第312射:敵の進軍予測
敵の進軍予測
Side:タダノリ・タナカ
夜。
今日も夜風が気持ちいい。
タバコもふかしながら寝静まったまりをのんびり眺めている。
結城君たちはすでに寝ている。魔族の監視ドローンの方はノールタルたちに交代で頼んでいるから問題はない。
「ふぅ」
しかし、昼間から嫌なものをみた。
ぶっ飛んだ傭兵団や、正規軍の裏部隊のような感じだ。
人殺しにためらいが全くないタイプだ。
まあ、町の人全員老若男女問わずゾンビにしたぐらいだ。
そんな常識があると思っている方がおかしいか。
あれだ。どこかのバイオテロのきっかけを起こした傘の会社張りに常識がぶっ飛んでいる。
とはいえ、やっていることは泣き叫んでいる人をばらして食べているだけだ。
魔物や獣が生きるために食べるというやつではない。
ただ何となく遊びにために殺している。
材料は沢山いるからってやつだな。
そして、死んだ連中はゾンビとして隊列に加わる。
「……遊んでいるんだが、なんであんなことするのかがよくわからん」
てっきりあいつらは軍事行動をしているかと思っていたが、なんか無意味なことをやっている。
まあ、正規軍でもばかやるやつはいるから、その手の類だろうか?
どちらにしろ、あの程度の連中なら問題なくやれるだろう。
遊びを残しているんだ。付け込む隙はある。
そう考えていると、不意に後ろから声をかける。
「お話は聞きました」
「まったく、悪趣味な連中じゃな」
「お、戻ったか」
振り返るとそこには、ユーリア姫さんとお供のマノジルが立っていた。
「そして聞いたのか?」
「ああ、説明させてもらったよ。その方が話は早いだろう?」
「そうだな。助かる」
ゼランが気を利かせてくれたようだ。
説明する手間が省けて何よりだが……。
「意外と、お前も平気だな」
「あれぐらいっていうとなんだけど、それでも馬鹿な貴族たちや盗賊連中はあの手の類のことをするからね」
「そりゃ難儀なことで」
どこにでも悪党がいるようで何よりだ。
いやいや、善人だけの世界ってそれはそれで恐ろしいことこの上ないな。
「それで、お姫さんと爺さんのほうはルーメルの報告は終わったのか?」
「報告は終わりましたが、まだまだ情報は足りませんわね」
「うむ。確かに別の大陸を見つけたのはいいことじゃが、そこの権力者と顔合わせもできておらんからのう。魔族という化け物との戦いもある。陛下はもっと情報を集めて来いといっておるのう」
「意外だな。お姫様に筆頭魔術師を危険にさらすっていうのか?」
こいつらは新大陸のことを知っている唯一の存在だ。
それを無駄にするようなことを選択するのか?
それとも別の何かに対抗して……。
「ああ、ロガリ連合が別大陸見つけてるからそっちでか?」
「その通りです。まあ、お父様は身を案じてくれたのですが、私が付き添って見つけたとするべきだという話があるのです」
「このままでは、ただ単に勇者殿たちが新大陸を発見しただけになるからのう。ロガリ連合にとってはルーメルは勇者の功績を奪うだけといわれかねん。という話は前も聞いたじゃろう?」
「それは聞いているが、こっちの大陸発見の功績が欲しいにしてもお姫さんと爺さん2人ってのは無理がないか? 軍でも送り込まないとな」
何せ、ルーメル面子はお姫さん、メイドのカチュアにマノジル爺さんの3人だけ。
こっちは勇者だけで3人。俺がプラス1。
ロガリ連合からは魔王じゃなくてラスト王国の女王に、そのサポートの聖女さん。
そこまで言って気がついた。
「そういえば元々、魔族の評判のためっていうのもあったな」
「はい。思い出してくれたようで何よりです。とりあえず、ルーメルには今回ノルマンディーに訪れたゼラン殿たちは魔族と呼び名は同じではあるが似ても似つかないような怪物に襲われていたということで話が付きました。おそらく、リリアーナ女王とエルジュも同じように伝えているはずです」
「これでおそらくリリアーナ女王が率いるラスト王国の安全は確保できるじゃろう。なにせ全然違うと姫様を含めて全員が証言したからのう。これで魔族の弾圧なぞやれば逆にその馬鹿者が終わるだけじゃ」
「なるほどな。これで魔族が敵だっていう噂は何とかできたわけだ。でも、介入するだけの戦力は惜しいと」
俺が今まで言われた事実を簡潔にまとめていうと、ユーリア姫さんとマノジルは顔をしかめっ面にする。
「向こうの事情は私はよくわからないけど、王族をこんな簡単によこすものなのかい? 戦力を回した方がいいんじゃないか?」
「それができればな。でもな今向こう側は国家間の戦争があって終結したばかりなんだよ。そこで軍を動かすほどの余裕がないってところと、こっちに対して侵略行為にならないかっていうのが心配なんだろう」
「ああ、そういうことかい。確かにそれは気を遣うね」
「わかっていたのですか」
「そりゃな。許可もなく他国に軍を送り込むとかただの宣戦布告だからな」
「ワシらとしては魔族の件は好都合じゃたわけじゃ。軍を公式的に送り込むいい理由じゃったからな。その許可をもらうために同行しているというわけじゃ」
「なるほどね。向こうの国も色々考えているんだね。流石に一国を治めていないか」
ゼランは裏の話を知っても特に怒るようなことはない。
当たり前だといわんばかりだ。
「いいのか? ある種の侵略行為になるぞ?」
「別に構わないさ。ユーリア姫にもマノジル殿にもルーメルにも助けてもらった事実は変わりないし、こうして地元まで届けてもらった恩義がある。それを無視して侵略行為だとか笑わせてくれるって感じさ」
本当にこの女、肝が据わってるな。
交渉相手の権力者が頷かないのも他国の介入をどう判断していいかわからないから進んでいないんだろうが。ゼランだけは即答したか。
よく今まで切られなかったな。
「そもそも、このまま押し込まれれば何もかもなくなるんだ。戦力増強のために是非ともやってもらいたもんだね」
「下手をすれば反乱罪とかに問われそうだけどな」
「そうなったときはタナカ殿たちも敵に回るね。そうなるとここの連中に勝ち目はないさ。なおのことこっちに付いた方がいいね」
なるほど。俺を敵にするとどうしようもないって考えているわけか。
確かに、ここの連中が敵になるなら排除するだけだ。
とはいえ、皆殺しは時間が掛かるから適度にはなると思うけどな。
その場合はやっぱり仲介役としてゼランがいた方が色々と便利か。
どの世界も商売人を仲間につけるのは鉄則か。
「ま、そんな余裕ができた時に話すことはいいとして、問題はあの画面に映っている魔族とゾンビのことだろう?」
ゼランはそう言ってモニターに視線を向ける。
「はぁ、俺のタバコ休みも終わりか」
夜空を見ながら優雅なひと時だったんだけどな。
お姫さんたちが戻ってきてから仕事の話だ。
あーあー、嫌だね。
「……私のせいで仕事が始まったような顔はやめてください。あの魔族たちの動きは私には関係ありません」
「タバコ休憩が終わるのは惜しいがのう。相手は一服するときも待ってくれんのはタナカ殿もよく知っておろう」
「まあな」
とりあえず、タバコの火を携帯灰皿で消してそのまま吸殻を放り込む。
ポイ捨てはしない。
地球は禁煙地域が増えてこういうのがないとほんと不便だからな。
「それで、奴らのことはどうするつもりだい? 今の所このシャノウには来ていないようだけど。このまま無視かい?」
「それも手だとは思っているが、意外と予測進路が微妙なところだな」
俺はそう言いながら、ドローンで撮した上空写真で、綺麗に配置した簡易地図がテーブルの上に出来上がっている。
「……たった数時間でこれが出来上がると思うと驚きだね」
「ま、意外とドローンが上空まで飛べたからな」
そう、手描きの落書き地図じゃ役に立たないのでドローンの映像から地図を簡単にでも作ろうというと思ったのだが、意外とドローンが遥か高高度まで飛べたのだ。
なんでそこまで飛べるんだと思っていたが、そもそもスキルという不可思議現象で、魔力を使って動いている節がある物体に電気で動く機体の限界性能値が当てはまるわけもない。
これは俺にとっても好都合だった。
とはいえ、流石に成層圏外までは飛べず精々上空5000メートルという所だ。
この程度では富士山は超えられてもエベレストは無理だということだ。
だが、それでもこの近辺の地図を作るのには苦労はしなかった。
「まず、ここがシャノウ。そして、この山脈を挟んだ向こうにある港町が無人と化しているバウシャイだ」
俺をその写真にペンで落書きをしながら説明を始める。
「そして、ドローンがたどってきた足跡がこうだ」
赤いペンで線ができていく。
俺が消えた町の人たちを捜索してドローンを飛ばした大体の航路だ。
山脈を越えて、シャノウの北側の森の中に丸を付ける。
「ここが現在魔族の連中が停滞しているところだな」
「……意外と近いですわね」
「この町の大きさを見るとおよそ1週間といったところかのう。いや、森の中じゃからもっと速度は落ちるか」
「このまま通り過ぎるのを待つっていうのはちょっと根性がいるね。下手にシャノウに進路を変更されると3000は超えるゾンビと、魔族の連中に囲まれることになる。シャノウの防衛戦力はそこまで大きくない。というかそもそもあの魔族に対抗できそうにないね」
「そうだ。ゼランの言う通り、俺が抱えている懸念はそこだ。無視をして通り過ぎてくれればいいが、あの無秩序な連中がそのまままっすぐ進むとは思えない。何も対策を立てないままシャノウに進路変更をすれば……」
俺がそこまで言うと全員が沈黙する。
「ということでだ、俺はギナスから戦力を供出してもらう。今寝ている結城君たちには冒険者ギルドに森の調査。そしてゼランは……」
「領主に森の調査を頼むってわけだね。お金を出してもいいってことか」
「ああ。この3つの組織が敵に気がつけば嫌でも対策を立てるだろう」
「待ってください。傍観する可能性はゼロとは言えません。勝てない相手に仕掛けることはないでしょう?」
「確かにのう。姫様の言うように戦いを仕掛けるとはいわないが、下手に刺激しないために戦力を集めないというのもあると思うが?」
「確かにその可能性はあるが、偵察がバレたゾンビや魔族連中が相手の位置を探らないとかありえるか?」
俺はそう言って笑って見せると、全員が目を見開いて驚いて絶句した表情をする。
そして、姫さんが何とか言葉を発する。
「……偵察隊を囮にシャノウに引き寄せると?」
「ああ、向かってくるなら対策は立てやすいし、町を一致団結して対処することもできるだろうさ。何より、それで俺たちの立場も向上するだろう」
まさに一石二鳥。
しかし、納得していなさそうな姫さんにもう一つ言っておくとしよう。
「勇者3人とその他1人の犠牲で世界が救えるなら安いもんだよな?」
「……このっ」
「姫様。落ち着いてくだされ。タナカ殿、そこでそれを言うのは無しですぞ」
「馬鹿を言うな。ここが運命の分かれ道だ。ここを抜かれると味方の最前線は下手をすると後ろを突かれかねない。そうなれば完全に押し込まれるぞ」
「ああ、なるほど。あの連中が敵地に戻るんじゃなくて強襲する可能性もあるわけだ」
「正直俺はそっちの可能性が高いと思う。一度やれば各国は後ろを気にしないといけなくなるからな。戦力の分散。更なる戦線後退。いやー、わかりやすくて効率的だよな」
敵の死体が利用できるっていうのはさ。
さ、これからはパーティーの準備と行こうか。
進軍が予測できないなら予測できるようにして仕留める。
当たり前のことだ。
俺の想像を超えてくるならそれはそれでよし。
先週はすいませんでした。
仕事が忙しくて、すっかり忘れておりました。
ということで、田中はゾンビの集団に仕掛けるようです。
さてさてバイオテロ相手に傭兵はどう立ち向かうのか?




