第392射:ノスアムの処遇について
ノスアムの処遇について
Side:ナデシコ・ヤマト
「あ、ありがとうごじゃいまず!」
そう言って何度も感謝の言葉を告げるのはノスアムの現領主……らしい少女。
その名前をジェヤナと言いました。
身長は光さんと同じぐらいで水色の髪を腰まで伸ばしていて、西洋のお人形みたいな容姿をしています。
どこからどう見ても子供なのですが……彼女の言葉で確かにノスアムの抵抗は止みました。
そして素直に領主館前に人が出てきたのです。
正直、田中さんが問答無用で撃たないか心配だったんですが、そこは杞憂だったようです。
女子供……いえ、子供を撃つようなことはないとは思っていましたから。
女にかぎってはジョシーさんとかいますから撃っていいと思います。
そして、正直罪悪感にさいなまれています。
なぜかというと……。
「次は!」
「こちらにお願いいたします!」
メイドさんに呼ばれて駆け足でよる。
そこには血まみれになっている兵士がいます。
その原因は……私たちが攻めたから。
……そう、私たちに原因があるのです。
敵は、倒さなくてはいけないから……。
直接私が攻撃したわけではない。
ですが、どうしても……そんな迷いの中、回復魔術を使って兵士を治します。
「あ、あ……ありがとう、お、じょうさん」
「いえ。まだ完全に治ったわけではありませんから安静に」
そう言って私は次のケガ人へと向かうのですが、やはりここは戦場でもう助からないような人も存在します。
当たり所が悪く、頭の半分が吹き飛んでいる人もいます。
そういう時は首を横に振ることしかできません。
なので。
「光さん! こっちに回復不能者!」
「わかったよ!」
見捨てるなどということはせずに、回復できる光さんの投入です。
生きてさえいるのであれば、彼女に頼めばエクストラヒールで何とかなります。
田中さんにはトリアージで助けられる人だけに絞ればいいだろうにといっていましたが、この人たちも助けられる人だからと光さんに頼んで承諾してもらっています。
とはいえ、魔力が続く限りとなりますが。
なので通常治療が私と晃さん。
瀕死の重傷者は光さんという役割で現場を駆け巡っています。
ですが、流石に既に死体になっている人は無理なのでそのままとなります。
ああ、この状況を作った私たちで……。
そんなことがぐるぐると頭の中を巡りますが、それでも立ち止まれば助かる命も助からなくなるので、必死に振り払い治療を続けます。
そして、ようやく夕方には治せる人は治し、後続の連合軍の人たちも到着します。
ですが、そこで無為な略奪は行わないようにと言わなくてはいけません。
私たちがなんのために助けたのか、そしてあの幼いジェヤナさんがこれ以上の不幸に見舞われないためにも。
とはいえ、私たちでは何もすることができません。
しょせん私たちはルーメルの一兵士という役割ですし、方針を決めるのは田中さんやユーリアです。
なので、せめて希望だけでも伝えようとユーリアのところに顔をだしたのですが……。
「ねえ、ユーリア。このノスアムの件なんだけど……」
「連合に強くいえないかな?」
私が何かを言う前に光さんや晃さんがすでに話をしていました。
そして、ユーリアは言葉を返す前にこちらに視線を向け……。
「おや、ナデシコも来ましたね。お話はお二人と同じでしょうか?」
そう微笑んできます。
こちらの言いたいことはお見通しというか、わかりやすいですから。
私は隠す理由もなく素直に頷いて。
「敗北した敵の領地が略奪されるのは、戦いの習いとは言いますが、ノスアムの領主さんや町の人たちに危害を加えるのは認められません。何のために被害を少なく攻略したのかわかりません」
田中さんたちも私たちも無駄な血を流さないために戦ったのは事実だ。
恨みを買いたくないという打算的なことはあったのでしょうが、それの意思も守るためになります。
私たちがいなくなった後で狼藉を働いて補給を遮断されては話になりません。
その意図はユーリアには伝わっているようで、私の説明に頷いてくれます。
「ナデシコの言う通りですね。あとからやってきた連合がこのノスアムで狼藉を働きジェヤナ嬢をないがしろにすれば反発は必至でしょう。補給ができなくなるのはもちろん、再び籠城されればそれこそ殲滅するしかなくなります」
「でしたら……」
連合の人を説得をと思ったのですが……。
「しかし、それを言って納得できるのはごく僅かでしょう。彼らは報酬を求めてこの地にやってきている。目の前に略奪してもかまわない町があるのにそれをしないというのはそれこそ連合を瓦解させかねません」
「それは……」
確かにユーリアの言う通りです。
一兵士の人たちはただ徴兵された人たち、わずかな賃金を受け取り、敵を倒せれば物品を奪い、いえ文字通りはぎとってお金にして家に戻るのが目的です。
それをしないで置けというのは、死ねということでもあります。
どうしたら、と思っていると光さんが口を開きます。
「つまり、町を襲うのとは別に報酬があればいいんだよね?」
「はい、その通りです」
光さんの言葉にあっさりと頷くユーリア。
とはいえ……。
「いや、別の報酬っていったいどこにあるんだよ」
晃さんの言う通り代わりになるような報酬など思いつかないのですが……。
「そこは考えようですね。そもそもノスアムは連合が制圧したのは間違いないですが、その中で私たちルーメル軍が制圧しました。何もしていないのに報酬をもらうなど、あまつさえ略奪しようなど笑い種です」
「でも、維持は連合の人たちにまかせるんだよね? どうやってそれを?」
「簡単です。私たちが制圧しておけばいいのです。タナカ殿、エルジュから預かっているコアがありますね?」
「ああ、予備もあるぞ。シャノウだけが拠点なんてぞっとしないしな。内陸拠点があればそれはそれで便利だ」
そういうことですか。
私たちはにはダンジョンマスターの協力があってコアからゲートを展開できるのでした。
つまり……。
「ここを拠点にするつもりなのですか?」
私は沿う疑問を口にしつつ田中さんに視線を向けます。
「別に候補があればいいが、今は特にないしな。ここでルーメルやシャノウに一気に戻る拠点があるのは便利だ。東側に一つ、西側に一つ。そして占有権もあるならちょうどいいだろう。そしてノスアムをあの嬢ちゃんから取り上げずにも済むし、連合の連中にも渡さずにもすむという好条件だ。東側の連中もうさん臭さが増しているし、こちらはこちらで情報源が欲しいって話だったしな。そういう意味でも大和君たちが信頼を勝ち取ったともいえるジェヤナ嬢ちゃんの存在は大きい」
「だな。ナデシコたちが説明すれば制圧は受け入れてくれるんじゃないか?」
迷いなくそう答えて、ジョシーさんもその意見に特に反対する様子もありません。
「制圧って……」
「ああ、ご心配なさらずヒカリ。建前上というやつです。統治に関しては今のままジェヤナ嬢に任せたままにいたします。それがノスアムが乱れない方法です。ああ、もちろん東側連合に対して補給などもありますが、そこは私たちが担うと言えばいいでしょう。何せタナカ殿がいるのですからノスアムに対する負担はほぼゼロで済みます。人手ぐらいは借りるでしょうが」
「ああ、そういうことか。ノスアムが提供しているって見せかけるのか」
「その通りですアキラ。でここまで庇えば、まあ露骨な言い方ですが私たちには協力的になってくれるでしょう。いえ、成らざるを得ない」
確かに、ここまで助けてもらって協力しないというのは余程覚悟がいります。
しかし、少し気になることが。
「あのよろしいでしょうか?」
「何か疑問でも?」
「疑問といいますが、この状況を当初から予定していたのですか?」
ユーリアや田中さんたちはこの状況に慌てている様子はない。
つまり、ノスアムはルーメルが取るということを想定していたということではと思ったのです。
「半々という所ですね。最後まで国に準ずる士というのは存在します。領主を守らんがため町の人が死兵となって戦う場合も。こちらがいくら温情を見せようとも折れないのです。そして折れたとしてもこちらが信用できるレベルの恭順を示すかというと難しい。それは分かりますね?」
「ええ……」
「確かに、ジェヤナ以外だとあまり信用はできなかったかも」
「だから半々か。いや、田中さん実際はもっと確立低くないですか?」
「低いだろうな。まあ、そこは運がよかったわけだ。あのジェヤナ嬢ちゃんをしたっているようだし、大事にしてれば恩恵は大きいと見た」
「私も同じく。油断は禁物だけどな。自分たちの手で殺したくなかったらあの嬢ちゃんと仲良くしておくこったな」
こうして私たちルーメル軍は西側の拠点を確保することになったのです。
東側連合との交渉はまだですが……何とかなると思いたいです。




