第400射:補給の不思議
補給の不思議
Side:アキラ・ユウキ
珍しく田中さんがばつが悪そうな顔で俺たちの所へ現れた。
といっても領主館に用意されている部屋の前にある談話室なんだけど。
「ジェヤナちゃんとの仲介をお願いしたい?」
光がそう首を傾げて聞いてくる。
その疑問は俺たちも同じだ。
今更ノスアムの領主であるジェヤナと面談をするのに遠慮する必要はないはずだ。
今までのルーメルからの支援活動で、俺たちはもちろん田中さんたちも普通に受け入れられている。
実際、顔を見せて人を撃ちまわって殺していたわけじゃない。
やったのは田中さんで間違いはないけれどドローンでやったから相手は分かっていない。
なにより、向こうもそこまで田中さんには警戒していない。
表向きはユーリアの部下みたいに振る舞っているからだ。
だから……。
「頼むのであれば、ユーリアさんでは?」
そう返すのは撫子だ。
うん、俺よりもユーリアに頼むほうが仕事上、立場上当然なんだけどなんで俺たちなんだ。
「あー言い方が悪かったな」
「ええ。無論私も同席いたしますが、ルーメルの主要人物を集めての会議を開きたいのです」
「会議? なんかあったの?」
会議という言葉に光が首を傾げる。
全員そろっての会議ってことはかなり重大なことだ。
とはいえ、このノスアムは実に平和だし、特に何かが起こっているようには感じない。
「何かあったというか、気が付いたというか、責めるつもりはないんだが、ノスアムの人たちに話を聞くことになるから、俺はもちろんお姫さんたちだけだとな……」
「ええ。どうしても支配者からの命令となるでしょう。それはアキラさんたちもそこまで変わりがないでしょうが、ジェヤナさんや民衆が心を許しているのは間違いありません」
「少しでも向こうの緊張を和らげられればと思ってのう。頼めないか?」
最後にはマノジルさんまでそう言ってくる。
でも……。
「別に断る理由もないですから大丈夫ですよ。でも、会議の内容を先に教えてもらってもいいですか?」
「そうですわね。何かとんでもないことをいきなり話されると私たちも驚いてしまいますわ」
「うんうん。何を話すかは聞きたい」
「それは当然ですね。タナカ殿、お話しても?」
「ああ、そこは大丈夫だ。別に誰に聞かれても特に問題はないしここで話すか」
そう言って田中さんたちは談話室の開いているソファーに各々座る。
そこにカチュアさんやヨフィアさんがすすっとやってきてお茶を用意してくれるのは、いつもの通りだとはいえ、メイドさんってやっぱりすごいと思う。
ついでに、俺たちのお茶もお代わりをくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ~。お菓子はどうしますか? チョコありますよ?」
「じゃあ、もらえますか?」
「はいは~い」
ヨフィアさんはポケットから当然のようにチョコを取り出して俺にくれる。
見慣れた明○の板チョコだ。
なんで溶けないんだという疑問は魔術があるからどうにでもなるかと思いつつ、袋を破いて食べる。
口の中に広がるチョコ特有の甘さに合わせてお茶を飲むとその苦さがバランスよくいい。
「で、話の続きだが、俺が聞きたいのは前線への補給の件だ」
「ほきゅう? って補給? それは定期的にトラックを走らせてるんじゃないの? 田中さんが」
そうだ。
光の言う通り、物資の補給に関しては田中さんがスキルで出したものを遠隔操作で補給している風にしているだけだ。
それを俺たちに聞くっていうのはどういうことだろう?
「いえ、私たちではないのです。こちら側、西魔連合の前線への補給です」
「「「前線への補給?」」」
よく意味がわからない。
普通に物資を運んでいたんじゃないか?
そう思っていたんだけど……。
「俺たちがノスアムに侵攻したというか、南側の戦線を押し上げた時に思ったんだが敵側は物資をどうしていたんだろうってな。今更ながら気が付いたわけだ」
「敵の物資補給? それは、ジェヤナが言ってたじゃん、国へ納める分をそのまま流せってさ」
うん、確かにジェヤナはそういっていた。
だからそこまで不満はなかったし、むしろ負担が少なすぎて疑問だったと。
とはいえ、下手なことを言うと負担が増えるとも思い黙っていることを選択したって感じだった。
「ああ、それは俺も覚えているが、ルートとかは知っているか?」
「ルート?」
「そうだ。南側の前線、防衛線にどうやって物資を補給していたと思う?」
「そりゃーここから物資を……あれ? 運んでないね」
「運んでいる様子は見たことないだろう? まあ、俺たちが一日で占領したから送れなかったとも言えるが、占領したあと前線に補給を送らなければとか言う話は一切聞かない」
確かに……そうだ。
いやいや、ちょっとまて。
「待ってください。私たちが到着しているということは、南の防衛戦が突破されたということで、送ろうとは思わないのでは?」
「あ、そうだよ。僕たちが布陣したんだしさ」
「まあ、上はそうだろうが、準備とかを消せるわけじゃない。荷車とか馬とか見たか? 俺たちが突破したところの兵数は魔物を含めて4000ほどだった。その4000を持たせるための物資はどれだけいると思う?」
「えーと……」
「一日一人当たりお水が2リットルいるとして、食料に関しては硬いパンがありますし、それで2キロ、いえ3キロと考えるとその4000倍ですから、12000キロ。約12トンですか?」
ここでスラっと答えが出てくる撫子は凄いなーと相変わらず思っていると、田中さんは頷いて話を続ける。
「食料だけならそれぐらいだろうな。とはいえ、医療物資とかもいるからもっと物資は必要になるだろう。とはいえ、ここは魔術とかいう不可思議パワーが存在しているから、何か多くの荷物を運ぶ手段があってもおかしくはない」
「ああ、このアイテムバッグとかですか?」
俺は自分の腰につけている小さな皮のカバンに手を当てる。
「そうだ。とはいえ、だ。そんなものが沢山あるような話は聞いたことあるか? あと多くの物が入るアイテムバッグは?」
「あ~、そういえばそういう話は聞いたことないな~」
「そうですね。それだけの物資を届けるには多くのアイテムバッグはもちろん、元の物資も必要になるという話ですね」
「ああ、そういうことだ。一応ルート上このノスアムが知りうる限り、南側で補給を行う上で一番便利な場所ではある。つまりだ、一日で落としたということは送り届ける準備はできていなくても、補給物資がどこからか集まってくるってことだ。水に関しては魔術で出せるかもしれないが、食料に限ってはそうもいかないからな。だからそうなると……」
ここまで言われれば俺も言いたいことがわかった。
「このノスアムに南側の防衛線に送るための物資が残っているとか、集めているはずだってことですか?」
「ああ、それを探そう、というか調べようと思うとあのお嬢ちゃんやその親戚たちというか領主たちはどう思う?」
「それは……正直難しいですわね」
「だろう? あっさり教えてくれるならともかく、今までずっと黙っていたんだ。主家というか国に対する忠誠心も多少はあるだろうし、隠しているということはこちらに教える気はなかったってことになる。そこで聞くとなると……」
「考えたくはないですけど、ジェヤナたちと戦うことになるってことですか?」
「ああ、最悪息の根を止める必要も出てくるだろうな」
「「「……」」」
あまりの話に絶句する。
っていうか……。
「これここで話していいことなんですか?」
どう聞いてもジェヤナたちと敵対するかもしれないって話じゃないですか。
なのに田中さんは特に気にした様子もなく。
「これを聞いて動くなら物資の隠ぺいだろう。だがそういう動きはドローンで監視しているからな。どうにでもなる」
「「「あ」」」
そうだ。俺たちはドローンで上空を押さえているんだ。
だからちょっとの量ならともかく、多くの兵士を支える物資を移動するなんて、アイテムバッグに詰めるにしても、それなりの人を動かすだろうし、その動きはわかるはずだ。
「つまり、揺さぶりをかけているということでしょうか?」
「そうでもあるんだが、実際物資の保管を見に行ったって話を聞いてたしな。案内されたんだろう?」
「うん。昨日町を散歩していたとき物資の確認をするっていって倉庫に行ったよ。でも変な点はなかったけど……」
「ですわね。倉庫の4分の3はルーメルから供出した物資で、残り4分の1はもともと蓄えていた物資と聞いています。実際みましたが、小麦粉や干し肉がありましたわ」
「はい。俺たちも確認しました。盗まれていたらたまらないってジェヤナやおじさんたちは言っていましたよ」
普通に倉庫を見に行ったけど、どこにも何かを隠している様子はなかった。
というかそもそも隠しているのなら、倉庫とかに俺たちを連れていくだろうか?
「そうか。ならどこかに隠しているとかだろうが……あの半日でどこかに隠せたわけでもないだろうし、ドローンでの記録も動かしている様子はなかったな。うーん、これは本当に物資はノスアムにはなかったか? とはいえ、どうやって前線に補給をしていたんだ? なんか難しくなってきたな」
「だね。どうやって補給していたんだろう?」
「なるほど、だからジェヤナさん本人に聞きたいというわけですね?」
「ああ、そういうことだ。ということで、仲介頼めるか? 結城君たちなら多少は仲がいいだろうし」
「わかりました。そういう話でしたら」
ということで、俺たちはジェヤナとの話し合いの仲介をうけることになる。
でも、本当に物資はどうしていたんだろう?
田中さんの質問を聞いてからその考えが頭から離れなかった。




