第208射:不安と余裕
不安と余裕
Side:タダノリ・タナカ
「すぐに寝ちゃったね。やっぱり疲れていたみたいだ」
「そりゃな。昨日から一睡もしていないからな」
リリアーナ女王を無事に逃がすってことで、かなり前から計画をしていたことだしな。
元々、徹夜の予定でもあった。
だが、予定外の事も起きた。
予定なら、リリアーナ女王を逃がしつつ、俺たちも交代でちゃんと休憩を取る予定だったが、女王はメイドを助けた後、単独行動で行方不明。
その捜索やかく乱で人員を割かれたため、メイドのメルの案内はルクセン君が一手に引き受けて、予定通りの休憩は取れず、ようやくノールタルが交代してくれたという状況だ。
「悪いな。ルクセン君が起きたら、すぐ交代してもらう」
「別にいいよ。今は横になっても寝れそうにない」
ノールタルはそう言って、テントの周りに配置してあるドローンの映像を見る。
……そう、ノールタルも実は寝ていない。
まあ、妹が暴行されて、逃げて行方不明だからな。
ノールタルに関してはもう限界がくるまで放っておくか、強制的に寝かせるかだ。
「というか、それを言うならタナカだって寝てないじゃないか」
「俺はこういう徹夜は慣れているからな。そして、少しでも時間が空けば仮眠をとっているから心配はいらない」
これは嘘ではない。戦場では休める時に休まないと、体が動かなくなる。
それは致命的だからな。わずかな時間ではあるが、体を休めて体力の損耗を抑えるというのは兵士としては当然だ。
「可愛げがないな。このお姉さんが膝枕してやろうと思っていたのに」
「ノールタルの体は小さいからな、頭が落ちそうだから遠慮する」
ノールタルは年齢こそこの中で一番高いが、見た目はルクセン君と同じぐらいの少女でしかない。
だから膝枕の面積が物理的に少ない。
「……もっとここは喜ぶべきじゃないかい?」
「現実を言ったまでだ。しかし、思ったよりもショックは少ないみたいだな」
「んー、一応ショックは受けているんだよ? ほら、一睡もしてないからさ。でもさ、リリアーナがこんな風に出て行ったのは今回が初めてじゃないからね」
「そうか」
「気が付けば魔王だったからね。今回もなんかすごいことをして戻ってきそうだなーって思ってるわけさ」
「……」
その言葉に、物凄く嫌な予感がした。
いや、リリアーナ女王が死んでしまったとかではない。
それよりも面倒なことが起こる気がした。
だが、気がしただけだ。
実際に何かが起こっているわけでもないので、言葉を発することはなかった。
というか、今はリリアーナ女王は単独逃亡中で命の危険がある状態だ。
ここで心配するべきは、リリアーナ女王の命のはず。
「ま、そうなればいいじゃないか。無事だってのは悪い話じゃない。いや、むしろこっちにとってはありがたいことだ」
そう。女王が無事となれば、あとは合流して、ラスト王国に殴り込みをすればいい。
それで、解決するかは分からないが、死んでいるより遥かにマシなのは間違いない。
「そうだね。ま、とりあえず。私は妹を殴られて高ぶってると思ってくれ。で、私のことはいいとして、タナカが寝てない理由は、この町のことかい?」
「そうだな。一応、ソアラやイーリス、クォレンには連絡を入れて戦力を集めてもらっているが、なかなか厳しいな。先発隊の数が思ったよりも多い」
「多いというと?」
「魔族が1000人と、使役されている魔物が約2万ってところか」
「2万!?」
流石に俺の返事にノールタルも驚いたようで声を荒げる。
先発隊の数だけで二万。アスタリに常駐している兵士が約2000と冒険者が約3000で、総勢5000といったところに、約4倍の数で魔族の軍がくるわけだ。
大昔の戦いでは勝ち目がほぼない。
数が正義だからな。
まあ、こういう不利な状況を覆すのがロマンのある軍師とかの伝説になるんだろうが、そういうのはあくまでも伝説だ。
そんな博打をするようなことはしない。
「ま、一人当たり20匹連れているって感じだな」
「いや、普通に言ってるけど、かなりまずいんじゃないかい? こんなに数の差があるとアスタリの冒険者とか逃げ出しそうだけど?」
「流石に冒険者連中には言ってない。ま、ソアラには伝えたけどな。いや、2人とも青ざめていて笑えた」
「笑えたって。それが普通の反応だよ。で、ソアラギルド長はどうするって?」
「意外と根性はあるようで迎撃態勢を整えるだとさ。冒険者を緊急に集めている最中だ。名目は大森林で魔物の群れが発見されてその討伐のためだな」
「うわー。って、だから、なんでそんなにタナカは平気な顔をしているんだい?」
「そりゃ、普通に勝てる算段があるからだ」
そう、博打はしないが、勝てる勝負はする。
ただそれだけのことだ。
「は?」
だが、ノールタルは俺の言っていることが理解できていないのか、何言ってるんだお前はって感じの顔でこちらを見ている。
「だから、勝つ方法があるから落ち着いている。勝てないのなら、さっさとここから撤退している」
死ぬためにアスタリの町にいるわけじゃない。
勝算があるからいるのだ。
「あ、まあ、そりゃそうだね。タナカならそうするだろう。でも、どうやって二万もの敵を? あ、ドローンであの銃ってやつを使うのかい? そうすれば、来る前に打撃を与えられる!」
「外れだ。こっちに来る前に全滅してもらっても困るからな。しかも、俺たちの仕業とか思われかねないしな。今後の魔族との戦いで俺じゃなくて、結城君たちが要であると見せる必要もある」
そうしないと、魔族の国へ攻め込んだあとに魔族の国民を守れない。
世間的に勇者が活躍して、何とかしたというのが必要だ。
ついでに、各国の援軍が来て俺たちの戦いぶりを見てくれればなおありがたいね。
俺がやる予定のモノで度肝を抜かれてくれるはずだからな。
それで、魔族に手出ししようとするやつもいなくなるだろう。
その演出のためにも、是非とも魔族には俺の演出に耐えられるだけの数で来てもらわないといけない。
「まあ、確かにそうだけど。そんなことが可能なのかい? あの銃を持って戦えばあるいは、可能かもしれないけど……」
「そういうのはしない。背中が心配になるからな」
こんな世界のというと失礼かもしれんが、銃を渡すほど信用はできん。
「いや、あの武器も渡さずっていうのは流石に無理じゃないかい?」
「そこは心配しなくていい。人の手を借りなくてもできるからな。後は配置するだけだ。何をするかは見てのお楽しみだ」
「内容は教えるつもりはないんだね」
「説明をしても理解させるのに時間がかかるからな。あとは、スパイの可能性だ、ノールタルたちがスパイだとは思っていないが、誰かからこちらに向かっている魔族へ俺がやっていることの意味が伝わるのはまずい。敵が全滅するようなことをしていると伝わると、相手が来なくなるからな」
まあ、魔族のスパイの可能性は限りなく低いとは思うが、俺としては勇者一行を邪魔と思う宰相の部下が紛れ込んでいる可能性を危惧している。
仲間とは言いづらいが、そういうのに足を引っ張られるのも嫌だからな。
「ま、タナカがそれだけ自信満々にいうからには、それだけ可能性は高いんだろうね」
「ああ。最初に言っただろう。勝てない勝負はしない」
「本当に勝つ気だね。いや、頼もしいね……」
ノールタルは俺の言葉に笑顔になったが、すぐに目がとろんとしてくる。
どうやら、そろそろ限界のようだな。
ま、メルの監視は真っ暗な中、ただモニターを見るだけの仕事だしな。
全然寝ていないノールタルもそろそろ限界だろう。
「眠っとけ」
俺はそう言って、毛布を渡してノールタルの持つタブレットに手を伸ばすが、特に抵抗もなく抜き取れた。
「あれ? あはは、なんだかんだで疲れてたみたいだね。それともタナカが頼りになるから、安心したかも」
「それはいい。なら安心してゆっくり体を休めておいてくれ、そのほうが助かる」
「そうさせて、もらう、よ」
ノールタルはそう言って、ぱたりと横になって寝てしまう。
とりあえず、邪魔なので、運んでベッドの上に転がす。
「さて、俺は代わりにモニターの監視と……」
代わりに監視でもするかなと思っていると、通信が入ってくる。
相手は……。
『ノールタルの姐さんはねたべか?』
「……ようやくな。で、そっちはどうだ?」
現在唯一、ラスト国に残っている俺たちの協力者。
四天王のゴードルからだ。
『リリアーナ様がいなくなってデキラが城下町にある宣言をしているっていうのは言っただべな?』
「ああ、ドローンでも確認している。リリアーナ女王は国を見捨てて逃げ出したっていってるらしいな。わざわざ看板まで立てて」
『そうだ。だが、まあそれで町の人たちは不安になっているべ。実際リリアーナ様いないし、和平派は全員捕まっているだ。そして、デキラ派につく人たちも多いだ。最悪なのは、それを利用して、和平派の連中は貴族一般人を問わずにルーメルへの侵攻軍の援軍に加えられているべよ』
「敵対勢力をあぶり出しのうえに、強制徴兵。そして、最前線へ送って敵の盾にか。これで、殺されでもしたら、和平派も好戦派になるってか」
『そう考えているみたいだな。高笑いしてたべよ、デキラのやつ。これで、和平派が好戦派になるって』
「悪趣味なことで」
とはいえ、リリアーナ女王の信頼を叩き落すにはこれ以上の作戦もないわけだ。
人と仲良くなれますって信じている魔族たちが、人に殺されれば、リリアーナ女王の言っている和平がどれだけ夢物語かってのが身に染みてわかるからな。
戦うしかないという目の前の現実に対して、理想を捨てるしかない。
デキラにとっては王都に残る人々は戦争支持派、好戦派になるわけだから、なおのこと政権が維持しやすいってことか。
ま、王都に和平派を残しておいて、デキラたちの主力前線に向かっているときに謀反を起こされるとそれはそれで大変だからな。
デキラの立場に立って考えてみると、当然の選択肢だ。
「やっぱり、デキラは馬鹿じゃなかったな。これで内部からの突き崩しはかなり難しくなったな」
なにせ、和平派の戦力はルーメルのアスタリ、こっちにむかっているからな。
『流石にそこまでバカだったら、誰もついていかないだよ』
「確かにな。で、ゴードルはこれからどうなるんだ? 一緒に統治か?」
『いんや。デキラのやつ、抜け目のないというか、おらを信じていないのか、アスタリの侵攻軍の増援に同行しろっていわれたべ』
「これで、王都の様子を探れる奴はいなくなるってことか。いやー、やるね」
何度も思うが、下着泥以外は、立派な為政者だな。
『ま、おかげで和平派のほとんどはアスタリに向かったわけだべが』
「ああ、それで思いだしたが、別に完全に好戦派だけ残ったわけでもないだろう?」
『そりゃ、潜在的な和平派は町にいるだよ』
「だな。となると、内部も煽れないことはないか。あとはどうやって、アスタリに来る和平派の連中を抑え込むかだが……」
『そこはおらに任せるだよ。デキラもいい作戦を思いついたかもしれないだべが、おかげで、やりやすくなっただ』
「そうだな。おかげで和平派の連中と仲良くなれそうだ。あと、ゴードルと実際会えるのが楽しみだ」
『それはおらもだ。みんなと会えるのを楽しみにしているだよ』
と、お互い笑いあって、夜の通信は終わる。
さてさて、アスタリ防衛戦は面白いことになりそうだな。
不安になっているノールタルと余裕がある田中。
さてさて、田中とゴードルはなぜここまで落ち着いてるのか?
この女王がいない状況での余裕の正体とは!




