第32射:いきはよいよい、かえりは?
いきはよいよい、かえりは?
Side:ナデシコ・ヤマト
ゴトンゴトン……。
そんな音を立てて、荷馬車が行きます。
いえ、帆立馬車ですが。
私たちは、今、ウォールの町を離れ、一路ルーメルへと向かって……いえ、一応戻っているのでしょう。
対外的には私たちはルーメルの勇者なのですから。
ですが、それよりも心に残っているのは……。
『勇者殿たちのこれからの旅路に幸多からんことを、このガルツより祈っている。次があるのであれば、是非、王都へ来てくれ。歓迎しよう』
『今度は儲かるところに行きましょう』
『ばかか。勇者殿たちは賞金稼ぎの道具ではない』
『いたっ!? しかし、将軍、今回のダンジョンはあまりお金にならなかったですし……』
『ゼロより稼げたから嘘は言っていない。というか、勇者殿たちのように効率よく倒せばよかったんだ。お前たちは今はまだ勇者殿たちよりも腕は上なのだから、討伐数で負けるとは情けない』
『いやいや、勇者殿たちに譲ってたから、少なかったわけで……』
『えーい、シェルノ!! もっと別れ際にふさわしい言葉は言えんのか!!』
『いや、誇りで飯は食えないですし? この隊の予算はしっかり握っておくようにシャール様やシェーラ様に言われておりますから』
『ちっ。ともかく、勇者殿たちのこれからの益々のご健勝を祈る』
『はい。どうか、こんな世界のために死なないでください。私たちの世界のことは私たちで何とかするべきなんです』
『……おい。私のセリフをとるな!!』
そんな感じで、私たちを見送ってくれたローエルさんたちの姿を思い出します。
魔物や盗賊という驚異、そして戦火の中にあって、あのような笑顔を絶やさず、困難に立ち向かうあの人たちは私にはとても尊いものに見えました。
「強い方たちでしたね」
「ん? ローエルさんたちのこと?」
「はい」
「そうだねー。僕たちもあんな風に生きられたらいいね」
光もローエルさんを見て思うことがあったのでしょう。
私と同じように、ウォールの町の方を眺めます。
「散々な始まりだったけどさ。この世界にもやっぱり良い人悪い人って感じなんだね」
「そうですわね。ローエルさんのような方もこの世界にはいるとわかりました。なので、すこーしは、魔王を倒してもいいかなーとは思っています」
「ああ、ルーメルのためじゃなく?」
「それはもちろん」
「だよねー」
未だにルーメルの評価はマイナスです。
このような出会いは喜ぶべきことですが、異世界に拉致されたことは、こんなことでなしになったりはしません。
「まあ、生きてりゃまた会うだろう。大和君たち、勇者の目的は魔王を倒すことだからな。そう遠くないうちにな」
「えー、そうなると、俺たち魔王とやりあうんですよね? 今のままじゃ死にそうですけどね」
「頑張って強くなるしかないな。しかし、ダンジョンは今後なしだ。あれはいかん、環境が特殊すぎる」
「あー、まあ、連絡がすぐに取れませんからね。あと、魔王の部下とかが俺たちがダンジョンに入っている間に、入り口とかを封鎖するとかもありますし」
ですわね。
ダンジョンは冒険者にとってはおいしい場所なのでしょうが、私たちの立場からすると、非常にまずい場所だというのが、今回のことでわかりました。
田中さんの言う通り、特殊な環境において、効率を求め命を軽くみたり、思考が単調になりがちでした。
そして、晃さんの言う通り、私たちは魔王や魔族からにらまれる存在です。
下手な場所にいては不意打ちを食らいかねません。そういうことは避けなくては……。
「しかし、帰りは、ほかの人がいなくて残念だね」
「タイミングが合いませんでしたからね。こういうのは多いのですか? キシュアさん?」
「そうですねー。多い方ではありませんが、ないということはありません。個人個人に予定というものがありますから、その分、命の危険は増しますが」
「それを振り払えるだけの力があればいいわけですよー。その力という観点から見れば、勇者様たちなら問題なしですよー」
ヨフィアさんにそう言われてもいまいち実感はありませんので、苦笑いで返します。
確かに、私たちがこの世界に来た時よりは、幾分マシになったという自覚はありますが、私たちの周りの大人たちよりも強いかと言われると、絶対と言っていいほど強くないと言えます。
力や魔力が劣っているという話ではなく、絶対的な経験差があるからです。
この経験差はおそらく埋まるものではないでしょう。
経験というのは生きてきた時間の差でもあるのですから。
特に、田中さん。
あの人の強さには、追いつける気がしません。
いえ、本人も言っていますが、自分に追いつこうとは思うなとか、追いつくなといいます。
戦場で淡々とひたすら効率よく人を、命を刈り取るようなことにはなるなと……。
それは、ダンジョンで私たちが単調に、ただ魔物の命を効率よく刈るようになった時の経験をすでにしているということ。
だからこそ、私たちにそのようなことをさせたくなくて、ああいう物言いになるのでしょう。
でも、この世界は私たちの立場が平穏を許してくれるとは思えない。
と、難しく考えてはいたものの、いまだ私たちの旅路は穏やかで、のんびりと馬車で……。
「そこの馬車、止まれ」
不意にそんな声が聞こえ、馬車が急停止しました。
「いきなり馬車の前に飛び出すのは危険だぞ!! 何を考えている!!」
御者にいたリカルドさんが怒鳴ります。
どうやら、馬車の前に飛び出した人がいるようですが、田中さんがひょいと、御者の方に顔を出して相手を確認するや否や。
ガキン!!
そんな音が響きます。
何が起こったのかと、私たちも慌てて、御者の方へと確認しようとすると……。
「後ろから回ってこい。出たところを狙われるぞ」
そんなことを田中さんに言われて、すぐに後ろから飛び出して、前に行ってみると、槍を持った黒い外套を着こんだ人物が、田中さんたちに槍を向けていました。
「ちっ。やはりこの程度の奇襲では通じないか」
「いや、御者のリカルドには十分通用したぞ。俺がナイフで軌道をずらさなきゃ串刺しだったな」
「……いや、よけれまし……、なんでもありません」
反論しようとしたリカルドさんは、田中さんに睨まれて口を閉じます。
どうやら、リカルドさんが奇襲で槍を刺されそうになったのを、ナイフで軌道をずらしたようです。
「で、お前さんたちは俺たちの排除が目的ってところか?」
お前さんたち、ですか、敵は一人ではないと。
私たちは田中さんの言葉で武器を抜いてあたりを見回します。
「……気が付いていたのか?」
「そりゃ、御者のリカルドを殺そうとしたんだ。馬車の足を止めさせるってことは仲間でもいないとしないだろう? お前ひとりで処分できるなら、わざわざ馬車の前に出て足を止めさせる必要もないからな。こっそり全員やればいいだけだ。危険度を上げる理由は何もない」
「ち、予想以上に頭が切れるようだが、もう足は止まってしまった以上、こっちのものだ。やれ!!」
そう黒い外套を着こんだ男がそう告げると、周りの草むらから、魔物が飛び出して、襲い掛かってきます。
すでに田中さんから敵は一人ではないといわれていたので、臨戦態勢の私たちの不意を打つことはできませんでしたが……
「ちょっ!? 何こいつ!? デカッ!?」
光さんの前には大きなトラのような魔物が。
「コイツ、岩のゴーレムか!?」
晃さんの前には岩でできた大きな人形が。
「……で私の相手はあなたですか……」
そう言って私の前に立つ魔物を見る。
「ブギュッ……」
佇むのは、イノシシを二足歩行させたような人型の魔物であるオーク。
でも、ダンジョンのボスだったのとサイズがまるで違うし、威圧感も圧倒的にこっちが上。
おそらく、二人と同じように、格上のオークなんでしょうね。
キシュアさん、ヨフィアさんも各々相手をしていて、助けは期待できそうにないです。
ですが、これはいい機会です。
理由はわかりませんが、私たちの命を狙ってくる魔物相手なら、ためらうことなくやれます。
殺されそうになって、おびえているのは前に卒業しました。
あと残るは、強そうな、格上との戦闘。
まあ、田中さんが逃げろとも言わなかったので、十分やれるのでしょう。
そして、私は剣を構えて、オークも持っている武骨な槍を構えます。
武器のリーチ差では不利。
ですが、そんな相手と同じ土俵で戦う必要性はないと、命の取り合いに正々堂々とか寝ぼけるなと、田中さんが言っていました。
実にその通りだと思います。
なので、私が取る手段は……。
「雷よ!!」
バチン!!
私がそう叫ぶと雷光が手から放たれ、オークを直撃します。
そう、よりリーチの長い手段に切り替えるだけです。
魔術という、ね。
そして、この魔術を躱すことなどできません。
文字通り、光の速度ですからね。
「……グッ、グガッ」
ですが、そこは強そうな魔物。
あの一撃では、倒れず、こちらをにらみつけています。
しかし、にらみつけるのが精一杯で動けそうにはありません。
私は容赦なく、とどめを刺すために魔術を再び数度打ち込みます。
確実に殺すためです。死んだふりをして襲い掛かられては、あの太い腕には力で勝てそうにありませんからね。
「……」
私はオークの上位種らしき魔物が動かなくなったのをしばらく確認してから、剣で突き刺します。
どうやら完全に死んでいるようです。
と、そういえば、光さんと、晃さんは?
苦戦しているようなら、手助けをと思ったのですが。
「お、終わったみたいだね。撫子」
「そのオーク。結構タフだったよな。あの雷を受けて生きてたんだから。こっちのストーンゴーレムは普通にレーザーで穴開けてやった」
「いやいや、晃のストーンゴーレムも厄介だからね。こっちのは大きい黒いトラだったしね。口の中に直接炎をぶち込んで中からこんがりだよ」
話を聞く限り、苦戦をしているように思えませんが、普通に戦えばずいぶんと難敵の気がしますけど、そこはあえて考えないようにしましょう。
ですが、これではっきりしたことがあります。
自分の強さなどはやり方次第ということですわ。
レベルはあくまでもそれなりの指針になるだけで、レベルにかまけていると、こんな風に格下の私たちに敗北することになるのです。
そして、それは、私たちを襲ってきた黒い外套を着こんだ相手も同じで……。
「ぐっ……レベル1と聞いていたが、とんだ誤情報だな。間抜けな騎士よりよほど強い」
田中さんとリカルドさんの方に目をやると、すでに勝負はついているようで、相手は地面に膝をついていました。
「それはどうも。で、その情報はどこから仕入れた? 周りも健在だ。死ぬ前に全部しゃべってみないか? 案外助かるかもしれんぞ?」
「……ふん。勇者どもも予想以上か。……我らの敗北は死しかない。だが、この情報は持って帰らせてもらう!!」
そう言って、外套の男は何かのアイテムを取り出して、つか……。
ドンッ!!
「……な、に?」
使う前に、田中さんの銃が火を噴きます。
どこかの物語のように、この人が敵を逃がすことはないでしょう。
「ま、別に答えを期待しちゃいないさ。魔族君も覚悟はできているようだし、期待に応えてあげよう」
田中さんはそういうと、引き金を引きます。
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
計3発、外すことなく、当てて、相手は倒れこみます。
当然です。弾丸を3発も食らって動ける人はそうそういません。
残酷なように見えますが、こちらの安全を最大限に確保するための最善の方法です。
「最後に言い残すことはあるか?」
「……く、そったれ」
「おう。お互い難儀だよな」
そう言って、頭に銃口を突き付けて、ためらいなく引き金を引いてとどめを刺します。
そして、外套をはぎ取る前に……外套がしぼんでいきます。
まるで中には何もないように。
「殺すと、魔石だけが残る。これは、魔族の特徴だったな?」
「はい。その通りです」
「それが、わざわざ帰りの俺たちを狙ってきた。しかも結城君たちのことや俺のレベルのことを知っていたとなると、ルーメルかガルツが怪しいな。いや、ガルツは除外か? 護衛をつける意味がないからな。はあ、いきはよいよい、かえりはこわいか? というか、自宅が一番きな臭いとか面倒だなー」
本当にそうですね。
私たちが帰る場所は、私たちにとって最も危険な場所なのかもしれません。
襲われる帰り道。
戻ったルーメルで待ち受けるものは?
そして、田中たちはどう動くのか?




