第404射:事実を聞いて
事実を聞いて
Side:ナデシコ・ヤマト
夕食の時間になったので、田中さんを探していたのですが、どうやらジョシーさんに会議の結果を話しているようでした。
とはいえ、私が声をかける前に見た顔は敵を殺すときの顔に見えました。
ああいう顔をした田中さんは容赦はありません。
人の命を絶つことに何もためらいなどなく、方法も効率を重視した兵士、いえ傭兵の顔。
とはいえ、光さんと話している間にその様子も消えたので、まあ、安心していいでしょう。
無意味に人の命を刈り取るようなことはしない人ですから。
それを言うのであれば、今、砦の攻略に行っているジョシーさんの方がよほどですからね。
「ねえ、撫子どうしたの?」
「え?」
「さっきから難しい顔しているけど、ご飯何か変だった?」
どうやら、私も田中さん同様妙な表情をしていたのだろう。
光さんが心配そうにこちらを見てくる。
「いえ、ちょっと考え事です。ほら、先ほど田中さんが後で話すって言ったじゃないですか」
「ああ、別の可能性が見えてきたってやつね。やっぱり空での輸送は無理だったって話かな? 秘密の地下道が発見されたとか」
なんかとても夢のあることを話していますね。
秘密の地下道が、前線まで伸びているという可能性ですか。
それこそ、敵も味方も一直線に来れるので確かに便利かとは思いますが、そんな通路があるなら噂ぐらいは出るはずですし、制圧した南側の戦線ではそういう所も見つかりませんでした。
尋問した田中さんやジョシーさんたちもそういう話をしていなかったのですから可能性は限りなく低いでしょう。
とはいえ、それを真っ向から否定するのも光さんに申し訳なく思いますし、ゼロ言うわけでもありません。
「いや、地下道はないだろ」
と、思っていたら晃さんが私に代わって気軽に否定してきました。
ありがとうございます。
「えーそうかなー」
「そうなのですか?」
当然光さんは反論というか納得しなさそうな答えを返し、一緒に食事をしているジェヤナさんは首を傾げています。
「可能性がゼロってわけじゃないだろうけど、その地下道があったとして、軍を全員移動して余裕があるモノなのか? それだけ大きな通路ってなると、逃げ道じゃなくて、ちゃんとした利用を考えた道だろう?」
「え? どういうこと?」
「ああ、そういうことですか」
「なるほど。確かに」
晃さんの説明に私やジェヤナさんは納得したようですが、光さんはいまだに首を傾げています。
「光。もうちょっとよく考えろよ。地下道があったとして距離に関してはこのノスアムより遠いってことだろう?」
「まあ、そうだよね」
「その距離をずっと地下で移動するんだ。一日で横断できると思うか?」
「いやー、それは無理だよ」
「そうだろう? で、逃げ道専用だとするとその通路は人が1人2人、あるいは3、4人が限界だろう。なんでかわかるか?」
「うん? どういうこと?」
「はぁー。隠してあるような逃げ道が広ければ見つかれば馬とかはもちろん大人数で追われるだろう? それは追われる側にとっては不利だから道は狭くするんだよ」
「おー、なるほど」
「で、そういう場合は、大人数がほっそい通路を歩くわけだろう? 食事とかはもちろん、休憩とか休みとかどうするんだよ。そんな場所ないぞ」
「あー。そういうことか。だから晃は可能性は低いって言っているんだ」
その通りです。
逃げ道専用の細い通路であれば、大軍を移動したりはもちろん物資の運搬など無理でしょう。
いえ、出来ないことではないですが、そんなことをするぐらいなら普通に陸上の道を進んだ方がましです。
「そういうこと。高速道路とかそういう分類になるんだろうけど、そんな建設能力があるならまず上を整備するだろう?」
晃さんの言う通りですね。
そんな大規模な地下通路を作るほどの建設能力があるのであれば、まずは地上の道を整備するでしょう。
よしんば、軍事のために作ったとしても、その通路をここまでやって来た幹部が知らないわけがありません。
田中さんやジョシーさんの尋問を潜り抜けたというのであれば別かもしれませんが、その可能性も低いでしょうし、その通路の見落としもまずありえないでしょう。
敵が壊走した際に逃げたのは普通に地上の道でした。
つまり敵はその道しか知らないということです。
本当に自分たちが通ってきた道があるなら少なからずそちらへと逃げても不思議ではないのですがそれはありませんでした。
状況から見ても地下道というのはないでしょう。
「はぁ」
と、そんな風に私たちが話していると田中さんが大きくため息をつきます。
何かあったのでしょうかと視線を向けると……。
「俺が話してないせいで食事が進まないみたいだからな」
「あ、いえ……」
そうは言いましたが、田中さんの指摘通りです。
田中さんの殲滅具合をごまかすために言ったことなんですが、逆に光さんの興味を引いてしまったようです。
「ま、食べながら聞いてくれ」
田中さんはサイコロステーキを一つ口に運んで咀嚼して飲み込んでから口を開く。
「ジョシーと連絡して分かったのは、上空警戒にはまだ何も引っかかってないってことだ」
「それは聞いたよ」
「まだ時間がかかるんじゃないんですか?」
「まあ、その可能性もある。空の移動には時間がかかるかもしれないから、まだ俺たちが把握していないってな。だが、また別の可能性が出てきた。まあ、普通に考えれば当然のことなんだが、敵の迎撃地点がもっと後ろってわけだ」
「どういうこと?」
「「「……」」」
案の定、光さんは分からなかったようですが、私たちは理解できてしまったので沈黙をしています。
何より……その意味は……。
「私たち、ノスアムは最初から見捨てられていたということでしょうか?」
その言葉はとても冷たく鋭く聞こえました。
ジェヤナさんの顔は無表情でそこには何の感情も読み取れません。
ですが、その表情こそ……。
「それは正直わからない。いや、状況を見ればそういう可能性が高いが、見捨てたくて見捨てたってわけじゃないと思うぞ。こっちの進軍速度に加えて損耗度合いも予想外だったろうからな」
「……気を使っていただいて申し訳ございません。確かに、ルーメルが率いる東側連合の進軍速度や攻撃速度は確かに常軌を逸する物がありました。それに対応するには時間が足りなかったということですね?」
「そういうことだ。ルクセン君に分かりやすく言うと……ノスアムじゃ人も道具も集める時間がないから、集める余裕がある場所で集まろうってことだ」
「おお、なるほど。って、それってつまりクホール王国のどこかで準備整えているってこと?」
「その可能性があるって話だ」
納得できる話です。
確かに敵の動きがみられないのが不思議でしたが、こちらの戦力を正確に把握していないとはいえ、ノスアムが落ちたのは間違いなく伝わっているはずです。
ジェヤナさんたちが伝令を出したといっているのですから。
とはいえ、それから2週間もたっていないのですから、余程な輸送手段などが無ければ防衛線の再構築が難しいのは事実ですし、それを考えると迎撃可能な地点で準備を整えるというのは当然でしょう。
「……そうなると、西魔連合が待ち受けるのであれば王都でしょう。クホール王都。あそこならば万規模の兵や物資を集積するスペースもあります」
「確かにジェヤナ様の言う通り、王都でならできますな。防衛に関しても最初からかなり高いですし最初から作る必要性はない。何より物資などが集まりやすい。何より距離があるおかげで時間が稼げる」
田中さんの指摘にジェヤナさんやその叔父も納得したように頷く。
「えーと、それってつまり時間が経てばたつほど、王都って防衛が強固になるんだよね? ジョシーたち大丈夫なの?」
「そこは分からん。一応ノスアムの西砦を落とすぐらいまでしか予定がないからな。その後合流するのか、またまた進軍するのか。とりあえずこの情報は確認してから送る」
まあ、まだそれが決まったわけではありません。
確認しなければいけません。
「さ、俺の話はそんなところだ。まずは食事を終わろう。お嬢ちゃんたちにとってはアレな話だったけどな」
「いえ、教えていただいてありがとうございます。
「ええ。黙っていられるよりもよかったです。さ、皆様お食事をどうぞ」
ということで、私たちは微妙な感じのまま食事を再開するのであった。




