第304射:まずは小手調べ
まずは小手調べ
Side:タダノリ・タナカ
いやー、面白いことになってきてな。
結城君たちが冒険者ギルドで情報を集めるいう話を聞いてその手があったと思い許可を出したが、それがどうしてギルドマスターと戦うことになるのか。
「違うな。方向性は間違ってなかった」
情報を集めるためにお金を支払う。
ごく当然なことだ。労力を使うことなくお金で解決できるならそれを行うべきだ。
だが、タイミングが悪かったというべきか。
「冒険者になるって始め方がいけなかったな。とはいえ、その方法以外で情報を聞きだすのは難しいだろうし、運がなかったというべきか?」
ともかく、急がないと面白い見ものが減ってしまう。
「ちょっと!? タナカさん! アキラさんたちが馬鹿な人に襲われているのになんで笑っているんですか!」
「過保護になるなヨフィア。この程度で負けるなら訓練のやり直しだ。ついでにこの大陸の戦い方を知ることができる。これは悪い状況じゃない。むしろ喜ぶべきだな」
よくよく考えれば、このシャノウに来てまともに戦ったことがない。
いや、この大陸に来てからか。
いい機会だ。この大陸の冒険者というものの強さを確認させてもらう。
「はぁ、相変わらず腹黒ですね。というか真っ先に戻ってきたのは私だけとか。ほかの皆さんは一体何をやっているのか。ノールタルさんとか特に」
「何言ってる。ノールタルはラスト王国女王の姉だぞ? ゴードルも元四天王。セイールは一般だがそれでも仲間内に顔を見せるとかやることがあるだろう。お姫さんもルーメルへの報告、マノジルも今までの報告だな。しばらくは情報収集ってことで現状維持の予定で真っ先に戻ってくるお前に驚きだよ」
「何をおっしゃいますか。私はこれでもアキラさんの奥さんであり、ヒカリ様、ナデシコ様専属のメイドなんですから」
「自慢するのはいいが、その専属メイドが持ち場を離れていること自体いいのか?」
「仕方ないんです! カチュア先輩と、クォレンにも報告しないといけなかったんですから」
「仕事の掛け持ちはつらいな。一本に絞らないと全部無くすぞ」
中途半端はよくないというやつだ。
「わかってますよ! というか、あいつら全員私の立場分かってて仕事押し付けてますよね!?」
「そりゃな。勇者様たちと仲のいいのは事実だし、是非とも使いたいだろうな。その分報酬もいいだろう?」
「報酬は確かにいいですけど、こんな知らない大陸で向こうのお金なんて使えませんし意味がないですよ。精々この冒険が終わった後に家を買うとか、のんびり過ごすための資金ですね。ちゃんと3人を養ってあげるんです」
「……そうか。目標があってお金を貯めるのはいいことだ」
この世界で無事に生き残れた場合、こちらで穏やかに過ごすなら問題はなさそうだな。
と、そこはいいとして。
ドローンから届く映像には冒険者ギルドの裏庭に設置してある訓練場に結城君たちが集まっていた。
「むむ。あれがシャノウのギルドマスターですか。どっかのアホギルドマスターに似ていますね」
「お前は元パーティーだったんだろう? なんでそこまで嫌えるもんかね。というかそんな仲間に背中を預けてよく生きてこれたな」
信頼できない仲間を背中に戦うとか恐ろしいわ。
「ああ、こと仕事、冒険者としては信頼していましたから。ただ単に性格が合わないというやつです。ソアラの奴は搦め手が嫌いですから」
「なるほど。そっちの方か」
作戦にいちいち文句を言うやつはいたな。
とはいえ、仕事はきっちこなす。
「タナカさんも似たようなものでしょう。あの振り切れてる女と組んでたんですから」
「まあな。元々はみだしの傭兵集団だからな。一癖二癖ある奴なんて当たり前だったからな」
そうでもなければ、命を懸けた職場に勤めるもんかよ。
軍隊の兵士みたいに待機中も給料が出るわけではない。
俺たち傭兵は戦場に行かなければお金は稼げない。
死地に自ら飛び込みむわけだ。
それが正気かというと違うと言い切れるね。
どこかネジでも飛んでなければそんな仕事はしない。
「……いつも思いますけど、タナカさんがいう傭兵っていうのはどう考えても冒険者よりも死亡率高そうですね」
「戦場に飛び込むのは当たり前だからな。冒険者みたいに町の人の手伝いとか、指定の物資を持ってくるっていうのもないことはないが、それには基本的に命を狙われることがおおいな」
なんで、傭兵を雇っているのかってことになるからな。
もちろん襲われずに済むこともあることにはあるが、大体人の死体が増える。
敵味方含めて。
「やっぱり、私はタナカさんがアキラさんたちが命を落とす原因になるような気がしてなりません」
「それは何とも言えないな。俺としてはそんなところに結城君たちを連れて行く気は毛頭ないがな。あんなひよっこを連れて行ったら足を引っ張られて俺も死にかねない」
自殺するきはないから、そんなことはしないが、ヨフィアのいうこともわかる。
「とはいえ、信用ならないんだろうな。気配が強いか?」
「ええ。なんでそこまで濃厚な死の気配が漂っていて生きているか理解できません」
「死の気配ね。そういうのは俺にはわからんね。今も生きているもんで」
「……それが不思議なんですよね。というか、貴方のような傭兵が沢山いるとか、恐ろしすぎますが。と、試合が始まるようですね」
そんな雑談をしている間に、結城君たちはギルドから訓練用の武器を借りたようで、それを使って試合をするようだ。
「自前の武器を使っても問題はないだろうが……」
「何を言ってるんですか。アキラさんたちが持っている武器は一級品ですよ。そんなのを使えば色々疑われます」
「いや、そっちじゃなくて、消耗品の方を使うかと思っていたんだよ」
結城君たちが使っている武器は、訓練用の武器、そして消耗品用の武器、最後に高くて品質のいい武器が存在している。
あいつから、妙な能力が付いている武器や防具をもらっているが、そんなのを付けてギルドマスターと勝負しても何の面白みもないし、本人たちにとっての訓練や経験にもならないので、流石に装備していない。
「ま、本人たちも訓練の一環だと思っているんだろうな。手元にある武器だけで戦うこともあるだろうさ。選べるだけまだましだ」
「言っていることはわかりますが、武器が選べないような戦場で戦うとか自殺行為じゃないですか?」
「敵が多いと手持ちの武器は打ち止めになることは多いからな。鹵獲した武器をそのまま使うことはよくあることだ」
銃なんて弾薬がなくなればただの鈍器にしか使えないからな。
そんなものを持っているより、敵の銃器を使った方がいい。
弾薬も同じく。
だからこそ、この世界の伝説の武器とか防具とか意味が分からん。
武器や防具は消耗品である。
劣化したら新品に変えるのが命をつなぐ最適解だ。
一つの武器に執着するとか自殺志願者としか思えない。
「本当に、戦場で戦ってきた人の言葉ですね。どんな名剣も血と脂に濡れて切れ味は落ちますし、防具も摩耗していきますから」
「そりゃ戦場が職場だったからな」
「最悪ですね」
ヨフィアが心底嫌そうな声を出す。
「金になるんだから仕方がない。と、そんなことよりそろそろ試合が始まるみたいだな」
「アキラさんたちの素振りをみても何もわかっていないギルドマスターの程度が知れますね」
「それだけ偽装がうまくなったって事だ」
結城君たちには初見の人に実力を見せるのはやめておけと言ってある。
向こうがどんな考えをするかわからないからな。
こちらのスペックを誤認してもらえばそのたくらみも失敗するだろうってことだ。
何より、相手の実力を測るのはちょうどいい。
自分たちの実力を見破れるぐらいの腕の持ち主なのか、勘は鋭いのかってやつだ。
それだけ経験を積んでいるのかというのがわかる。
「それを見破れないですから、やっぱり程度がしれますね」
「意外と、わかっていて勝負をするかもしれないぞ」
「それだけの実力者には見えないですけどね。このドローンにも気が付きませんし」
「このドローンに気が付いたら、それはそれで驚きだ」
上空警戒なんて概念自体がほぼ皆無の世界だ。
確かに空を飛ぶ魔物がいるが、ドローンみたいな偵察を警戒するとか普通はありえない。
そんな話をしていると、取り合えず結城君たちはギルドマスター相手に二等辺三角形の陣形を組む。
「アキラさんとヒカリ様が前衛で、ナデシコ様が後方ですね。とはいえ魔術を使うつもりは無いようです」
「だな。前衛が剣。後ろから槍。魔術は隠していくスタイルか。ま、妥当だな」
この地域での魔術師の評価がわからないから、まずは武器だけで戦うのが正解だろう。
迂闊にこの地域で珍しい魔術を使って行動を制限されるとか勘弁だからな。
「あ、ギルドマスターはかかって来いって言ってますね」
「まあ、実力を見るのが目的だしな。かかってきてもらう必要はあるな」
で、それを合図にまずはルクセン君が飛び出して、剣を振るう。
ギルドマスターはそれを受け止めることなく躱しざまにルクセン君相手に剣を振るうんだが、そのタイミングで後方にいた大和君が槍を突き入れてくる。
完全な不意打ちだったようで、咄嗟に槍を剣で弾くが、そこへさらにほぼ同時に結城君の追撃が胴に入って体を捉える。
手加減はしていたようだが、それでも後方に何歩か後ずさり手を当てていることからそれなりにいたかったようだ。
「全然だめですね。ただの雑魚。ソアラと同じですね」
「わざと受けたのか? いや、当てられたのは予想外って感じだな」
「当てられる時点で終わりですよ。ギルドマスターの職責は誰かに譲った方がいいですね」
「いや、意外と書類整理とか交渉事が得意なのかもしれないぞ」
と、あんまりにも戦闘の能力が低いのでそう言っていると、そのギルドマスターは杖を取り出して魔術を唱えて見せる。
緑色の発光がみえるので、俺の知りうる限り……。
「回復魔術ですね。珍しい。ロガリ大陸では教会に所属しているはずですよ」
「つまり、あのギルドマスターは魔術師ってことか」
「はい。それも回復魔術が使える後方支援ですね。一人いれば戦いが安定しますよ。とはいえ、だからといって弱くていいってわけじゃないですけど」
「剣は本当にお試しって感じだったみたいだな。武器をメイスと小楯に変えた」
「おもいっきり僧侶の装備になりましたね。本番はこれからってことですか。魔力を使って身体強化も始めました。ですが、最初の時点でダメです」
ヨフィアの評価は最初から最後まで変わらずか。
まあ、この強化でどこまで強くなるか見ものだな。
いいか奴にはまだ本気を出していない。
変身をあと2回も残してるんだ。
とはいえ、光たちと晃にとってボスクラスが変身するのは常識である。
撫子だけついていけない。




