第204射:脱出
脱出
Side:タダノリ・タナカ
「さて、これからが本番だ」
俺がそう言ってみんなを見回すと、気合の入った表情で静かに頷いてくれる。
流石に今日の大一番で眠いとかいうメンバーはいないようだ。
あとは、デキラが動き出すのを見て、リリアーナ女王を逃がせば作戦の第一段階突破だ。
と、思っていると、不意にタブレットから着信があって……。
『タナカ殿、デキラの様子はいかがでしょうか?』
『んだ。デキラのやつは動き出す感じはあるか?』
そうタブレット越しに聞いてくるのは、リリアーナ女王と、四天王のゴードルだ。
当事者たちは気になるよな。
既に、あの裁判というか話し合いからは時間が経っていて、夜を迎えている。
2人が心配してるように、動き出すならソロソロのはずだが……。
「いや、今のところ動きは見えないな。わざわざ、城から出て宿に戻ってから部屋から出てきたのを見ていない」
あの話し合いのあとデキラは、城にとどまることはしないで、宿に戻っていった。
まあ、本人は、だけどな。
「だが、デキラが戻ってから、宿屋から何人か怪しい出入りがあって、そいつらを追うと、色々行動を始めているな」
『行動というと?』
『……門を封鎖しているって感じだべか?』
「ゴードル、当たりだ。逃げ出せないように逃亡ルートを潰している。おそらく、来るぞ」
『……やはり、デキラは明日の多数決を待つつもりはないのですね』
『まあ、話は聞いていただべが、デキラの方に賛同する奴はすくないべ。どう見ても搾取されるのが目にみえているだ』
ゴードルの言う通りだな。
デキラの危惧していることは分からないでもないが、あいつは自国民の犠牲を厭わない。
ノールタルたちへの蛮行も認めて、やる必要があるって言い張ったからな。
そんな奴に付き従うやつは少ないだろう。
明日は我が身となりかねないんだからな。
そして、それをデキラは理解している。
だからこそ、この夜に仕掛けてくるわけだ。
「採決までの時間を設けて正解だな。下手をすると、デキラがあの場で蜂起した可能性もある。その時はあの場にいた好戦派以外は殺害されていた可能性もあるからな。というか、それを予想して時間を設けたんじゃないか?」
『……その通りです。デキラのあの発言を聞いて、その場で採決や、拘束をしてはまずいというのはわかりました』
『あれだけ、本気ってわかればなぁ。危険だべ。ま、結局夜動くんだべが』
「まあ、夜動いた方が、デキラの方にとっても都合がいい。まともに和平派と争うとかは避けたいだろうからな。リリアーナ女王さえいなくなれば、そのまま戦力に組み込めるんだから」
デキラにとってもこの夜の時間というはありがたいわけだ。
和平派の筆頭であるリリアーナ女王を何らかの方法で亡き者にしさえすれば、適当な理由を付けて、悪者に仕立て上げて和平派の勢力を大人しくすることができ、ルーメル侵攻に対しての障害がなくなるわけだ。
そして、ルーメル侵攻を成功させ、勇者たちを排除すれば、好戦派の実績を示せて、そのままって考えているんだろうな。
で、そんな風に話していると、ルクセン君から……。
「はい。おしゃべりはそこまで! デキラが宿の裏手から出てきたよ!! まっすぐお城の方に向かってる」
どうやら、デキラが動き出したようだ。
「全員配置につけ」
「「「はい!」」」
俺がそういうと、全員がモニターを注視する。
確かに、デキラと護衛の兵士が出てきているのが確認できる。
「リリアーナ女王。ルクセン君が監視している宿の裏側からデキラが出てきて追跡している。いつでも逃げ出せる準備をしておけ」
『……はい。ですが、やはり来てしまいましたか』
そんなことを言うリリアーナ女王の顔は苦々しい。
まあ、部下がこうして動いてしまったことは、彼女にとっては自分の統治が否定されたってことだからな。
穏やかに見守るわけにもいかないか。
『リリアーナ様。仕方がないべ。奴は自分が正しいと信じているから、これは必然だっただ。こうして、事前に察知できるだけよかっただよ』
『そうですね。皆にもデキラが動き出したときは無理に抵抗はしないようにと伝えてはいますから、無駄な犠牲は……ないはずです』
ま、リリアーナ女王の指示に従えばな。
だが、それは厳しいだろうな。今まで和平派だった者たちがデキラに従えばどんな理不尽なことを要求されるか……。
デキラも和平派の力を削ぎたいだろうから、殺しはしないにしても何かしら手を打つ。
それを大人しく受け入れるわけもないから、頑張る連中もいるだろうな……。
だが、それを押し殺して、今回は逃げる必要がある。
「女王。今更デキラに立ち向かうとか言わないよな? 敵の勢力は城下町にこっそり潜ませていた兵士が姿を現している。ぱっと見た感じ三千を超えている。勝ち目はないぞ」
今更デキラと立ち向かうと敗北決定なので、ここで更なる情報を伝えておく。
だが、デキラのやつは本当に腐っても軍部のトップなだけあって、こうした兵士を導入することは得意らしい。
しかもこれだけの人数を送り込めるとか、そっちの手腕は確かにあるんだよな。
『そこまでの兵士を……』
『デキラも確実にやりに来たべな。リリアーナ様。タナカの言う通り。素直に逃げるべ』
『……わかりました。ですが、最初からいっているように、一度抵抗することはやめません。デキラに問うことは必要です』
「……わかった。だが、一度抵抗したらすぐ逃げろ。囲まれたらどうしようもないからな」
『はい。ありがとうございます』
はぁ、逃げることは約束してくれたが、やはり最後の挨拶はしたいらしい。
俺としては即座に逃げてほしいが、まあ、デキラが無理やり王座を奪ったという記録を取るにはこれ以上のものはないから、我慢か。
「まずは、部屋の窓を開けておけ、ドローンを設置しておくから、階段状に踏んで移動してくれ。練習通りだ」
『はい。ありがとうございます』
緊急逃亡手段として、ドローンを踏み台とした空中から逃げ出す方法を編み出した。
むろん、普通の人はむりだ。
ドローンが人の重量に耐えられない。
だが、そこは魔術が達者な魔族でありその頂点にたつ女王陛下。
そこは、風の魔術との組み合わせで、ドローンを踏み台にできるすべを生み出した。
正直、空飛べよ。とか思ったが、そういう魔術は無いようだ。
いや、実際飛べないことはないらしいが、空を飛ぶ魔物なども多く、空戦は圧倒的に不利で、しかも高くも飛べないようで空を飛ぶ意味がないようだ。
特に、大森林の魔物は桁違いらしいからな。
低空を飛んでいたらいい餌だと。
ま、そういうことで、ドローンを踏み台にして逃げても追いかけてこれる連中はいないってことだ。
「と、デキラが城の門を制圧したな。数が違いすぎるからかえって死者は出ていないのが幸いか」
『そうですね。デキラが謀反を起こすわけないと言っておいて正解でした』
うわ、いやらしいことで。
おかげでデキラの評判はガタ落ち確定だな。
信じていたのに、裏切ったというレッテルをはられることになる。
これはリリアーナ女王がいなくなった後も苦労するだろうな。
で、そんなことを話しているうちに、ドタドタと駆け回る音が聞こえてきて、扉が勢いよく開かれついにやつがやってきた。
『何事だ、これは。答えてみよデキラ!』
リリアーナ女王が女王モードで気合の入った声で言う。
『この状況を見て理解できないのですかな?』
そう言って、デキラは笑う。
まあ、その通りだな。
窓越しに、モニターでは、デキラ他数人が武器を持って女王の部屋に乗り込んでいる。
これで、ただ雑談に来ましたって雰囲気じゃねーよな。
『確かに、お茶をしに来た様子ではないな』
『ははっ!! この状況で余裕がありますな!! それとも、もうあきらめているのですかな?』
『……あきらめる? ふぅ、最近の若造は知らぬと見える。私も口だけの魔王だと思っているのか?』
ゴウッ!!
ドゴォッ!!
リリアーナがそう言った瞬間周りに炎が渦巻き、デキラたちがいきなり壁に吹き飛び埋まる。
「「「へ?」」」
いきなりのことにデキラたちだけでなく、俺たちの目も点になり、マイクから……。
『なめるな。私は魔王だ。こういうのは嫌いだが、この国で一番強いからこそ、支持を受けこの玉座にいる』
そう、凍えるような声でリリアーナが言ったのが聞こえる。
え? いや、まあ、魔王だし、戦えるとは思ってたけど、デキラを含めた部屋に入ってきた連中を全員ぶっ飛ばすとかまじかよ。
これ手伝いがいらねえんじゃね? と思ったが……。
『それも承知の上だ。こっちにこい!』
デキラはさほどダメージを負った様子を見せず、廊下の方へ声を掛け、そこから縛れたメイドが出てくる。
既に暴行を受けた様子で、顔ははれ上がって、腕や足も折れているのか変な方向に曲がっている。
『リ、リアーナさ、ま』
『デキラ。貴様そこまで……』
『何と言われようとかまいません。これが私の覚悟です。こうしなければ、国は亡びる! お前を殺せば全て救われるのだ! このメイドの命が惜しければ、そこから動くな!! 杖も捨てろ!』
そう言われて、いつの間にか構えていた杖を床に放り投げて、手をだらりと下げる。
おいおい。これはまずいぞ、人質作戦でそこまで従順になるなよ。
「おい、女王。聞こえているだろう。もうあのメイドは無理だ。逃げろ」
『……タイミングを見てサポートを』
そう返事が返ってくる。
くそ、あのメイドを助けるっていう項目も追加かよ!!
「まっかせて!! いまっもがっ!?」
「光、今は我慢しろ。下手に動くとリリアーナを殺す」
俺はルクセン君の口を押えて静かにそう言う。
「撫子、晃、ドローンを3部屋程横に移動して、合図が出たらグレネードを撃て。気を引く」
「わ、わかりましたわ!!」
「了解!」
俺がそう指示を出している間に、デキラのやつは無抵抗のリリアーナを殴り始めた。
よし、あいつはリリアーナの下着を盗むほどの執着をみせているからな、すぐに殺すとは思ってなかったが、予想が当たったか。
『リリアーナ。私の下につけ。そうすれば命は助けてやる』
欲を出しすぎたな。
ま、これでリリアーナ女王がデキラの下に降るなら、デキラにとってはいいことだが、その女、甘く見ない方がいい。
『はっ。情けないモノを持っている男の相手をしてやるほど私も落ちていない』
『このっ!!』
ボギィ!!
殴りつけたあごから嫌な音がした。
『ぺっ、じょ、せいの、か、おを、なんだとおもって、いる』
しまった。顎がやられたか。
いや、まあ、人の身体的特徴で煽ったからな。
ま、いいころ合いだな。
「今だ!!」
「「はい!!」」
俺が合図すると同時に結城君と大和君がドローンから関係のない部屋を攻撃。
『な、なんだ!?』
驚いているデキラたちのすきをついて、リリアーナ女王が飛び込んで、メイドを回収。
即座に俺が間に入って、煙幕を撃ち。
「離脱しろ!!」
『きゃぁぁぁ!?』
メイドの叫び声がリリアーナの返事のようにマイクから聞こえて、窓からリリアーナが飛び出してきた。
ドローンを予定通り、踏んで空へと逃げ出す。
よし、うまくいった! あとは逃げるだけだが……。
『ちっ、リリアーナ女王が逃げた!! 追え!! 殺すんだ!!』
即座にデキラも煙幕を風の魔術かなにかで吹き飛ばし、リリアーナ女王を見つけて指示をだす。
ちっ、思ったよりも対応が早いな。
これだと、逃げた方向を特定されかねない。
「結城君たちは次のドローンを移動開始、ほかの全員は予定変更、リリアーナ女王とメイドの援護に回れ!」
「「「はい!!」」」
作戦通りにいかないもんだね。
はぁ、気合入れてやるしかねえか!!
一応予定通り、デキラの無理な蜂起が開始された。
あとは、好戦派への不満を煽って突き崩せば、今までのこともひっくるめて挽回できるが……。
まずは、逃げられるか。
そこから。
こうして、運命の夜が始まる。




