第40射:交代
交代
Side:アキラ・ユウキ
俺は田中さんにアロサを預けて、自分の部屋に戻っていたが、どうにも妙な気持ちでいた。
「……なんだかなー」
上手く言い表せないが、心にもやがかかったような気分だ。
なぜ、あの子を助けたんだろうと?
別に、孤児とか、浮浪者なんてのはルーメルの時にも見た。
いや、それ以前に、地球の日本でも孤児がいることや、浮浪者がいるのは知っていた。
リカルドさんたちが顔をしかめた理由もわかる。
そういうのにかかわるのは、よくないというのは、当たり前のことだ。
でも、今回はそれを無視して、アロサとミコットを助けた。
いや、まだ助かってない。
「何をしたかったんだろうな」
そう、まだ助かってもいない。
そして、それからどうするかも決めていない。
アロサたちの事情は知らないし、知ったところで何をどうするのかという問題もある。
撫子が言った、助けを求めるって言っても、俺たちは勝手に助けただけだし、勇者といってもできることはほとんどない。
というか、子供なんて連れて帰っても、田中さんの足を引っ張るだけだ。
「でも、田中さんはさっきもだけど、最初から特に何も言わなかったよな」
アロサを連れて行ったとき、てっきり、なんで連れてきたと怒られるかと思っていた。
最初の時は、夜だったし周りに配慮して言わなかったと思ったんだけど、どうも本当に怒っていないようだ。
まあ、田中さん自身も拾われて助かったようなこと話していたし、何か思うところがあったんだろうな。
「……撫子と光、これからどうするんだろうな?」
俺はそう言って、ベッドに横になると、意外と疲れていたのかすぐに意識が遠くなる。
「……えーと、交代するか、ら、軽くで……」
まだ、撫子と光が頑張っているから、俺がグースカ寝るわけにはいかない。
ちょっとだけ寝て、交代をしないと。
ちょっとだけ。そう、ちょっとだけ……。
そんなことを考えつつ、俺の意識は闇に落ちる。
「……きて。おー……て。起きて。おーい!! 起きてー!!」
そんな声が聞こえてきて、俺は目を覚ます。
すると、目の前には光が俺をのぞき込んでいた。
「ん? ああ、光か。どうした?」
「どうしたって。ミコットの着替えを終わらせたのに外に出てみればいないしさ。田中さんの所から戻ってないかと思ったんだけど、田中さんの所にはアロサしかいないし、聞いてみれば休んでるって」
「……ああ。そういえば、伝えてなかった。ごめん、仮眠してた」
「うん。それはいいよ。起こしてごめんね」
「いや、いいよ。光も撫子も夜通しやってたんだから。で撫子とミコットはどうしたんだ?」
俺の目の前にいるのは、光だけで、撫子とミコットはいない。
「撫子はミコットに付き添ってるよ。僕は戻ってこない晃を探しに来たってわけ」
「そうか。じゃ、今度は光が休むといい」
「そうだねー。いい加減クタクタだし、休むとするよ。と言いたいけど、2人で撫子に話しにいこう。撫子も勝手に休まれるとイラッとするだろうし」
「そうだな」
俺がかってに休んで光が探しに来たんだし、そこら辺はちゃんと説明しておかないといけないよな。
そういうことで、俺は光と一緒に、撫子がいる部屋へと行く。
「あ、いたのですね」
部屋では俺たちを待っていたのか、撫子が椅子に座ってこちらを見ていた。
「ごめん。仮眠とってた」
「アロサは?」
「田中さんが預かってくれてるよ。それで田中さんが晃に休むように言ったみたい」
「なるほど。そういえば、徹夜でしたわね……」
撫子はそう言って、窓を開けて外の様子をうかがう。
外は日が昇っていて、明るくなっている。
昨日の静かな闇夜が嘘のように、騒がしい街並みが広がっている。
「……もう朝という時間は過ぎているみたいですね」
「こっちの朝は早いからねー」
「まあ、それはいいけどさ。2人ともまだ寝てないんだろう? 少し休んだらどうだ?」
「僕はそろそろねたいなー」
「そうですわね。私たちも一度寝た方がいいでしょう」
「ミコットは俺が見ておくからさ。で、ミコットの様子はどうだ?」
「寝たままだよ」
「ええ。晃さんが部屋を出ていった時と変わらずですわ。食事がまだですので、起きたのなら具合を見て食べさせてください」
「わかった。部屋は俺の部屋を使うといいよ」
「あ、そっかー。この部屋僕たちの部屋だったよね」
「では、ありがたく使わせてもらいますわ。あ、容態が急変したらちゃんと連絡をください」
「ああ。その時は連絡するよ」
そう返事をすると、撫子と光は部屋を出ていく。
流石に徹夜は辛いようで、特に拒否することなく、俺の提案を受け入れてくれた。
まあ、目の下にクマができて、見るからに寝不足ですよって感じがしたからな。
きっと俺も、田中さんからそういう風に見えたんだろう。
「さて、どうするかな」
俺はそう呟いて、部屋の中を見渡す。
ミコットの様子を見るという仕事ではあるが、ミコットが起きていない以上、これといってすることはない。
「とりあえず、道具の確認をするか」
撫子に言われた食事を用意するにも、この部屋のどこに何がどれだけあるのかなんて知らない。
まあ、借りた部屋だから、持ち込んだ荷物がどこにあるとかは簡単にわかるので、そこまで苦労はしないだろうがと思いつつ部屋を見渡すと、隅にカバンが置かれている。
「あれか」
俺は目的の物を見つけて、近寄りためらうことなく中身を確認すると、そこには食料品は入っておらず……。
「……下着」
着替えが入っていた。
しかもタイミング悪く下着を手にしてしまった俺。
「……見なかったことにしよう」
こんな状況で、撫子の下着を持って変な想像をできるほど俺は強くない。
確かに、意外と大胆な黒をつけているなーとは思うけど、あのキリッとした撫子にはお似合いだ。
「ほほう。じゃあ、僕のはどう思うよ?」
「んー。光のは普通に脱ぎ散らかしてあるから、興味をそそられないというか、片付けをしたくなるよな」
そう、俺が女性のカバンを躊躇いなく開けたのには理由がある。
女性のモノと思しき、服が一か所に脱ぎ捨ててあったのだ。
つまり、洗い物はそこに集まっていて、他は大丈夫だという先入観があった。
「おー、それはそれは、僕を女性と見ていないって発言だねー」
「いや、別に光は普通に可愛い女の子だとは思うけど……」
ちょっとまて、俺はいったい誰と会話をしている?
ようやくそのことに気が付いて、後ろを振り返ると、そこには光と撫子が立っていた。
「さて、状況から察するに、偶発的な事故だと思いますが、どうでしょうか?」
撫子がにっこりと無表情でそう問いかける。
いや、矛盾していると思うが、そういう表情なんだ。
笑っているのに、笑っていないというやつ。
これは、迂闊な答えを言うと終わる。
俺はそう感じたね。だから、素直に言うことにした。
「はい。偶発的な事故です。ですが、自分の不注意さが招いたことだと思っております。食事の用意の為に場所を確認しておりまして、まず目に入ったカバンに手を出した次第であります。すみませんでした」
見事な降伏宣言。
言い訳は死と知れ、ってやつだな。
「……よろしい。少しでもいいわけが入れば、制裁が必要かと思っていましたが、ちゃんと最初から最後まで謝っていたので許しましょう」
「ありがとうございます」
「ですが、女性の荷物に手を出す前に、一度聞きに来る配慮を持つべきでした」
「はい。その通りでございます」
「あと、僕をもっと女性としてみるように」
「いやー。もうちょっと育って、後片付けとかしてくれないときついかなー」
「なんだよー!! おっぱいとか、下着がエロくないと大人の女性じゃないっていうのかー!!」
「はいはい。光さん、落ち着いてください。ミコットが起きてしまいます。私たちも戻って来た理由をこなしましょう」
あ、そういえば、なんで出ていったばかりの撫子と光が戻って来たんだ?
「私たちも任せるというのに、食料の場所や触ってはいけないものを伝えるのを忘れていましたから、それで戻ってきてみればというわけです」
「そうだったのか。助かる。教えてくれ」
「えーっとね。別に隠すつもりじゃなかったけど……」
田中さんが出してくれた食料品はクローゼットの方にしまっているらしい。
間違って、ミコットが起きて勝手に食べ始めたら命に係わるかもしれないから。
それで、ミコットが起きた場合の食糧の量まできっちり教えられた。
なんでそんなことを知っているのかと思えば……。
「田中さんから教えてもらいました。ついでに医療の本も預かりましたから」
「なんか、代謝がいきなり上がりすぎで血圧の低下や上昇で心不全みたいになるとか、食べ物を食べてないから内蔵が弱っていて、多臓器不全の原因になりやすいって書いてあったよ。はい」
「うぉっ!?」
そう言って渡される分厚い医学書。
いつの間にこんな本を。
「じゃあ、今度こそミコットさんをお任せいたしますわ」
「うん。さすがに僕もねるよー」
「あ、うん。ゆっくり寝てくれ」
俺はそう言って、二人を再び送り出す。
「しかし、結構騒がしくしたのに、ミコットは起きないな。それだけ限界だったってことか」
そんなことを呟きながら、寝ているミコットを見る。
顔色はそこまでよくないが、夜あった時よりははるかにましだ。
やば目の病気にかかっているっていうのはよくわかった。
で、転んだ影響でのケガは擦り傷ぐらいで済んでいた。
つまり、それだけ病気が重かったってことだ。
幸い、田中さんからもらった薬のおかげでなんとか落ち着いた。
あとは、起きておなかにやさしいご飯を食べて、ある程度体力を回復したら、回復魔術をかけて完治という予定だ。
そこで、思い出した。
「あ、そういえば、これからどうするか聞くの忘れてた」
ミコットを助けたのはいいけど、これからどうするのか。
一応、ミコットが完治するまでは面倒見るような感じになっているけど、それからどうするのか、何か手を打たなければ、こういう子供は前と同じ環境に戻るしかない。
でも、俺たちもずっとここにいるわけじゃない。
もともといろいろな魔物との戦闘に慣れるために来たんだから、ここに聖都に長居する予定もなかったんだよな。
「……まあ、まずはミコットが元気になってからか」
ここで、ミコットを見捨てようとか発言したら、白い目で見られるのはわかりきっている。
案外、俺が知らないだけで、撫子か光がミコットとアロサを今後どう扱うのかも決めているかもしれない。
そんなことを考えながらミコットをみたり、部屋を眺めたりしていると、不意に食料品に目が留まる。
「そういえば、朝飯食ってないから腹減ったな」
昨日、オーヴィクたちとそれなりに食べたと思っていたのにこれだ。
かといって、宿の一階にある食堂で食うのは、ミコットを一人にしてしまうからだめだな。
さて、どうこの空腹を紛らわそうかと思っていると、クローゼットの中に、食料が入っていることに気が付く。
一つぐらいはいいだろうと、中を覗いてみると、確かに流動食は多かったけど、ふつうにシチューなどはあったから、それを温めていただこうとすると……。
ぐっーーー……。
俺以外のおなかが鳴る。
俺の他には、住人はあと一人だけなので、目が覚めたのかと思い覗いてみると……。
「……おなか、すいたー」
と、ミコットが視線をこちらに向けて呟いている。
流石にこれでシチューを食べるのは気が引けて……。
「たべるか?」
「うん」
起き上がれないミコットに食事をさせてあげることになった。
そこで気が付く、あ、俺のシチュー取られた。と、おかげで俺のお昼はお預けとなってしまった。
2人と交代するのは朝ご飯を済ませてくるべきだった……。
ガクッ。




