第321射:契約成立
契約成立
Side:アキラ・ユウキ
「ふう。いやー全裸ってはのベッドの上だけでいいね。外や硬い場所でやるのに脱がされると肌が痛くて仕方がない」
そんなことを言いながら服を着て落ち着いているジェシーという女傭兵。
なんというか、確かにスタイルはいいんだけど、敵としてきたこととあの女性としていかがな物言いで全然欲情できないのは、多分俺は正常なんだろう。
「そんなことは誰も聞いてねーよ」
田中さんも心底どうでもいいようでその言葉を速攻で否定する。
だよね。全然惹かれないもんな。
とはいえ、時折こっちにも視線を向けているからやっぱり田中さんと同じ傭兵だったんだなと思う。
隙を見せればすぐに殺されると肌で感じる。
「それで、私のこの穴だらけの体の説明をしてもらおうか? あとあれからの状況だ。夢じゃないなら現実ってことだからね」
「簡単に言えばジェシーは一度俺がしっかり殺した。それで、今俺たちに問題があってジェシーなら使えると踏んだ。だから蘇らせたって所か」
「厳密には違うがのう。ジェシー殿は生きてはおらん。生ける屍。ゾンビじゃな」
「誰だよその爺さん。というか私が死んでるねー。確かにこれだけ穴が空いて生きているっていうのもおかしな話だよな」
ジェシーはそんなことを言いながら手鏡で自分の頭を確認している。
なんで敵に囲まれた状態でそんな風にいられるのか、ものすごい精神力だと思う。
何より自分が死んだと告げられても何も動揺が見られないのがおかしい。
「この爺さんがお前をゾンビ化してくれた魔術師だよ。感謝しとけ」
「へぇ。死体を復活させるって便利じゃん。なに? 私って不死身ってことか?」
「いや、見ての通り体の欠損は治せないからのう。体が無くなるようなダメージを受ければ死んでしまうといえるのかのう?」
「確かに体がなければ生きられないわな。あっはっは」
「笑うところか?」
「元気なお嬢さんじゃな」
あまりの態度に田中さんとマノジルさんすらあきれている。
いや、俺だってびっくりだ。
きっと別方向から銃を構えている光と撫子も同じ気分だろう。
「さて、ひとしきり笑ったことだし。契約書をだして、ちゃんと説明をしな」
「契約書はこれだ」
田中さんはそういうなり、いつの間にか用意していた契約書類……え? どれだけ厚さがあるんだ?
少なくとも1枚2枚じゃない。
10枚以上は確実だ。
「しっかり作ってるね。とはいえ、細かいのは苦手だよ」
「あとで契約違反とか言われたくないからな。お前自分で契約していたならこれぐらい当たり前だったろうに」
「まあね。で、これを読みながら話ぐらいは聞ける。ここは本当に異世界って馬鹿な話なのかい?」
「残念ながらな。だからこそ、帰る方法を探っているわけだ。勇者って名前はそれだけ便利だからな。その戦力を国としても組み込みたかったからこそお前に依頼が来たんだろうさ」
「はっ。あんなガキを戦力に組み込もうとする国に先なんてあるかよ」
「……耳の痛い限りじゃな」
あはは、ジェシーのいうことは正直最もだと思う。
俺たち学生3人を戦争に使おうとするような国に対しての評価はもっともだとおもう。
後ろにいるキャリーもマノジルさんみたいに顔を顰めているにちがいない。
振り返る勇気なんて俺にはない。
「そもそも戦力としてもパッとしなかった。気合があったのはメイドだ。ありゃ血の気があっていい。というか、私たちと同じだぜ?」
「本人にはあまりいうな。勇者の一人の男と仲がいいんだ。その過去を言われて楽しいわけはないだろうさ。一緒に来ているしな」
「……まだ戻れるならその方がいいか」
意外なことにヨフィアさんの話を聞いたジェシーは馬鹿にすることなく普通にそう告げる。
「意外と良識はあるんだな」
「馬鹿にするんじゃないよ。治安のいい町中で銃をぶっ放せばすぐに捕まるぐらいはわかる。戦場だから撃つのさ」
「確かにな。で、俺たちのいきさつだが……」
そこからは田中さんが俺たちがこの世界に何で呼ばれて、どう動いてきたのか説明を始める。
今更だけど、俺たちはこの短期間に色々冒険してきたんだなーと改めて思う内容だった。
「なるほどね。誘拐したはいいが、お前の手綱を握れなくて殺すために私を呼んだわけだ」
「その通り。まあ、迎撃させてもらったけどな」
「ちっ。こっちの状況把握もしっかりしていない時点で投入するからこうなるんだ。おかげで夢見心地でちょっとはっちゃけちまった」
「なんだ。呼ばれたばかりだったのか?」
「ああ、勇者たちを消せってな。それとお前も。まあ、剣と盾、鎧とか来ている連中だ。頭がおかしいと思っていたが、何も情報が得られないのはあれだからな」
「ひとまず協力したわけか」
「そういうこと。ま、話は分かったし、契約書には問題はない」
ジェシーはそういうと、ペンをもってサラサラっとサインをする。
「これで契約は完了だ」
「そもそも、ダストの話を聞くとそこの爺さんの命令は逆らえないようじゃないか。実際殺してみようかと思ったが体が動かない」
……本当にこの人は容赦ない。
マノジルさんを殺してみようと思ってたとか。
「魔術ねー。いまいち実感がわかないね。催眠術とかじゃないのかい?」
「お前の体の穴を見てろよ。身体機能は停止しているだろう。というか、座って冷たいとか言ってたな? なんでだ?」
「いや、普通に冷たかったぞ。というか、身体機能が停止してたら体を動かすこともできないだろう?」
「魔力でそれを補っているというところじゃな。そうでもないと、使いものにならん。まあ、行軍で連れていたゾンビは程度の低いものじゃからそういうのは最低限にはなっておるのう。とはいえ、分かりやすい魔術であるならほれ」
マノジルさんはそういうと、炎の魔術を使って見せる。
「へー、とはいえライターでも十分だよな」
「規模の大きい魔術を使うわけないだろう。この部屋でRPGとか撃ったらどうなると思ってやがる」
「あー、私たちごと吹き飛ぶな。なるほど。ま、おいおい魔術は見せてもらうとして、今からやるのはこの港の防衛か」
「ああ、ちょっと銃とかをしっかり扱えない連中だと対処が難しいんだよ。ほら、これが敵の映像だ」
田中さんはそう言って、ノルマンディーにきた魔族の映像を見せる。
「はっ。とんだ化け物だね。デザートイーグルのマグナム弾を3発も受けて死なないとか」
「ああ、この手合いがこの港に来る可能性がある。だからここで来た場合は排除してほしいわけだ」
「ダストは?」
「俺はこの化け物たちがゾンビ率いてこっちに来てたのをまとめて消し飛ばしたんだが、その確認がいるわけだ」
「移動している間の不意を突かれたくないわけか。敵がこっちに来ているなら、別動隊がいてもおかしくないからね」
「ああ。で、頼めるか?」
なんか意外とすんなり話を聞いてくれている。
「依頼だしね請け負うよ。別に死んで来いって命令でもない。好きな場所に陣取って排除すればいいんだろう?」
「それでいい。で、攻撃手段としてジェシーは武器を出せるのか?」
「ん? いや、ああ。そういえば手品みたいに好きなだけ武器が取り出せたね。……ん?」
「どうした?」
「できない」
そう言って手を見ながら力を込めているように見えるが、その手には何も出現しない。
「一度死んでおるから能力が喪失しているのやもしれぬな」
「そういうことはあるのか?」
「まあ、死者がここまでの意識をもってゾンビになるのじゃから何かと不都合が出てくるものじゃよ」
「ちっ。これじゃ仕事にならないね。武器がなければ戦えない。だが、それはそっちで用意してくれるんだろう?」
「そこぐらいはやる。というかどの程度動けるかも見てみたいが、時間がない。とりあえず体を動かすことに違和感はないか?」
田中さんがそう聞くとジェシーは椅子から立って肩を回してみたり、飛びはねてみる。
「特に違和感はないね」
「良し、とりあえず。ほら」
田中さんは特にためらうこともせずにテーブルにハンドガンを置く。
いや、あれちょっとハンドガンにしては大きい、デザートイーグルだ。
え、いきなり渡しちゃうのかと驚いているうちに、即座に手に取りこちらに銃口を向ける。
思わず引き金を引きそうになるけどそれをこらえる。
なぜなら田中さんがすでに頭に銃を押し当てていたからだ。
「慣らしで死にたいならそれでいいぞ」
「別に銃口が偶然向いただけさ。私も怖くてね。ちょっと手元が狂ったのさ」
絶対嘘だとわかるようなことを言ってすぐに銃口を下に向ける。
「たく、引き金に指をかけてないから撃たなかったが、撃たれても責任はとらないぞ」
「別にいいさ。この体は撃たれても動くんだろう? それも試してみたかったからね。とはいえ、ちゃんと鍛えてるじゃないか。銃口を向けただけで撃たないっていうのはなかなかできることじゃない」
「ただ単に反応できなかっただけかもな」
「はっ。そんな奴が銃口向けて撃たずにいられるかってんだ。よし、ほかの武器はないのか」
「とりあえず何があるかの前に町見て来い。必要なものはその後からでいいだろう」
「確かにな。案内はつけてくれるのか?」
「ああ、仲良くやってくれよ」
そういった田中さんはなぜか俺に視線を向けていた気がする。
……冗談ですよね?




