第220射:表と裏
表と裏
Side:タダノリ・タナカ
静まり返った魔族の王都、ラスト。
人の気配はほとんどない。
時折、見回りであろう、兵士のたいまつが揺れているぐらいだ。
と、そんなことを考えつつ……。
『おお、間に合ったか。地下から一直線に車で一週間ほどだったからな、援護は難しいかと思ってた』
「便利だな。ダンジョンってのは。こっちは徒歩で20日以上だよ」
俺はタブレットを使ってあいつと連絡を取っている。
どうやら、向こうも今夜到着するらしい。
しかもたった一週間もかかっていないようだ。
まあ、車で一直線ならそんなものか。
『そっちもこっそり使えば……ってのは、無理か』
「ああ、若者に楽はよくない。下手に期待することになるからな」
俺もそのダンジョンを作る道具はこいつから預かってはいるが、ここで使おうとは思わなかった。
若者たちはまだ自分で頑張るというのを自覚したほうがいい。
そして、簡単に帰れると思ってもな……。
希望を与えるだけ与えてダメでした。なんてのは申し訳ない。
下手をすると、精神に異常をきたすからな。
『元の世界に戻る。か、厳密に同じ世界かも怪しいからな。それを確かめる方法もない。一発勝負、地球に戻ってから分かることだしな』
「ああ、というか、まだ地球に戻れるだけましだ。下手をすれば、変なワープでもして宇宙空間とかだったら即時お陀仏だ。いや、その方が楽なのか?」
『……お前のその考え方変わらないよな』
「現実的なことを言っている。ルーメルの連中に帰る方法を探すように言ってはいるが、そっちの可能性の方が高いからな」
『ま、そうだろうな』
俺が、ルーメルが帰る方法を見つけるとは思っていない理由としては、ここが一番の理由だ。
邪魔ものは帰れるとでも言って、知らないところに放り出せばいいだけだからな。
お姫さんは心底本気だろうが、宰相はやる。絶対にやる。
今、俺たちにいてもらっちゃ困るのは間違いなくあいつだからな。
これから先、魔族との講和が結ばれれば、それを成し遂げたのは、ルーメルではなく、結城君たち。ルーメルは何もしていない。
まあ、かろうじてお姫さんが協力しているぐらいだ。
今後、結城君たちの顔色を窺わないといけないとなると、やりづらいことこの上ないだろう。
なら、帰ったと言ってしまえばいい。
そのあとは、全権を委譲されたとか好き放題言えるからな。
「報酬を渡さず口封じ。定番すぎるからな。あの宰相ならやりかねん」
『そっちも大変だな』
「お前の方で、帰る方法を探してくれてもいいんだがな」
『……あの駄目神にお願いして信じてくれるなら最速で案内ができるが?』
「お断りだ。検証して実演して見せて、データを見せてくれたら1割信じよう」
『そこまでやって1割か』
「お前が人をけなして呼ぶようなことはよほどだからな。信用なんぞできるか」
『となると、しばらくはそっちはそっちで探してもらった方がいいぞ』
「ついでに、そっちの手助けも兼ねてか」
『おう。だが、その前に、魔王を倒さないと話にならんけどな』
そう、今後のことを話してはいるが、結局デキラという魔王をどうにかしないとどうしようもないわけだ。
ここで俺たちがしくじれば今後の予定もおじゃん。
捕らぬ狸の皮算用ってやつだな。
「で、情報は? 既に城の監視はしているんだろう?」
『ああ、データを送る』
俺がそう言うと、あらかじめ準備しておいたのだろう、城の図面が送られてくる。
ご丁寧なことで、障害物の記載までしてある。
「内部に送り込んだのか?」
『いや、ダンジョン化すれば、データは取り放題だからな』
「ちっ、便利なことで」
ダンジョンの能力を持っているやつは奇襲し放題ってわけか。
本当に厄介なことだ。
コイツを敵に回すのはやめておいた方がいいな。
ま、もとより敵対する可能性はほとんどないのだが。
と、そんなことより、大事な話はまだだ。
「で、目標の位置はどうなる?」
『目標は一応、この時間帯なら、執務室か寝室だな。とはいえ、まだ一週間も情報は集まっていないけどな』
「……信頼性の低い情報だな」
『そうは言っても、一年も監視しているわけにもいかないしな』
「で、作戦開始まであとどれぐらいだ?」
『そうだな。進軍具合とか、今後のレジスタンスの結成とかを考えると、あと3日後か?』
「よし、舐めてるだろうお前」
そんな行き当たりばったりの作戦が成功するか。
舐めているとしか思えん。
『舐めてないぞ。マジだ。戦場で準備万端で戦えるとかお前が思っているわけもないよな?』
「お前は準備万端にできるだろうが。あえて不利な状況で挑む理由もない」
『バカかお前は。俺がわざわざ動くか。お前と同じように保護者の部類だよ。というか、後始末が俺じゃできんし、全部を吹っ飛ばすしかない。それはお前も同じだろうが』
「ちっ、こういう時は現地の権力者がいるのが面倒だな。お前の言う通り、全部更地にするなら楽なんだが。ま、いい。で、俺がそっちを補佐をするのにいい位置はあるのか? 射線が通ってないと、壁越しにぶっ放すしかないぞ?」
全く、面倒な条件を背負ったな。
敵味方関係なくやれればいいが、今、出来ないことを言っても仕方がない。
なら、なんとか仕留める方法を探すしかない。
『いざとなったら外におびき出すから、その時に頼む。室内で済むならその程度ってことだからな』
「室内でそっちがやられないといいがな」
『流石にそこまではな。リリアーナ女王とやりあったんだろう? それぐらいならと思うが、そんなにパワーアップとかしているのか?』
「しらん。だが、油断していると足元を掬われるのはよくあることだからな」
『そう思うなら、射線が通る場所でも探しててくれ』
「そうする。お前たちがやられたあとで俺たちが戦うことになりそうだからな。その場合絶望的だ。なんとしてもお前で仕留めてほしいもんだ」
『そうなることを俺も祈る。と、そろそろ時間だな。ま、そっちは良さそうな場所を探しててくれ。3日後、お前が無能か有能かわかるってことだ』
「いってろ」
ブツッ……。
定期連絡が終わり、辺りに静けさが戻る。
夜の静けさだ。人の生活音のしない、自然の静けさ。
風の音、葉が揺れる音、そして虫が鳴く音。
「……行くか」
時間もない。
さっさと調べておく方がいい。
ということで、俺は一人ラストの城下町を進んでいく。
この作戦は結城君たちに何一つ伝えていない。
まあ、元からあいつの存在すらしらないからな。
なので、こっそり作戦行動をするには夜しかない。
「とはいえ……」
この町に到着した時に感じたが、なんというかゴーストタウンって感じがするな。
ノールタルたちが住んでいた地域だけなのかもしれないが。
随分と巻き上げているみたいだからな。
こういう不満をため込むのは全体ではなく、一部に押し付けて消滅させる方がいいからな。
そうなると、ノールタルたちのような被害にあっているのも相当数いるとみていいだろう。
「ま、戦争ではよくあることだな」
干からびるのは一般人で、裕福層になるほど戦争とは程遠い環境にいる。
あんな風に……。
「おい。生きてるか?」
返事がない。
……俺の視線の先には、おそらく人がくるまれているであろう布があり、足が出ているのが見える。
これはだめだなと思いつつ、布をめくると……。
顔のはれ上がった、こと切れた裸体の女性がでてきた。
「さて、ただの暴漢に襲われましたってわけじゃなさそうだな。ま、とりあえず、次があるならそっちで幸せにな」
俺はそう言って布を再びかぶせて静かに移動を開始する。
いや、昼間の移動中に見つけなくてよかった。
ああいうのは、新兵には来るからな。
戦場ではよくあるとはいえ、わざわざこの大一番で動揺をさせる理由もない。
あとで、引っ張って片付けておくか。
「しかし、城にたどり着くまでに死体が増えていくとかじゃないといいけどな」
嫌な予感を感じつつ、城の方まで進んでいると広場に出たようで、……そこにそれが存在した。
吊るされた人。
ああ、手を結ばれてとかじゃない、首に縄をかけられて吊るされている方だ。
見せしめ。わかりやすい独裁政権のやり方だな。
反対する者、反抗するものは殺す。
反感を買いやすい方法ではあるが、だからこそ効果的でもある。
「ご丁寧に、罪状まで書いてあるな」
この者たち、魔王様の徴収に抵抗し、国家存亡の危機を招く行為を行ったことにより、国家反逆罪の罪によりここに公開処刑をする。なお、このまま1週間さらし、その足りない罰とする。
ふむふむ。わかりやすいことで。
日本でいうさらし首の文化か。
「……心ある者なら、あんたたちを降ろして供養するんだろうな。結城君たちとか」
俺はそうつぶやいて、その場を通り過ぎる。
残念ながら心ある者でもないからな。
いや、それは違うか。誰だって報復、罰は怖い。
命にかかわることを誰だってやりたがらない。
俺も同じだ。自分も死にたくない。面倒を起こしたくないから彼らをそのままにしていく。
まあ、レジスタンスを作るいいきっかけになるからな。人が集まった時にやらせてもらおう。
「ま、人の死を利用するんだ。俺がまともなわけないよな」
俺は自分のことをそう評価し、魔王城へと向かう。
ま、まともな奴が殺し合いなんざしないからな。
戦争をする奴らは頭のネジが飛んでいるってことで間違いない。
と、そんなことを考えていると、目の前にデキラがいる城が見えてくるが……。
「大きな堀が城を囲っていて入り口が一つ。ドローンの映像で知ってはいるが、侵入するには苦労するな」
目の前に広がっているのは、来るものを拒む出入り口が一つしかない城がそびえたっている。
さて、あいつの援護をするにはこの中へ入る必要があるんだが……。
俺はあいつから渡された、地図を取り出して確認する。
「……やっぱり堀を泳いで渡るしかないか」
正面の橋を渡ろうとすると、どう考えても発見される。
銃で狙撃して殺してもいいが、今後の警戒度が上がるだろう。
それは、あいつの予定をくるわせることになるので駄目だ。
そうなると、堀を泳いで渡って、壁をよじ登って中に侵入するしかない。
「はぁ、冷たそう。一般人には辛いよな……」
そう言いつつ俺は堀へと飛び込み、堀を泳いで渡るのであった。
これ、夜明け前までにまた脱出しないといけないから、結構ハードだなぁ、と泳ぎながら思うのであった。
こうして田中はデキラを仕留めるためのこっそり準備を進める。
問題はユキたちがデキラを倒せるほどの技量があるかどうか……。
そして、ラスト城下町のノールタルがいた地域は結構ひどいありさま。
この状況に勇者たちは耐えられるのか?




