第280射:ないなら出せばいいじゃない
ないなら出せばいいじゃない
Side:タダノリ・タナカ
「ああ、そこについてはちょっと考えがある」
そういった俺に怪訝そうな顔を向ける結城君たち。
まあ、海を渡ってしまえば普通は簡単に戻ってこれないと思うのは当然だ。
それは地球でも同じだしな。
海をまたいで別の土地に行けば戻るのは難しい。
飛行機とかで簡単に移動できると思うな。パスポートの取得とか面倒だからな。
それを考えるとある意味、こっちの世界の方が入国管理は緩いな。
と、そこはいいか。
説明をしないとな。
「まず、ルクセン君の心配している航海だが、ゼランたちがいるから遭難するようなことはないだろう。そして俺たちがのる船に関しては。俺が軍艦に乗った経験があるからな。それを出せば問題ないだろう」
「「「軍艦!?」」」
俺の言葉に全員が驚く。
「ちょっとまって田中さん。そんなものが出せるの?」
「ああ、この港に来てからな。ちょっと試してみた。モーターボートまで出せたからな。戦車も出せたんだ、軍艦が出せないわけがないだろう」
「まあ、確かにそうですが。田中さんは軍艦に乗ったことがあるのでしょうか?」
「そりゃ傭兵だからな。まあ、どこかの最新鋭の軍艦はないけどな。それでも、十分性能はあるから問題はないだろう。そして物資も補給できるからな」
とはいうものの、あの国から武器の輸出はあるから中東でもそれなりの軍艦があったりする。
最新鋭に近い武器もな。
出せるかはやってみないとわからないが、戦車は出せたんだ。軍艦が出せても不思議じゃない。
「いくら何でも、木造船で海を渡ったりあんな魔族がいるような場所に行くつもりはないしな」
「銃器持っている可能性もありますしね」
「でも、それだとゼランたちも木造船よりも田中さんが出す船に乗せた方がよくない? 武装的に?」
「ですが、銃器を貸渡すのは……」
「大和君の言う通りだな。銃器を貸し出せるほど信用はできない。ま、武装を外して船だけを貸し出すのはありかもな。航行は自動でできるし、それを渡せば航海する際の労力は減らせるだろう」
「あー、それはいいかも」
船の操船に人を取られるのは大変だしな。
浮いた分の労働力はその分訓練にも使える。
何より……。
「軍艦の方がちゃんと部屋が用意できるしな。食堂もちゃんとしたのが付いている。貨物船よりはましだろう」
というか、この世界の船と、地球の現代軍艦を比べることが間違っているだろう。
豪華客船ほどではないが、船員がストレスを感じにくいように作ってるからな。
「さんせー! 軍艦なら文句なし! 木造船の中は見せてもらったけど、水一つでほんと一苦労だし」
「樽に毎日水を補給して、運んでってやっていましたからね。水回りが完備している現代の船なら楽でしょう」
「お風呂が毎日入れるね!」
「はい。それはいいことです」
うん。言っていることは間違っていないが、水の補給は必須だからな。
ただ備蓄量が莫大なだけど、海水ろ過機が動いているだけだからな。
とはいえ、魔術があるからこの補給も木造船の樽補給より圧倒的に楽だ。
「ということで、俺たちはゼランと一緒に向こうの大陸に行こうかと思っている。姫さんに聖女さんたちはどうする?」
「ここでは即答いたしかねます」
「そうですね。ことはかなり大ごとです。一度確認をとる必要があるでしょう」
そう、俺たちはついていくといえば終わりだが、ルーメルのお姫さんとマノジル、そして連合軍の総大将である聖女さんはそう簡単にはいかないだろう。
いや、実際俺たちが海向こうに行こうなんて話はルーメルとしては認めたくはないだろうな。
何せ勇者だ。ルーメルにとって切り札ともいえる人材。
それを手放すわけがないだろうが、そんなことは俺たちにとってはしったことじゃない。
それはもちろんお姫さんも理解していて……。
「タナカ殿はどうしても行かれるつもりでしょうか?」
「お姫さんは止めるか?」
「はぁ、私にタナカ殿を止めるような力はありません」
お姫さんの言う通り、俺を止められるとは思えない。
俺を殺せるのならとっくの昔に殺しているだろう。
「それに、人を救うのが勇者ですものね。それを止めれば周りから非難されることでしょう。ねえ、エルジュ?」
「そうですね。何より海の向こうの大陸です。そのような存在は認められてきませんでした。それが証明されるというのはこの大陸にとっても大きな一歩となるでしょう」
そう、お姫さんや聖女さんの言う通り、勇者にとっても義務でもあるし、この大陸だけで完結している国にとっては大きな一歩だろう。
そういう意味でも俺たちが海の向こうへと出るのを止める理由はないわけだ。
まあ、失敗して死ぬ可能性が濃厚なら、この二人だって命がけで止めるだろうが……。
「とはいえ、まずはタナカ殿が大丈夫だという船を見せてください。まずはそれからです。あっという間に沈没するものに乗って魔物が多くいる海に出すわけにはいきまん」
「あ、それはそうですね。まずは船を見てみてからですね。ナデシコたちの安全が確認できてからでないと認めるわけにはいきません」
それを言われると俺も否定しようがない。
確かに今回の試みは初めてだ。
出せたのがモーターボートやクルーザークラスだと、俺も化け物がいる海に出たいとは思わない。
せめて、しっかりした巡洋艦でもだせないとな。
空母は……俺一人じゃ管理できないから無理だ。
しかし、原子力空母を強奪したことがここにきて選択肢になるとはな。
何事もやってみるもんだな。あの空母は高く売れたからあれはあれでよかったんだが。
と、そこはいい。
「そうだな。できるかどうかわからないことを話していても仕方がない。まずは海で出してみるか」
「おー、みるみる! 一体どんな船が出てくるのかなー」
「だな。田中さんが知っている軍艦っていったいどんなのだろうな」
「魔物に襲われても丈夫なものがいいのですが」
ということで、俺たちは港へと移動をして準備をすることになるが、その前に……。
「お、タナカじゃないか。それにアキラたちも無事だったか? 大変だったんだろう?」
「おう。なんとか無事だよ」
「はい。ヨーヒスさんもよくご無事で」
「なに。俺は海の中に逃げ込めばいいからな。でも、知り合いの漁師たちが何人かやられちまった。ったく、あの化け物が。何かできたかとな」
「気に病むな。その判断で間違いない」
俺としてもヨーヒスに死んでもらうのは困る。
何より海の幸を持ってきてくれる友人だ。
無事で何より。無茶はしなくていい。
ああいう化け物は戦う専門に任せればいい。
「って、ヨーヒスさん。そういえば人魚を連れてきてくれてたんでしょう? 人魚さんはどうなったの?」
「ああ、そういえばそうでしたわね。わざわざ連れてきたもらったのに、申し訳ございませんでした。人魚さんたちはご無事でしたか?」
「ああ、そこは気にしなくていい。人魚はそういうのに敏感でな。おかげで私も無事だったってわけだ。おかげでまた会うのは時間をおかないといけなくなったけどな」
「そこは気にしなくていい。あんなことがあったんだ。時間があったときにでもと伝えてくれ。と、そこはいいとしてちょっと手伝ってくれないか?」
「ん? なんだ?」
「ちょっと船を出すつもりでな。水深が深いところじゃないといけないんだ。大体30メートルは欲しいな」
軍艦をこんな浅瀬の港にだすわけにはいかない。
最低水深30メートルは欲しい。
世界基準としては18メートルなのだが、どんな状態で出るかわからないからだ。
「はぁ。別にタナカがそういうなら案内はできるが、そんなところ少し沖に出ないとないぞ?」
「ああ、そこは大丈夫だ」
俺はそういって沖合に移動するために、クルーザーを出す。
ザプンと波打ちしぶきが上がる。
「うわっ!?」
「おっと」
「きゃっ!?」
そのしぶきがルクセン君たちにかかったようだ。
波が立たないように出したつもりだが、やはりクルーザーの自重で海水が押されてしぶきが立つか。
……これ軍艦だすとどうなるんだ?
津波が起こったりしないだろうな? 逆に軍艦が衝撃に耐えられずに折れたりしないだろうな?
ま、やってみるしかないか。
「さ、全員乗り込め。そのぐらいの余裕はある船だ」
「不思議な船ですね」
「木造船ではないのですね」
「ほほう。これはこれは……」
聖女さんやお姫さんは物珍しそうに乗り込み、マノジルのじいさんは今にも解体しそうにいろいろ見まわしている。
研究者気質だな。
とはいえ、それを認めるわけにはいかない。
「マノジルのじいさん。下手にモノを触るな。面倒だからじっとしてろ」
「わかっておるわい。でも、あとで教えてくれ」
「そこはおとなしくしとけよ」
「こんなものを見せられておとなしくできるか!」
そんなやり取りをしつつ、俺はヨーヒスの指示に従いクルーザーを運転していく。
「うひゃー!! 海風がきもちいいー! 海を走るっていいねー!」
「ああ、こんなこと初めてだよ!」
「ええ。こんな状況であれですが、リゾートに来た気分ですわね」
ルクセン君たちは特に怖がることなくちょっとした船旅を楽しんでいるようだ。
そして、お姫さんたちは、クルーザーの船室内でのんびりくつろいでいる。
まあ、へたな貴族の部屋より充実しているからな。
俺が出したのは高級クルーザーだ。中は最高級品質のもので、冷蔵庫もあれば冷暖房完備。
ヨフィアがだらけきっていた。
カチュアに叱られるといい。
と、そんなことを考えていると、先行していたヨーヒスが停止しているので、エンジンを切ってそばにつける。
「おう、恐ろしいほど早いな。その船。正直ちょっと疲れだぞ」
「いや、ヨーヒスの泳ぎにおどろきだ」
このクルーザーは時速40キロは出るからな。
全速力は出していないとはいえ20キロで走る船に人が泳いで追いつくとか、あ、人じゃなかったか魚人か。
それでも驚きだ。
こんなのが海にいるならマジで軍艦が必要だと心の底から思う。
まともに海で戦おうとは思わないからな。
鉄壁の船の上から銃撃がベストだ。
「じゃ、船を出すからヨーヒスは下がっててくれ」
「おう」
さーて、無事に軍艦が出てくれるといいが。
「全員、しっかり掴まっておけよ。船を出すぞ」
「「「はい」」」
転覆しないことを祈ろう。
そう、田中の便利スキルがここで本領発揮。
ないならだぜばいいじゃない!
さて、どんな軍艦がでてくるのやら。
というか傭兵時代なにやってただんだか。




