第36射:ここは聖都
ここは聖都
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「ようこそ。リテア聖都へ。お祈りの時間は決まっておりますので……」
「御寄進はこちらの……」
「こちらの商品は、リテア聖教に認められた、ありがたい水であり……」
なんというか、いろいろな意味で活気があるところだ。
「というか、あちこちに小さい教会があるねー」
僕たちはリテア聖都の中を移動していたのだが、いたるところに小さい教会が建っているのが見える。
「ああ、あれは、大聖堂だけじゃ人が入りきらないから、ああして通常の教会を作ってお祈りの場所をつくっているんだ」
「へー、物知りなんだ。オーヴィクは」
私が感心していると、横からラーリィがやってきて。
「別に物知りってわけじゃないわよ。このリテアでは常識みたいなものだから」
そう説明してくれる。
「ラーリィの言う通りだよ。ここの人たちにとっては普通のことだから」
「ふーん」
あまり僕には実感の湧かない光景だ。
そのことを察したのか撫子が口を開く。
「日本は神道、八百万ですからね。特定の神に対して固執して祈ることはありませんし、特定の宗教に帰属させることによる支配構造の確立というのはやっていませんから、光さんにはなじみがないのでしょう」
「しはいこうぞうの確立?」
撫子に説明してもらったことは、半分ぐらいしかわからなかった。
日本はたくさんの神様がいるから、特定の一つに絞ることはないっていうのはわかったけど……、後半はさっぱり。
「そうだ。国をまとめる方法として、宗教を利用することは多い。日本は特殊だな。基本的に天皇がずっと上に立っているからな。ほかの大陸の国は、王という絶対者は、時の権力者と同じように、時代が終われば処刑される。王というのは絶対者ではあるが、権威者ではないんだ。そこで、宗教を利用する。長く続いて、国民にも親しまれているからな。その権威を利用して人々をまとめるんだ」
「うーん。よくわからん。というか、田中さんも詳しんだね」
「そりゃな。中東の紛争理由なんて、宗教だからな。ほら、知ってるだろ? 過激派とかそういうのだ」
「あー」
「それだけ、宗教ってのは利用するには便利なんだよ。人々が有無を言わずに従ってくれる装置だからな」
田中さんがそう解説していると、オーヴィクはちょっと困りながら口を開く。
「えーと。一応、そういう側面もあるとは思いますけど、一般の人にとっては普通の信仰の対象なんで、あまり露骨にそういうことを言うのは……」
「ああ、すまん。迂闊にこんなこと言ってたら危険人物って指定されるな」
確かに、あまり気持ちのいい話じゃないね。
危険人物っていうのはよくわからないけど。
で、信仰って言葉で思い出したことがある。
「ねえ。そういえばリテア聖教ってどんな神様を信仰しているの?」
そんな私の質問に答えてくれたのは、おじさんのサーディアさんだ。
「リテア聖教は主に、愛の女神リリーシュ様だな。あとは、ほかの神様も副神として祭ってはいる」
「愛の女神? ってことは恋愛成就?」
僕がそういうと、今度はクコさんが答えてくれる。
「まあ、恋愛成就もあるけど、リリーシュ様の愛っていうのは、人が生きることを愛というのよ」
「いきることが?」
「ええ。こんな生き辛い世界だと、生きるだけでも一苦労。昔なんてなおさらよ。そんな時に、リリーシュ様の愛を一心に受けた、聖女リテア様がこの地に下りて、多くの人を救ってくれたの。つまり、私たち人はリリーシュ様の愛によって救われたってことなの」
なにその超飛躍。
救われたのは自分たちの努力のおかけじゃん。
そう思っていたけど……。
「実際、聖女という称号を持った人はものすごい回復魔術を使えるようになるからね」
ああ、そうか。
勇者っていう称号があるように、聖女っていう称号があって、それはリリーシュ様からもたらされたってことなのか。
実際に、神様の恩恵が見えたからこういう感じになるのか。
「実際、聖女っていうのは、近年以外は例外もなく、このリテア聖都で祈りを捧げている修道女がなるものだからね」
「ちょっと待ってください。近年以外っていうのは?」
僕が納得している横で、撫子が質問をしていた。
そういえば、近年以外ってのは変だよね。
その言い方だと、まるでほかの国に聖女様がいるみたいだけど?
「ああ、ナデシコたちはこっちに来て一か月ぐらいだっけ? それなら知らなくても当然ね。今、この大陸には聖女と呼ばれる者は二人いるの。一人は、このリテア聖国のトップである、歴代聖女の中で、初代リテア様に迫るといわれている、聖女ルルア様。そしてもう一人は、ロシュールの第三王女である聖女エルジュ様」
「ロシュールってガルツと戦争している?」
「そうよ」
「そこに聖女様が生まれたの?」
「ええ。驚きよね。でも、エルジュ様はもともと敬虔なリテアの信者だし、聖女ルルア様とも親交があるから、納得でもあるのよ。それで、エルジュ様は分け隔てなく民を救うために治療を施していたのに、ガルツが難癖をつけて戦争でしょ? まったく大変よね」
なんくせ?
「え、それって……」
僕はそのことに対して意見を言おうとすると、いきなり田中さんに口を塞がれる。
「そのことは言うな。見方が違えば意見が違うのは当然の話だ。どっちが正しいかは、本人たちにでも会って確認するしかない。国は都合のいいように話は捻じ曲げるからな。だが、ここでそういうのはやめとけ。ここはリテア聖国の聖都、首都だ。光だって、阪〇の本拠地で、〇神を否定するようなことは言わないだろう?」
あー、そういうことか。
そりゃ自殺行為だね。
シャレじゃなく、まじで。
そして、僕が納得したのがわかったのか、口から手をどけてくれる。
「そういえば、ガルツにも行ったって言ってたわね。やっぱり向こうじゃ、ロシュールが悪いって話になっているのね」
「みたいだよ」
「はぁ。嫌よね戦争って」
クコさんがそう言って、僕たちも深く同意する。
ローエルさんも、そのエルジュっていう聖女さんもただ人を助けたいってだけの気がするに、なんで戦争って起こるんだろうね。
そんなことを話しながら、歩いていると……。
「あそこが冒険者ギルドですよ」
どうやら、冒険者ギルドに到着したみたいだけど……。
「でっかー」
「大きいな」
「大きいですわね」
ルーメル王都にあった冒険者ギルドより遥かに大きく、大きな屋敷といっていいほどの大きさだ。
ここまでの大きさだと、大貴族ぐらいしかルーメルにはいないだろうというレベルだ。
そんな感じで、僕も含めて驚いていると、オーヴィクが説明をしてくれる。
「ここがこの大陸の冒険者ギルドの統括、総本山、本拠地である、リテア冒険者ギルドです」
「えっと、いったいどの読み方が正しいの?」
そのあやふやな紹介に僕がすかさずツッコミを入れる。
すると、なにか困った様子でラーリィが答える。
「うーん。それはよくわかってないのよ。ここが冒険者ギルドの始まりだけど、勝手にみんながそう呼んでいるだけでね」
「ああ、周りが勝手に呼んでいるだけで、正式な名前はないということですか?」
「ナデシコの言う通りだ。俺たちが勝手に呼んでいるだけだな」
「まあ、冒険者ギルドのお偉いさんは何かあれば、いろんなところに行ってその場で何年も仕事をするからね。ここが本拠地っていうのはおかしいってことかもね」
なるほど。
確かに、ここは冒険者ギルド発祥の地なのだろうが、仕事の関係で、お偉いさんは色々飛び回ったり、場所を変えたりしているのだろう。
まあ、本拠地と呼ぶほどには、施設は充実しているように見えるけど。
一等地ではないにしても、こんな大きな屋敷を冒険ギルドとして扱っているのだから、そういわれても仕方ないのかな?
と、ちょっとまて、それだと、ルーメルのギルド長クォレンさんにもらった手紙が意味をなさないってことか?
そんなことを思い出して、僕は質問をしてみる。
「ねえ、僕たちはルーメルのギルド長、クォレンさんから、グランドマスターに手紙を預かっているんだが、いるの?」
「グランドマスターにですか?」
「ええー。あのおじいちゃんに?」
おじいちゃん? ああ、そうか、冒険者ってことでおっさんか、若者かってイメージがあるけど、組織としての歴史は長いんだから、長は年寄りがいても不思議じゃないか。
しかし、こういう実力社会みたいなところは、お年寄りのイメージがないんだけどなー。。
まあ、それだけ実力があって元気なおじいちゃんなんだろう。
と、そんなことはいいとして……。
「その口ぶりからすると、グランドマスターと知り合いなの?」
「ん? ああ、あのご老人なら……」
「そろそろ見えるんじゃない?」
見える?
クコの言うことにみんなで首をかしげていると……。
ドゴーン!!
いきなりそんな爆音が響いて……。
ドザッ。
空から人が降ってきた。
「な、な……」
「おー、人って飛ぶんだ」
「というか、生きてるのか?」
目の前に落下してきた人に驚いていると、冒険者ギルドの入り口から一人のおじいちゃんが出てきた。
「ほほほ。もうちょっと、腕がないとあの仕事はまかせられんのう」
はたから見たら腰が曲がっているおじいちゃんにしか見えないけど、オーヴィクたちも含めて、周りの人は気が付けばおじいちゃんから離れている。
「く、くそっ」
なんでだろうと思っていると、墜落した人が何とか立ちあがる。
生きてたんだ。
こっちの世界の人は丈夫なんだなーと思っていると、その男の人は目の前のおじいちゃんに向かって、剣を引きぬいて切っ先を向ける。
「俺はやれる!!」
「そうは言ってものう。わしにやられてしまっては説得力がないのう」
「うるせー!! さっきは油断しただけだ!! 今度は油断しねえ、覚悟しやがれ!!」
そう言って、男の人は問答無用に剣で斬りかかろうとするが……。
「ちょっとお待ちなさい。おじいさん相手に、それはないでしょう」
と、空気を読めない撫子が割って入って、男の人の剣を器用に奪い取ってしまう。
いったいどうやったんだよ。
護身術の一つって感じなんだろうけど、スムーズですごいよ。
「て、てめえっ、その剣を返せ!!」
「返してもいいですが、もうみっともない真似はやめなさい。すでに恥をさらしているのですから、これ以上うわ塗りする必要もないでしょう。周りを見なさい」
そう言われて、男の人は冷静になったのか、周りを確認してから……。
「ちっ、帰るから。剣を返せ」
「ええ。どうぞ」
撫子はあっさり、男の人に剣を返す。
いや、危ないよと思っていると。
「ち、ガキが」
やっぱりというか、拳を振ってきたのだが……。
スルッと、投げられてしまう。
「いてっ!?」
「あら? 転んだのですか? 手がいりますか?」
「いらねえよ!!」
そう言って男の人はその場から離れていった。
まあ、撫子にあっさり投げられたから、恥ずかしいよねー。
そんなことを思っていると、おじいちゃんがバチバチと拍手をし始める。
「いや、お若いのに見事な腕前じゃな」
「いえ。おじいさんには及びませんわ。ですが、もうちょっと穏便な方法があったのでは?」
「たまには運動をせんとな。それに、お嬢ちゃんたちのような人に出会うこともある。行動あるのみじゃよ」
ほほほと、また笑うおじちゃんが、グランドマスターだというのは、まあ、最初からわかってたけどね。
なんというか、納得って感じだよね。
そして到着。
宗教国家ここにあり。
そして、グランドマスターのおじいちゃんがお元気。




