第335射:大人の和解
大人の和解
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
冒険者ギルドのシャノンさんにタブレットを渡して2日後、ノーダンル子爵がまたやってきた。
今回は全員警戒態勢で、事前に買い物に来ていたお客さんたちは返した。
とはいえ、そこまで警戒はしていないんだよねー。
ドローンでゾンビの迎撃に行った軍の人たちの様子を見ていたけど、田中さんが消し飛ばしたんだから戦うこともなく、辺りの様子を探って爆心地のゾンビの残骸を集めて一部の部隊が先にシャノウに戻ったんだ。
それが昨日。
本隊の方はもうちょっと奥。森の方へ行っているけど、それも空振りになるのは目に見えているけどね。
つまり、今来ているノーダンル子爵はユーリアが行ったゾンビの集団を撃破したというのを確認したってことになる。
「どういう話をするつもりなんだろうね?」
「さぁ、とりあえず喧嘩を売るつもりではなさそうですが」
「そうだな。騎士たちはいるけど武器はもっていないし。なんだろうな、あの鎧」
そう、なぜか連れてきた護衛は武器も持たずに鎧だけだ。
盾すら持っていない。
「見えないところに武器とか隠してたり?」
「それはあるでしょうけど~。あまり鎧を着こんではありえないですね~」
「ヨフィアさんは、相手が何を考えているか分かりますか?」
話に入ってきたヨフィアに撫子が聞いてみる。
確かにヨフィアさんって元凄腕だし、こういう修羅場も経験している可能性はあるよね。
どんな答えが返ってくるかなーと持っていると。
「あはは。そこまで難しい話じゃないですよ。あれは攻撃するつもりはないっていう意思表示ですね」
「そうなんですか? でも、前回あれだけ警戒していたのに」
「だからこそですよ。力差を思い切り見せつけたでしょう? 護衛の兵士を全部タナカ様とジョシーさんで撃ち抜いた挙句、遠目に見える崖を粉砕してしまいました。あれを見て真っ向から喧嘩を売れるほど馬鹿じゃないってことですよ」
なるほど。
確かにミサイルで崖を吹き飛ばしたし、その前に兵士は全員田中さんたちが撃ってたしねー。
それを考えれば喧嘩を売ってくるわけないかな?
「まあ、警戒しておく必要はあるでしょうが、タナカ様やジョシーさんを抜けるとはとてもですね~」
うん。それはそうだ。
不意打ちしようがないよね。
そんなことを話していると、ゼランさんの部下が子爵の前に行って何か話をすると、子爵と2名の護衛だけで中に入っていくのが見えた。
すると……。
『皆さん。会議室へ集まってください。子爵からお話があるようです』
そう、ユーリアから連絡が来たので僕たちも会議室に向かうと、既に中にはノーダンル子爵が到着していて、こちらを鋭くにらんでいるっていうのは違うけど、見ている感じがした。
「えっと、お待たせしました?」
遅れたのが原因かな?思ったのでとりあえず会釈をすると……。
「お気になさらずに、彼らが先触れもなく訪れたのですから。タナカ殿もまだ来てはおりませんので、のんびり待ちましょう」
ユーリアはそう言ってにっこりとする。
ああ、なるほど。
事前に来るって言わなかったから待たせてるんだね。
普通なら家の前にこれだけ人がいるならわからないわけないだろうと思うけどね。
と思っていると、護衛の一人が……。
「貴様ら、子爵様が優しいことにつけあがりおって、いつまで待たせるつもりか!?」
そう怒鳴った。
あー、子爵よりも護衛の方が我慢ができないタイプ?
さて、一波乱あるかなと思っていると……。
「落ち着きなさい。非礼があったのはこちらだ。別に待つことはどうとでもない。先日のこともある、彼らに非はない」
「はっ。失礼しました」
そう子爵がたしなめてくれた。
意外と冷静なのかなー?
と思ったら……。
「そういう演技はご無用ですわ。こちらの出方を見なくても」
ユーリアは笑顔でそういう。
いやー攻撃的だなー。
「何を……」
「こちらの様子を伺うため、または自分の印象をよくするために暴走する手合いを作るというのはよくあることです。何より無手で来た相手に暴行を加えればそれだけで問題ですから」
「そういうつもりはない」
「あら、でしたらなおのこと交渉相手としては考えなくてはいけないのですが?」
困った感じで子爵たちを見つめるユーリア。
ノーダンル子爵たちは困惑した感じになっている。
「貴族ともなれば相手の腹の探り合いは当然のことでしょう。まあ、詳しい話の内容は全員揃ってからですが」
「……では、その待ち人が来る前に雑談でもいかがでしょうか姫殿下」
「いいですわ。無言でお待ちするのもなんですし。何をお話いたしましょうか?」
そこからは特に目立った話はなくて、ユーリアの好きなものとか、ルーメルではなにが主に生産されているとか、そういう話だった。
もちろんハウエクブ王国のことも聞き出したけど、あまりよくわからなかった。
布とかワインとかいってたなー。
そもそも中世ヨーロッパの主要産業なんて農業と牧畜ってものじゃないかな?
ワインって一地方だし、鉄の産出が~とか言ってたけど国なら鉱山の一つや二つ持ってておかしくないよね。
と、そんな話をしているうちに田中さんがのんびりとした感じで部屋に入ってきた。
「おう。来たぞー」
「お忙しいところ申し訳ありません」
「本当にな。いきなり船から呼び出しっていうのはやめてほしい」
あれ? 田中さんって自室でのんびりタバコ吸ってなかったっけ?
と思ってたら、ユーリアがこちらを向いてウィンクしていた。
ああ、わざとね。
「船というか、あの巨大船から?」
「そーだよ。あんたたちが事前連絡なく来るもんだから、呼び出しを受けて慌ててきたんだよ」
迷惑そうな顔で田中さんがそういう。
実際迷惑なのは本当だと思う。
「まさか、あの船はこの港までそれなりに距離があるはずだ。それなのにこんな短時間で着くわけがない」
確かに、港からフリーゲート艦は見えるけど、手漕ぎボートじゃ、一時間はかかるような感じはする。
いや、田中さんで一時間だから僕だともっとかかる自信あるね。
「そりゃ、こっちだっていろいろあるんだよ。というか技術力が違うのはあの船を見れば明らかだろう?」
「……確かに、そうだが、そんなことがあるのか?」
「別に信じろって話じゃないし、とりあえず俺がどう来たなんてことは今はどうでもいいんじゃないか?」
「そ、そうだったな。これで待ち人が揃ったのなら、話を進められる。いいですからなユーリア姫殿下」
「ええ。そうですわね、子爵殿。では、改めて問います。此度の訪問はどういった御用でしょうか?」
ユーリアがそういった瞬間子爵に全員の視線が集まる。
そうだよね。この人が何をしに来たのか気になる。
この前あれだけのことをしておいて今更何しに来たんだか。
いや、あれだけ脅し返しもしたし、お互い様っていうならそうだけどあれだけ邪険にされたんだから少しは謝ってほしいとも思っている。
すると、子爵はソファーから立ち上がり、頭を下げた。
「以前の無礼な発言と、この前の押し入りに関してお詫び申し上げます」
おっ、謝ってきた。
そう思ったんだけど、ユーリアは特に反応を示さず笑顔のままで……。
「はい。というのは簡単ですが、それがこの国の礼儀と思っていいのでしょうか?」
あれ、なんか先ほどよりも圧が増している。
「いえ、そのようなことはございません。ルーメル王国の姫君やその臣下の皆さまに対してお詫びもご用意しております。ですのでどうか今回のことは不幸なすれ違いとして認めていただきたく」
「お詫びですか、こちらが最初希望していたことはどうなりましたか?」
「はっ、魔族との戦いに関しての介入に関しては私が判断できることではなく、国王様に伝令をやっているところです。今回のことも含めて連絡しており、ちゃんとした国交を結ぶべきとも」
「では、あとはハウエクブ国王の判断するところですわね。わかりました。子爵の言を信じましょう。書類の用意をゼラン頼めますか?」
「わかったよ」
ゼランさんは商会をまとめていただけあるのか、すぐに契約書類をしたためる。
羊皮紙とか使いにくいんだけど、それに羽ペンをすらすらと走らせるからできる女って感じだ。
それを3枚用意してから、2人が向かい合うテーブルの前に置く。
「ご確認ください」
「うむ」
「はい」
そういって羊皮紙を確認する。
僕たちも遠目で確認するけど、先ほど言われた内容が事実であり、また僕たちの安全をハウエクブ王国領内で子爵が保証すること、その約束が守られる限り僕たちはこのシャノウの防衛に協力する旨が書かれている。
相変わらずだけど、なんで言語が違うのに読めるって不思議だよねー。
そんな感じで契約を確認し終えた後は、3人がそれぞれ署名をして書類をそれぞれ預かることになった。
あ、ちなみにゼランがもっていった書類は冒険者ギルドに預けるってことで、僕たちに輸送を頼まれた。
いやー、なんかようやく動き始めたのかな?




