第210射:防衛戦の思惑
防衛戦の思惑
Side:タダノリ・タナカ
只今、日が暮れて夜。
暗くて静かなもんだ。
相変わらず、この世界は灯りがないので、曇っていると真っ暗だ。
俺の吸っているタバコの灯りだけが、唯一の光源で、明るく見える。
「ふっ~……」
俺は肺にため込んだ煙を吐き出して、昼のことを思い出す。
「では、さっそく戦車を配置しましょう」
「いきなりやる気になったな」
なんか、考えすぎた大和君が元に戻ったのはいいが、適当に言いすぎたな。
「いや、別に間違いでもないんだが」
確かに平和という概念は近づきつつあるといっていいだろう。
大昔に比べればな。
だが、その平和も核戦争でも起こってしまえばパーになるという危険性があるんだが、それを言わないのはお約束だ。
勝手にいい方向に考えてくれるなら、それはそれでいい。
そもそも、今回の防衛戦の意味は……。
『おーい。タナカ。聞いているだか?』
「ああ、聞いてる。ただタバコをふかしてただけだ」
『煙を吸うのはそんなにうまいもんか?』
「いや、体に悪いようだからおすすめはしないな」
『だったらなんで吸ってるだ?』
「ま、慣れると心が落ちつくいいモノなんだよ」
ただのニコチン中毒といわれればそれまでだが……。
だが、そんなことを知らないゴードルはそのまま話を進める。
『そういうもんか。と、それはいいとして、そっちの準備はいいか? 絶対に先発隊の連中はタナカと勇者たちで、壊滅できるんだな? 今更できないとかこまるだよ?』
「わかっている。手はずは整えている。壊滅させることは可能だ」
戦車が総勢45台。それを既に配備済み。試射も済ませていて、冒険者や兵士たちもそれを見て勝てると確信してくれた。
あと、前にでたら一緒に吹き飛ばすって言っておいたから、まず邪魔することはないだろう。
ま、それでも勝手に出てきたら、本当に吹き飛ばせばいいだけだが。
と、そんなことはいい。今はゴードルとの話だ。
これだけ戦車をそろえているんだ。
先発隊の連中が森から出てアスタリの町へと進軍してきたら、キルゾーンに入り次第ミンチにできるだろう。
というか、出来なければ逃げる。
『すごい自信だべな。ま、タナカならそういう手があるんだろうな』
「ゴードルには説明してもいいが、長くなるぞ?」
『いや、それは合流してからでいいだよ。それでタナカが粉砕する予定の先発隊はデキラが率いる好戦派の連中だから、今後にとってもプラスだ。あとは、おらがいる本隊の好戦派をなんとかすれば勝利確定だべな』
「デキラのやつ、なぜかほとんどの兵力をルーメル侵攻に向けて、あとは砦の防衛に回したからな」
『なにいってるだよ。リリアーナ様がロシュール方面に逃げたから、デキラが兵力を割く羽目になったのはタナカの策だべ』
「いや、ロシュール方面に女王が逃げたのは予想外のことだからな。俺はそこまで誘導はできないぞ?」
『わかってるだよ。とはいえ、こっちにとっては好都合だべ。おかげで本隊をつぶせはそれで終わりだ』
確かに、ゴードルの情報が本当ならば、先発隊をつぶして、本隊の好戦派を何とかすれば勝負は決する。
それだけ兵力差があるからだ。
まあ、そこまで簡単にはいかないんだが……
「隊列とか編成はどうなっているんだ? というか、先発隊をぶっ潰した場合、本隊の好戦派は警戒して和平派の連中を前面に出すんじゃないか?」
というか、勝っていようが負けていようが絶対にする。
和平派に被害をだすことで、
好戦派に引き込むのがデキラの目的だからな。
『だべな。というか、それのほうが敵味方がきっかり分かれてありがたいだよ。後ろにいる連中が好戦派ってことになるだからな。攻撃する手段はタナカに任せるか、おらが相手にするかだけど……』
「間違ってもゴードルが動くなよ。死ぬぞ?」
『わかっているだよ。流石に敵が多すぎるからな。その場合はおらも死ぬだよ。だけど、ここで魔族の好戦派を削るか削らないかで、魔族の未来が決まるべ。リリアーナ様が戻ってきたときに顔向けができるぐらいのことはするだよ』
「死んでもか?」
『死んでもだ。おらは義理をはたす。そして、あとはタナカと勇者たちにまかせるだよ』
ったく、面倒な。
確かに、敵本隊の掌握をしくじれば、まとめて戦車で吹き飛ばすしかない。
ついでにそうなれば、敵側にいるゴードルも命のなくなる可能性が高いってことだ。
「そんなことにならないように、何とか後方の敵を狙う方法を考えてみよう」
『たのむだ。そこをクリアすれば、なんとかなるだよ』
「だから、ゴードルは自重してろよ」
『わかっているだよ。あくまでも最後の手段ってやつだよ』
と、そんな話をしていると、部屋にソアラがいきなりやってきて……
「タナカ殿! 敵が、魔族の先発隊を発見したと冒険者から報告がありました!!」
『……到着したみたいだな』
「ああ。じゃ、また後でな」
『死ぬんじゃないだよ?』
「おう。というか、そっちも死ぬなよ」
そう言って、ゴードルとの通信は終わり、俺がギルド長室に行くと、全員揃っておりこちらを見つめている。
その場には魔族であるノールタルたちもだ。
なぜかというと、ノールタルたちは以前俺たちと一緒にガルツに向かった際、全然周りに気が付かれなかったのでそのまま、冒険者登録して、普通に街中を歩けるようにしている。
ザルすぎる警備にびっくりだよ。
まあ、みんな魔族はものすごい怪物としか思っていないから、こんな少女が魔族とは思わないわけだ。
「ん? 私を見つめてどうしたんだい? 見とれたかい?」
「いや、それはない。で、状況は?」
「そこは、見とれたって言うべきだと思うけどな。ま、いいか、イーリス君お願いするよ」
「ああ。任せてくれ。ノールタルさん」
なぜか、この場を仕切っているのがノールタルなのかは不思議だが、今はそんなことにツッコミを入れる気はない。
時間が惜しいからな。
「では、タナカ殿も到着したとこだし、状況を改めて報告する」
そう言ってイーリスが説明を始めた内容は以下の通りだ。
・大森林の警戒に当たっている冒険者のチームが大森林の奥からこちら、つまりアスタリの方向に進んでいる魔物の群れを確認。
・遭遇したのは2日ほど前だから、移動した距離を換算して、あと30~50キロ前後と想定。
・軍の到着予測は3、4日後。
・数に関しては不明だが、見た限りで1000は超えている。
「こういう報告が3件入ってきて、既に冒険者たちには撤退を指示している。で、タナカ殿。ドローンでの偵察状況は?」
「それは、キシュアとリカルドに任せていたが?」
俺がそう言うと、全員の視線がキシュアとリカルドに集まる。
「間違いありません。映像はこちらです」
そう、キシュアが言って、タブレットを見せると魔物の集団が森を進行してきている様子が映っている。
とはいえ、かなりの高度からの偵察で、どこに魔物を操る魔族がいるかはちょっとすぐには分からない。
ちっ、ドローンの存在がばれたのは痛いな。
まあ、この先発隊にはばれていない可能性は高いが、賭けはできないので、相手が認識できないような高さからの観察にとどめている。
「位置関係は確かではありませんが、ドローンから森が切れてアスタリの町が確認できますので、そこまで遠くはないでしょう」
確かにドローンの視界にはアスタリの町らしきものが遠くにぽつんと見える。
こうなれば敵が到着するのも時間の問題ってところだな。
「うえっ!? 結構近くない!? 明日には来るじゃん! 急いで準備しないと!!」
ルクセン君は敵とアスタリの町の位置を見て慌てているが……。
「落ち着け、ルクセン君。そんな簡単に軍隊っていうのは到着はしない」
「え? でも、あの距離なら、ひとっ走りすれば……」
「まあ、個人なら1日2日で抜けられるだろうが、軍隊はそうもいかない。道のない森の中を進むのは大変な上に、敵は団体様だ。足並みをそろえる必要もあるし、こちらの様子も伺う必要もある」
「あー、思ったよりも時間がかかるってこと?」
「そうだ。リカルドが報告したように3、4日ほどだな」
「へー」
軍というのはこういう感じで移動速度がすこぶる遅い。
まあ、集団の力を使うから、それだけ準備に時間がかかるわけだ。
到着した瞬間に攻撃することもほぼない。
隊列を整えて、戦列を組んで、じわりじわりと寄せてくるのは今も昔も変わらない。
とはいえ、現代戦は一か所に固まるような真似はしないけどな。
そんなことしたら、迫撃砲や爆撃であっという間にお陀仏だ。
「とはいえ、偵察隊が先行して仕掛けてくる可能性があるから、警戒は必要だ。そこはどうなっているソアラ?」
「そこは、防壁の上からの監視を増やして対応を行って……」
ズドーン!
ソアラが言葉を言い切る前に、そんな爆音が響き、すぐに誰かが部屋に入ってきて。
「魔物です!! 見たことない魔物が、門へ攻めて来ました!!」
「おお、意外と相手はせっかちだな」
「何そんなに落ち着いてるんだよ田中さん!! 敵が思ったよりも早く来ちゃったんだよ!!」
「慌てたところで、どうしようもうないからな。さて、ソアラ少数の迎撃はまかせる手はずはどうなっている??」
そう、この程度の少数連中に戦車とかの現代兵器を使う気にならん。
警戒されて逃げられたら面倒だからな。
好戦派で固められている連中はここで全員ミンチになってもらう。
ゴードルの為にもな。
だから、キルゾーンに軍団を引き込むためにも、少数部隊は基本的に門前で迎撃するようにしている。
戦車とかは報告ではただの置物としか見えないようにな。
そして、敵にアスタリの兵は閉じこもっていると思わせるためにだ。
「もう動いているはずです。迎撃班はでていますか?」
「はい。すでに予定通り、迎撃に出ています。迎撃できるかは魔物の強さがわからないので何とも言えませんが」
「わかりました。あなたは戻って続報に備えてください」
「はっ!」
そう言って、伝令役のギルド職員は出ていく。
で、勝敗はわからないっていうのは、相手が見たことない魔物だから、当然の反応か。
とはいえ、防壁を背に上から矢を射かける戦い方でそうそう負けるわけもないと思うが……。
「とりあえず、映像で確認するか。まずそうだったら増援で。その時は結城君たちが出てくれ。勇者たちが一掃すれば盛り上がるしな」
「わかりました」
「はい。任せてくださいませ」
「まっかせてー!」
そんな話をしつつ、アスタリに待機させているドローンにモニターを切り替えると……。
意外と普通に倒していたので、結城君たちの出番は今回なかった。
ま、順調でなによりだ。
しかし、一度は結城君たちが出て、力を見せつける必要は出てくるだろうな。
なにせ、まだ戦いは始まってすらいないからな。
敵勢力をおびき寄せて叩き潰す。
色々考えはあるけど、一番大事なのはこれ。
その後をいくら考えても、勝てなきゃ意味がないからね。
確実にやるために油断を誘い、ここぞというときに戦力を投入して叩く。
戦い、戦争の基本は今も昔も変わらないよね。
そして、アスタリ防衛戦の幕が上がる。




