第370射:到着
到着
Side:タダノリ・タナカ
「えーと、田中さん。僕がこのまま運転してていいの?」
「いいぞ。ついでにバックの練習もしとけ」
「いやいや、流石にバックは無理だって」
「何事も経験だ。別にぶつけても壊れるようなやわな代物じゃないからな」
装甲車がちょっとの接触で動かなくなるとかありえないからな。
「えー」
ルクセン君はこのまま車の運転をするのは怖いらしい。
まあ、目の前には馬車や人が行き交っているから、轢いてしまったらどうしようという思いがあるのかもしれない。
そういうのも含めて経験と言うやつなんだけどな。
幸い、ここにある車両に関しては全部俺のものだし、ちょっとした接触で弁償しろともいわない。
ここは戦場なんだし、その程度の傷でぐちぐち言わない。
これが日本ならちょっと接触しただけでも警察を呼んで事故検証とかをしないといけないんだがな。
……そこらへんは俺から教えておく必要はあるな。
日本で事故したときにたいしたことないと思って、その場を離れるとか当て逃げという犯罪になるからな。
その場で俺に教わりましたとか発言されれば、日本での立場もなくなる。
まあ、それは戻る方法が分かってからでいいとして……。
「あっちみたいだな」
「あっち? ってあれマノジルお爺ちゃんじゃん」
そう、そこにはマノジルの爺さんと船のクルーがこちらに向かって手を振っていた。
「じゃ、誘導に従って運転頑張れ」
「えー!? で、できるかな?」
「ぶつけてもいいし、轢いてもいいから気にするな」
「いやいや、気にするって」
これで人を轢きますと言われても困るから、ルクエル君が良識があるは助かった。
外国人だとじゃ轢きますっていうやつは多いしな。
というか戦場で邪魔な奴は轢く方が楽だし。
実際こういう練習では、失敗できない状況といのが一番練習に良い。
もちろん失敗すればかなりのトラウマだが、集中力はものすごく高まるからな。
そんな雑談をしつつも、ルクセン君は真剣にバックをして所定の場所に車を止めることに成功する。
もちろん何度も切り返しはしたが、最初はこんなもんだ。
「ふー、怖かった」
「いや、普通に上手かったぞ」
「ええ。ちゃんと運転できていましたわ」
「はい。問題はありませんでしたよ」
「うんうん。ヒカリの運転はばっちりさ」
「んだ。問題ないだ」
「安全で良かったです」
と、俺が褒めるまでもなく。
後部に乗っていた連中がちゃんと褒めてくれているのでそれでいいだろう。
そんなことを考えていると誘導してくれたマノジル爺さんがこっちにやってくる。
「無事に着いたようじゃな」
「ああ。問題ない。ゼランの方はどうだ?」
「私も問題ないね。というか馬車より楽で助かったよ」
サスペンションがないからなここの馬車。
振動がダイレクトに尻に来るんだよな。
さて、そういうことは後でいいとして。
「それで、お姫さんたちは? 先に話し合いをするって言っていたが?」
「それはお主たちも聞いておったじゃろう」
「あれから何か変化がないかって聞いてるんだよ」
そう、俺たちが到着する前にお姫さんたちは連合との話し合いの席を持った。
ノウゼン王国の将軍が出てきて対応してくれたのはハブエクブ王国の動向が気になるからだろう。
その話し合いはまずは建前の援軍感謝するから始まって近況の話し合い。
そして、ハブエクブ王国が連れてきたお姫さんルーメル軍の紹介となった。
ちなみに戦車の性能については説明してはいたが、まあ声を聴く限り信じてないようだが。
「特に変化はないね。ああ、戦車を盾にして進むっていうのは考えているみたいだけどね」
「そうですね。鉄の塊であるのは間違いありませんし、それを利用するというのは……間違ってはいないでしょう」
声がする方向を見ると、そこにはジョシーとお姫さんが立っていた。
「ここにいるってことは、もう会議は終わってカヤの外ってわけか」
「まあ、戦車が多いって言っても精々50両だしな。味方の数は万単位。頼れるかというと、心もとないよな」
「それは、戦力が同じならだろう」
歩兵と戦車の戦力比が同じなんてのはありえないし、この世界の歩兵には戦車をぶち抜く武器は存在しない。
なので数がいかに多かろうが50台の戦車を止めることはかなわない。
「そりゃ、知っている私たちならって話さ。向こうから見ればただの鉄の車さ」
「見る目がないと思いでしょうが、まずわからないことなので仕方のないことです。あの戦車についてや、今後のことについてはハブエクブ王国が交渉にあたっています。その時に実力を見せる機会はもちろん、私たちがまた直接話すこともあるでしょう」
「そこがワシたちの力の見せ所というわけじゃな」
つまりは予定通りではあると。
そこまで現地の軍人に理解は求めていない。
見知らぬ兵器に期待を寄せるとか軍人としてあるまじきというやつだ。
信頼性もクソもないからな。
そんなものに命を預けるなんて普通はできない。
「で、戦況自体はどうなってるんだ?」
俺たちは上空から各戦線は確認しているが、この本部はどうとらえているのかというのは聞いておきたい。
何せ随分戦っているんだ。
戦費だって馬鹿にはならない。
それを考えて、まだここで戦っているんだから、ここから動けないと判断しているのは確かだが……。
どう考えているのかはまた別だしな。
「いまだに膠着しているようですね。押し込むことは可能でしたが維持ができないとのことです」
「維持ができないか。つまり援軍があるってことか」
「そのようです。まあ、詳しくは聞いていませんが、嘘は言っていないでしょう。主要街道5つで敵を止めているというべきか、それ以上進めないのでしょう」
「ん? どういうこと?」
ルクセン君はお姫さんが言っていることが分からないようで首を傾げている。
するとフォローするように結城君が口を開く。
「あれだろ。主要街道5つならギリギリ戦力が持つけど、そこを越えたらさらに戦力を分けないといけないから、進めないんだろう」
「んー?」
「光さん。ただ敵を倒して前に進めばいいというわけではありませんわ。下手に進みすぎると敵に後ろを取られたりもします。補給はいりますし、道の確保もいるわけです。何より、各戦線の軍は祖国奪還が目的です。各国の拠点を攻略する人数もいるわけです。もちろん物資も。人数足りると思いますか?」
「あー……、なんとなくわかった。そういうことなの田中さん?」
「まあ、状況的には多分そうだろうな。あと、どこを奪還するかでも揉めるし戦力の集まり具合も悪くなるだろう」
「だろうねー。自分の国を奪還するために戦力は残しておきたいし、敵対国だったらなおのことだろうね。一丸になって戦うなんてのは無理さ。何せノウゼン王国だって周りを気にしてだしね」
ジョシーはいい笑顔でそういう。
ルクセン君たちは微妙な顔だ。
政治っていうのはそういうもんだ。
というか、国がなくて亡命政府を認めてもらっているだけましではあるんだがな。
普通ならさっさと首でも刎ねて便利のよさそうな奴に挿げ替えるぐらいはするだろう。
いや、奪還をすればそれぐらいの約束はしているか?
それとも魔族と関わりたくないか、盾になってもらうために力を貸しているか?
ま、そこは聞いてみないとわからないか。
「ともかく、この本陣の方は落ち着いてはいるよ。今日明日敵が来るなんて気にしている様子はない。それはダストもわかるんじゃないか?」
「そりゃな」
俺はそう言ってあたりを見回す。
兵士は忙しそうに動いてはいるが、そこに鬼気迫るというのはない。
まだ余裕があるということだ。
「というか、少し浮かれているようにも見えるな」
そう、なぜか笑顔になっている兵士たちが多いように見える。
「それは分かってて言っていますよね。私たちが物資を持ってきたからです」
「ああ、そっちか」
つまり、ここの兵士たちも満足に食べられているわけではないのだ。
簡単に改善できることじゃないしな。
これで自分の食べる分が少しでも増えるならそれはそれで嬉しいことだろう。
「なら、そこから突き崩せるか?」
「はい。そこを上手く突けばいい交渉ができるでしょう」
物資はこっちが持つか。
確かに有効な手ではあるが、向こうとしては物資を握られるという意味でもある。
そこらへんはどう思うかな?
物だけよこしてさっさと帰れというのもあるだろうが……。
まあ、まずは兵士たちを味方にしておくのがいいか。
連絡です。
来週の更新はお休みいたします。
よろしくお願いいたします。




