第41射:背信者
背信者
Side:タダノリ・タナカ
「こっちだ」
俺は前を進むアロサについていく。
ここは、リテア聖都の裏路地。
あれから俺はアロサに背信者地区へと案内してもらっている。
無論、結城君や大和君、ルクセン君は宿でミコットの看病と仮眠をとっているので、俺だけだ。
リカルドたちにはぶらりと観光してくると言ってある。
……おそらく信じていないだろうが。
「しかし、ずいぶん遠いな」
別にアロサの足が遅いとは思えない、大人でも十分に遠いと思える距離を歩いていた。
「そりゃそうだよ。背信者が集まるんだ。みんな近寄りたくはないし、そんなのを旅人に見せるわけない。って、大人が言ってた」
「まあ、そうだな」
どこの国だって、自国の汚点、隠しておきたいところをわざわざ見せることはない。
もともとから、税金を納めない、働かない者たちの集まりだからな。
そういう意味では、正しいというより、温情のある措置かもしれない。
普通はしょっ引くか強制退去させるものだからな。
いや、背信者「地区」と呼ばれるまで勝手に膨張したのかもしれないな。
そんなことを考えながら歩いていると、ようやくたどり着く。
そこには、どこまで続くかわからない白い壁がそびえていて、真ん中にポツンと門がある。
「ここがそうか?」
「ああ。ここが背信者地区の入り口だ。ここしかないんだ」
「厳重だな」
俺が見る門には明らかに、門番というには物々しい兵士が建っていて、近寄ることすらためらわれる雰囲気がある。
「背信者が逃げ出さないようにしているんだ」
「そうみたいだな。こちら側より向こう側を見張り台に立っている連中は気にしている」
どう見ても、これは防衛線にしか見えんな。
いや、どちらかというと、難民を排除するための国境か?
その間際に立つ者には、ここが天国と地獄、そんな風に見えるんだろうな。
俺からすれば、ここが激戦区の境といったところか。
「で、その中に出入りする連中は何だ?」
そう、そんな境を堂々と越えていく連中がいる。
リテア側から、背信者側へとだ。
「あれは、配給だよ。ああやって、背信者を改心させるために教会がやっているんだ」
「配給で改心ねー」
何か矛盾している気がするんだがな。
ああ、敵情視察か?
「で、俺やミコットもあの手伝いってことで一緒についていくんだ」
「は? 手伝いって、行けるもんなのか?」
「そりゃ、背信者地区に行きたがる奴は少ないからな。大体行ける。でも、孤児院のクソが外に出さないから、こっそり行くしかない。そしてその手伝いでご飯がもらえる。ついでに、敬虔な信徒として認められれば、リテア市民2階位がもらえる。そうすれば、仕事が見つかるかもしれない」
「……具体的にはどうすれば、敬虔な信徒として認められる?」
「えーと、俺はよく知らないけど、子供を連れてきたおっさんが、子供を救ったって言われて2階位もらって、子供は泣いて喜んでたって話だった」
「……そうか」
使えそうなガキをさらってきたら、市民と認めますよーか。
いや、本当に子供を救ってきたという可能性も……ないな。
アロサがこの姿で、救っているという言葉を鵜呑みにできるやつがいれば、頭がイカレテいるとしか言いようがない。
まあ、あくまでもアロサがいる孤児院だけっていう可能性もなくはないが……。
あまり、状況を楽観的に見るのは好きじゃないからな。悲観的でちょうどいい。
そこはいいとして、先ほどのアロサの言葉に妙なことがあった。
「昼は外に出れないっていってるが、今でているのはいいのか? 孤児院にばれないのか?」
「ああ、ほかの連中がごまかしてくれる。あの孤児院のクソは別に俺たちの数だけが大事なだけで、顔とか名前は覚えてないから」
「そういうことか、助成金でもでるんだな」
「うん。でも、俺たちにはないから、昨日の夜やさっきの配給に混ざってなんとか食べ物を集めてくるんだ」
「なるほどな」
納得の行動理由だな。
で、死んで減ったら、今みたいにさらって増やすわけか。
ただの地獄の片道切符じゃねーか。
「で、どうするんだ? 中に入るのか?」
「配給じゃなくても入れるのか?」
「普通に通行料を払えばいいみたいだ。それで通行証を渡される。でも、向こう側にいって通行証を奪われたら、戻ってこれない」
「自己責任ってことか。まあ、国側も通すことで通行料ももらえるならありがたいか」
ただでさえ、この門の維持や守備で経費とってるんだからな。
だが、まだ入るのはやめておこう。
「いや、今日はいい。アロサに約束の報酬を払わないといけないからな」
「お、本当にくれるのか?」
「約束は守る。それが世の中生きていくのには必要だからな」
そんなことを言っていると、不意に歩いてきた兵士に声をかけられる。
「おい。そこのお前。子供を連れてこんなところに何ようだ」
その男は、ほかの兵士よりも立派な鎧をつけていて、本人もしっかり鍛えているのか、立ち姿は堂々としている。
「あのおっさん、リテアの近衛兵だよ」
「近衛? なんでそんな偉い兵士が王宮を離れてこんなところに?」
「別に、近衛とて、四六時中教会にいるわけではない。こうして聖都の視察に訪れ町の治安維持に協力しているのだ。で、もう一度聞く。その子供をこんなところに連れてきて何ようだ? 見たところ、お前の子供でもないようだが? まさか……」
「ああ、違う違う。道案内を頼んだだけだ。俺は旅人でな。この子、アロサは孤児院の子であり、敬虔な信徒なのか俺の頼みを聞いてここに連れてきてくれたんだ。ほら、アロサ、階位を見せてやってくれ」
「あ、うん。おっさんこれ」
「確かに、リテア聖都民3階位だな。で、ここに来た理由は?」
「別に、理由ってほどでもないが、知り合いがリテアに行ってから音信不通でな。可能性があるならここじゃないかと思ってな」
とっさに口から出る嘘。
だが、ほかの2人は信じたようで……。
「あー、なるほどなー」
「そういうことか。確かにここにいる可能性は高いな。だが、入るのはおすすめしない」
「なぜだ?」
「我が国の恥をさらすようであれだが、この壁の向こうの背信者地区は非常に治安が悪い。貴君の安全は保障できない」
「まあ、そうだろうな。あんなに厳重な警備をしているんだからな。俺も同じように感じた。だから、今日は一旦あきらめてこの子の孤児院にお礼に行くところだ」
「そうか。……孤児院か。君、どこの孤児院のモノだ?」
その近衛兵はアロサ全身を見た後に、そう聞いてきた。
「えーと、シボール孤児院」
「……シボール。あいつか、わかった。私からも君の良き行いに後でご褒美を上げに伺おう」
「え?」
「そりゃいい。女神様は見ていたな」
「ああ、君の行いはいつも女神様が見ておられる」
「はい?」
アロサは俺と近衛兵やり取りは理解できなかったが、変だとは感じたようだな。
まあ、教えるまでもないが、孤児をこんな風に扱っている孤児院があるぞと言ってみたが、意外や意外。
まともに対応するといってきた。
「いや、あんた偉い割にはよく下をみてるじゃないか」
「すまない」
「謝る必要はないさ。所詮、兵士は上の命令には逆らえないし、隅々まで目が届くわけじゃない。あんたみたいに、行動を起こすと宣言するだけでも大したものさ」
「いや、宣言だけはない。必ず、アロサ君の孤児院には手を打つ」
「……行動力もあるか。でも疎まれないか? それで、あんたが立場を追われればそれこそ……」
何も救えなくなる。
権力があるからこそできることというのは多い。
一時の正義感ですべてを失うことはない。
大をなすためには小事にこだわるなという言葉もある。
まあ、小事にこだわるからこそ、大をなせるともいうが……。
「そこらへんは上手くやる。そして……、いや、ここで言うべきことではないな。しかし、お前、いや、名前をうかがっていいだろうが?」
「ああ、俺は、ルーメルから来た田中という」
「ルーメルから? それはわざわざ、遠いところ……」
俺の自己紹介に感心しつつも、途中で顔が固まる。
やっぱりというべきか、近衛兵には話が回っているようだな。
「嘘か真かはどっちでもいい。こっちとしては、誠実な兵士に会えてうれしい。こちらもあんたの名前を聞いてもいいか?」
敵意はないと伝えると、警戒に変わっていた顔からは安堵が見られ……。
「クラックだ。聖女ルルア様の護衛を務めている」
「それはそれは、別に悪い噂を聞かないが? むしろいいはずだが?」
「ああ、間違いなく今代の聖女様は傑物だ。いつかはこの聖都も変わるだろう。だがそれはいまではない。だからこそ、その子がいる」
「???」
アロサは全く話についていけてない。
だがそれでいい。この会話を正しく理解していればやられるからなー。
さて、俺もこれ以上深入りしては危険か。
「そうか、じゃ健闘を祈る」
「止めないのか?」
「クラックほどの男が選んだ道だ。俺が止めたところで止まるわけがないだろう? 俺たちも厄介ごとに首を突っ込みたいわけじゃないからな」
「そうか」
「ああ、一つだけお願い事がある」
「なんだ? できることなら聞こう。これも縁だ」
「こっちも伝手で会うことになる。それで敵対されたくないからな。その時は案内を頼めるか?」
「いいだろう。こっちとしてもありがたい」
そう言ってお互い握手をする。
コイツは敵になりそうにないな。
俺の、いや結城君たちの立場を知り、俺が中立を宣言した今、わざわざ敵に回すメリットはないからな。
俺も、クラックたち近衛を中心とした、リテア連中を相手にするほど余裕があるわけでもない。
できることといえば、聖女様に挨拶をしたときに多少、気が付くように言うだけだな。
下手に言えば巻き込まれる。あとは、聖女様の才覚だな。
案外、これも泳がされている可能性もあるからな。
迂闊な動きは俺たちは絶対にできない。
二国も向こうに回して戦えるほど、結城君たちはタフじゃないからな。
「おーい。おっさんたち。俺全然わかんないだけど」
おっと、本当にいい加減戻らないとな。
「おう。そろそろ行くか。クラックすまんな。お礼に美味いものをプレゼントする予定でな」
「そうか。では、タナカ殿の邪魔にならないように時間をずらして伺うことにする」
時間は稼いでおくから、後方を固めてきな。
わかった。確実にやる。
そういう会話だよなー。
「なんか知らないけど、あの近衛のおっちゃんは良い人だな」
「ああ、そうだな」
目的のためにはいろいろ踏みにじる覚悟もできた男だ。
あれを相手にできるほど、結城君たちは育っていない。
だからといって、排除する気もない。
俺はこの国の人間じゃないからな。
お互い利害が一致するなら何もしないさ。
アロサやミコットもこれでどうにかなりそうだしな。
まあ、それも一時的だけどな。
案外このリテアに背信者がいるとするなら、俺がそうなのかもな。
ここでクラックと出会うタナカ。
彼はいったい何をするのか。
それはちょっと先の未来でわかること。
そして、田中たちはどんな未来を行くことになるのか?




