第399射:次の目標確認
次の目標確認
Side:タダノリ・タナカ
『こちらはノロノロ進んでいる。どうぞー』
耳にそんなけだるげな報告が上がってくる。
「上空からもそちらの車両を確認。ゆっくりで何よりだな」
そのように皮肉たっぷりに返しながら、追いかけているドローンでノスアムから出て行った東側連合の様子を見る。
長蛇の列が道をゆっくりと進んでいる。
本当に歩兵がいると、進軍速度はびっくりするぐらいゆっくりだな。
移動手段の完全機械化がどれだけ便利か、改めて確認して感動だ。
『はぁー。喜んでついて行ったが、辛いなー』
「いや、そうでもないだろう。傭兵時代は配備されて音沙汰無いことも多々あっただろうが」
意外と結城君たちも勘違いしているが、傭兵だからと言って常にドンパチしているわけじゃない。
雇われている間、ずっと撃ち合っているとか物資はもちろん人員の損耗度もとんでもないことになるからな。
下手をすると雇われている時に一切の戦闘行為がない時だってあるのだ。
足りない地域の警備増員とかでな。
で、それをジョシーの奴が分かっていないわけがない。
『こうして戦車に乗っているんだ。撃ちたいだろう? 滅多になかったんだ、戦車の支給なんてな』
「そりゃないだろう。一両でいったい幾らすると思ってやがる。元の傭兵団でももってたのは装甲車とヘリぐらいだ」
戦車なんて傭兵団で保有しているのはそこまでいない。
何せ戦車なんて用意しても使う場所が限られる上に、砲弾や燃料費用なども馬鹿にならない。
そういうのは軍で用意されて、軍で使うものだ。
雇い主が趣味で持っていて貸し出されたことはあったが、俺たちの持ち物ではない。
何より……。
『そりゃそうだろう。戦車なんて数揃えてなんぼだしな』
「わかってるなら大事に使え」
そう、戦車の基本運用はチーム運用だ。
一両だけで使うものじゃない。
まあ、それを言えば軍隊はチームを組んでこそなんだが、ヘリや装甲車は基本的に運搬、つまり人の移動に使うことが基本で、戦闘を前提としていない。
だからこそ単独運用はありなのだが、戦車は基本的に4から10両単位でチームを組み、さらには歩兵を後ろに連れて戦うことが目的だ。
つまり損耗しても戦えることが前提であり、一両破損して全滅なんてのは認められないし、ありないわけだ。
戦車一両ぐらいならどうとでも攻略方法はあるしな。
まあ、兵器は基本的に何かしらのサポートを受けての運用が大前提だ。
単独で完結している兵器など存在しない。
無敵の兵器というのは無いということだな。
だから、無線の向こうにいるジョシーが戦車単独で戦ったりすればこの世界だって撃破される可能性もゼロではない。
というか、単独ならこの世界でも落とし穴に落として行動不能にすることぐらいはできるからな。
だからこそチーム、小隊単位での運用が求められるわけだ。
まあ、分かっているからこそジョシーには中隊を預けているわけだが。
「で、戦車のデータを見る限りは特に問題なさそうだが、現場としては何か気になる点はあるか?」
『そうだな……。道以外、展開する場所は草原しかないな。それはそっちからでもわかるだろう?』
「ああ、見渡す限り草原だな。いやー、よく見慣れた光景じゃないか?」
『何言ってるんだよ。私たちが最後にやっていた地域は一面荒野だったろうが』
ああ、どこかの中東でやり合ってたな。
お前が戦死した場所は。
「俺は引退した身でな。最後の戦場は普通の都会でのマフィア護衛だよ」
『はっ、ただのお守で終わったのかい。つまらないねー』
「戦場で消えていったやつよりはましだろうさ。こうして生きたままでいるからな」
『死んでもなかなか心地はいいもんだよ』
「俺はごめん被る。死体になったら素直に寝たいからな」
『あー、確かにずっと寝て暮らせるってのはいいところか?』
「さあな。俺は経験してないからわからん。だが、素直に寝るどころかすべて消失して地に帰るほうがいいとは思っている」
言外に命を落としたらさっさと消えるという。
誰が死後も働かされてなるモノか。
『傭兵が最後に平穏を求めるなよ』
「引退した爺さんたちを見たことないのか?」
『あれはうるさいだけだよ。はぁ、これが引退したやつと戦い続けたやつの差か?』
「おっちんだやつと、生き残ったやつの差だろう」
『いってろ。だが、戦車は無駄にはしないよ』
「おう。じゃあ、定時連絡終わり」
そう言ってブツリと耳のイヤホンから音が届いて静かな時が過ぎる。
眼前のパソコンに映るのはのんびりと草原を歩く一団と戦車と補給部隊だけ。
行軍にしても天気がいいから長閑な風景に見えなくもないか?
いや、戦車が動いているんだから長閑とは程遠いか。
そんなことを考えつつ、俺はドローンを切り替える。
画面が切り替わり映るのは、進行予定であるノスアム西砦だ。
文字通りノスアムの西に存在する砦で、昔はノスアム領の管理下だったらしい。
らしいというのは、今回の戦争の以前に防衛再編ということで砦の所有は軍部に移ったらしい。
普通なら領主のノスアムが管理するべきなのだが、何か色々事情があってそうなったようだ。
なので、このノスアム砦に入っているのはどうやら西魔連合らしい。
これもらしいって情報だけかよと思うが、この世界の情報伝達速度とか、軍にかんしては機密がかかわるからこんなもんなんだろうな。
で、砦の様子はというと……。
「規模としては町よりは小さいな。まあ、防衛用の場所だしな」
当然の話でノスアムよりも規模の小さいお城がポツンと立っているだけで、周りに家屋は無く、砦内部にそういう生活拠点が存在するだけだ。
確かに石で作り上げた壁が存在するが、戦車砲の前にはただの脆い壁でしかない。
精々矢と人を防げるだけだろう。
内部の人数も見る限りそこまで人が入っているようには見えない。
「……もっと慌てていると思ったが、それがないな。一応ノスアムから伝令っぽいのが逃げたのは見たんだが、ここまで反応がないモノなのか?」
砦の動きのなさに俺としてはびっくりだ。
ノスアムを落として一週間以上は経っている。
膠着地域を突破したのはもっと前だ。
逃げ散った兵士もいるからノスアムには届かなくても他の場所まで撤退した連中がいても可笑しくはない。
とはいえ、上級将校たちは完全にこっちは捕まえるか、殺しているから確かな情報は回っては来ないだろうが。
南部の防衛線が崩れたぐらいは広まりそうだが……。
そうじゃなくてもノスアムの正体不明の軍が来たんだ、それで動きがあっても可笑しくはないはずだが。
「そういえば、お嬢ちゃんが援軍を頼んだって話があったな」
俺はそこで思い出した。
ノスアムを半包囲したときに出口を完全に封鎖はしていなかった。
下手に住民を逃がさないまま混戦されるのは面倒だから逃げる道を用意していたのだが、そこから伝令が出ていたようだ。
まあ、それぐらいは予定通りではあったが、問題はどこにその伝令を出したかだ。
「確か……王都だったか?」
覚えている限りは、ノスアムの上層部である王に援軍を頼んだとは言っていた。
その王都のルートは現在向かっているノスアム西砦のさらに奥だ。
ノスアムは地理上、東側連合を足止めしている山脈から初めての町だ。
そこで不思議に気が付く。
「物資の補給はどうなっていた?」
そうだ。
各戦線の補給はどうなっていたんだ?
かれこれ半年以上はあの山脈で東側連合は抑え込まれていたはずだ。
まさか半年分の物資を集めていたわけでもあるまい。
どこからか補給しているのは明白。
つまり、状況的に考えて物資の供出をしていたノスアムとなるはずだが……。
その予兆というか供出していたという話は聞いてはいない。
いや、全滅して俺たちが来たからそこまで気にしていないのか?
そもそも西魔連合の防衛状況も不思議だ。
東側連合が山頂というか道の集合地点を確保し、そこから分岐する道へ軍を送り込んで応戦している。
西魔連合としては、補給が各戦線でバラバラになるわけだ。
普通こういうのは非常に避けたい状況なんだが……。
が、メリットがないわけでもない。
敵を分散することには成功しているからな。
どこかが突破されてもフォローがしやすいというのもある。
逆にこっちはどこか一本が突破されれば後方が遮断されることにもなる。
「一長一短だな……」
まあ、どちらが正しいとかいうのは戦後に決めるってことだろう。
ともかくそこら辺を詳しくお嬢ちゃんか、叔父さんとやらに聞いてみるとしよう。




