第206射:各所との連絡と逃亡の果て
各所との連絡と逃亡の果て
Side:タダノリ・タナカ
『大変そうじゃのう』
そうのんきな声がタブレットの向こう側から聞こえる。
「そうだな。ったく、面倒なことになった。ということで、リテア側の客はメイドが一人だ」
『……こっちを見極めるつもりかのう?』
「それもあるだろうな。とはいえ、こっちも見捨てたりもできない。ルクセン君がいるからな」
『狙ってやったか?』
「どうだろうな。自分が囮で逃げ出す羽目になったから、とっさの思いつきだろう。こっちとしてはいい迷惑だが」
全く、メイドの一人の命と国主の命を天秤にかけるとかな。
まあ、これで作戦が成功すれば、女王も俺たちのわがままを聞かざるを得ないだろう。
それで反故にしたり嫌がれば、それはそれでいい。
ルクセン君たちの目を覚ますのにはちょうどいいからな。
『その割には、そこまで焦ってはおらんな。女王が無事に逃げ切れるかもわからんのじゃろう?』
「前も言ったがな、こっちはできるだけのことはしている。それで、こっちの指示を無視して動く連中の面倒までみきれん。死ぬなら死ぬで、俺にとってはどうでもいい。別の方法を取ればいいだけだからな」
『そう言う割には、義理は果たすのじゃな』
「そりゃ、若者の前だしな。そこらへんは誠実にするさ」
俺自身も背中を狙われかねないからな。
「ま、それはいいとして、爺さん。リテアのお出迎えはいいとして、ロシュール方面に逃亡したリリアーナ女王のことだ。何か手配することは可能か?」
そう、いまの問題はリリアーナ女王が予定外の行動をとった先のことだ。
正直、すでに逃亡ルートが認識された時点で、リテアルートは無くなっていた。
そういう意味では女王が囮になったことで、リテアルートが使えるようになったから、ナイス判断とはいえる。
『ふむ……。ロシュールで大森林に面している拠点となると……。おお、セラリア王女が治めているダンジョン、ウィードがあるのう』
「ああ、あそこか」
俺は絶対行きたくない場所だな。
だが、爺さんの方はリテアからの移民が始まると、冒険者ギルドの統括ということで、ゲートとかいう、ワープを使ってウィードにちょくちょくいっているようだ。
で、爺さんは俺が警戒しているのがわかったのか……。
『そこまで警戒せんでもいいじゃろう。今のところ特になにも問題は無い』
「バカか。俺の話は聞いただろう? そこのダンジョンは厄介なことに、地球人が関わっている」
『いや、勇者タイキの話はしたじゃろう? タイキ殿と以前からセラリア女王は交流があってあのような形になっているだけじゃよ』
「それは聞いているがな、以前、ジョシーってクソ女に殺されかけたしな、そのダンジョンを仕切っているセラリア女王や勇者タイキの動向がよくわからんから行く気にならん」
そう、俺が一番警戒している理由は、そのダンジョンの運営に勇者タイキという以前聞いた日本人の勇者が関わっているからだ。
まあ、タイキ自身の評判は前から聞いているからそこまで警戒はしていないが、その身内がな……。
「あのランクスのビッツ姫がウィードを敵対国として認めたって話もあるだろう?」
『困ったものじゃな。おかげでランクスとウィードがぶつかる時にはガルツ側の交易ゲートが封鎖される予定で、ずいぶんガルツ側は頭を悩ませておるのう』
「そんな中、ルーメルの勇者たちが行ったら混乱にしかならんからな。こっちもこれ以上問題を抱える気はない」
『しかし、ウィードの協力は欲しいのじゃろう? リリアーナ女王を保護してもらうために』
「まあな。だが、その見返りがさっぱりない。殺されかねないからな。なにせ、妹を殺した魔族の親玉だぞ?」
何も関係ないのなら、保護を求めてもよかったが、相手はセラリア王女の妹、聖女エルジュを殺した一族だ。
『それが表向きというのは、知っておる話はしたじゃろう? わざわざ、魔族とことを構えるようなことはせぬ。とも言い切れんか』
「そうだ。裏で事情はしっていても、魔王が来たというならそのまま処刑して人心の安定に使ったほうがいい。このままだと魔王のところへ攻め込まないといけないからな」
敵でもない相手に攻め込むとか馬鹿でもしない。
戦争なんて金がかかるものだからな、たった一人の命で回避できるならそっちを選ぶに決まっている。
『その場合、和平派は終わりか』
「そうなるな。まあ、誰かが奮起してくれればいいが、面倒な道のりになる。候補としてはゴードルだが、今はデキラの動向をつかむために内部に入り込んでもらっているからな」
『ゴードル殿は使えんか。そうなるとなお難しいか』
「ということで、危険たっぷりのダンジョンは無しだ。何とか見つけて誘導できないか?」
『……そうなると、ウィードの冒険者ギルドに要請はしないということになるからのう。難しいぞ』
「わかってる。でもやらないよりましだ」
今はまだリリアーナ女王が生きているからな。
何とか利用する方向にもっていかないといけない。
あのメイドを保護してやった分の報酬は上乗せでもらうからな。
傭兵業で一番まずいのが依頼人死亡だからな。
報酬ももらえないし、傭兵としての信用もがた落ちだ。
で、あと、次にまずいことは、依頼中の戦死。
つまり……。
「女王の迎えの手配はしてもらうとして、爺さん。そっちから援軍の方はどれだけ呼び出せる? ルーメルの方に魔族が進軍中だ」
そう、俺たちがアスタリの防衛戦やデキラ好戦派との戦いで戦死してしまうことだ。
まあ、戦力的には問題ないが、援軍が多ければ多いほど、こちらとしてはありがたいし、なんとか冒険者ギルド以外、つまり各国の援護が得られれば、デキラも焦るだろう。
『かなり厳しいのう。こちらも情報封鎖されておるからな。そこを突破するのにも、戦力が必要じゃし。リテアではルーメルが攻められているというのは誰も知らん。それでは私の権限で動かすのも難しい。精々クォレンを通じてルーメルにいる冒険者を集めることぐらいじゃな』
「ちっ、情報封鎖は足止めにも使えるか。面倒だな。少数がたどり着いても仕方ないってことか」
『じゃな。相手は軍勢。こちらから少数を送り込んでもたかが知れている。まあ、勇者とか、戦乙女セラリア王女や、盾姫ローエルがいれば少数でもかなりの戦力となるじゃろうが……』
「一番頼めない相手だな。というか、なんとかして、女王を利用せずに各国の重鎮にルーメルが攻められているって言えないのか? ロシュールのそのウィードはゲートで各国とつながっているんだろう?」
逆転の発想だ。
俺にとっては嫌なところではあるが、各国との繋がりがあるのは利点だ。
ウィードに働きかければ、各国に伝わるってことだ。
『それこそ、リリアーナ女王を連れて行った方がよくないかのう?』
「そっちは博打が過ぎる。信頼できる冒険者からそう聞いたって報告するのはだめなのか?」
『実際魔族が攻めてこないと無理じゃな。来るかも、では動かせん。そして、嘘で動かしてデキラの連中が引いてしまえばどうなる? 冒険者ギルドの各国の信頼は地に落ちる。そんなことはできん。ああ、もちろんそれなりに情報が集まればいけるじゃろうが、そんなことをしていれば……』
「アスタリの町に魔族が押し寄せるのが先になるか」
『うむ』
ちっ、アスタリの町は現有戦力でどうにかしろってことになるか。
だが、それを甘んじて受け入れるつもりもない。
「じゃ、せめて、アスタリの町が攻められたら、爺さんから各国に連絡してくれ。そうすれば、勇者が戦っているアピールはできて、各国も慌てて参戦するだろうさ」
『そのぐらいならできるが、それまで持つのかのう?』
「持たない時は死んでいるだけさ。まあ、死ぬ気はないがな」
『それもそうか。で、今更じゃが、わしと長々と話していていいのかのう? 女王やメイドの撤退援護をする必要はないのか?』
「ん? 俺が目を離したすきに死ぬならそれまでだ。それよりも、アスタリ侵攻の対策を整えないと、俺たちの方が死ぬ。俺たちが生きないと、女王が生き残っても仕方ない。援護は間に合いそうにないなら、アスタリの戦力だけで何とかするしかないな」
それに、全員大忙しで予備配置のドローンはフルで使っている。
高度からの偵察用のドローンしか空いていないので、援護に向かうのも時間がかかる。
それなら、お呼びがかかってから、その場でドローンの予備を生み出した方が早いからな。
だから、何かあったら呼ぶように言っている。
で、今のところ呼び出しがないところを見ると、順調に逃げているってところだろう。
ついでに、モニターで確認する限り、セイールが追いかけている様だ。
『しかし、本当に女王を助けているのか不思議になるほど淡々としているのう』
「さっきもいったが、そういうのは結城君たちに任せているからな。俺は他の連中が安心して戦えるようにサポートするのが仕事だ。というか、ただ魔族を殺すだけなら。こんな面倒なことをするかっての」
全員ドローンで狙撃して終わりだ。
それか、爆弾でも落とせばそれで終わる。
リリアーナ女王はそれが分かっているのかね。
お前さんが生きているか死んでいるかで、魔族の命運は決まりかねないってことが。
結城君たちはもちろん、ノールタルたちもデキラたちの殲滅に否定はしなくなるだろうしな。
『リリアーナ女王。復権できるかな?』
「知らん。兎にも角にも……」
まずは逃げ切ってからと、そう言いかけた瞬間……。
監視していたセイールのモニターが暗転する。
「激突したか? 女王。起こせるか?」
俺がそう聞くが、答えは返ってこずに……。
『グルォォォォ……!!』
と、獣の咆哮がマイクから聞こえてくる。
「ちっ、爺さんさらに緊急事態だ。いったん切るそ」
『わかった。また後で連絡してくれよ』
そう言って、俺は近くに待機しているドローンの操作をして現場へと向かう。
GPSもどきから発せられる、マイクの反応は動いてない。
不意打ちで倒れたか。
まさか、というか、ここで魔物か森の獣が来るとは思わなかった。
いや、可能性は大いにあった。
だが、リリアーナ女王なら大丈夫だろうという、何も根拠のない自信があっただけだ。
こんな所で死なれると、色々ご破算だ。
そして、現場にたどり着くと、そこには、大型のトラのような生きものがいて、何かを咀嚼していて血が飛び散っている。
「……え? た、田中さん」
「……そんな。嘘」
「あ、あ……」
しまったと思ったときには遅かった。
全員が俺のドローンの視界を見ていたようだ。
結城君の顔色が真っ青になっていく。
いや、自分自身の事じゃないのによくもそこまでと思うが、まずは誤解を解かないとな。
「落ち着け結城君たち。あれがリリアーナ女王に見えるなら、重症だぞ」
それはそう言って、トラの化け物が食べているモノをアップしてみせると……。
「「「あ」」」
食べていたのは、大型のクマだ。ま、おそらくこいつも魔物だろう。
トラとクマの戦いはトラの勝ち。そして、マイクは、その横に転がっているから、戦いに巻き込まれて落としたんだろうな。
「ま、無事だとは思うが。マイクも落としているし、追跡は難しくなったな」
「「「あーーー!?」」」
「だから落ち着けって」
どのみち結城君たちはショックを受けることになったようだ。
こうして、女王は行方不明に。
さあ、田中たちはどうする?
女王は死んでしまったのか!?
魔族の運命は!!
アスタリの町のは!




