第293射:田中さん観察記
お待たせいたしました完成版投稿です。
未完成版は後で消しておきます。
田中さん観察記
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「おっ、田中さんだけで動き始めたね」
僕が見ているドローンからのモニターからは、ゼランの豪邸から一人で出てきて町の方に歩いている田中さんの姿が映っている。
「ゼランさんは執務室で色々書き物をしていますわ」
「これから知り合いと会うといっていますからねー。色々準備がいるんですよねー。会いに行ってすぐに会えるってわけじゃないですから」
なるほど、だからゼランはせっせと手紙を書いているわけか。
全く偉くなると大変だね。
だけど……。
「田中さんが情報集めに動いたってことは、やっぱり魔族はこのシャノウの町にはやってきてないんだな」
「危険があれば、戻ってくるって言ってたしね。タナカ殿が行けると踏んだんだ。大丈夫さ」
「だべな。あのタナカが戦いの匂いを感じ取れないわけもないだべ」
「ですが、油断は禁物です。セイール。近隣の様子はどうですか?」
「はい。特に違和感はないです。女王陛下」
この町にやってきたのは、魔族と戦うための情報を集めるため。
いつ魔族がこの町にやってきてもおかしくないから、僕たちはこうして沖合で待機している。
距離にしても100キロ沖とかちょっとおかしいぐらい離れているからね。
でも、これでも近いって田中さんがいっているんだ。
……現代と勘違いしてないかなー?
と、田中さんは、そんなことを考えている内にどうやら市場の方に向かっているみたい。
「はぇー。やっぱりあの人は基礎は押さえてますねー。市場って意外と人が集まるんで人から情報が集めやすいし、物の値段を確かめることにもつながりますから。しかも話しかけるときの笑顔が恐ろしい」
「ヨフィアさん。それ、本人に言っちゃだめだよ」
「わかってますよ。アキラさん。私も死にたくはありませんから」
なるほど、物資の流れをみて戦争が起こっているかどうかを確かめているんだね。
なんか、それっぽいことをルーメルでもやってた気がする。
田中さんが付けているマイクからも、それを探っている声が聞こえてくる。
『どうだいおっちゃん。最近の調子は? と、これくれ』
『おう、毎度。……最近か。ま、ぼちぼちだな。それにしても兄ちゃんは見ない顔だな。値切りもしないとか、珍しいことだ』
『ここら辺の相場を知らないものでね。これから旅を続けようと思うから差額で情報でも教えてもらえたらと思ってね』
『そうか、兄ちゃんはやっぱりよそ者か。どこからきたんだ?』
『ルーメルのノルマンディーって所からだな。ほれ、ゼランっていう姉ちゃんが率いる商会だな』
『ああ、そういえばゼランの奴帰ってきたとか話があったな』
『なんだ。知り合いか?』
『まあな。あのゼランの親父さんには助けられたからな。ゼランはちっさいころから知ってるさ』
へぇ、ゼランの小さい頃を知っているんだ。
というか、ゼランのお父さんの知り合い。
……ゼランのお父さん無事なのかな。
ゼランは特にそのことを口にはしていないけど、きっと心配しているはずだよね。
少しでも、その情報を……。
『なるほどな。なら、その知り合いの知り合いだ。ちょっとここら辺の常識とか最近起こってることを教えてもらっていいか? 戦争地帯に間違って踏み込んだとかは嫌だからな』
だよねー。
田中さんが、一々ゼランのために情報集めるわけないよねー。
僕しってたよ。
どうせ、ゼランのお父さんの件はどこかで必ず集まるとか、田中さんが調べなくてもゼランさんが調べるっていうよねー。
ま、そういうことはいいとして、田中さんはやっぱりヨフィアさんの言うように的確に情報を探りに行っているね。
この大陸で起こっている、人と魔族の戦い。
僕たちが一番聞きたい話だ。
何か少しでも情報が集詰まるといいんだけど……。
『戦争か。なんか、あの山脈向こうのシュヴィール王国は、なんか敵国に攻められたっていう話は聞いたな』
『へぇ。シュヴィール王国がねぇ。ほかには?』
『そうだなぁ。なんか、内陸の国が変な国とドンパチしているって話は聞くけどな。ま、安全地域の確認となると、冒険者ギルドにいくのが一番だろうさ。とりあえず、俺たち平民の所まで物資を提供しろとかそういう話はまだきてないな』
『そうか。平和で何よりだ。詳しい話は冒険者ギルドで聞いてみるよ。あと、これももらうな』
『おう。まいどあり。ゼランによろしく言っといてくれ』
『ああ。わかった。また来るよ』
そんなことを言って果物を一つまた買うと、田中さんはその場を離れていく。
「冒険者ギルドってこっちにもあるんだ。ゼランはそんなこと言ってたっけ?」
「いえ、そういう情報はなかったですね。まあ、魔物がいる土地ですし、当たり前の情報ですから言ってなかったのかもしれません」
「だな。でも、田中さんがそのことに気が付いてないとは思えないけどな」
「そこは当然でしょう。時間帯的に朝は過ぎてもうすぐでお昼時ですから、冒険者ギルドや居酒屋は人がいないから情報は少ないでしょう」
「あ、そうか」
ヨフィアさんの言う通りだ。
冒険者ギルドや居酒屋は今の時間帯は閑古鳥が鳴いている。
だから今言っても仕方がないから、田中さんはここにいるわけか。
「話はわかりますが、冒険者ギルドに限っては、受付や資料室があるのでは?」
『冒険者ギルドに仕事もしないのに資料を見せてくれとか詮索されるだろう?』
撫子の質問には田中さんから返答が帰ってきた。
「あ、僕たちの話聞こえてた?」
『聞こえてたぞ。別に隠すような話でもないだろう。で、俺に聞かせたくない話ならちゃんと切っておけ』
「わかりましたわ。そして、私の疑問に答えてくださってありがとうございます。だから、ゼランさんの帰りを待っているんですね」
『ああ。権力者からの後押しがあれば、施設からは情報を得るのは簡単になる。俺はその間に裏どりだな。町の人や冒険者たちから今感じていることを聞きだす』
そういうことか。
ん? でもそうなると……。
「田中さん、次はどこに行こうとしているの? 市場はもう離れちゃったよね? もう少しほかのお店で話を聞いてもいいんじゃない?」
『そこはまた後でだな。市場で情報を集めるのはついでだ。まずは町の構造を直に確認していく。何かあったときに逃げるルートを探しておくのが優先だ』
「「「あー」」」
ものすごく納得。
まだ、ゼランさんの話がうまく行くって決まったわけでもない。
話が拗れて逃げ出すようなことになれば、相手も当然、ゼランさんが保有している船を押さえに来るだろうし、素直に逃がすわけもない。
だから事前にルートを確認しているわけか。
「でも、ドローンから見た限りじゃ、町をぐるっと壁で囲っている感じだよ。まあいつもの通りの街づくりって感じ」
『いつ魔物が襲ってくるかもわからないところだしな。というか地球でも西洋はこの手の街づくりは多い。元々周りに山とか沼地とかの天然の要害がないからな。こういう構造になりやすいんだろう』
「アスタリの町も同じようでしたわね」
「ああ、あそこはあの防壁があってよかったけどな。魔族が攻めてきたんだし」
ああー、アキラの言うようにそんなこともあったね。
あの時はどうなるかと思ってたけど、何とか生き残れたよね。
『魔族で思い出したが、遠方に偵察に行ってるドローンたちからは何にも動きはないか?』
そういわれて、外部のモニター監視をしていてくれている人たちに視線を向けると、僕たちの声が聞こえていたのか、こちらを振り返り、特に問題なしと答えてくれる。
「問題はないみたいだよ」
『そりゃよかった。と、ここからはスラムか』
田中さんにそう言われて、追跡ドローンに視線を向けると、汚い路地にうずくまって動かない人や、もう動いていない人もいる、どこかで見たことがある風景がひろがっていた。
「これってフクロウさんがいた場所に雰囲気が似ているな」
「ええ、似ていますね。でも、田中さん。なぜこちらに?」
『ん? いや、こういうスラムには情報を持っているやつが多いかな。フクロウみたいに』
「えー、あんなクソ婆なんて頼らなくていいですよー」
『ヨフィア。お前の意見は聞いていない。しかし、どこのスラムも雰囲気は同じだな』
田中さんはヨフィアさんに遠慮なしの言葉をぶつけた後、スラムに迷いなく踏み出す。
これは前もフクロウさんに会いに行くときやったよね。
いや、まって、あの時はギルドを通じて事前に会う約束があったみたいに言ってたけど、今回はそんなアポもない。
だから、この状況ってまずい? 田中さんに戻るように……。
『おう、兄ちゃん。何の用だ?』
なんかあっという間に絡まれてる。
不良というのはちょっと視点が怪しい感じの人たちに囲まれている田中さん。
『別に観光だ。ちょっと物知りを探していてな。お前らも何かしらないか?』
『はっ、物知りだぁ? ふざけてんのか?』
『いや、いたって真面目だが。情報が欲しいんだ。誰かしらないか? 一応これの知り合いだ』
田中さんは特に慌てることもなく、ゼランさんから預かったものを見せる。
まあ、戦場で生きてきた田中さんからすれば、あの人あっちはただの人か。
うん、僕には一生真似できないね。
で、そのゼランさんの知り合いというものを見せると……。
『おいっ! ゼランの姐さんが戻ってきてるのか!?』
『なんだ。知り合いか?』
『まあ、ちょっとな。で、ゼランの姐さんは戻ってきているんだな?』
『ああ、その件で聞きたいことがあるんだが。誰かそういう情報に得意な奴はいるか?』
『それなら、爺さんだな。よし、ついてこい。こっちだ』
簡単に受け入れられてスラムの中へと入っていく田中さん。
「いや、簡単に受け入れられすぎじゃないかな? 罠とかじゃないよね?」
「さあ。でも田中さんだと罠でもどうにかできそうだけどな」
「はい。アキラさんのいうとおりですねー。あの人なら皆殺しになると思います」
「……ヨフィアさんがまた物騒なことをといえないのがアレですね」
僕たちはあのスラムの人たちが無事に戻ってくるのを祈るのであった。
マイク越しから断末魔とか夢に見そうだし……。
こうして田中はスラムへと踏み込むのでした。




