第274射:夜の海の出会い
夜の海の出会い
Side:タダノリ・タナカ
明かりも何もない、自然の月明りだけの海辺におれはたたずんでいる。
「これが港ね……」
煙草をふかしながらそう呟く。
どう見ても適当に木材を組み合わせて海に橋を架けましたよってレベルだ。
地球にあるがっしりとしたコンクリート造りの防波堤や港は存在していない。
本当に個人の漁に出るぐらいのレベルだ。
「ゼランたちはこの港をみて御しやすいって思ったんだろうな」
俺はゼランたちがのっている船に視線を向ける。
このちっぽけな港にそぐわない大きな船。
これこそ技術の格差ってやつだ。
大きな船でやってくれば多少は交渉に有利に働くと思ったんだろう。
それは間違っていない。
このサザーン王国はこの避難民が最初は侵略徒に見えてたに違いないな。
ゼランはああいっていたが、そういう意図もちゃんと込めていただろう。
「……とはいえ、魔族ね」
この大陸で問題になっている魔族ではないのは分かったが、向こうは向こうで面倒な怪物がいたもんだ。
流石は異世界っていうべきか?
まったく嫌になるね。下手に冒険もできやしない。
帰る方法を見つけるのは難しそうだな。
今回の話は、この大陸に帰る方法がなかった場合の次の場所って意味合いもあったが、そう簡単にはいかないようだ。
下手すれば戦場に自ら飛び込むことになる。
今度こそ命を落としかねないな。
「そうなると、まずはこっちでしっかり調べものをするのがいいか」
ひとまず目先の脅威はなさそうだ。
ゼランが言うように追手はないと俺も思っている。
既にゼランたちがこの港に来て一か月近く、追手がいるのなら等の昔にこっちに追いついているだろう。
それだけスペックと度胸のある連中だ。
危険とみなしているなら、既に手を打っているだろう。
それだけ知恵というかちゃんと作戦を立てている印象が俺にはあった。
つまり、首を突っ込むだけ苦労するだけだ。
帰るための方法を持っている可能性がゼロとは言わないが、わざわざ向こうに行く理由はない。
「ふぅー」
俺はタバコをふかしつつ、再び真っ暗な夜の海を眺める。
さて、目先の食糧問題も解決した。魔族のことも口止めをすれば落ち着くだろう。
あとは連合軍が来てゼランたちの処遇も決まるだろう。
帰りたい奴は帰るだろうし、この大地で暮らす人も出てくるだろう。
俺たちはさっさと戻って帰還方法を探すために魔術の国へ行けばいい。
そう、この土地での仕事は終わったということだ。
「明日には帰る話をするか」
とはいえ、即座に帰れるとも思ってはないけどな。
連合軍がこっちにやってくるんだから、それに便乗するのがいいか?
そんなことを真っ暗な海を見つめながら考えていると不意に思う。
「釣り道具でも買っておくべきだったか?」
ここでタバコだけをふかすのも芸がない。
せっかく海まできたんだから、海の幸を食べたいというやつだ。
「考えると余計に食べたくなったな。何か道具になりそうなものはと……」
釣り道具を探すためにあたりを見回すが、木の桟橋だ。
そんな釣り竿に使えそうな道具どころか糸すらも存在していない。
これはおとなしく帰るか? 釣り竿は明日にでもそろえればいいしと思ってあることを思い出した。
「あ。釣り竿も出せるのか?」
魔力代用スキル。これで釣り竿を取り出したことはない。
しかし、今までチョコやら日用品といろいろな物資を取り出してきたのだ。
釣り竿が駄目なんてことはないだろう。
ということで、さっそく自分が使っていた釣り竿をイメージして、いつものようにスキルと使ってみると……。
「おお。できるもんだな。本当によくわからん技能だ」
手元には自分が使っていた釣り竿が存在してる。
構造は何となくだけ知っている。リールとか再現できるわけがないんだが、それでも存在している。
ついでによく使っていた釣り道具一式も出しておこう。
「さて、これで準備万端と行きたいところだが、餌がないな」
スポーツフィッシングならルアーで良いんだが魚を捕るのが目的だしな。
「あー、そういえば冷凍の貝とかでもいいのか?」
そういうのなら取り出せる。練り餌とかも考えたが貝の方が食いつきがよさそうだ。
いや、エビか? 鯛を釣るわけでもないが、そっちの方がよさそうだな。
ということで、小エビを餌にウキを付けて釣り糸を垂らす。
浮きがないと食いついたかは手に持ってないとわからないからな。
ザザーン、ザザーン……。
そんな波の音だけが響く。
平和な夜釣りだな。
しかし、周りには誰もいない。
夜釣りの習慣がないんだろうな。
まあ、明かりを確保できないんだ。そんな中釣りをする奴もいないか。
俺は釣り用の折り畳み式の小さな椅子を出し、近くにランタンを置いてのんびりを竿を眺める。
「今更だが、釣った魚が食えるかどうかわからんな」
本当に今更だ。
俺はこっちの世界の魚が食えるかどうかをしらない。
毒がある魚なんてごまんといるからな。
……あ、そうかそこはルクセン君たちに同席してもらえばいいか。
魔術っていう便利なものがあるから、権力者の毒殺は極めて難しいといわれている。
まあ、もちろん解毒できないものもあるみたいだが、そういうのは極めて厳重に管理がされていて所有していただけでも犯罪となるレベルだ。
そうなると、とりあえず釣った魚は持ちかえってルクセン君たちがいるところで食うのが正しいな。
昼になれば港の人もいるだろうしそっちに聞くのもいいか。
そう考えなおした時に不意に水面がぽちゃんと動く。
「お? 魚か?」
ランタンの光に反応したか? それとも夜間に活動する魚か?
不自然な波が立つ場所を眺めていると……。
「んあ? なんだこの光?」
なんか海からが人の頭が出てきた。
ばっちり喋っている。
なんか、青白いような気もするが、夜の海だから妙に見えているんだろう。
とりあえず、声をかけることにする。
「すまん。俺の光だ」
全然敵意が見えないのでそんな風に声をかけると、その人物は俺の存在に気が付いたようでこちらに視線を向ける。
「ん? おお、人か。こんな夜に何してるんだ?」
「ああ、夜釣りだよ。魚を釣りに来たんだ」
「なるほど。月明りのある夜には来るな。真っ暗な時に来る奴は初めてだな」
まあ、そうだろうな。
明かりだってただじゃない。こっちの世界じゃ夜は無駄な消費を避けて寝るのが当然だ。
こんな無駄遣いをして釣りをしても割に合わないだろうな。
と、そんなことはどうでもいい。現実逃避しても何も始まらない。
「で、あんたは? 俺はこの港に今日きたタナカという」
そう、この海に出没した人物の正体を見極めないといけないだろう。
「なるほどな。だから見たことないのか。俺は……って、海に浸かりながら自己紹介することもないな。ちょっと桟橋に上がっていいか?」
「ああ。どうぞ」
特に断る理由もないので、普通に応じる。
するとその男は桟橋にザバーっと上がってくる。
その姿は……。
「なんか鱗みたいなのがあるな? というか水かきか?」
「ん? ああ、お前さん。魚人は初めてか?」
「魚人? アンタみたいな人か?」
「ああ。と、挨拶してなかったな。俺は魚人、サハギンとかも言われているな。名前はヨーヒスという」
「そうか。よろしくヨーヒス」
「おう。よろしくなタナカ」
普通に挨拶を交わす俺とヨーヒス。
まあ、雰囲気からして敵対するような間からじゃないな。
「話を聞くに、このノルマンディーの住人か?」
「ああ。大体漁に出るのは俺たちだからな。人の漁師もないことはないが、俺たちの方は泳ぎが達者だしな。魔物に襲われても対処がしやすい」
納得すぎる理由だな。完全に泳ぐことを前提としている体つきだ。
というか、俺からすればこっちの方がどう見ても魔族といわれたら信じるぞ。
リリアーナとかノールタルはただの人だ。
「で、俺は夜釣りだが、そういうヨーヒスは何してたんだ? 夜も漁をするのか?」
「いやー。普通はしないな。さっきも言ったように月明りのいい日ならやるけどな」
「じゃあ。なんで今日は海に? と、食べるか?」
俺は情報を手に入れるために適当に干し肉を取り出して進める。
「お。いいねえいただくよ。うん、いい感じにうまい。で、海にでた理由だっけか? あの大きな船だよ」
そう言ってヨーヒスは明かりが灯っている大型船に視線を向ける。
「避難民がのってた船か?」
「ああ。領主様のご命令でな。夜に海に出るやつがいないか監視してるんだよ。避難民が苦しいのはわかっているが、勝手に漁をされたらこっちも困るからな。まあ、注意するのは領主様たちで俺たちが止めるわけじゃない。もめるからな」
「なるほどな」
本当にここの領主は避難民の扱いには細心の注意を払っているらしい。
「となると、俺が夜釣りをするのは問題か?」
「いや、お前さん一人で釣れる量なんてたかが知れてるからな。何にもいわないよ。というか、釣れてるのかい?」
「いや、残念ながら。ま、始めたばかりでな。そもそも釣るのが目的じゃなくてな。考え事だよ」
「そっちか。釣りでもしながらだと考え事がはかどるよな」
「ああ、こうして海を眺めながらだと本当にはかどる」
ザザーン、ザザーン……。
2人でしばらく真っ暗な海を見つめる。
「で、タナカはいつまでここにいるんだ? 悩みは難しいか?」
「難しいね。今日一日じゃ解決しそうもない」
帰る方法だからな。
まあ、魔術の国に行ければってのはあるが確実じゃない。
そうだ。物のついでだヨーヒスからも話を聞いてみるか。
「出会ったばかりで、こういう質問はどうかと思うが、あの避難民の話どう思う?」
「んー? ああ、別の地陸から逃げてきたって話か。みんな信じないが、俺はこの海は長いからな。船のつくりとか人は良く知っているんだ。だからあれば別のところの船だってのはわかる」
「魔族のことは?」
「あー噂の魔族な。まあ、噂通りじゃないか。魔族ってのは化け物だ。人には想像もできないようなおぞましい姿をしているんだろうさ」
あー、なるほど。一般的な魔族は避難民やゼランがいう方の奇天烈生物か。
まあ、同じ姿をしているっているのはやり辛いだろうし。
そういうイメージを定着させているってことか。
「別の大陸も穏やかじゃないね。こっちも魔族をようやく討伐してとらわれていた人たちを救い出したんだ。また戦乱は勘弁してほしいね」
こういう風にこの領地では話が伝わっているんだな。
魔族は怪物、人は捕まっていた人たち。
その方が人受けはいいだろうな。
「と、まだ悩むんなら。この魚でも食べるか? 火であぶって塩を付ければ結構いけるぞ。さっきの干し肉のお返しだ」
「おお、いいねえ」
ということで、俺は雑談と食事を交えつつ夜の港で情報を集めるのだった。
海でのロマンスはこの田中ストーリーにはありません。
あるのはダンディと煙です。
夜の海で焚火して食べる魚って格別だよね。
処理を間違わなければ。




