第381射:後方封鎖準備
後方封鎖準備
Side:タダノリ・タナカ
さて、ルクセン君たちに俺たちの現状を改めて話したはいいが結局のところ情報不足なのは間違いない。
俺たちは今、最前線の後方について夜明けを待つばかりだ。
「お姫さん。予定通りに話はすんだか?」
「はい。こちらの指揮を執る者たちとは話が済んでいます。明朝、中央を開けるのでそこから戦車が入り展開して、そのまま敵を突破してほしいと。その後から突撃をかけるそうです」
「突破ねぇ。そんなのも必要じゃないし、突撃かけられるほど地面が整っているとも、煙が晴れているとも思えないが」
戦車砲での一斉射撃だ。
近づく必要もなければ、突撃をかける理由もない。
全く最前線の奴らはこっちのことを理解しているとは思い難い答えだ。
「仕方がありません。そう説明するしかないのですから。とはいえ、突撃できない状況で突撃するわけにもいかないでしょう」
「ま、それもそうか」
視界がゼロの所に何をしに行くんだって話にもなる。
「それはいいとして、後方も遮断すると言っていますが準備は出来ているのですか?」
「ああ、そこは簡単だ俺が後方に回って戦車を配置するだけだからな」
今回の作戦は敵を一網打尽にする予定だ。
前に戦車、後ろにも戦車を置いて逃げ出せないようにする。
草原に隠れて逃げるやつはいるだろうが、全てがそういうわけにもいかないだろう。
俺たちとしては情報が欲しいだけ。
全てを捕らえるなんて人員的に現実的じゃないしな。
「では、予定通りに進められるということですね」
「俺が後方に回っている間に戦死する可能性もあるけどな」
「そんなことが起これば勝てないだけです」
俺の皮肉にあっさり返事を返すお姫さん。
こういう所は肝が据わっているんだよな。
知識が足りないだけってやつだったんだろうな。
さて、ここでのんびり夜明けを待つのも終わりか。
俺は吸っていたタバコの火を消して立ち上がる。
「あれ? もう出るの田中さん?」
俺の様子に出撃すると思ったんだろう、ルクセン君が首を傾げている。
「ああ、明朝っていう表現がどのレベルかわからないからな。後方遮断の準備は早い方がいい」
「そっかー。時計ってないんだよね」
「ユーリアの方でずらせはしないのですか?」
「多少は準備不足とかで出来ないことはないでしょうが……。その場合評価が下がるでしょう。あれだけ上から評価されているので、兵を動かすのも簡単ではありません。もちろん動かす前には事前に連絡は来るでしょうが、その時間がいつかというのは」
こっちの世界には腕時計なんてものは無いしな。
こういう戦場では将軍の采配一つというわけだ。
なんて面倒な。
アレだよな、ことわざに「機を見るに敏」だったか?
動きを見て素早く察して動けっていうのはそういう時間を図ることもあったんだろうな。
ともかくだ。
「相手の評価を下げるのは得策じゃないしな。俺が単独で動けばいいだけの話だ。そしてお姫さんの言うようにいつ動けっていわれるかわからないから、そこは注意していつでも動けるように待機しておいたほうがいい。ジョシーみたいなって言うのはアレだが」
『なんだい。指揮車の中で待機しているのが不満かい?』
「不満というか、お前が張り切っているのが不思議だよ。団体行動より、単独行動が好きだろうが」
『そりゃ、現代戦の歩兵でしかも市街地戦だったからね。女は一人の方が撃たれる心配が少ないんだよ。それに比べてこっちは隊伍組んでの侵攻だ。一人で小火器をぶっ放してもたかが知れているさ。戦車と共に進むほうがいいってのぐらいは知っているよ』
戦車隊と一緒に行動する機械化歩兵の概念があったのかよ。
こいつもっぱら市街地に展開している戦車や戦闘車両にRPGやアンチマテリアルライフルとかぶっ放してぶっ壊すのが好きだったくせに。
『それに今回は歩兵として使えるのは実質私ぐらいだろ? いくら何でも、こんな状況で突っ込まないさ』
ああ、そういえばそうか。
戦車隊はいるが機械化歩兵に相当する部隊はいない。
一応、ジョシー率いる結城君たちともいえるが、絶対数が少ないからな。
そのことを考えると後ろから来る予定の連合が歩兵隊だが、頼りないよな。
戦車の攻撃で固まっている可能性が高い。
となると、動けるのはジョシーたちだろうな。
「改めて言っておくが、情報を取る必要があるからな。できる限り殺すなよ?」
『ああ、そりゃもちろんだ。この戦いは情報を集めるのが最優先だからな。喋れるぐらいにはしておくさ』
「おう」
もう、お前の喋れる程度はどのレベルかは聞かない。
手足なくても喋れるから問題ないとか言いそうだしな。
とはいえ、任せているんだ。
俺がとやかく言う権利はない。
きっと必要な情報は吐かせるだろうしな。
俺はそう判断して、サクッと準備を済ませる。
まあ、いつでも戦闘になると想定しているから、特にあれこれ持っていくことはないんだけどな。
装備品の確認と点検だけだ。
「よし、問題はない。行ってくる。定期連絡はするからよろしく」
「うん。気を付けてね~」
「はい。ご武運を」
「また後で」
結城君たちとそんな会話をした後俺は草原へと身をひそめながら移動を開始する。
辺りはまだ暗く、灯り無しでは通常は進めないが、灯りを付ければ敵に見つかる。
だからこっちはナイトビジョンで突き進む。
便利だよな~。
昔の連中は夜目がいい奴らしかこういう行動は出来なかったってわけか。
そして、逆に警備もそこまで厳しくもない。
国境にズラ―っと壁があるわけでも、金網があるわけでも、監視カメラすらもない。
つまり、敵陣に侵入ならともかく、迂回して後方を封鎖するぐらいは問題はない。
此方にはサプレッサー付きの銃もあるし、遠距離での攻撃もこちらに有利だ。
とはいえ、音には注意を払わないといけない。
暗闇がお互いの視界を阻むのは事実だが、音は阻むものがない。
こと、戦闘に置いて音の発生は発砲音のみにしておきたいものだ。
こっちの位置がバレるようなことがあればハチの巣だからな。
そんなことを考えつつ、俺はドローンの上空映像を併用して敵の陣地を大きく迂回し、後方へと回る。
上空監視もあるから潜んでもいない限りは相手の動きはこっちにつつぬけ。
いやぁ、便利になったな。
家屋がない分、敵の動きはハッキリわかる。
そして、何もないまま定位置に俺は陣取ることができた。
「こちらアルファ。目的地に到着」
『こちらコマンドポスト了解。というかヘッドクオーターが正しいか? 本部でも間違いないだろう?』
「どっちでもいい。とりあえず、そちらが動き出したらこっちは後方遮断する」
『了解。で、そっちは何か面白い情報でもあったかい?』
「そんなものは無い。敵の拠点に踏み込んだわけじゃなし距離もかなりある。茂みの中だし何もわからん」
ジョシーの馬鹿な質問に答えつつ、辺りの様子を伺うが特に動きはない。
それほど俺の位置はまず人が来ないようなところというわけだ。
敵が通である近くに行くのは作戦を開始してからだ。
俺が先に動けば相手は後ろを塞がれたって判断するから、面倒になる。
こういうのはタイミングを合わせるのが大事だ。
しっかし、こうして茂みに潜むのも意外と久々だな。
今更ながらそんなことを思う。
こういうのは傭兵時代ぐらいしかやらないし、当然と言えば当然なんだが。
俺はそんなことを考えつつ、作戦開始をじっと待っていると、気が付けば日が昇り始めて暗かった空が明るくなり始める。
夜明けか……。
『こちらヘッドクオーター。アルファへ通達、連合軍よりルーメルに突撃指示があった。動けるか?』
「了解。こちらはいつでも動ける。作戦開始時刻を伝えられたし」
『味方の前衛が前を開けて戦車隊が前に出るのに時間がどれぐらい掛かるか分からない。とはいえ、一時間もかかるとは思わないから、即座に展開できる位置に動いてくれ』
「了解。作戦開始位置まで10分」
『了解。健闘を祈る』
ということで、そろそろ仕事の時間のようだ。
敵の利用しているルートを塞ぐ。
これで相手は戦車の威力を知り逃げたと思えば後ろにも戦車が出てくる始末だ。
そこで降伏勧告をする。
「上手く行くといいんだがな」
降伏はしないって言って戦いを挑まれると始末するしかないからな。
死体の後片付けも面倒なんだよ。




