいいことだと思わないか?」
「それは当然、物資が浮くのですからいいのですが……。まさか」
そこまで話して俺が言いたいことが分かったようで、マノジルの爺さんも呆れ気味に。
「まさかタナカ殿は拠点までだせるのかのう?」
「さあ、やってみたことはないが、兵器はもちろん、鉄の板とかもだせたからな。どうせ会議がな長引くなら、こっちでやってみても損はないだろう?」
「確かに、やるだけやってみるのは良い手だと思います。では、戻るのですか?」
「ああ、俺しかできないからな」
兵器は勿論物資が出せたように、コンクリートの壁とかを出せない理由はないと思ったわけだ。
今までは拠点を作って大人しくするなんてことはなかったから、考えもしていなかったが、ここで拠点を短時間で構築できるなら、この戦い楽になるだろうと思ってのことだ。
「……わかりました。一応ノスアムのあたりを確認して強化か新規構築にした方がいいのかを調べてくると言っておきましょう」
「ああ、それがいいな。拠点を作ってても言い訳ができる」
調べるために建物を建てましたってな。




