第33射:落ち着かない我が家
落ち着かない我が家
Side:タダノリ・タナカ
魔族の襲撃があったが、俺たちはどこかに報告をすることもなく、ルーメルへ戻っていた。
リカルドはせめて国境のダルゼン伯爵に伝えるべきだと言ったが、俺はそれをしなかった。
どこで情報が洩れているか判断するためだ。
帰りは、ダルゼンの町には寄らずそのまま帰ってきたのだが、その道中は襲われることなく、戻ってこれた。
「状況的に考えると、今のところは国境の町に魔族の手下でも紛れ込んでいたんだろうな」
「そんな!?」
「まあ、落ち着け。別に、ダルゼン辺境伯が犯人って言ってるわけじゃない。というか、辺境伯が犯人なら屋敷でこっそり俺たちを始末する方が楽だからな。だから、雇っている誰かが情報でも流したんだろう」
「ならば、なおのこと、ダルゼン辺境伯に情報を伝えた方がいいのでは?」
キシュアは冷静にそう言ってくるが、それは悪手だ。
「そうなれば、ただ情報を流した奴が処罰されるだけだ。ここまで用意周到なやつが、尻尾を見せるわけがないだろう? そして、ダルゼン辺境伯の立場もまずくなる。下手に俺たちが騒ぎ立てると、魔族を引き入れたとかで、非難されかねん。それはわかるだろう?」
「なるほどー。ダルゼン辺境伯様が追い落とされるかもしれないってわけですねー」
「……確かに、ダルゼン辺境伯は中央ではあまり良くみられていませんから」
「わざわざ、ご丁寧に、ガルツへ向かっている最中と帰りをピンポイントに狙われたからな」
俺がそういうと、不思議そうにルクセン君が首をかしげる。
「え? 行き? 何か襲われたっけ?」
「いや、商隊の列に魔物が襲ってきただろう?」
「あー、あったあった。でもあれって冒険者たちが撃退したことになってなかったっけ?」
「……なるほど。あの襲撃はそういえば、異常な数の魔物たちに襲われてました。あれは裏で誰かが糸をひいていたということですか?」
大和君は理解したようで、俺の思ったことを答えてくれる。
「そうだ。まあ、確証はないけどな。そもそも、俺が銃撃でサポートしなければ、冒険者たちも危なかっただろうからな。そうなると次に戦うことになるのは……」
「あ、そっか。僕たちが戦うことになるんだ」
「そして、私たちも亡き者にするつもりだったのでしょう。ですが、それに失敗して、ダルゼンへ戻る途中で私たちを襲ってきた。でしょうか?」
「多分な。しかも今度はわざわざ足止めのために出てきたからな。誰か援護がいたとも思えない。逃げ出して情報をとか言ってたからな」
「そういえば言ってましたね。単独でしょうか?」
「さあな。もう殺したし。あのまま連れて行くわけにもいかんからな。というか、あれはいくら尋問しても口を割るとは思えなかったからな。ルーメルに引き渡してみろ。無残に殺されるだけだ。それなら、あそこで死んだ方が幸せだろう?」
「「「……」」」
俺がそう言うと、黙る3人。
ちょっと刺激の強い言い方だったかな?
でも、敵に捕らわれた情報を持っているであろう兵士なんて、拷問の果てに殺されるだけだ。
捕虜条約なんて、地球ではあるが、命がかかっている現場でそんなルールは通用しないというか、適用しない。
甘い捕虜条約を守って、口を割らせずに多くの味方が死ぬのなら、捕虜を拷問して、情報を得るに決まっている。
死んだら、戦闘中に死んだで済むからな。
「それに、何か情報を得たとして、俺たちにちゃんと伝えるかどうかも怪しいからな」
「それは……」
リカルドが気まずそうにする。
勇者という戦力を一番使いたいのはルーメルだからな。
魔族の拠点でも調べたら、結城君たちを使いたがるに決まってる。
「……黙っている理由はわかりましたが、結局この宿に戻ってきてどうするのですか?」
「そうだなー。キシュアの言う通り、どうするか悩みどころだよな。まだ、王様や姫様にはガルツから戻ってきたと報告はしていない。だけど、素直に報告するか、それとも、このまま顔を合わせずリテアに向かうか。と、そういえば、闇ギルドの件でまだもめてるんだろう?」
そう、俺たちはルーメルに戻ってはいたが、お城には登城せず、前使っていた宿屋で今後のことを話し合っていた。
「それはそうです。まだあれから一か月もたっていませんから」
「たった二週間ほどの旅路でしたからねー」
その理由も、まだ闇ギルドの件でお貴族様たちがもめているからだ。
ある意味、そのどさくさに紛れて魔族に俺たちの情報を流したのかもしれないがな。
「じゃあ、このままリテアに行くか。今、城に顔を出しても誰が敵か味方かわからんしな。リテアに行って、また魔族が襲ってくるようなら、魔族が個人的に見張っているとか、情報源はこの中の誰かってことになる」
「……逆に、だれも襲ってこなければ、ルーメル貴族の仕業というわけですか」
リカルドは神妙な顔つきになって呟く。
「しかし、リテアに向かうにしても一つ問題がある。向こうへの連絡はどうするかだ。こういうのは上に頼んで、事前に向かうことを連絡してもらうんだろう? それをやるとばれるんだよな。だからと言って、連絡しなければ、リテアの偉いさんたちとは会えない可能性がある。つまり、情報収集がしにくいってことだな。ガルツの時は、ローエル将軍が迎えに来てくれたから、どこに行くにしてもスムーズだったが……」
「連絡をしないと、自由に動けないってことだねー」
「いや、自由には動けるだろうが、手続きが面倒になるな。ローエル将軍のような偉い人と一緒にいると、逆に窮屈になる。スケジュールがびっしり決められるからな」
「あー、そういえば、結構しっかり決まってたような……」
「偉いというのは、ふんぞり返るだけではありませんわ。その立場に応じて責務が生じます」
大和君はこういうところはしっかりしていて、理解が速い。
お嬢様ってだけはあるな。
「ま、リスクは話した通りだ。あとはどっちを取るか。結城君たちに決めてもらうとしよう」
「「「え?」」」
選択権を譲ったら驚かれた。
「いや、あくまでも、結城君たちの訓練、経験を積むのが目的だからな。わざと登城して魔族につながりのあるやつを探してみてもいいし、黙ってリテアに行ってみて、どこに敵がいるかを調べてみてもいい。あ、リテアに行くのは、もちろんいろいろな魔物と戦って経験をつむって意味合いもあるからな?」
「でも、そんな大事なこと僕たちが決めていいの?」
「自分たちで冒険者ギルドで仕事をとって最初から最後までやってただろう? それの延長だよ。俺がいない時でも判断できるようにな」
「なるほど。これもその一環ってことですか」
「とはいえ、選択肢になっていませんわね」
「だねー」
納得しつつも、結城君たちはすでに答えが決まっているようで……。
「じゃ、答えは?」
「「「リテア行きで」」」
そう全会一致で決まった。
まあ、敵の本拠地に事前情報なしに踏み込むわきゃないよなー。
「なら、補給を済ませて、リテアに出発だな。ま、時間がかかるだろうから、明後日に出発しよう」
「「「はい」」」
残念ながら、この世界には車なるものはないので、必要以上に旅に持っていくものは多い。
特に食糧とか水な。
その手配をしていると、一日じゃ間に合わない。
「俺はその間に、冒険者ギルドにでも顔を出して情報を集めてくる。ああ、なるべく外套かぶって行動しろよ? 俺たちが戻ってきてるのは内緒だからな」
「「「はーい」」」
ま、見つかってもそれはそれで、ありがたいんだけどな。
しかし、結城君たちの方針を優先すると言ったのだから、守らないとな。
「しかし、そうなると、私は外に出れないな」
「リカルド殿は顔が知れていますからね」
「それは、キシュア様もおなじですよー。私はー、ただのメイドですから出回っても気が付かれないですけどー」
「じゃあ、ヨフィアに買い物を頼むとしよう」
「そうですね」
「あれっ!? なんか私の仕事がふえた!?」
そんな風に漫才する大人3人は放っておいて、俺は外套を纏って外に向かう。
「じゃ、俺は先にギルドに行って情報を集めてくる」
「はーい。気を付けてね」
「俺たちは買い物すませてきますよ」
「何か、いい情報があることを期待しますわ」
「へーい。おじさんは、頑張って情報を集めますよー」
適当に返事をして、俺はルーメルの城下町へと出ていく。
戻ってきたときも思ったが、町の方に特別目立った影響はなさそうだな。
下手をすれば、謀反でも起こされて荒れに荒れている可能性もあると思っていたが、意外と、あの王はちゃんとしているようだ。
となると、なんで俺たちを召喚するような愚行を犯したのかという疑問に突き当たるんだよな。
そんなことを考えているうちに、冒険者ギルドにたどり着くが、さすがに堂々と入っていくわけにはいかない。
ここでは、それなりに顔を知られているからな。
なので、俺は建物の裏に回り、ギルド長室の窓へ石を投げる。
二度三度すれば、クォレンは窓を開けて顔をのぞかせてくる。
「どこの悪ガキだ!! ここがギルド長の部屋って知っての……」
「知ってる。俺だ」
「……戻ってきてたのか」
「おう。お邪魔させてもらうぞ」
「ああ」
こういうのは慣れているのか、あっさりと承諾する。
ま、この程度で驚いてたら、闇ギルドに喧嘩を売る前に死んでるよな。
「で、裏口から来たということは、城の方には?」
「もちろん顔を出してない。理由は言わなくてもわかるだろう?」
「まあな。闇ギルドの書類を提出して以降、荒れているからな。というか、まだあれからひと月もたっていない。ガルツに行ったはずじゃなかったのか?」
「そこにも俺たちが城に顔をださない理由がある。実は……」
俺は、クォレンギルド長にガルツへの行き返りで起こったことを話す。
「行きのことは聞いた。戻ってきた冒険者たちが、凄腕の魔術師に助けられたとか言ってたな。なるほど、その魔族が糸を引いていたのか」
「多分な。というか、クォレンもそう思うか?」
「これで無関係という方が驚きだ。まあ、しかし話は分かった。随分とルーメルは危ういか?」
「さあな。どこまで蝕まれてるかわからんが、今のところ王都は闇ギルドの騒ぎが起きても、表は平穏そうだがな」
「で、この情報料の対価は何を?」
「俺たちはこれからリテアに向かうことにする。敵さんが俺たちに見張りを仕掛けているのかを確認するためにな。そっちも色々、このついでに調べてみるといい」
「なるほど。調べるいい機会というわけだ。わかった。リテアには俺が手紙をしたためる。それを持っていくといい。グランドマスターがいるから、その伝手を頼れば、そうそう問題になることはないだろうさ」
「グランドマスター? なんだそりゃ?」
「ん? ああ、タナカ殿は知らなくて当然だな。冒険者ギルドのトップの爺様だよ」
「トップか。そりゃ大物がいたもんだな」
「ああ、だからリテアのコネは気にするな。闇ギルドのことも含めて記載しておくから、かなり自由にやれるはずだ」
「そうか。それはありがたい」
こうして、俺は思わぬ収穫を得て、リテアの事前情報を聞くのであった。
こうして勇者ご一行は、リテアを目指すことになりました。
リテアではいったいどんなことが起こるのだろうか?




