第31射:現実には夢がない
現実には夢がない
Side:タダノリ・タナカ
正直気乗りのしていなかったダンジョン探索だが、ある一点だけは俺にとって良かったことがあった。
それは……。
「はー、外かー」
「あれー、まだ夕方か」
「まだといいましても、それでも朝から考えるとかれこれ12時間以上は探索してましたわ」
「まだ、探索したかった……」
「だねー」
「探索って、全部周ったでしょうに」
そう、このダンジョンすごく小さい?短いのだ。
いやー、訓練用とはよく言ったもので、ある程度、知識というか考える力があるものならば、一日で踏破できるレベルのモノだった。
俺はおかげで、退路を断たれたまま、数日穴蔵の中で精神をすり減らしながら過ごすのかと、げんなりしていたのだが、一気にさわやかな気持ちになれた。
味方を疑わなくてはいけないという状況は本当に精神的につらいからな。
疑っていると、気取られてもいけないから、普通通りにやる必要がある。それがつらいのなんのって……。
で、そんな俺をよそに……。
「はは。まあ、なにせ訓練だからな。だが、初めて対峙する魔物は多かっただろう?」
「はい。小さいゴーレムとか驚きました」
「ネズミのゾンビとか、ゴブリンのゾンビもいたよね」
「ヘビとか人食い植物なんかもいて、いろいろ生態系が不思議に思いましたわ」
結城君たちはローエル将軍と和気あいあいとダンジョンでの経験を話し合っていた。
確かに、今回のダンジョンで結城君たちが得るものは大きかっただろう。
魔物たちの強さも訓練用といったところで、相当弱い。
いや、油断すれば大けがにつながるが、まあ、そんなことを言えばどんなことだってというレベルだ。
その割には、ヘンテコな魔物が多く、俺も驚いたぐらいだ。
結城君が言った、小さいゴーレムだが、斬ったり殴ったりしても、核を壊さない限り、それか核の魔力が尽きないかぎり、再生を繰り返す。
小さいので核を壊すのはたやすいが、これが大きいというか、通常ゴーレムといわれるサイズ、人型ほどだと、核を壊すのはとても苦労するらしい。
まあ、そうだよな。しかもこのゴーレム、土が最下種で上位種になると、ロックにアイアンとどう倒すんだというレベルのモノが出てくるらしい。
……ロックにアイアンのゴーレムとか銃でも無理だよな。アンチマテリアルライフルとかRPGが必要になる。
厄介な世界だ。
そして、ルクセン君のいうゾンビタイプの魔物だが、元が元なので大したことはないのは、同じだが、これもゾンビとなる魔物が強力であればさらに強力になるらしい。
幸いというか、地球で大人気のバイ〇なゲームみたいにウィルスで感染するのではなく、魔力を持った生物が死ぬと、ゾンビ化するそうなので、ネズミ算的にゾンビが増えるということはないらしい。が、強力な魔物ほどゾンビ化しやすいということで、死体処理はしっかりという風に心掛けられている。
最後に、大和君が言ったヘビや食虫植物じゃなくて人食い植物などは、ましな方だったというわけだ。
まだ、理解できる。元の生き物が強化されたような感じだからな。
ああ、でも、人食い植物が自分の根を鞭みたいに扱って打ってきたのは驚いたな。
どうしてあんなに根が伸びるんだと……。
と、俺がそんな感じで魔物のことを振り返っていると、夕方なので、昨日と同じ場所で休むことになっていた。
少し離れたところだったが、そこまで移動して野営の準備をしていると、不意に思い出したことがあって、結城君に聞いてみる。
「そういえば、何か面白いドロップ品は手に入ったか? 宝箱は外れだったみたいだが」
そうそう。ドロップ品と宝物だ。
ダンジョンの中にいたときは背中ばかり気にしていたので、結城君たちが回収したものにはあまり気を配っていなかった。
宝箱とかは罠がないか注意したけどな。
宝物の中に毒物などの危険物があるかもしれないが、そこは3人とも回復魔術を使えるので、一人が回収して、一人が備えて、もう一人がサポートという形だったので、そこまで心配していなかった。
実際何もなかったし、探索重視で回収はささっという感じだったからな。
まあ、そこはいい。
手に入れた宝はどんなのだったのかと、気になるのは人の性だろう。
「うーん。パパっと回収したから、よく見てないからなんともいえないんですけど、大したものはなかった気がします」
「だね。あのダンジョンの中で一番価値があるものっていうと……」
「おそらくというか、宝箱の中にあった、金貨3枚ですわね」
「世知辛いな。現金が一番価値のあるものか……」
いや、一応金貨1枚で家族が一か月過ごせるぐらいだから、3枚も金貨があればそれなりの稼ぎではあるんだが……。
こういう、トレジャー狙いで、この稼ぎは基本赤字だよな。
「ま、とりあえず、整理もありますし、見てみますか」
そう言って、結城君はカバンを下ろし、テントの前で戦利品の確認を始める。
「ビニール袋。いっぱいになってるね……」
「これじゃ、一番最初の戦利品のありがたみが減りますわね」
「うっさい」
残念なことにゴブリンが落とす布はたくさん出たらしく、ビニール袋は膨れていた。
「ほかにはーっと、ネズミの尻尾もたくさんあるな」
「だね。しかし、この尻尾が薬の材料になるとか信じられないよ」
「漢方、みたいなものでしょうか?」
ネズミの尻尾もたくさんあるが、ルクセン君の言うように薬の材料になるらしく、売れるとローエル将軍が言っていた。
薬というのは、解熱剤らしい。
汚いネズミからというのは驚きだが、よく考えれば、汚いネズミというのは都会の出す毒に汚染されたものを指す。
そして、自然界にいる動物は基本清潔なのが多い。
なんというか、自分たち人間が害悪なものを作り捨て、それを体内に取り込んだ動植物に被害を及ぼされる。……自業自得のような話だな。
となると、案外ネズミを媒介としたペストとか流行り病でもあるのかもなとゾッとする想像をする。
中世ヨーロッパでは死の病と言われたほどだ。
……石鹸などを使った清潔を心がけよう。
まじで衛生管理をしないと、人間はあっさり死ぬからな。
そんなことを考えていると、結城君たちは戦利品を全部取り出したようだ。
「うーん。本当に大したことないねー」
「でも、この数を考えるとかなりの数、倒したな」
「ですわね。一つにつきドロップ品が一つですから、80匹はたおしていますわね」
意外とこの3人ダンジョンの中で魔物を倒していたのだ。
弱いといっても緊張が続くダンジョンでの連戦でここまで抜けてきたのだから大したものだ。
「今考えると、よくこの短時間で倒せたよねー?」
ルクセン君がそう首をかしげるので、俺は説明することにする。
「後ろから見ていてわかったが、回数を重ねるごとに、ヤルスピードが上がってたぞ」
「スピードっていうと、動きがですか?」
「いやいや、結城君、ヤル、つまり殺す速度だから、動きが速いとはまた別だな」
「どういうことでしょうか?」
どうやら、大和君もピンと来てないらしい。
まあ、それがある意味正しいのかもしれないな。
だが、言っておかないといけない。
「効率だ。どこを切れば、あるいは殴れば、相手を殺せるかわかってきたんだ。手数が圧倒的に減った。効率化されたんだ。そうでもなければ命のやり取りを80回も日にこなせるか、途中で効率的に切り替えて、虫をつぶす感覚になってたな」
命のやり取りは一回だけでも相当に消耗する。
だから、自然と体と脳が、勝手に格下の命を軽く扱うように切り替えた。
ダンジョンでは魔物の遺体は残らないから、そういう命を奪ったという意識が軽減され、そんな感覚になったのだろう。
遺体を見て、次は我が身かもしれないと思えば、そうそう回数はこなせないからな。
だが、身の危険を感じない相手の命を命と思ってないで刈り取るのは意外と簡単だ。
庭の草むしりとかがそうだな。
草だって生命活動をしているが、人にとっては庭の景観を損ねる邪魔なモノでしかない。
本人たちは俺がいったことに、慌てて否定を始める。
「い、いや、そんなわけないよ。僕たちが喜んでってわけじゃないけど、効率よく殺してたなんて……」
「命を無下に扱ったわけでは……」
「だ、だってさ、俺たちを殺しにくるんだから……」
「まあ、落ち着け。悪いっていう話じゃない。攻略速度が上がった理由がそれだって話だ。が、慣れすぎるな。そういう効率のいいパターンに慣れさせるっていう戦法が存在する。危機感が持てなくなるんだ」
同じことをしていると、同じ反応しか返さなくなる。
だが、それは戦闘においては危険だと覚えさせておかないといけない。
というか、説明してて思ったが、まさかとは思うが、こういう思考を植え付けようとでもしたのかと、勘ぐってしまう。
魔物は問答無用に切り捨てればいい、そして味方である人には気を払うなと。
大一番で裏切るために……。
いや、考えすぎか。
「あー、そういうことか。確かにあんな簡単にやれることはないよねー」
「そうだな。今日はうまく行き過ぎたもんな」
「確かに、言うことはわかりますわ。私たちは戦いを甘く見ていますわね。今日の行動は」
そんなことを考えているうちに、優秀な結城君たちは理解を示してくれる。
アホなやつというか、殺しが好きな連中はそれで何がいけないというからな。
別に、それはそれで問題はない。
人殺しが大好きで殺しまくって、生きている連中なんてのは山ほどいる。
が、結城君たちが日本に戻った時に、そんな性格ではいろいろ問題がでるだろう。
そして、俺に教わったとか言われたら、俺の日本での生活はおしゃかだ。
まあ、今更俺のことはいいか。
若者のために心を砕く大人ということで。
「ということで、ダンジョンは色々な意味でいい経験にはなるが、単調になりがちで、俺たちには不向きだな。連絡も取りにくいし、訓練場所としては面倒だ。いつ呼び出しがかかるかわからないからな」
「連絡はそうだね」
「こんなに短いダンジョンはほとんどないってローエルさんが言ってたしね」
「しかし、田中さん。そういうとなると、ガルツでの訓練は終わりということですか?」
「そうなる。それに戦争中だ。あまり長居するのもよくないだろう?」
「あ、うん。そうだね。ローエルさんはみんなのために戦うって言ってるし」
「だな。俺たちの我がままに付き合わせるわけにもいかないよな」
いや、ローエル将軍は俺たちを利用してある人物と会っていたけどな。
そういう意味でも、俺はここに長居したくない。
変なことに巻き込まれそうだ。
「そうですわね。ローエルさんに恩を返すためにも、リテアやロシュールにも行って、いろいろ話を聞いてみるのもいいかもしれませんわ」
と、俺の予想とはズレて、大和君が意外なことを言い出した。
確かに、ガルツとロシュールの戦争を止めるには、多くの国の伝手がいるだろう。
だが、それは戦争に首を突っ込むということだ。
まあ、俺たちが帰る手段を探すためにも、他国への伝手は必要だから、むやみに反対することはないのだが……。
しかし、そんなことを考えても、無事にガルツを出られるかっていうのがあるんだが、どうなるかな?
単調作業は人の判断を鈍らせる、というのは地球では証明されている。
なれというのは危険だというのも、教訓にある。
初心忘れるべからず、みたいな感じ。
そして、宝探しには基本夢がない現実が待ち受ける。
まあ、当てる人もいるから、夢になるんだけね。
もう最近さ、徳川の財宝とか聞かないよねー。




