第207射:大森林を進む
大森林を進む
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
リリアーナ女王がクソ救いようのない変態デキラにクーデターを起こされて半日がたった。
既に夜は明け、朝日がさして辺りが明るくなっている。
『あの、ヒカリ様。本当にこちらでいいのですか?』
「うん、安心して。だから、今は休憩しよう。まだ体は完全に回復していないからさ」
『……わかりました。逃がしてくれた陛下のためにも。今は焦ってはいけないのですね』
「そうそう。幸い、メルは回復魔術も使えるんだから、体の傷を治してゆっくり進もう」
そんな感じで、僕はリリアーナ女王が助けたメイドさん、メルを誘導しつつ、リテアを目指している。
当初はまず第一に追っ手から逃げるために、森の中に逃げ込んで歩き続けていたんだけど、メルはクソデキラに暴行されていて回復薬である程度は治していたんだけど、やっぱり疲れが溜まったようで、休むように言うと、すぐに座り込んで、休憩をとる。
「ごめんね。もっと早めに休むべきだったね」
『いえ。私も必死でしたから。では、ヒール』
メルがそう回復術を唱えて、足の傷などを重点的に治していく。
顔はまだデキラたちに暴行されたままで、腫れているのが痛々しい。
「僕が隣にいればすぐに治してやれるのになー」
『ヒカリ様は、回復魔術が使えるのですか?』
「うん。これでも結構すごいんだよ。メルの顔は僕が必ず治してあげるからね」
『はい。ありがとうございます。ですが、まずはこの森を抜けないとそれは叶いませんね』
「ま、大丈夫だよ。先行しているドローンが危険な魔物は排除したり誘導しているからさ」
『便利なものですね。あ、そういえば、私と同じように、使い魔を陛下にもつけているのですよね? 陛下は無事なのですか?』
「あー……うん。ケガはひどいけど、問題ないってさ」
『……そうですか。それは良かったです』
僕はとっさにそう嘘をつく。
まさか、僕たちが見失ったなんて言えないよね……。
セイールは落ち込んでいるし。
まあ、でも、逆に良かったって田中さんやゴードルのおっちゃんは言ってるんだよね。
捜索していたドローンに、やっぱりというか、当然というか、デキラの部下の追撃がやってきたみたいで、晃と撫子も一度不意を突かれて落とされたみたい。
つまり、敵がドローンを敵と認識したってこと。
そして、相手にとってはドローンが飛んでいる場所は目印になっているってこと。
お陰で、リリアーナ女王が逃げるための陽動になっているみたい。
で、その行方不明になっているリリアーナ女王だけど……。
大森林の魔物にやられるほど弱くもないし、一般兵に見つかったところで、捕まることはないって言ってるから、無事にロシュール方面に逃げ出せたと思うしかない。
既に、田中さんがグランドマスターのお爺ちゃんにリリアーナ女王を見つけたら保護してもらうように話を付けているから、見つかればすぐに連絡が来ることになっている。
早く無事の知らせが届くといいな。
と、そんなことを考えているうちに、メルは自分の治療を終えたみたい。
『お待たせいたしました』
「どう? 体の調子は?」
『そうですね。だいぶ良くなりました』
そう言ってメルはその場で軽く飛び跳ねたりして見せた。
逃亡時の痛そうな顔ではなく、本当に体の調子は良さそうだ。
まあ、顔の方もやはり消えない痣は残っているけど。
「じゃ、日が昇っているうちに、少しでも進もうか」
『はい。少しでも距離を稼いでおきましょう』
ということで、メルと僕は再び森の中を進む。
しかし、ドローンの視界が地面に近いのは結構緊張感がある。
セイールも同じようにリリアーナ女王を追いかけていて襲われたからね。
僕も同じことをしでかさないかが心配だ。
尤も、僕やメルの動きは上からノールタル姉さんとセイールがドローンで辺りの警戒はしてくれているから安全ではあるんだけどね。
『しかし、陛下がデキラに敗北したわけではないと分かって安心いたしました。私のせいで玉座を追われることになったと思っていましたから』
「あー、まあ、あの場面を見るとそうだよね。でも、大丈夫。逃げる途中で言ったように、計画した逃亡だから」
『はい。確かに、ヒカリ様の言うように、あのような簒奪は許されるはずもありません。デキラたち好戦派は今頃国民の反発に手を焼いているはずです。そんな中、陛下がお戻りになれば、国民は陛下に従いデキラたちを追い落とすはずです』
そして、あのデキラは下着泥だしね。
二重の意味で絶対に許されるわけがない。
とはいえ、追い落としを成功させるには……。
「まあ、戦力を集める必要があるけどね」
デキラたち好戦派を排除できるだけの、戦力が必要だ。
そして、その戦力の筆頭が……。
『……その戦力ですが、本当にヒカリ様たち人が力を貸してくれるのでしょうか? ……その、勇者様が?』
メルさんの言うように僕たち勇者ってわけさ。
この時ばかりは勇者でよかったと思う。
戦力的な心配されないから。
普通なら僕みたいなチビが何言っても信じてもらえないから、勇者っていうネームバリューに助けられている。
「疑問に思うのは分かるけど、信じてほしいな。僕たちだって無用な争いは嫌だし。そうでもないと、メルさんを助けてないよ。ほら、僕って魔族と仲良くしてた伝説の勇者と同じみたいだし?」
『確かにその通りですね。伝説の勇者様なら。……ヒカリ様、失礼なことを言って申し訳ありませんでした』
「いやいや。今までの魔族と人の関わりを知ってれば当然だよ。でも、これから仲良くしていこう」
『はい。よろしくお願いします』
とまあ、そんな感じでメルと仲良くなりつつ。
僕たちは大森林の中をずんずん進んでいくけど、簡単に終わりは見えない。
まあ、普通に舗装された道を進んでも一週間以上っていわれているから、ただの森の中を突き進むとなると、さらに時間がかかるのは当然。
だから、その日は普通に日が暮れて、夜を迎えることになるけど……。
『……勇者様はすごいのですね。簡単にテントが出来ました』
メルはそう言って目の前に存在している、ワンタッチテントを見て驚いている。
元々田中さんがリリアーナ女王用に使おうと考えていた、地球製のテント。
便利だよねー、最近のアウトドア関連の道具の進化は著しい。
しかも、田中さんのスキルで出しているから、後片付けは不要。
もちろんテントだけじゃなくて……。
「寝るときの毛布と、ランプ、水に食料ぐらいあればいいか?」
『あ、はい。色々ありがとうございます』
「気にするな。ここで疲れ果てて倒れてしまってもこっちが困るからな。最悪、リテア方面の砦が厳戒態勢とかだったら、テントを張ってしばらく様子見をする必要もあるから、今のうちに使い方に慣れておくといい」
田中さんはそう言うと、ドサドサとドローンの眼前に先ほど言った物資を出す。
『ところで、今はどれぐらいの位置にいるのでしょうか? 街道ではなく、森の中を進んでいて全然感覚がないのですが?』
「そういえば、どのぐらいなんだろう? 田中さん、位置とかわかる?」
「んー。まだリテア方面の砦まで10分の1ってところだな」
「うえっ!? まだ10分の1!? て、ことはこのままのペースだと最低10日はかかるじゃん」
意外と全然進んでなかった。
しかも砦まであと10日。
つまりリテア方面に抜けるまでは更に時間がかかるってことだよ。
『なかなか道のりは遠いようですね。明日はペースアップをしてみます』
「いや、そこは別に無理をしなくていい。こっちも大変だからな。ルクセン君から聞いているか? アスタリの町にデキラたち好戦派が既に進軍しているって話は」
『はい、聞いております』
「そっちの対処もあるからな。メルの迎えに行くのも時間がかかる」
『……そこまでしていただくわけには。私がリテアからルーメルに向かえばいいのでは?』
「あー、そういうわけにはいかないんだよ。国境の方にはルーメルへ人が入れないように魔族が張っているみたいでさ」
そいつらに襲われる可能性もかなり高いし、それを突破するのは結構難しい。
だから、しばらくはメルにはグランドマスターのお爺ちゃんの所にいて、僕たちがアスタリの防衛が終わってからメルとリリアーナ女王を連れて、ラスト国にいる総スカンをくらっている予定のデキラをぶっ飛ばすって予定。
まあ、リリアーナ女王と合流できるかは不明だけど……。
『なるほど。そこまでデキラは手を回していたのですね……』
「厄介なことにな。ま、だから無理して死ぬこともないし、アスタリの町の準備が間に合えば、メルを先に迎えに行ける可能性もあるが、まずはゆっくり休んで、無事にこの森を抜けることだな。そこが大前提だ。女王みたいに勝手に動くのは勘弁してくれ」
『……わかりました。確実に勝つために必要なことなのですね』
「そういうことだ。寝ている間の護衛はドローンでするから、テントで休んどけ」
「ゆっくり休めないかもしれないけど、任せておいてよ。寝て体を休ませないと動けないしね」
『いえ。信じています。ですから、ゆっくり休ませてもらいます』
そう言ってメルはテントの中に入ってすぐに寝てしまう。
やっぱり疲れてたんだろうけど……。
「意外とメルってタフなんだね。僕なら寝られるかな?」
「ま、あの城でメイドをしていたんだ。それなりに戦えるんだろうさ。さて、ルクセン君も休んどけ。メルの案内で寝てないだろう?」
「あ、そうだ。寝てないや」
田中さんに言われて、ようやく寝てないことに気が付いた。
「でも、メルの護衛、守りが……」
「それはノールタルに任せとけ、夜寝てたからな」
「そうそう。私はゆっくり休んでたから、ヒカリは今のうちに休んでおくんだね。タナカも言ってただろう? 女王を助けるまえに私たちが死んだら意味がないってさ。その原因が寝不足なんてのはなおのことだからね」
ノールタル姉さんはそう笑顔でいう。
うん、確かにそれはシャレにならないね。
下手すると、戦争中は寝ていて、気が付いたら終わってるとかもありそうだ。
そんなのは嫌だし、ここは休もう。
田中さんのいう休むべき時に休むってやつだ。
「はは。確かに。姉さんに任せるよ。じゃ、お休み。田中さん、姉さん」
「ああ。休んでろ。時間になったら起こす」
「うん。安心して寝るといいよ。ヒカリ。お休み」
ということで、僕はふらふらになってベッドの上に倒れこんで意識を失った。
意外と僕も疲れていたみたい……ぐう。
色々不安はありつつも、メイドのメルを引き連れて大森林を進むヒカリ。
まあ、思った以上に大森林の道は険しく、そして生活は、田中のお陰でそこまで苦労はしないという不思議な状況。
メルとヒカリは無事に一夜を超えられるのか?




