第268射:避難という現実
避難という現実
Side:タダノリ・タナカ
「おー!! 見えてきたよ! うーみーだー!」
そう叫ぶのはルクセン君だ。
俺たちは予定通り早朝に城を出て、ノルマンディー港を目指していたのだが、そう時間もかかることなく海岸線へと出た。
おあつらえ向きのように、高い丘から海辺を覗く形になって、大海原が一望できる状態だ。
それで、ルクセン君が大きな声で叫んでいるわけだ。
「わぁ。本当に大きいですね。先が見えないです」
「すごいなぁ。これが水平線だべか……」
それに続いて初めて海をみる連中も感動しているようだ。
聖女さんもゴードルも二人仲良く窓に張り付いているのは笑えばいいのか悩むけどな。
「田中さん。あの町がそうですか?」
「そうだろうな。道があそこまで続いている。それに……」
港の海側に視線を向ければ大きな船が多数鎮座しているとこを見れば……。
「あの船だ。間違いないだろう」
断言できる。
とはいえ、あそこでまた面倒に直面するんだろうなぁ。
それを考えると萎えてくるが今更だ。
とりあえずはほかのメンバーと一緒に綺麗に見える海岸線を眺めながら目的地へと向かうことにしよう。
どうせ町に行けば大変なんだからな。
今からあれこれ考えても仕方がないってことだ。
とはいえ、そんなボーっと運転する時間は意外と早く過ぎ去り、あっという間に港町ノルマンディーへと到着する。
流石に魔物が出没する世界だからか、アスタリの町のように防壁で街をぐるっと囲んでいる。
背中を海としている分、防壁を張り巡らせる部分が少ないからそこはいいことなのかね?
「お待ちしておりました。早馬よりお話は伺っています。このまままっすぐお進みください。領主様のお屋敷がございます」
「ありがとう」
意外なことに早馬が先についていたようで、スムーズに中へと入れた。
まあ、車で早朝に出て朝といっていい時間についたんだから、距離はそこまで離れていないからか。
途中で早馬を追い越したら相手に説明が面倒だなと思っていたがそういう厄介なことはしなくてよさそうで何よりだ。
門をくぐると潮風のいい香りが……と言いたいがそこは港町。
魚の生臭さも一緒だ。
どこかのリゾートのように楽しみだけというわけではなく、その地で人が生きているのだというのが実感できる。
「おー、なんか漁港を思い出すねー」
「光って漁港に行ったことあるのか?」
「あるよ。おじいちゃんの家が漁港の近くでさ、こう言う香りがするんだよ。こう……磯臭い、生臭い香り。海って綺麗ってわけじゃないんだよ」
「……わかりますわ。海に入って海藻がまとわりつくとあれですし、打ち上げられた海藻が生乾きの香りは……」
どうやら、結城君たちも現実の港町を体感して微妙な顔になっている。
ドラマやニュースで放映されるのは綺麗な部分だけだからな。
少し視線を変えればこういう醜いとまではいわないが、現実がある。
そして、これから尚現実を見ることになる。
避難民という過酷を極める人々の行く末を。
ま、今はなんとか穏やかのようだがな。
「お待ちしておりました。鉄の車はこちらに」
領主の屋敷とやらにつくとすぐに駐車場に案内される。
幸い馬車がある世界だ。駐車場というのもあるよな。
そこに駐車をして、装甲車から降りる。
消してしまったほうが防犯としてはいいだろうが、荷物も置きっぱなしだしな。
泥棒がいるかどうかも確認しようじゃないか。
ということで、車はそのままに屋敷に入る。
幸い、面倒なあいさつとかは、ユーリア姫さんや聖女エルジュがやってくれるので助かる。
「陛下からお話は聞いております。遠路はるばる、このような僻地にユーリア姫、そして聖女エルジュ様が来訪してくださったこと、リリーシュ様に感謝を」
「はい。これも神のお導きでしょう」
神ね……。
ま、こういう世の中なんだ。
こういう挨拶はままあるだろう。
俺がいた世界でも戦場に聖書を持ち込む奴は普通にいるしな。
俺としては心の安定のためにあるものぐらいしか思わん。
色々な宗教見てきているからな。
狂信者が集まったテロ集団もいる。
だから、俺はそういうのには興味がない。
……あ、神様云々はいてもいい。
いたとして、そういう生き物だろうとしか思わん。
大事なのは俺の敵か味方かってところだな。
「早速ですが、避難民の方々の様子はいかがですか?」
「はい。今のところは同情が強いため問題なく支援をできていますが、食料などを筆頭にもう底が見えている状態です。なるべく早く支援をと頼んではいますが……」
「連合の本隊が物資をそろえてやってくるのは2、3か月はかかるでしょう」
「……そうですか。それまで何とか持たせるしかありませんな」
「ルーメルからも支援をしてもらうように陛下に掛け合っておりますので、ご安心ください。そしてなにより、状況は予想した通りですので、先行してアイテムバックに入れていくばくかの物資をもってきております」
予定通りこちらでも物資を分ける。
サザーンの王城でも物資を融通したが、こっちのほうが本命だよな。
消費者がその場にいるんだし。
王城の方は減った物資の補填だ。
本当に必要なのはこっち。
「おおっ! それはありがたい! 早速荷を下ろしてもらってよろしいでしょうか?」
かなり切羽詰まっているみたいだな。
話よりも物資の方を優先しているところが何よりの証拠だ。
相手を思えば失礼なんだが、衣食住があってようやく礼になるからな。
それを失礼と指摘するような連中はこの場にはいない。
ということで俺たちは物資を補給するために港の近くになる倉庫へとやってくる。
「おー、海臭い」
「いや、磯臭いじゃないか?」
「とりあえず、海の臭いですわね」
「……意外と臭いんだべな」
「だね。独特だよ」
「そうですね。生臭いです」
前半の結城君たちはともかく、わくわくに胸を時めかせていた魔族のご一行はちょっと残念そうだ。
現実なんてそんなもんさ。
「こちらの倉庫に物資をお願いします」
「わかりました。タナカさんよろしいでしょうか?」
「ああ」
そんな連中を眺めつつ、俺は物資の供給を始める。
魔力代用スキルは本当に便利だ。
一度触ったものであるなら簡単に出せるからな。
おかげで、こう言うところでは……。
ドサドサドサ……。
「おおー! こんなに小麦粉の袋が! 皆、奥に運べ! 丁寧にだ!」
「「「はっ」」」
この世界の文化に合わせて物資の供給も可能だ。
ノールタルやヨフィアに常識の範囲内の小麦粉を教えてもらってそれを出している。
前に地球基準の小麦粉を出したら超高級品だといわれたからな。
まったく、小麦粉一つでもこっちが気を使わないといけないっていうのは面倒だ。
これ、パンにすると食べづらいんだぜ?
とはいえ、戦場の泥水啜るよりははるかにましなんだが。
あれだな。戦場は地獄ってことだ。
「……タナカ様、まだ余裕はおありですか?」
俺が戦場飯のことを考えて意識を飛ばしていると、ユーリア姫さんが声をかけてきた。
「まだまだ余裕だぞ。というか、まだ袋50も超えてない。これじゃ600人の避難民一日分あるかないかだろう」
「「え」」
俺の言葉に驚いているのは結城君とルクセン君だ。
まあ、これだけの量があっという間に消えるって話は実感わかないよな。
「お2人とも。よく考えてください。1袋の小麦粉でパンを作って精々出来てどれぐらいだと思いますか?」
大和君そうに聞かれた結城君とルクセン君が首をかしげて……。
「ノールタルさんどのぐらい?」
「姉さんどのぐらい?」
「考える気がなしで素晴らしいね。ま、素人が分かるわけもないか。作るパンのサイズにもよるけど、そうだね。一食で食べるパンの一般的なサイズからすると、一袋で精々100? いや80作れればいいかな?」
「は? 全然足りないじゃん!?」
「それに、小麦粉があれば飯が食えるわけじゃない。かまどがいるし、小麦を練る水もいる」
「食べ物の材料だけあっても意味ないですね……」
「いや、そこは流石に船の方に調理場があるだろうからそこまで気にしなくていいだろうが、火を使うにも燃料がいるからな」
「「あ」」
2人も俺の言葉でどうしようという顔になる。
「食料だけ用意すれば終わりってわけじゃないんだよ。避難民って何もかも置いてきた人たちだからな」
命だけ何とか持ってきた連中だ。
それ以外は何も持ってない人の方が大半。
逃げ道がある奴はそんなになる前に逃げ出している。
ここにいる避難民たちは、どうしようもなくなって自殺に近い逃避行をしてきた人たちだ。
何もかも潤沢にあったわけじゃない。
逆だ。
必至に身を寄せ合って、残り少ない物資をわけて、死に物狂いでここにたどり着いた。
だからこそ、うかつな手出しはできない。
同情的な意見が多かったから受け入れられた。
それもまた事実だろう。
だが、その逆もまた事実だ。
彼らに手を差し伸べなければ、彼らは生きるために目の前の人たちを襲うだろう。
自分たちが生きるために。
とまあ、避難民が盗賊とか野盗になる一番の理由だ。
あとは簡単だ。
落ちていくだけ。
死ぬよりましだとな。
その一端が少しでも結城君たちにわかればいい経験だろう。
ま、わかりすぎても駄目だがな。
犯罪を犯した奴はちゃんと処罰されなければいけない。
同情的になったときにそれに耐えられるか。
今回のことはどうなって結城君たちの影響になるのかね。
そう思いながら俺は次の物資を取り出す。
「ほれ今度は薪だ。こっちも持っていけ」
「薪もあるのですか! ありがたい! 皆、頑張れ温かい飯が食えるぞ!」
「「「おー!」」」
どうやら飯よりも、燃料の方が尽きかけていたみたいだな。
さて、そろそろ呆然としている面子に声をかけるか。
「おい。結城君たち、お姫さんたち、そしてノールタルたちとメイド。しっかり働け。俺が提供できるのは飯といった物資だけだ。お前たちはほかにもできるだろう?」
俺がそういうと、聖女さんがこちらを向いて笑顔になり……。
「はい。では、さっそくけが人、病人の治療にあたりましょう。隊長さん、避難民でケガや体調不良の方がいますよね?」
「はあ、それは当然いますが? それが? まさか治療を? 聖女様自ら?」
「そうです。私が治療しなくて誰が治療するのですか? さあ、行きましょう。ヒカリさんも、ナデシコさんもアキラさんも」
「おっけー! 任せてよ!」
「はい。当然行きますわ」
「よし! 田中さんいってきます!」
そう言って回復魔術が使える連中は即座にけが人病人のもとへ走り去り……。
「じゃ、私たちはパンを焼くかな。ゴードル手伝ってくれるかい?」
「まかせるだ。力仕事は得意だよ」
「はいー。メイドさんもサポートしますよー」
魔族のメンバーもそう言って独自に動き出す。
「これで初めての印象が良くなるといいですな」
「小細工だがしないよりはましだろうさ」
俺とマノジルはそう話しながら動き出していくメンバーを眺めるのであった。
避難民。日本じゃなじみがないんだけど、外国じゃそれなりにある話。
そして、土地を捨てて逃げてきたわけじゃなくて、命を守るためにほかを捨てて逃げてきたってのが正しい。
だからこそなんでもやってやろうって悪い面が出ると面倒になる。




