第23射:国境の町
国境の町
Side:タダノリ・タナカ
「あの、壁の向こうが我がルーメル端にある国境の町。ダルゼンです」
そう言うリカルドの視線の先には確かに、壁が見えていた。
「ようやく到着かー。長かったー」
「流石にトランプも飽きたしねー」
「オセロや将棋は揺れる馬車ではできませんからね」
そう言って、手に持っているトランプを床において背伸びするのは、結城君たちだ。
2日前に、俺の魔力代用スキルのことを知って、こうしてトランプなどの娯楽用品を出してくれと頼まれて、出してみたらいけた。
やはりと言うか、俺が触ったことがあるモノに限る様だ。
金銀の延べ棒は触ったことがないから、できないというわけだ。
代わりにこっちの世界で触ったことがある金貨とかも作り出せたが、俺の手から離れてどうなるかわからないので、金貨などを作って懐を増やすようなことはしていない。
というか、こっちの世界の金貨を作ったところで、地球の物資が手に入るわけでもないし、俺にとってはあまり意味のないものだ。
逆にスキルで作った金貨が何かの拍子に消えて、俺が詐欺師として指名手配されるリスクの方が怖いので、お金は働いて手に入れたものに限るというやつだ。
後ろめたいお金は使いづらい。
「しかし、タナカ殿の魔力代用スキルですか? 色々便利そうではありますね。特に食料などはしっかりお腹も満たされますし、旅にはうってつけかもしれません」
「そうですねー。タナカ様は流石ですー。ということで、チョコもらえますか? もらえれば、口が堅ーくなると思います」
「はいよ」
「あ、私もその、いいでしょうか?」
「ほれ」
そういって、荷台の方に板チョコを放り込む。
「はは、地球のお菓子は独特でおいしいですからな」
「ん? リカルドもいるのか? ほれ」
そういって、御者台に一緒に座っているリカルドにも板チョコを渡す。
「あ、いや、ありがとうございます。催促してしまったようで申し訳ございません」
「気にするな。あの2人にやって、お前にはやらないってのは不公平だからな。ほれさっさと食べてしまえ。溶けるぞ」
「はい。いただきます」
リカルドも2人と同じように包装を解いてチョコをかじる。
こう遠慮がないのは、ヨフィアの奴が大量に欲しいと言ったので、渡して溶けてメイド服一着が大惨事になったことが原因だ。俺はてっきり食べるものかと思ったら、保存して大事に食べようと思ったらしいのだが、チョコの特性を知らないので、メイド服がチョコまみれになってしまったのだ。
普通に伝え忘れた。というかチョコをポケットに入れて持ち歩くとか、普通しないからな。
こういう所でも常識の違いってのがあって、色々な意味で感心した。
そこはいいとして、この3人は俺の能力を知っても特に危険視しなかった。
キシュアの言うように食べ物を出せるスキル程度にしか認識していないのだ。
まあ、わざとそうしたけどな。銃なんて武器を知らないこいつらに無駄に知識を与えるようなことはない。
結城君たちにもそう言い含めた。無用な争いを避けるためにってな。
「で、食べながらでいいが、あの町に入るのに必要な事はなにかあるか?」
「いえ。普通であれば、町に入るために税金、お金を払う必要があるのですが、私たちは、公務でガルツへ向かう集団なので、必要ありません。ああ、一般とは入る方法が違います。列には並ばず、直接門の方へ行ってください」
「わかった」
ここは、ルーメルのお偉いさんがいて助かると思う事柄だよな。
横でズラーっと並ぶ列に加わる必要はないんだからな。
ま、その分、待っている人たちの目が気になるところだが、ここは貴族に準じた扱いの俺たちに喧嘩を売るような奴はいないか。
そんなことを思いつつ、門の方へ近づくと、兵士がこちらに歩いてきて……。
「とまれ。こちらは貴族や緊急用の者のみ利用可能となっている」
そう言ってきた。
ああ、貴族だけでなく、ちゃんと緊急用で普通の人も利用できるわけか。
そこらへんは対応しているんだな。まあ、正常に機能しているかは知らんが。
「私は、ルーメル王都よりある任務を受けてきたリカルド・アオーンだ」
「え? アオーン卿? あの近衛隊長で子爵の?」
「ああ。そのリカルドだ。いや、近衛隊長は諸事情から今、任を離れている。こちらが私の家紋に、任務の証明書だ」
「は、はい、確認させていただきます」
そんなことを話してはいるが、リカルド、お前は左遷のようなもんだろう?
俺を〆るつもりが、逆に絞められたからな。
ま、それを言うのは野暮か。
「確認いたしました。どうぞ、中へ」
「ご苦労」
そう言って、俺たちは町の中に入ると、意外と中は活気で溢れていた。
「思ったよりも、にぎやかですね」
「なんか、戦争が激しくなっているって聞いたから、もっと人がいないと思ってたよ」
「私もそう思いましたわ」
結城君たちも同じ意見のようで、町中を見てそう呟いている。
「まあー、戦争と言ってもー、隣の国のことですし、ルーメルが攻められているわけでもないです。なので、戦時で物がよく売れるのでそれを狙って商売するんですよー。もちろん、戦火を嫌って逃げてくる人も多いので、人がいなくなるっていうのは、国境の町はなかなかないですね」
「そんなもんか」
わかる話ではあるが、まだまだ危機感がないということでもある。
まあ、別に戦争をしている国ではないから当然なのか?
とは言え、これでよく魔王や魔族を倒します、戦争だーって言ってられるな。
ある意味平和な証拠でもあるか。
行きかう道端では持ち寄ったモノを売る人たちがいる。
商人という感じでなく、どこかの村から持ち込んできたような感じだ。あれだ、日本でいうフリーマーケット。外国では案外普通の光景だけどな。
「で、どこに向かえばいいんだ?」
「このまままっすぐ大通りを進んでください。領主の館で宿を取れる手筈になっています。ついでに、ガルツとロシュールの争いや、ガルツの迎えの話なども聞く予定です」
「なるほど。この領主さんが色々整えてくれたわけだ」
「はい。ダルゼン辺境伯は父の知り合いでして、昔から色々お世話になっているのです」
「おい。ちょっとまて、そうなるとルーメル王都の事件を色々知っているんじゃないか?」
「知っていると思いますが、勇者様の件で口を挟むようなことはないでしょう。迂闊に口を挟めば、辺境伯の立場も危うくなります。王都で活躍したいというのであれば別ですが、そういう野心があるというのは聞いたことがありませんな。そもそも、そういう野心があるのなら、今頃王都にいます」
「確かにな……」
野心があるなら王都にいるっていうのは、説得力のある言葉だが、基本的にルーメルの貴族は印象マイナスからスタートしているからな。どうも、いまいち信用できない。
ま、油断しないためにはいい塩梅か。
そんなことを話していると、大きな屋敷の前に着く。
「ここがダルゼン辺境伯の屋敷です。少々お待ち下さい」
そう言って、リカルドは先ほどの門と同じように衛兵の人に話を通しに行く。
こういうところはしっかりできるから、まあ、なんというか、貴族としてはまともなんだろうな。
だが、俺たち相手には態度が悪すぎた。常識が違うということを認識できていないんだよな。
無理もないが……。
「タナカ殿、話は通しました。馬車を進めてください」
色々考えているうちにリカルドは難なく話を通して、俺たちは屋敷へと招かれることになる。
「お城もすごかったけど、こういう屋敷もすごいなー」
「だねー。あの鎧とか動きそうだよね」
「ホラー物の定番ですわね」
「アレだろ? こう殺人事件とか起こるんだよな?」
「そうそう。そして、名探偵が来て」
「犯人を見つけるんですわね。って、ホラーじゃないんですね……」
「撫子はホラー好きなのか?」
「んー、そういえば、なんか怪談話とかは夜よく聞いたかも」
「だって、こんなファンタジーな世界なら、殺人事件よりも、ホラーの方が現実味がありませんこと?」
こんな感じで、結城君たちは楽しそうに屋敷のロビーを見ていた。
ま、どっちの話も分かる。
日本人にとっては程遠い光景だからな。
「いやいや、異世界の客人たちに楽しんでもらえて何よりだ」
そう声を掛けてくるのは、ロビーの階段から降りてくる壮年の紳士だった。
傍から見れば、劇の一幕だな。
勇者とその御一行なのだから、あながち間違いでもないのか。
「ダルゼン様。この度の訪問を許可していただきありがとうございます」
そう言って、真っ先にリカルドが頭を下げる。
キシュアやヨフィアもそれに倣い頭を下げる。
「あ、えーと、よろしくお願いします」
「どうも。お世話になります」
「未だ、常識に疎くあります。どうかご容赦くださいませ」
それを見た結城君たちもそう言って挨拶をする。
さて、俺も挨拶をしないわけにはいかないか。
「勇者殿たちの保護者をしております。タナカと申します。本日だけとなりますが、よろしくお願いいたします」
「そう畏まらなくてもよい。こちらが元々悪いのだ。あの馬鹿共の策謀に巻き込んでしまい申し訳ない。というか、異世界から来た勇者殿たちの方が王都の連中より礼儀ができておるわ。上辺だけの挨拶ばかりしおってからに。味方が欲しいのであれば、まず信頼を築かなくていけないというのを忘れておる。……が、リカルドはようやく目が覚めたようで何よりだ」
「はは……。耳の痛い限りです」
「国を治めるのにあたって、非道なことをする必要があるのは認めるが、金もうけや権力を求めて、非道を行うから、王都の連中が今頃荒れるのだ」
「ダルゼン様は王都の騒動はご存じで?」
「キシュア税務官、いや、今は勇者殿の付き人か。無論知っている。闇ギルドまで使うとは愚かな。対処が遅ければ闇ギルドに国の弱みを握られることになっていたぞ。とは言え、貴君のような、優秀な人員を異動させるとは……」
「お褒めいただき光栄ではありますが、勇者様たちのお付は不名誉ではありません」
「おっと、すまない。貴君を貶めたつもりはない。無論勇者殿たちもだ。ただ、ずいぶんと上がな……」
どうやら、このダルゼン辺境伯は結構危機感を持っているタイプのようだ。
あれか、王都から離れているから冷静に物事を見られるのか。
「迂闊な物言いは避けた方が良いでしょう。未だ王都は入れ替えの最中です。我々もその関係で出てきたのですから」
「そうだな。タナカ殿の言うとおりだ。あの者たちに足を引っ張られてはたまらん。ガルツとロシュールの争いも激化しているしな。国境の守りは固めねば。そうだな。その話もしておかねば、だが、まずは部屋に案内しようこちらだ」
一先ず部屋に案内された後に、食事を共にして、ガルツとロシュールの話を聞くことになった。
「一先ず、ガルツには今回はあいさつだけということでいいのですね?」
「そうだ。顔見せだけでいい。ガルツとロシュールの争いにどちらかに肩入れすれば、こちらが巻き込まれる。ロシュールへ行くのであれば、リテアから行くと良い。聖女ルルア様が同じく聖女であるロシュールの第三王女であるエルジュ様と親交が厚いらしいからな。戦争しているところからの訪問よりはマシだろう」
ま、当然の判断だよな。
「しかし、それでは魔物退治などは……」
「そこは難しいところだ。魔物退治をして喜ばないわけはないだろうが、今は戦時中だ。勝手に動き回られては迷惑になることもあるだろう。まあ、そこは交渉次第だな」
「そういえば、今回私たちの相手をしてくれるのは?」
「ガルツ第二王女であるローエル殿下だ」
「ローエル殿下が!?」
「うむ。それなりに気を遣っているのは確かだ。わざわざ、ガルツの王家に伝わる伝説の盾を使える将軍がだ。何か狙いがあるのは確かだが、まあ、勇者殿たちの礼儀関係は未だこの世界を詳しくは知らない。そういうことできり抜けるしかなかろう」
ガルツの王族が案内ね。
さてさて、どうなるのやら。
俺はそんな感想を抱きつつ、ダルゼンの情報をありがたく聞いていくのであった。
さて、戦争のない国境の町は交易で栄えていて、迎えはあのローエルお姫様。
あの盾が上手い人で、セラリアと一度やりあったことがあって、シェーラの姉。




