第398射:少し落ち着いてくる
少し落ち着いてくる
Side:ナデシコ・ヤマト
ノスアムの町を攻めて1週間。
既に炊き出しについては落ち着いていて、私たちに対する視線も落ち着いてきました。
というかほとんどの人たちがにこやかに笑顔で手を振ってくれています。
それは、治療による効果というべきか、炊き出しのおかげというべきか、自分たちが攻めてきたくせにと自分で突っ込まざるをえません。
「もうジョシーさんたちが出て3日かー。今どこらへんだろう?」
一緒に歩いている光さんは空を見ながらそう呟きます。
私は同じように青空を見上げて……。
「戦車や装甲車ならもうついていてもおかしくないですが、歩兵もいますからね。まだまだ道半ばでしょう」
そう、ジョシーさんはあの話から1日後、東側連合と共に、予定の砦を落とすために一緒にノスアムを出て行ったのです。
とはいえ、今言ったように今度の砦攻略は東側連合の歩兵が主体で攻めることになっています。
これ以上ルーメルが戦果を挙げるのを面白く思っていないというやつです。
正直私たちにとっては意味不明ですが、命よりも国の面子が大事だというやつらしいです。
そのことに関しては私たちは口を挟むことできないので、ただ結果を見ることしかできません。
「少しでも……被害な少ないといいのですが、お互いに」
「だねぇ」
「まあなー。でも今度は砦だしな。ノスアムの町以上に戦いは激しくなりそうだよな……」
「「……」」
晃さんの言葉に何も返すことはできません。
町と砦では目的が違います。
砦は文字通り戦うために、敵の侵攻から身を守るため、用意された拠点ですから、町ほど簡単に落ちないでしょう。
戦車でも使わない限りは。
そんな感じで、話しながら歩いていると……。
「あ、ナデシコ様方!」
かわいらしい声が聞こえて振り返ると、そこにはジェヤナさんがお供の兵士と供にこちらに駆け寄ってきていました。
「ご機嫌麗しゅう。ジェヤナさん」
「やっほー、ジェヤナ」
「どうもジェヤナさん」
私と晃さんは普通にさん呼び、光さんは持ち前の人懐こさを発揮して呼び捨て。
普通、年若いとはいえ領主、日本で言えば町長や村長、市長に対して気安く話しかけることはしないはずですが、まあ、これは光さんのいいところだと思いましょう。
なにせ……。
「そんなかしこまらないでくださいませ。ナデシコ様、アキラ様はノスアムのことを第一に考えてくれたお方。おかげで被害も少なく、今回のことに関係ない人々まで施しをし、治療も行ってくれました。立場で言えば、ルーメルの占領下でもありますし、お立場はそちらが上なのですよ」
と、普通にジェヤナさんはもちろんお付きの人たちも認めていて、子供らしからぬ返答で、逆に私と晃さんが注意?をされる始末です。
そして、先ほどの会話からわかるかと思いますが、このノスアムでの私たちはなぜか頼りにされている状態です。
私たちは侵略者のはずでなぜだろうと思っていたのですが……。
『そりゃー、お前さんたちが一番与しやすいと思ったんだろう』
『与しやすい?』
『あー、なんというか味方になってくれそうってやつだな。あのお嬢ちゃんやこのノスアムにとって』
『どういうこと?』
『色々誤解が生じること覚悟で言うが、細かいことは大和君たちから教えてもらうといい。それで簡潔にいうと、君たちと仲良くしておけばノスアムは安全だと思ったんだろう』
そう、ノスアムを侵略したのは間違いありません。
そして一応ルーメルの方針としては、ここで乱暴狼藉を働くことはないのですが、それはあくまでもルーメルが方針を変更しないということや、このノスアムを別の勢力に引き渡さなければということになります。
そういう不安を抱えつつ、そんな方針を信じられるのかというと、ジェヤナさんやノスアムの重臣たちにとっては不十分です。
ですから、その攻めてきたルーメル内でもお人よしで発言力がありそうな人を味方に付ければ、そうやすやすと無体な扱いは出来ないだろうと、判断したのでしょう。
もちろん私たちだってノスアムで略奪を働くとか、徴兵を行って使い潰すとか、徴発して物資を根こそぎ奪い去るなんてことをルーメルがするのであれば当然止めます。
そう言う意味ではノスアムの人たちの判断は正しいでしょう。
……あの笑顔に打算があると思うと少々気持ちが乱れます。
いえ、町を攻めておいて何を言っているんでしょうか。
これは私たちが背負うべきものですね。
嫌われて攻撃されるよりもよっぽどいいじゃないと光さんも言ってくれました。
確かにその通りなので、私たちは仲良くしようということで決定しました。
ああ、だから……。
「こほん。それは失礼いたしました。ですが、私はある程度丁寧なのが普通なので許してください。ジェヤナさん」
「あー、うん。そうだないいって言ってるもんな。ジェヤナちゃん」
「はい。それで大丈夫です。で、皆さんはなぜこちらに? 私は倉庫の確認に行っているのですが……」
「えーと、なんでここにいるんだっけ?」
「炊き出しと治療が終わったので、ちょっと散歩をしていたんでしょ?」
「そうそう。気分転換に来たんだよな。ノスアムをそこまで歩いたこともなかったし」
そう、私たちが散歩してたのは仕事を終えたあとの自由時間だからです。
そして晃さんが言ったようにノスアムを今まで落ち着いてみたことはありませんでした。
もう一週間近くいるのにです。
いえ、まだ一週間というべきでしょうか?
ノスアムを攻め込んだ者たちが、それも私たちのような若者が下手な場所に行くと襲われるのは目に見えています。
ルーメルというか、ゼランさんの部下たちも下手な場所にはいかず、動くときはまとまって動いていますから、それだけ危険には注意しなければということです。
何より、下手に襲われれでもすれば、ルーメル側としては厳しくしないといけないので、ノスアムの人たちをさらに追い詰めることにもなりかねないと田中さんも言っていました。
私たちの実力ならば襲撃されても大丈夫だろうとは言われていますが、大事なのは襲われたという事実になるからです。
立場というのは本当に面倒です。
とはいえ、東側連合が退いたのもあり、多少ましになったとしてこうして散歩の許可が出たわけです。
何かトラブルが起きても基本的に個人間のトラブルとしての処理で行けるだろうと。
で、私たちの回答を聞いたジェヤナさんですが……。
「ああ、そういうことですか。ご迷惑をおかけいたします」
「別に気にしなくていいよ。冒険者やってた頃はこういうことよくあったし」
「冒険者? ヒカリ様たちは冒険者だったのですか? その若さで優秀な魔術を使えるので、てっきりルーメルの幹部かと……」
意外そうな顔で私たちを見てくるジェヤナさん。
「あー、いやそれも間違いじゃない気がする」
「だな。一応ルーメルでは立場はそれなりだし」
ええ、2人の言う通り立場はそれなりです。
というかルーメル内でも不可侵の立場ですからね。
勇者として誘拐されてきたのですから。
そういう裏事情はジェヤナさんたちには話していません。
そこから引き抜きや面倒ごとがあるからと田中さんたちから言われていますので。
と、そこはいいとして私も2人と同じように返答するとしましょう。
「冒険者として一時期修行というか、世間を知るために出ていたんですよ」
「あー、なるほど。そういう話は聞きます」
「西側でもそういうことはやるのですね」
「はい。私は経験ありませんが、領土を持っていない貴族などはそういう風に一度世間を知るために、そして腕を磨くために冒険者になることもあると聞きます」
それは、継がせられないからとりあえず出ていけってやつですわよね。
運よく実力を示すような功績を遺せれば呼び戻すみたいな……。
その意味は晃さんもわかったようで苦笑いをしています。
まあ、私たちもこの世界を知らな過ぎたからこそ、田中さんに冒険者として経験を積めと言われたのですが。
「うんうん。何も僕たちも知らなかったしねー。あ、でジェヤナは倉庫にいくの?」
「あ、はい。よければご一緒しませんか? ルーメルから供出してもらった物資の確認もあるのです」
ああ、そういえば田中さんが出した大量の物資は領主館には収まらないので、穀物庫とかそういう所に保管したと聞きましたね。
ということで、特に目的もありませんでしたので私たちもジェヤナさんについて行くことになりました。




