第347射:契約
契約
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
ちゅんちゅん……。
朝の雀が鳴く声が聞こえる時間帯、いやー早起きしたなーと思いつつ、お茶を飲む。
あー、目が覚める。
そんなことを考えていると……。
「なるほど。こちらから案内人、ガイドが欲しいということですか」
「はい。この契約内容はよくできてはいますが、私たちにとっては御存じの通り、情報が欲しいのです。そうなると情報を提供してもらうと同時に、繋ぎになる方がいると余計なトラブルもなく済むと思いまして。いい人材を貸し出してもらえないでしょうか?」
契約内容を読んだルクエルさんが撫子と案内人についての話をしている。
結局どうなるんだろうねー。
「確かに私たちとしてもそちらと連絡がとれる人材がいればありがたいとは思いますが……よろしいのでしょうか? 下手をすればそちらを監視するということにもなりかねませんが?」
「それは百も承知ですし、ギルドをよく思わない方が私たちに危害を加えて仲を破綻させようとする勢力も関わってくる可能性もあるでしょう」
「はい。その可能性は否定できない。むしろ高いと思っています」
「ですが、結局の所、これから私たちは冒険者ギルドには通いますし、何かしら目をつけられることでしょう。なので……」
「それならばいっそ最初からお互いの敵対勢力に関しても情報共有をしておいた方がいいと?」
「ええ。その方が誤解もないでしょう。最初から敵ではないと強固に手を結ぶのがいいかと。ですね。ヨフィアさん?」
「はい。下手に軽く手を握り合っていると手が離れてしまいますからね。それならばがっつり手を結んだ方がいいでしょう。そちらにとっても得ですよ? 状況によっては、力も貸しましょう」
ヨフィアさんはいい笑顔でそう言い切る。
力を貸すって……あの戦車を?
それって敵対勢力消滅しちゃうんじゃないかな?
物理的に。
「ほう、それはありがたいですが、その手を貸す条件、報酬はいかがいたしましょう?」
「詳しいことは内容を聞いてから詳細を決めるべきでしょう。まあ、報酬については基本的に金銭、土地、情報この3つが好ましいですね。というかこれ以外の支払い方法って現物以外になにがあります?」
「確かに、結局その4つから受け渡すことになりますな。で、条件は?」
「そりゃ基本的に私たちの行動に利益になること。そしてそちらのギルドの運営が立ちいかなくなるような問題ぐらいが好ましいですね。簡単に呼びつけてもらっては困りますから。まあ、それはそちらも同じでしょうが。自分たちで問題を解決できない組織なんて評判が落ちるだけですからねー」
と、ヨフィアさんはあははーと言っているが、内容はかなりきついことを言っているよね?
いや、言っていることは当然なんだけど……。
「それはもちろん承知しておりますとも。冒険者ギルドが無力などと周りに思われればそれこそ意味がない。ですが、下手をすればそちらは面倒事ばかり請け負うことになりかねないというのは理解しておいでで?」
「利用するだけして、こちらの要求を蹴るような相手はいらないと思いませんか?」
「ですね」
ヨフィアさんの遠慮のない返しに苦笑いしながら同意する。
まあ、確かにこっちを利用するだけして、何も協力しないとかいらないよねー。
「それで、どういたしますか? 誰か連絡役としてこちらに出向していただけますか?」
話は終わったとみて撫子が回答を求める。
静けさが部屋に染みわたる。
朝の鳥の鳴き声が時折聞こえてくる。
さて、いつまでこのままでいいのかわからなくてとりあえずお茶が冷める前に飲もうと思って手を伸ばすと……。
「ええ。こちらからの連絡役の人員をそちらに送りましょう」
「では、契約は成立ということで、契約書を作りましょう」
「はい。さっそく用意いたします。しばらくお待ちください」
そういってルクエルさんは部屋を出ていく。
契約書なら自分の机で書いてしまえばいいと思ったんだけど……。
「こういう契約のやり取りには証人も必要なんですよー。お互いに不正がなかった。承諾しての契約だと第三者がいるんですよ」
「あー、なんかそういうのは聞いたことがありますね。でも、物語とかではそういう証人もグルってことはありましたけど」
うん、晃の言う通りそういうのはお約束だよね。
でも、そういうことが簡単に起こるとも思えないんだよね。
「まま、あることではあります。ですが今回の前提ではこちらが圧倒的有利ですからね。そうする必要はないでしょう。こちらを糾弾するために契約書を書き換えても、こちらには原文が存在している。つまり矛盾が生じるわけですが、こちらを敵に回すメリットがあるのかというのに疑問が出てきます」
「ですね。こういうのは相手が弱い立場であると便利でしょうが、相手が上の場合はそのまま自分たちの危機に繋がりますわ。今回は別に秘密の取引でもありませんし、そこまで身構える必要もないですわ」
うんうん。
僕たちと喧嘩をするメリット自体がないからね。
まあ、なんとかして僕たちを嵌めて戦車とかを奪おうと画策することもないことはないだろうけれど……。
町ごと吹き飛ばされることを考えるとねー。
しかもこっちにいるのは基本的に先遣隊って言っているし、そういうことは馬鹿しかしないだろうって田中さんも言っていた。
と、そんな雑談をしていると、ドアが開いてルクエルさんと……。
「紹介しよう。今回の契約で証人、そして契約書を一部預かってくれるゼラン殿だ。彼女は……」
「いえ、彼女とはシャノウの町でお互い顔を合わせておりますわ。ねえ、ゼランさん」
「ああ。そっちも問題なさそうで何よりだ」
「そうか、まあそうか。彼女は今来ているルーメルのお姫様が取引相手として選んでいる。つまりそういうことか」
「そうだよ。ハウエクブ王国がどう動くかわからないからね。バラバラで入ってきたわけだ。ここの商人ギルドは既にルーメルにいや、ユーリア姫の味方さ」
「そっちも手を回しているのか。ならなおのこと手を結ぶことに異論はありません。契約書はここに。ゼラン殿確認お願いいたします」
「あいよ」
そういってゼランさんは3枚の契約書をじっくり読み込んで並べて確認する。
ぱっとみて全部同じ内容だ。
いやー、しかしなんでこの別大陸の文字が普通に読めるのか不思議だよ。
魔術ってすごいよねー。
「よし。問題はないよ。両人に確認を取るため、契約書内容を読み上げる。いいかい?」
「かまいません」
「こちらも大丈夫ですわ」
そう返事すると、ゼランさんは契約書の内容を読み上げる。
最初は冒険者ギルドが提示していた内容。
そして、連絡要員をこちらに出向させるという内容。
お互い納得の上の契約であり、証人としてゼランさんがいるということも承諾しているか。
もちろん特に異論もなく、お互いの名前を書いて拇印を押して契約書は仕上がる。
最後にゼランさんが再び出来上がった契約書を確認して、羊皮紙を巻いて一つをルクエルさんに、もう一つを撫子に。
最後の一つをゼランさんがそのまま持ち……。
「これで契約は完了した。お互い契約に背かぬよう良識ある行動を求める」
そう宣言して締めくくった。
「それで、連絡員はいつ頃?」
「そちらもすでに準備できています。ご紹介しても?」
おお、どうやら連絡要員の人も準備していたみたいだ。
撫子はヨフィアさんを見ると、特に問題はないようで頷いている。
どんな人がくるのかなー?
「はい。大丈夫です」
「入ってきなさい」
撫子の返事を聞いて、入室を促すと、ドアが開いて人が入ってくる。
「連絡員としてこちらから出向させる。シシルとギネルといいます」
「「よろしくお願いいたします」」
そういって頭を下げるのは、ごつい冒険者などではなく。
バインバインのお姉さんとスレンダーモデルで通用しそうなお姉さんだった。
「女性を選ばせていただいた理由ですが、そちらも女性が多いので合わせた方がいいと考慮した結果です。また、能力に関しては冒険者からギルドへ転職してもらったたたき上げなので問題はありません」
あー、なんで女性なのかと思っていたけど、こっちのことを考えてくれてたのか。
確かに男なんて今は晃だけだしねー。
船に戻ればゼランさんの部下とか多いけど、今は合流しても男は田中さん、マノジルおじいちゃん、そして晃、そしてゴードルのおっちゃんの4人だけだからねー。
「わかりましたわ。これからよろしくお願いいたします。シシルさん、ギネルさん」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
「は、はっ」
なんか撫子の言葉に驚いている感じがしている。
なんでだろうと思っていると……。
「私から言うのもなんですが、交代や実力を見るなどはしなくてもよろしいのでしょうか?」
「ええ。私たちはルクエルさんの誠実さを信頼しております。そういうのを確認するのは無粋と言えるでしょう。あ、一つだけ」
「なんでしょうか?」
「こちらには男性がそれなりにいます。あまりに綺麗な方なので、多少心配がありますが……」
「ああ、そちらは私は関与いたしません。仕事に問題がなければ。個人の恋愛ですからね」
そういってお互いの視線が集まるのは晃だ。
まあ、この場で怪しいのは晃だしねー。
「ちょっと待てや! オチに使うなよ!」
そう晃が返事して笑いに包まれる。
さあ、これで終わりかと思っていたら……。
「そうですね。実力だけは人目が多いところで確認した方がいいでしょう。私たちの安全も含めて、ね」
ヨフィアさんは相変わらず笑顔のままでそう答える。
あー、そうか。
この美人2人はそれなりに冒険者たちに知れ渡っているかもしれないけど僕たちはそうじゃないからね。
ついでに締めようってことか。
元女性冒険者。
果たして、どんな裏があるのか?
そしてこの王国はルーメルへの対応をどうするのか?




