第26射:初見は怖い
初見は怖い
Side:ナデシコ・ヤマト
「今日は、昨日話した通り、近場の森に魔物の討伐に向かうことにする。改めて聞くが、勇者殿たちは問題ないだろうか?」
そうローエル将軍に聞かれて、私たちは特に問題はないと返して、そのままウォールの町を出て行き、森の方へと向かうことになりました。
しかし、本当に、王女様といっても、千差万別なのだというのが分かりました。
ユーリアお姫様のような方もいれば、ローエル将軍のように日々人の為に行動している王女様もいる。
私もお嬢様なのですけど、世間一般的に言う、悪役令嬢のような方もいれば、蝶よ花よというお嬢様も、確かに友達の中にはいます。
つまり、世の中良い人もいれば悪い人もいる。そういうことなのでしょう。
「ローエルさん。今日の向かう森には、スパイダーだっけ? そういうのがいるんだよね?」
「ああ。蜘蛛を大きくした魔物でな。糸に人や生き物を搦めて、巣に持ち帰って食べる。まあ、糸を切る手段、剣の鋭さや、炎の魔術で焼き切れば特に怖い魔物ではない。しかし、ヒカリは小さいからな。ウェイトで負けるかもしれないから注意してくれ。下手に接近戦を挑まないことだ」
「うん。昨日訓練した通りだね。距離を取って魔術を撃つだね」
「そうだ。アキラもナデシコも、まずはその戦術で戦ってくれ。近接戦はその後だ」
「「はい」」
昨日のうちに、森にいる魔物の事は教えてもらって、その対応の仕方や、私たちの実力なども見てもらいました。
昨日は夕方にたどり着いたはずなのですが、こんな濃厚なことをしていたのです。
まあ、軽くではありますが、流石将軍と呼ばれているだけあって、腕前は物凄かったです。
盾姫と呼ばれているだけあって、攻撃は悉く盾で防がれ、盾による攻撃なんて初めて受けましたわ。
ですが、おかげで、今日の森の探索はローエル将軍の指示の下、動くことに拒否感などはありません。信頼出来ていると言っていいでしょう。
流石は、将軍、お姫様といったところでしょうか。人を惹きつける何かを持っているようです。
お陰でユーリアお姫様の評価は相対的に駄々下がりですが……。
「そういえば、ローエルさん。ここらへんはロシュールだっけ? そっちとの争いの影響はないの?」
「ああ。ルーメルとロシュールは反対側にあるからな。こちらにロシュールの兵が流れてくることは、まずない」
「まずないってことはあることもあるの?」
「中央の山脈に、魔王とその軍がいるのは知っているな?」
「うん。あ、そっちを通ってってこと?」
「そうだ。だが、魔王と手を組んでもいないのに、強力な魔物がいる森の中を進軍するのは現実的ではない。よしんば抜けてこられたとしても、以降の補給や援軍も期待できないからな。四方全てが敵となる状況だ」
「それは、現実的ではありませんわね」
「ああ、要人暗殺ぐらいが狙い目だろうが。それでもルーメル国境側の方で暗殺するよりは、ロシュール国境で戦っているガルツの将軍や領主を暗殺するほうがやりやすいだろう」
「じゃ、対人戦は心配しなくてもいいのかー」
「いや、アキラ。盗賊と出くわす可能性もあるから、そういう油断はやめておいた方がいい。昨日私たちと手合わせした時のように、相手に反撃の間を与えずに畳みかけることだ。そうでなければ自分だけでなく味方も死ぬことになる。躊躇いは禁物だ」
「はい。すみません」
「いや、謝ることはない。人を殺したくないという気持ちはわかるし、勇者の力は同族を殺すためではなく、救うものだからな。だが、盗賊にくれてやって良い命ではない。それだけは忘れないでくれ」
こんな感じで、ローエル将軍は気さくで、よいお姉さんのようにふるまってくれます。
本当に気持ちの良い方です。
そんな話をしているうちに、森の方へと到着し、森に入ることになります。
「昨日も説明したように、勇者殿たちには森の中に入って魔物との戦闘を経験してもらうことになる。昨日の間に実力のほどは確認させてもらっているが、初見の魔物と対峙するのは誰だって戸惑いがあるので、最初は私たちが対応する。よろしいかな?」
打ち合わせ通りなので、特にいうこともない。
「よろしい。では、森の中に入る。全員、味方が多いからと安心するな。その油断が味方を危険に晒す。そのことを再度心に刻み込んで、行くぞ」
そして、私たちは森の中へと足を踏み入れます。
朝の内に出たので、まだお昼にもなっておらず、日も高いので森の中には光が差し込んで、さほど怖いことはありません。
「そういえば、ローエル様。こう森の中で注意するべきことはありますか? リカルドさんたちにも色々聞いていますが、ローエル様がこれだと思うことはありますか?」
まだ安全だと思った私は、光さんと同じように、今後に役立てるような話を聞いてみます。
「ふむ。そうだな、私の場合は、音かな」
「音ですか?」
「ああ。森の中に限らず、音というのは何かが動いて鳴るモノだ。そこで何かが起こったということだ。例えば、今私たちが歩いているときに出す足音だが、これを聞けば誰かが歩いているというのがわかるだろう」
「はい」
「こうして堂々と歩いているならともかく、忍び足のような音や人の足音とは思えない音がすると、警戒をするだろう?」
「確かにそうですわね」
「特に今回のスパイダーという魔物は、森の中に溶けこむ魔物だ。基本的に音がほとんどしないタイプだ。だが、ほとんどということは、一切しないわけではないということだ、つまり……」
「わずかな音がすると言うわけですか?」
「そうだ。スパイダーとて生き物を喰っている。人や生き物を襲うために動き回っている。その足音を捕らえるのが大事だ」
「なるほど。しかし、蜘蛛の魔物なら、巣を張って獲物を待つのでは?」
「ああ、それは小さな蜘蛛に限る。大きな獲物を捕らえるには、それ相応の強固な糸が必要になるからな。つまり太く目に映るわけだ。その糸にむざむざ掛かりに行くのはよほどの間抜けだな。だから、基本的にスパイダーは私たちのような大型の獲物には、自ら襲いかかる」
なるほど。
確かに、蜘蛛の巣が張ってあれば、警戒して近寄らないですし、ハエトリグモやアシダカグモのようなタイプなのですね。
まあ、益虫でなく人を襲う害獣であるのが残念ですが。
「まあ、自らの陣地には巣を張っていることはあるが、そんなあからさまな場所には他の天敵も集まることもあるからな。余程大物でない限りはそういうことはしないな。と、止まれ」
講義を受けている最中に、ローエル将軍の足が止まります。
「静かに。シェルノ、聞こえたか?」
「はい」
「他の者は?」
ローエル将軍は部下の方に確認を取り、副官であるシェルノさんや他の皆さんも聞こえたようで、頷いています。
しかし、私たちにはそんな音は聞こえませんでした。
どこでそんな音が聞こえたのかと、必死に耳を澄ましてみますが、聞き取れません。
そんな様子を見て、ローエル将軍は察したのか……。
「皆、静かにせよ。勇者殿たちに教えなければ意味がないからな。そうだな……。草をかき分けるような音ではない。蜘蛛だからな。木にとりついていることが多いんだ。だから、木を叩くような音というべきかな?」
「木ですか?」
「てっきり草の音かと思ってたよ」
「2人とも、静かに」
私は2人を黙らせて、もう一度耳を澄ませてみると……。
風になびく木々や草の音とは違う妙な音が響くのが聞き取れる。
カサカサ。
そんな音だ、草の中をかき分けるような音ではなく、ローエル将軍が言った木を叩くようなカサカサ音だ。
「あっちか?」
「あっちだね」
「ですわね」
「そうだ。あっちだ。その感覚をよく鍛えるといいだろう。まあ、ゴブリンやウルフ退治もこなしているのだから、余計なことかもしれないが」
「確か、聴覚強化スキルってのが取れるんですよね?」
「そうだ。まあ、私は狼人族なので、人族より聴覚は鋭いので、その分有利ではあるが、スキルの有無があると、かなり違うから、取る意味はあるだろう」
なんとも不思議な話なのですが、こういう技能は練習すればいずれ、ステータスの技能欄にでるそうです。
ステータス欄にでれば取得できたということらしく、使用感覚が一段と上がるそうです。
不思議な話ですが、この世界では当たり前の事らしいのです。
まあ、技能検定試験を通った証明というものでしょうか?
人それぞれで習得に必要とする時間が練習の仕方も違うので、これといった確実な方法がないのが残念ではありますが。
しかし、この聴覚強化は魔物を探す時や襲撃の察知にも役立ちますので、私たちも訓練していましたが、なかなか取れません。
その理由も今回の事で分かった気がしますが、動物の鳴き声、ただの足音だけではだめだということですね。本当に全体の音を聞いて感じないといけないようです。
「さて、あとはスパイダーを見つけて、倒すだけだが、最初に説明した通り、私たちがまずは相手をする」
そう言って、ローエルさんたちの後を私たちは付いて行って、スパイダーを発見しました。
……正直な話、あれを初見で相手にしろと言われたら、逃げていたかもしれません。
なにせ、そのまま蜘蛛を人ほどの大きさにしたような魔物だったのですから。
ですが、幸い、甲虫のように固いタイプではなく、羽毛があって柔らかいタイプなので、攻撃するのには困らない様子で、あっさりと倒してしまいます。
あの様子なら私たちがやっても、問題なく倒せそうですわね。
しかし……、そんな風に油断していた報いか……。
カサカサ……。
と、背中から音がして……。
「撫子!! 後ろ!!」
「え? キャッ!?」
光の声に合わせて振り返ると、迫っていたのは、スパイダー。
そのまま私にとびかかり、押し倒されます。
ギチギチ……。
咄嗟に接近を腕で防いだが、目の前にはスパイダーの牙と複眼が眼前に映ります。
「ひっ!?」
不味いとはわかっていても、体が動きませんでした。
アレです。生理的に受け付けないというやつですわね。
小さければあまり気にならなかったのですが、この姿を巨大化してみるのは物凄い恐怖を感じて、固まっていると……。
「何やってるんだ」
と、田中さんが蹴りを入れて、スパイダーを吹き飛ばし、ローエル将軍から貸し出された槍で串刺しにします。
「大方、武器で攻撃すれば、大和君まで傷つくかも、とか思ったんだろうが、なら押しのけろ。剣の腹とか、盾で」
そう説明する間にも、串刺しされたスパイダーは絶命しておらずウゾウゾともがいています。
「大和君もいつまでも放心してないで、止めを刺したらどうだ? 押し倒した相手だぞ? それとも、初めての相手を殺すのは嫌か?」
「まさか」
私はそう言われて、すぐに立ち上がり、剣を引き抜き、頭部へと振り下ろしてスパイダーに止めを刺す。
「ほう。普通女性なら、ああいう虫タイプの魔物には腰砕けになる者が多いが、ナデシコは強いのだな。しかし、こちらも油断してナデシコに怖い思いをさせてしまった。申し訳ない」
その姿を見たローエル将軍が私を褒めて、そして危険に晒したことを謝ってくれます。
「いえ。油断していた私が悪いのですから、気にしないでください。おかげで、魔物に油断は禁物だというのを改めて実感しましたわ」
私がそう言うと、晃さんや光さんも頷いて同意してくれます。
「そうか。ちゃんと学んでくれるのは嬉しい。そして、やはり勇者なのだなと実感した。恐怖に負けず強いのだな君たちは。そして、淡々と対処したタナカ殿には驚きだ。本当にレベル1なのかと疑いたいぐらいだ」
田中さんのことについては同意です。
レベル1なのに、リカルドさんとか相手になりませんからね。
「これでも日本、異世界にいたころは兵士の真似事もやっていたので、大和君たちに比べれば動けて当然かなとは思っています」
「なるほど。異世界の兵士だったのか。それなら納得だが、レベルが納得いかないな」
「それは私も不思議ですよ」
「うーむ。不思議だが、今追及してもわかるわけもないか。ここでやるべきはナデシコたちの経験を積むことだ。さっきのでスパイダーの事は理解していただけたと思う。部下を付けるから、辺りを探索して魔物退治をするといい」
「ローエル将軍はどうするのですか?」
「私は勇者殿の付き添いの下、森の魔物退治もあるのでな。それなりに退治しないといけないので、別行動になる。何かあれば叫べば助けに行く。部下もつけているからめったなことにはならないはずだ」
なるほど。ローエル将軍は魔物退治をこれから始めるわけですね。
本当に、立派な人です。
そういう理由で、ローエル将軍を見送ったあとは……。
「よーし、沢山、魔物を退治して、ローエルさんの手助けをしよう」
「賛成!!」
「ですわね。わずかではありますが恩返しがしたいですわ」
そういうことで、私たちは気合いを入れて、魔物を退治へ向かうのでした。
初めてってのはどうしてもミスが出ます。
そして、ローエルの頼もしさ。
田中の安定ぶり。
森の魔物退治はどうなるのかな?




