第231射:脅威の魔王
脅威の魔王
Side:タダノリ・タナカ
ヒュゥゥゥ……。
夜風が俺の体に吹き付ける。
只今俺は尖塔の上に陣取っている。
そう、俺が見つけた狙撃ポイントとはここのことだ。
ここなら寝室と執務室を狙い撃ちできる。
というか、この程度の距離ならバズーカだってうちこめる。
対物銃よりも、そっちの方がいいかもと思っているぐらいだ。
ま、その時は味方も消し飛ばすことになるか。
因みに俺が見つかった際には屋根伝いに、城壁へと渡って、グライダーで森へ消える予定だ。
そうなると追手がくるだろうから、そんなことにならないことを祈っている。
「で、いつまで待機だ。面倒になってきたんだが」
『おいおい、狙撃待機はいつもやってきたことだろう?』
「ここは敵拠点だからな。気を使うんだよ。さっき始末したバカのこともある」
ジェスタはしっかり始末して、火もつけて消毒してきたが、兵士がみつければここの警戒が強くなってもおかしくない。
そうなると、城の動きが変わってくる。
つまり、デキラの動きもかわるってこと、下手をすると作戦中止にもなりかねない。
そうなれば、俺がこの場に待機していることは無意味となる。
苦労してその結果は嫌だからな……。
『ま、作戦に変更はない。予定通り23時作戦決行だ。いやー、この世界の人たちは夜はぐっすりで助かるよな』
「それはそうだな。地元じゃこうもいかないからな」
地元というか、地球では、重要拠点は常に光が明々かとついているし、見回りも当然にいて、定期連絡、赤外線トラップでの防衛網を構築しているから、こんな楽に侵入できることはない。
『予定通り、魔物を先行させて城の機能を止めて、横やりが入らないようにする。その後に俺たちが乗り込んで魔王を倒す』
「おお、どこかのゲームみたいだな」
『お前、RPG好きだったか?』
「知らなくてもその手の話はしってる。というか、俺はあと一時間も待機か」
只今の時刻22時。
ジェスタで時間を取られたと思ったが、全然時間は余裕があったようだ。
ビュゥゥゥ……。
風が吹いて冷たい。
『じゃ、俺の方も忙しくなるから。あとは頼んだぞ』
「ああ、そっちも俺が働かなくていいように頼む」
『そうなるといいんだがな。じゃ、通信終了』
そう言って、やつとの連絡が終わる。
「……」
さて、俺は継続して、敵の監視をしますかね。
俺の視線の先にはやつとの会話中もデキラが視界に収まっていた。
やっていることはとくに珍しいことじゃない。
机に向かって書類仕事をしているだけだ。
あれだけ、ド派手な反乱を起こしていても、結局上に立つものは執務に追われることになるんだよな。
ああいう仕事は絶対に向かないと思うから、俺は兵士が性に合っているんだろうな。
ああ、違う違う。一般人がいいわけだ。
つまり、俺は地球で天職を得られていたということだ。
「……これは地球に戻ったらやっぱり一般職だな」
このまま傭兵業でもやるのもいいかと、最近は思っていたが、この寒さを感じてその気持ちがなえてきた。
狙撃待機とか最悪雨に濡れて、クソ垂れ流し当たり前だからな。
こういう過酷な仕事はおじさんにはキツイってことだ。
やはり、ブラックとはいえ屋内で冷暖房が効いたところで仕事ができる方がいい。
直接的な命の危険もないことだしな。
ま、プログラマーからは転職しよう。
あそこは正直俺には合わん。
そんな、次の就職先のことを考えつつ、デキラの監視を続ける。
いまだに机で執務に励んでいる。
「……そうまでして、国が欲しいかね? ああ、いや、デキラもデキラで国を思ってだったか」
ノールタルたちの対応や貧民への対応がアレでただの無法者のトップという認識で、勘違いしていたが、デキラもデキラで国の未来を思って動いたんだったな。
それは決して私欲ではないんだろう。だからこそ、執務をしっかりこなしている。
国を守るために。
いやー、俺には真似できない。
そういう意味ではお前を尊敬してやるよ。
「……と、動いたな」
どうやら仕事が終わったようで、部屋の明かりを消して廊下へと出て行ってしまう。
「おい、そっちでも確認できるか? 目標が移動を開始」
『ああ。こっちも確認できている』
「予定の時刻までそうないが、デキラの場所が落ち着かないことにはやらないんだろう?」
『そうだな。予定では寝室に入ったところを狙う予定だ。モニターを見る限り、寝室だな。ま、調べていたとおり、22時頃には寝るみたいで助かる』
「だな。意外と規則正しいみたいだ。そこは軍人ってところか」
デキラの姿は見えないが、やつがよこしてくれている構造監視システムで行き先ははっきりわかっていた。
……まったく。ダンジョンマスターとか何だか知らんが、なんて厄介なシステムを手に入れやがったな。
リアルタイムで敵地を監視できるシステムとか、現代技術以上だ。
こっちの世界にきてから、魔術はちょっと便利なものがあるな。ぐらいの気分だったが、やつにこのシステムがあると知らされて、血の気が引いた。
……今後ダンジョンに入るのは絶対やめよう。
ただの自殺行為だ。
やっぱり敵にまわすには厄介すぎるやつらだよ。
と、そんなことを考えているうちに、デキラは寝室に入る。
「寝室に入ったな。こっちの視野にもデキラが寝室に入ったことが確認できる」
『了解、ついでに丁度時間だ。俺たちは行動を開始する。監視を頼む』
「了解だ」
俺はそういって時計をチラ見すると、22時50分。
作戦開始まであと10分。
さて、上手くいくといいんだがな。
正直、デキラが寝るのを待ってとも思ったが、今回の突入作戦はやつだけじゃない。
軍事行動だから、簡単に作戦の変更もできないか。
しかし、デキラのやつはなんで、リリアーナが使っていた寝室を使っているんだろうな。
俺は、寝室に戻ってきたデキラを見てそんな疑問を抱いていた。
まあ、王になったんだから、王の寝室を使うっていうのは分かるが、何で女物の家具をそのままに使っているんだ?
撤去して自分の使いやすいように変えてもいいだろうと思うのだが。
あれか、忙しくてそんな暇がなか……。
そう言いかけて、俺は固まってしまった。
なぜなら、スコープの向こうで、デキラが女物のパンツをつかんでいたのは、まあいい。
前の監視でしっている。
だが、だが、そのパンツを……。
「喰った? まじかよ……」
そう、食べたのだ。イート。
いや、何を意味不明なことをと言っているかと自分でも思うのだが、やはりそれは事実で、やつは一枚食べたかと思うと、次を口に入れているあたり、俺の幻覚ではないようだ。
安心した。俺に変な性癖でもあったのかと思ったぐらい予想外の出来事だった。
「……あの立場なら、女性はより取り見取りだと思うんだがな」
おそらく、リリアーナ女王に個人的な好意があるんだろうな。
前から下着泥をしていた理由はそれぐらいしかない。
無作為に下着泥をしているわけではなかったからな。
そんなことを考えていると、寝室のドアが開いて、やつらが予定通り飛び込んだようだが、デキラの行為を見て固まっている。
当然だな。
と、思っていたが、より最悪なのが下着の持ち主が現場にいることだ。
普通の変態なら、慌てて否定するところだろうが、デキラという変態は上級の変態だったようで、慌てることなくリリアーナ女王とやつらに対して横柄な態度をとる。
それは、リリアーナ女王の神経を逆なでする行為だ。
あの穏やかな女性の顔が、無表情になったのだ。
あれだ。絶対零度。全てを凍てつかせるほどのやつで、スコープ越しに見ていた俺も寒気がした。
しかし、そんな絶対零度の表情を向けられても、デキラは話しているのだから、その肝の据わり方には驚く。
いや、気が付いてないというか、まあ勝てると思っているのだろう。
そんな感じで、いつ戦闘になるのやらと思っていると……。
ドパンッ!
いきなり銃撃音がしたと思ったら、デキラの上半身が消し飛んだ。
何が起こったかと確かめてみると、なんか剣にリボルバー、回転弾倉が付いているジョークで作ったような武器を持った少女がいた。
おそらくあの少女があの冗談のような銃でデキラを撃ったのだろう。
ちゃんと、銃を撃った際の硝煙が上がっている。
……信じたくはないが、あれは銃のようだ。どこに銃身、バレルがあるのかさっぱり分からんが、デキラの魔術障壁を抜いて消し飛ばしたのだから相当な威力だろう。
敵対するのは本当にリスクがあるな……。
と、それはいいとして、デキラは倒れた。
上半身を消し飛ばされて、ただのクソ袋になった。
魔王は倒れたのだ。
「こちらからデキラが死んだように見えたが、そっちはどうだ?」
『あ、ああ。問題ない。死んでる。というか、女性陣が氷点下でつらい』
「……そりゃそうだろうな。ま、簡単に済んで何よりだ。あとは、死体を片付けて終わりだな。予定通りに進んで何よりだ」
『……ああ、予定のところに死体は運んでおくから、処分してくれ』
「了解」
俺はそう言うと通信を切って、即座に撤退準備を整えて、狙撃ポイントから離れる。
あとは、死体の処理だ。
やつらがしてもいいんだろうが、そんな暇はないし、おそらくあの変態野郎を運ぼうとか思うやつもいないだろう。
あとは、やつとリリアーナ女王が上手くやる事を祈る。
「そういう面倒なことは、俺は苦手だからな。っと」
俺が指定ポイントにたどり着くと、そこには大きい白蛇がとぐろを巻いて……、いや、何かをもって運んで佇んでいた。
こいつが、城の中で暴れた魔物か。
データで知ってはいたが、やはりデカいな。生態系おかしい。魔物はよくわからん。
そう思っていると……。
「あなたが主様の言ったタナカ殿ですね?」
おいおい、白蛇が喋ったぞ。
と、思ったがそういうわけじゃないな。
後ろから、黒髪の和服を着こんだ女が出てきた。
「主様がだれか知らんが、タナカなのは間違いないな」
「……レベル1。擬装ですか」
「さあな。こっちに来てからレベルに興味を持ったことが無くてな」
どうやら、相手はこっちの素性を知る方法を持っているみたいだな。
いや、やつの配下なら情報共有は当然か。
ちっ、こっちの戦力は丸裸ってことか。
「と、その死体袋はデキラので間違いないんだろう? 確認が終わったんなら物を渡してほしいんだが? それとも、お前が片付けてくれるっていうなら、こっちとしてもありがたいんで、帰らせてもらうが?」
正直、こっちの手札が知られているうえでこの女と長話する理由はない。
さっさと仕事を終わらせて帰るに限る。
「失礼いたしました。では……」
女はすぐに白大蛇に視線をむけると、白大蛇は死体袋を器用にこちらに向かって投げた。
ドスン。
そんな音が響く。
死体袋から中身が出なくて何よりだ。
「もっと、死体は大事に扱えよ。死んだらみんな仏らしいぞ」
「ホトケ? よくわかりませんが、その男は生前魔物を操っていました。なので魔物である私やシャドウスネークが直に触るのは避けたいので、そのような扱いとなりました。不快でしたら申し訳ありません」
「……魔物? 白蛇はともかく、お前さんが? 和服着ているし、その服を着ているから日本人かとおもったが」
「ああ、なるほど。これは服は主様が似合うだろうと下さったのです。そして、私が魔物という証拠ですが……はい」
「おう。人じゃねえな」
女は目の前で、自分の首を取って右腕で抱え込んで見せた。
手品でもなければ、確実に人外だな。
ま、なぞは解けたし、さっさと死体処理の仕事をするとしましょうか。
俺は早速死体袋を担いでその場を離れる。
これ以上この場にとどまる理由もないからな。
「で、なんで付いてくるんだ?」
「遺体の処理を見届けるように言われています」
「シャー……」
「念入りなことで」
「デキラは変態でしたが、主様が警戒した相手です。それが処理の不備でアンデッドになられては大変なので」
「シュー……」
こうして、俺は女と白蛇を連れて、魔王城を離脱するのであった。
パンツは……食べるもの!!
即死亡するけど。




